時は流れる。あれから、ホークアイとのやりとりは続いているが、デュランとの関係は
まったく途切れてしまった。最初は、カードとか送っていたけど、なしのつぶてなのでや
めてしまった。
 ホークアイとちょっと会う事があったけど、デュランの事は話題に上らなかった。本当
は、二人とも気にはなっているのだけれど…。
 デュランというフォルセナの騎士の噂は一応、アルテナにも伝わってきていた。何でも、
飛びぬけて優秀な騎士だとか。
 それを聞くと、アンジェラの胸中は複雑だった。デュランだったら当然だと思う。実力
があるから。それを嬉しく思うのは、アンジェラはデュランの事をまだ仲間だと思ってい
るんだと、自分で気づかされる。
 今なら、あの時のホークアイの言葉も理解できる。あの時の行動を間違っているとは思
ってないけれど、それが、同時にデュランの旅を否定してしまう事実にも気づいた。
 どうしようもないと思った。
 別に、デュランの旅を否定しようなんてこれっぽっちも思っていなかった。ただ、紅蓮
の魔導師を助けたい。それ一心だった。もし、デュランがホークアイみたいな彼とは関係
ない立場だったら、すぐに回復魔法をかけてくれただろうと思う。
 だから、もう、あの時のように彼を責めようなどとは思っていない。お互いの譲れない
ところがまるでかみ合わなかったのが、不幸なんだと。
 ホークアイの結婚式の時、彼はデュランに招待状を出したそうだ。彼は、自分が来ると
いう懸念からなのか、来なかった。
 ホークアイは、嬉しい日なのに、寂しそうだった。
 あんなに仲が良かったのに…。
 そう思うとアンジェラの胸も痛む。キョロキョロと会場内を見渡すホークアイに、なん
だか悲しくなってしまった。
「やっぱり…ダメだったか…」
 タバコに火をつけて、ホークアイはふうっと煙を吐き出した。少し、ボウっとしている
ようだ。少なからず、落ち込んでいるらしい。
「ホークアイは、あれからデュランには一度も?」
「ああ。会ってねぇ。まあ…元気でやってるんだと思うけど…。一度、フォルセナに行っ
たんだけどな。ヤツの実家を訪ねてみたけど、今は城に住み込みで仕事してるから、ほと
んど帰って来ないんだと。で、城の方も行ってみたけど、あいつ今は上層部だから、一般
市民が入れるような所にいないみたいなんだ。いないかって聞いてみたんだけど、偉くな
っちまったもんだから簡単に会える身分じゃねぇって言われてな…。それっきりだ」
「そう…」
「なんか…寂しいもんだな…。こういう時、友達に会えねぇってのは…」
「…………………」
 ため息と一緒に煙を吐き出し、前髪をかきあげる。礼服をきっちり着て、色男ぶりに磨
きがかかっているのに、顔の憂いがその魅力を半減させている。
「…ともかく…来てくれて有難う。おまえも忙しくて大変なんだろ?」
「ん…今日くらいなら大丈夫」
 小さく微笑んで。そして、ため息は飲み込んだ。
 あんな別れ方をしなければ、たとえ会えなくてもこんな気持ちになる事はなかっただろ
う。いい加減、デュランの方も頭が冷めているのではないかと思ったけど、彼もなかなか
頑固だ。
 しかし、いくらアンジェラに会うことを嫌がるにしても、ホークアイの大事な日に来な
いというのは、引っ掛かるところであり、気持ちが濁るところであった。来れない等の連
絡は一切来ていないらしい。

 それからまたしばらくしての事。
 ウェンデルで各国の王の会議が行なわれる事となった。
 国同士の調停などが主な目的で、アルテナもそれに出席する。女王の娘であり、次期女
王となるアンジェラが出席するのはしごく当然の事であった。
 そして、フォルセナの王も出席した。
 アルテナは加害国として謝辞と、平和調停をフォルセナと結ぶ事になっている。
 会議は滞りなくすすんだ。
 帰るまでの時間、少しヒマがあったので、アンジェラは神殿内をぶらぶらと歩いていた。
神殿の中庭は色とりどりの花が咲き乱れ、目に楽しい。
 ふと、人の気配を感じ庭の陰を何とはなしに覘いてみて驚いた。
 忘れるはずもない男が、石段に腰掛けてこちらに背を向けているのが見えたからだ。
 デュラン!?
 声をあげそうになって、慌てて手を口にあてる。
 フォルセナ王が来ているのだ。彼の護衛として、デュランが一緒に来ていて何ら不思議
はない。今まで見えなかっただけで、来ていたのだ。
「にゃーん」
「よしよし…。腹でも減ってるのか?」
 どこの仔猫か知らないが、まだら模様の仔猫がデュランの膝の上で甘えている。デュラ
ンの顔は見えないが、仔猫の表情は見える。目を閉じて喉をごろごろと鳴らしている。
 もうちょっと近寄ってみてさらに驚いた。
 あんなに優しそうなデュランの表情を見たのは初めてだったからだ。確かに旅の最中は
戦いの連続だったから、殺伐としていたのも無理はないのだけど。
「でもなぁ、俺、何にも持ってねぇんだよ。あとで神殿の人になんかもらえよな」
「ゴロゴロゴロ…」
 首をなでられて、猫はまた喉を鳴らした。デュランの表情は相変わらず穏やかだ。
 …今は、機嫌が良いみたいね…。
 アンジェラはそう判断した。
「デュラン」
 呼びかけると相当ビックリしたようで、目を見開いて振り返った。
「…いつの間に…」
「さっき。ねぇ、聞くわよ。どうして、ホークアイの結婚式に出なかったの? 私が出席
するからなの?」
「………………」
 今までの表情がすぅーっと無くなって、彼は無表情になる。
「…どうしても抜けられない仕事があった。それだけだ。一応、連絡はした」
「来なかったって言ってたわ」
「ギリギリに出したからな。式当日には届かなかったんだろ」
 もうアンジェラの方は見ないで、仔猫に視線を落とす。デュランの様子の変化に気づい
たか、仔猫はデュランを見上げて首をかしげる。
「……私は…別にあんたのあの旅を否定するつもりであんな事を言ったわけじゃない。そ
りゃ、あの時は気が動転してたから、あんたの事を考えないでああいう事を言ったけど」
「そうだな」
 デュランはそっけない。
「もうわかってるの? じゃ、何をそんなに怒ってるのよ」
「わかっているからって、あんたを許したわけじゃない」
「…………」
 取り付くシマもないデュランに、アンジェラは言葉を失う。
「あんたは…あの旅を否定するの…?」
「…そこまでは言わねぇ…。あんなに辛い旅は正直もうごめんだが、確かにあれで俺は強
くなった。…強くはなった…」
 膝の上の仔猫をなで、遠くを見る。
「…ホークアイには悪いと思ってる。とばっちりを一番受けたのはアイツだからな。一番
無関係だったのに、最後まで付き合ってくれた。…一度、フォルセナに会いに来てくれた
らしくてな…。悪い事したよ…」
 ふぅーっと長いため息をつく。仔猫は相変わらず気持ちよさそうに膝の上で丸まってい
る。
 少しの間沈黙が支配していた。その沈黙が痛くて、どうしようか悩んでいると、デュラ
ンの方から口を開いた。
「…俺はあの時、何が起こったのかよく状況が飲み込めなかった。あんた、前に言ったよ
な。ヤツとはたいした関係じゃないっていうの。それを鵜呑みにしてたのもあったからな。
…ホークアイの方はずっと疑ってたようだが…。俺は…本当にそういうのが苦手だから、
それ関係は言葉通りにしか受け取れねぇ。だから、あの時混乱した」
 あの酔った状態でありながら、あの一件を、彼はきっちり覚えていたのだ。まさか、覚
えているとは思わなかったし、あの一件を持ち出されるとは思わなくて、アンジェラは目
を見開いた。
 あの時は、勢いに任せて関係ないと言い張ったけど。まさか、こんな所で響いてくると
は…。
「そして、理解して。今までの事がポンと冷めちまった。何もかも色あせた。ひどく空し
くなってな。俺は何のために旅をしてきたのか、わからなくなった。あいつが竜帝を復活
させさえしなければ、父さんを殺す羽目にも陥らなかったのに、あんたはあいつを助けろ
と俺に言う。俺の事情や目的を知らないわけじゃないだろうに、そんなものそっちのけだ。
あんたは俺よりもアイツが大事なんだなってわかって。俺は裏切られたんだと思ったよ…。
今までの事や仲間の事情を無視して昔の恋人をとったあんたを見て、こいつはもう仲間な
んかじゃねぇと思った」
「……そんなつもりがなくっても…あんたを傷つける事になるんだね…」
 アンジェラはうなだれる。デュランを裏切る気持ちなんか無かったと言っても、信じて
もらえるかどうか。
「俺は仲間なら体をはって守る。第一、あの面子で一番体力あるのは俺だからな。でも、
俺を殺そうとするヤツの方が俺より重要だって言うなら、仲間をどうでも良いと思うよう
な、そんなヤツを俺は体をはって守る事なんてできねぇよ。背中も預けられん。命なんか
かけられるか。いざって言うとき、俺は蔑ろにされるって事だろ。なんでそんなヤツを仲
間なんて言わなきゃなんねぇんだ」
「……蔑ろになんてしないよ……。信じてもらえないだろうけど…」
「俺とアイツでどっちかしか助けられないとしたら、あんたはあっちを助けるんだろ? 
違うのか?」
「…わかんないよ。その時になってみないと。あの時は、アイツが瀕死になって、もうボ
ロボロで…。駆け寄らずにはいられなかった。でも、アイツとあんたが逆だったとしたら、
私はあんたを守るためにアイツにありったけの魔法をぶつけたと思う」
 アンジェラの言葉に、デュランはしばらく答えなかった。
「……私はあんたが…デュランがけっこう好きだったわ。最初は嫌なヤツと思ってたけど
ね。今はちょっと嫌いになりそうだけど。でも、やっぱりけっこう好きよ。……前に、あ
んた言ったよね。私の事はあんたにはわからないだろうし、あんたには、私の事はわから
ないだろうって。…確かにその通りだわ」
「そうだな」
 あくまでデュランはそっけない。
「ねえ、どうしたら、あんたは私を許してくれるわけ?」
「どうもしなくていいよ」
 デュランの頑固さに、いい加減アンジェラの方もカチンときた。
「だから! どうしたらいいのよ! あんた言ったじゃない! ホークアイには悪い事し
てるって。あたしらがこんなんじゃ、ホークアイに悪いじゃない! あんた、あいつの結
婚式の時、あいつがどんなに寂しそうだったか知らないでしょう!?」
「……………」
 ホークアイの名前が出てくると、ようやっとデュランの方もアンジェラに顔を向けた。
彼に対して悪いと思っているのは本当らしい。
「確かにホークアイには悪いと思ってるけど。でも、だからって俺はもうあんたを仲間と
して思えねぇ」
「………そんなのって…、そんなのってないよ…。私はやっぱりあんたがまだ好きだわ。
酔ってても、私の目を見て私を信じるって言ってくれたのは、あんただけだったのよ!」
 悔しくて、涙がにじみでてきた。あの言葉は本当に嬉しかった。城では、誰も彼女をま
っすぐ見てくれなかったのに。
「それを裏切ったのはおまえじゃねぇか。じゃあなんで、おまえあの時、紅蓮の魔導師と
の関係を否定したんだ。キッパリとよ!」
「だって、言えないじゃない! あんた、あんなに嫌ってるし! 私だって心の整理なん
か全然ついてなかったんだもの!」
 今でも完全に心の整理はできていない。今、あの男が目の前に現れたら嬉しくなって抱
き締めてしまうだろう。今でもあの男を忘れられない自分がいるのはわかっている。
「あんただって知らないでしょう! アルテナで、あの国で魔法を使えないというのがど
ういう事なのか! 私とあいつだけ魔法が使えなくて、どれだけ肩身が狭い思いをした
か! どれだけ辛かったか! あんたの国で、剣を握りたくても握る力がないようなもの
なのよ! 同じスタート地点にだってつけないのよ!? どんなに使いたくても、使えな
くて! 私は、同じ魔法を使えない者として、あいつを切り捨てるなんてできなかった
わ!」
 涙を一つこぼしながら、アンジェラは叫んだ。このわからず屋には、あの辛かったアル
テナの日々はずっとわかりっこないんだと思いながらも。
「……あいつの鬱屈した感情を吐露された時、身につまされる思いだったわ…。確かにあ
いつがした事は許される事なんかじゃない。アルテナの自業自得の部分はともかくとして、
侵略していった地域の人々には何の罪もない。あんたの傭兵仲間を殺していいわけなんか
ない。……たぶん…突然凄まじい力を手に入れて、有頂天になったんでしょうね…。竜帝
の力は闇の力。闇の力に心も蝕まれたんだと思う。もともと、そんなに心が強いヤツじゃ
なかったし……。あんた、フォルセナじゃ優等生だろうから、劣等生の気持ちなんてわか
んないだろうけど。弱い者どうしの傷のなめ合いでも、心のより所だったのよ…。ツラく
ても、二人でもちこたえようとお互い支え合って生きていけたらって思ってたのに……」
 こぼれてきた涙をぬぐって、アンジェラは小さく息をつく。何だか少しだけスッキリし
ているのは何故だろう。
 デュランは、無言でアンジェラを見上げていた。子猫も、アンジェラを見上げていた。
 そして、デュランはため息をついた。
「何で……、あの時、そういう事を言わなかったんだよ……」
「言ったじゃない。心の整理がついてなかったって。正直、迷ってたし。女心とかわかん
なそうなあんたに言ってもしょうがないと思ってたし」
「………………」
 それについては反論ができないらしく、デュランは押し黙った。
 アンジェラは無言でデュランの隣に膝を折ってしゃがむ。彼の膝の上の子猫をのぞき込
むと、子猫は首をかしげてアンジェラを見た。
 その可愛さにアンジェラも思わず笑みがこぼれる。
「どうしたのよ。この子猫」
「知らねぇ。そのへんにいたんだ。なんか、寄ってきたんでな」
 デュランが子猫の首をなでると、目を細めてのどをゴロゴロ鳴らしている。
 穏やかな午後だった。気候の気持ち良さからなのか、膝の上が暖かいからなのか、子猫
はデュランの膝の上で丸まって寝てしまったようだ。
 二人とも、かなりの間、無言だった。
「………悪かったよ……。俺も頑固だった……」
 ぶっきらぼうに、デュランがそう言ってきた。たぶん、色々考えていたのだろう。
「でも、やっぱり紅蓮の魔導師を許す事はできないし、あの時のおまえの行動を許す事も
できない」
「……うん。それはもうしょうがない。そんなつもりがなかったからって、それが免罪符
になるわけじゃない。あの時のあの行動は、自分では間違ってないと思ってるけど。でも、
あんたには悪いと思ってる。………仲間っていうのに甘えすぎてたんだね。自分の都合の
良いことをしてくれるのが仲間じゃない。相手の事を考えられなかった時点で、仲間とし
てアウトだったわ…」
 デュランの隣に腰掛けて、膝を抱える。
「ごめんね。まだ謝ってなかったよね。もう、ずっと前に言わないといけない事だったの
に……」
 そういえば、自分はデュランに自分の事を言うばかりで、彼に対して何もしていなかっ
たではないか。謝ってさえいなかったのだ。
 あの時のあの行動は自分にとって間違っていない。だから、デュランにとってそれが失
礼であっても、それは間違いというわけじゃない。そんな態度で彼と接すれば、彼の怒り
を買うのは当然だろう。そんな事を考えていたわけじゃなかったけど、実際にやっていた
事はそれだったのだ。これでは、いくら言葉を重ねても泥沼化するだけではないか。
 考えてみれば、あの行動はデュランにとって、失礼なんていうレベルのものではなかっ
たのだ。紅蓮の魔導師がデュランに何をしてきたのか。それを知らないアンジェラではな
い。ましてや、竜帝を復活させさえしなければ、彼も父親を殺す事にはならなかったのだ。
言ってしまえば、無関係だったデュランを巻き込んだ上に、父親殺しまで間接的にさせた
事になる。
 母親を自分の手で殺さねばならないなんて。そんな事考えたくもなかった。
 そこまでされた男を、助けろと、そう言ったのだ。お互いの事情も、自分は知っていた
が、デュランは知らなかった。彼がホークアイのように感性の鋭い人間でない事は旅を通
してむしろ、アンジェラの方が知っていたはずだ。
 どうして、今までわからなかったのだろう。
「本当にごめん…。ごめんね…、…ごめんなさい…」
 愛する人のためならすべてが許される。そんなわけはなかった。
 後から後から涙がこぼれてきた。デュランの頑固さを呪った自分が情けない。自分の事
ばかりで、デュランの事なんてまるで考えていなかったくせして。
 ぬぐってもぬぐっても涙は止まらなかった。
 隣から大きなため息が聞こえた。
「なんで女ってすぐ泣くんだよ。嫌になっちまう」
 悪態をつきながらも、彼はポケットからハンカチを差し出してくれた。
 涙で濡れた瞳でデュランを見た。彼はそっぽを向いていたけど、ハンカチはきっちり差
し出されていた。
 それを見たらまた泣けてきてしまった。もうどうにも涙は止まりそうもない。
差し出されたハンカチを素直に借りて、それを顔にあてると、声をあげて泣いた。

 いい加減涙もかれてきて、泣き疲れ、アンジェラは小さく嗚咽を繰り返すだけになって
きた。
 鼻をすすり、横を見ると、デュランはまだ隣にいた。子猫は相変わらず膝の上だ。
「………………」
 借りたハンカチで顔をぬぐって…、ハンカチについた汚れが目についた。
化粧がはがれて、きっとすごくみっともない顔をしている事だろう。
 厚化粧しているわけではないけど、やっぱり恥ずかしくなってきた。
「……ねぇ…、…ヒック…、私……みっともない顔してる?」
 話しかけると、デュランはこちら向いた。そしてすぐに前を向く。
「泣いてる人間の顔なんて、みんなみっともねぇよ」
「スン…、フ、フフ…。それも…そうだよね」
 涙で濡れたハンカチをひろげ、折り畳んでいく。
 そして、正方形にすると、その両端を握り締め、口にあてた。
「……ねぇ、これちょうだい」
「やるよ、そんなもん」
 ぶっきらぼうにそう言って、ため息をつく。
 そしてまた、沈黙が訪れた。
 でも、さっきの痛いような沈黙ではなくて、穏やかな空気の沈黙だった。子猫も安心し
きって膝の上から動かない。
「…ねぇ、デュラン」
「なんだよ」
「私たち、結婚しようよ」
「ぶっ!」
 あまりに突然そんな事を言われて、デュランが吹き出した。
「なっ…、何をいきなり……!」
「だって、そうすればホークアイも安心するじゃない? アルテナとさ、フォルセナの友
好関係第一歩にもなるし」
 そういえば、という程でもないが、今日、ウェンデルにいるのはお互いの国の友好関係
を結ぶためではないか。
 デュランは怪訝そうな顔でアンジェラを見ていたが、ため息をついて庭の方に目を向け
る。
「無理だよ。おまえ、まだあの男の事が好きなんだろ? そんなヤツと俺は結婚できねぇ
よ」
「やっぱりだめか……」
 半ば本気だったけど、こればかりは仕方がない。
「別に愛がなくっても良いよ。私たち王族の婚姻なんて政略に使われるのがオチなんだも
ん。それだったら、あんたの方が百万倍マシだわ」
 また自分の都合言ってるなと思いつつも、デュランの方ももう怒る気が失せていた。
「まあ、そのへん、王族の方が大変なのは可哀想だとは思うけど。大体、結婚つったら一
生もんだろうが。まだあの男が好きなおまえを、俺は一生かけて添い遂げらんねぇよ」
「それって、一生かけて愛し続けるってこと?」
 膝をかかえ、アンジェラは隣のデュランをのぞきこむ。
「夫婦ってそういうもんじゃねぇのか?」
「でも、そうとばっかりは限らないじゃない」
「じゃあ、そうなるように頑張るしかねぇだろう」
 アンジェラはちょっと無言になってデュランの顔をのぞきこみ続けた。
「……あんたって、カタチに囚われるタイプなのね」
 そう言うと、デュランはちょっと顔を赤らめた。
「悪いかよ。そういうもんなら、そういうもんだと思うんだ。なら、俺はそうするだけな
んだ」
「悪いって言ってるわけじゃないよ。ただ……」
「ただ? ただ、なんだよ?」
 途中で言葉を切ったので、気になったデュランが問いかけてきた。
「……真面目なんだなって」
 少し考えて、アンジェラはそう言った。不器用だと言おうと思ったけど、褒め言葉とし
て受け止めてもらえなさそうなので、違う言葉に変えた。
「おかしいか?」
「ううん。おかしくなんてないよ。あんたのお嫁さんは幸せそうだなって思っただけ。ち
ょっと悔しいかな」
 やっぱりデュランって好きだなとか思いながら、アンジェラは立ち上がった。もしかす
ると、先にこの男に惚れた方が幸せだったのかもしれない。想定してもはじまらないのだ
が。
 おそらく、この先ずっと、アンジェラはあの男を忘れる事はできないだろう。生まれて
初めて愛した男だ。忘れようもない。
 あの男とデュランと、天秤にかけたら、あの男に傾いてしまう。この目の前にいたら、
きっと夢中になってデュランをまた怒らせてしまう。
 こんなに引っ掻き回してくれちゃってさ……。
 今はもういないあの男に、ほんの少し、悪態をついてみる。
 人の心も、人間関係も、国でさえも、ここまで引っ掻き回した男も珍しい。
 そんな大きな事をせず、小さな幸せを追いかけてほしかったけど。
 今では恨み言にしかならない。
 アンジェラは、デュランの膝の上の子猫を見下ろした。寝ぼけているのか、そうでない
のか、前足で鼻のあたりをかいている。
「じゃあね。あんたより良い男を見つけて、結婚式には招待状を出すから。もちろん、ホ
ークアイにも」
「好きにすればいいだろ」
 あきれたような口調で、デュランはそう言った。
 大丈夫。きっと、デュランは来てくれる。そしてまた、ホークアイと下らない事でふざ
けあってくれることだろう。
 つんけんした態度の消えたデュランを、アンジェラは満足そうに眺めた。
「ねえ。やっぱり結婚しようよ」
「しねえよ!」
 吐き捨てるようにデュランは言ったけど、嫌な感じはしなかった。
「一国の王女から結婚を申し込まれるなんて、まずないのよ」
「なくていいよ」
「国付きだし、城付きだし、兵士や従者だってついてくるのよ」
「いらねえよ」
「いいじゃない。おまけに私ってば美人だし」
「しつっこいな、おまえも。したくねぇっつってんのに」
「………あーあ、残念!」
 大袈裟にため息をついて、アンジェラは空を見上げる。
「……じゃあ、またね、デュラン」
「…ああ…」
 そっけない返事だったけど、嬉しかった。
「これ、もらってくからね」
 さきほどのハンカチを振って見せる。
「好きにしろよ…」
 デュランはため息混じりに言って、振り返りもしなかった。
 あきれた言葉をいただいて、アンジェラはにこっと笑うと廊下を歩き始めた。こんなに
軽い歩みは久しぶりだった。
 見上げた空に、あの紅いマントがはためいて見えるような気がした。
 私とあんたは派手な色が好きだよね…。
 ぼんやりと、そう思いをめぐらせる。
 今まで、デュランの立場でちゃんと考えられなかったのも、あの男を間接的にデュラン
が殺したと思っていたからだ。だから、怒りが先にきて冷静にも考えられなかった。今な
ら、そうわかる。
 心はあの男のものだから、そうなってしまった。だから仕方ないと思っていたままでは、
仲間とは和解できなかっただろう。こんな気持ちで空を眺められなかったに違いない。
 きっとこの世で、彼を想い、祈り、弔いをあげる人間は自分だけだろうと思う。すべて
の人々から忘れ去られても、自分は忘れない。
 なんであんな馬鹿な男を好きになったかな。自分に苦笑したくなり、軽く肩をすくめた。
アルテナに帰ったら、弔いをあげる準備をしようと思う。ほんの小さな物でいい。そし
て、自分の部屋にそっと置いておこうと思う。
 いつまでも、忘れないように。

                                     END










































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前のとは違う展開になった話。
カップリングになってるけど、アンハッピーエンドな感じが
ちょっと後味悪いかなぁと思いまして、前の話の後に書きました。
個人的に紅蓮魔×アンジェって設定ではありえそうなんですが
アンジェラのセリフを読む限り、ちょっとそうとは思えないんですよね…。
全然眼中にない感じがするんですが…。
初めて知った時も「何でだろう?」と不思議に思ってしまいました…。
しかし、今回はあえてそのカップリングを書いてみようと思ったので
ハナからデキてる設定として書いてみました。
そんだけじゃ書いててつまらんのでデュランからめてみました。
大体他のキャラとからめたところで、他のみなさんが書いてるのとあんまし
変わらない展開になるだけだろうしね。
…皮肉屋だなぁ…私も…。とは、自分でも思いますが…。
とりあえず、紅蓮魔×アンジェな場合、デュラン×アンジェはありえないだろう。
とか思っただけなんです。わりと潔癖なところあると思うんだよな、デュランって。
真面目というか、融通が利かないというか。恋愛に走らないというか。
恋愛に走りそうなアンジェラと結構対照的だと思うんだよなー。
うーん。みなさんはどう思うでしょうか?
みなさんのご意見、ご感想、何かあったらどうぞ。お待ちしております。
ありがとうございました。