復活した神獣を倒していく旅は、これまでのものとは比べ物にならないくらいに厳しい
ものだった。それでも、信頼しあえる仲間がいたからこそ、倒してこれた。
 最後の闇の神獣を倒した後、アンジェラは心底そう思った。今までの辛い神獣戦が頭の
中で駆け巡る。
 しかし、終わったと思った後のフェアリーの言葉は痛烈だった。
 結局は、竜帝を倒さなければこの事態は解決しないのだ。
「ごめんね…。私がもっと早くに気づいていれば…」
「………いいのよ、フェアリー。なんにせよ神獣は倒さなければいけなかったんだもの。
竜帝のパワーアップを止めるために、神獣をそのままにしとくわけにもいかなかった。い
いじゃない、やってやろうじゃないの! ここまで来たのよ。最後までやってやるわ!」
「アンジェラ…」
「大丈夫よ、フェアリー。私は一人じゃない。あんただって、一人じゃないんだもの!」
 アンジェラは誇らしげに背後にいる二人を見る。
「ま、そうだよな。ここまできたんだ。ここは、最後までやらなきゃあな」
 ホークアイが軽い感じで言ってのける。
「そういうことだな」
 デュランも少し苦笑しながら同意した。
「ね?」
 満足そうな笑みを浮かべ、アンジェラはフェアリーを見やる。
「…うん…。フフフ…ありがとう…」
 出てきたベソをぬぐって、フェアリーも笑ってみせた。今はただ、成り行きで選んだ聖
剣の勇者とその仲間達が、ただただ頼もしかった。

 ドラゴンズホールでの入り口は、デュランにとって厳しい現実が待っていた。怪しい黒
騎士が、彼の父の成れの果てだったからだ。
 嫌でも、彼は尊敬していた父に剣を向けねばならなかった。
 体も心も傷つけられて、跪いて号泣する彼にかける言葉は見つからなかった。
 生きるためには、目的を達するためには、勝ち続けなければならない。たとえ、それが
どんな結果になろうとも…。その辛さを、ひしひしと感じる。負けず嫌いで、プライドの
高いデュランが泣いている。
 父親の幻影が現れなかったら、彼はどうなっていたんだろうか。ふと、そんな不安がよ
ぎる。
「おい、アンジェラ。…たぶん…いよいよだぜ」
 ダガーを片手で玩びながら、ホークアイは目の前の巨大な扉を目で指す。軽く見せてい
るけど、彼も緊張しているのだ。
「この先に…竜帝と紅蓮の魔導師がいるんだな…」
 剣の柄を握る手に力が入る。
「紅蓮の魔導師…か…」
 もうあの名前であの男を呼ぶ日は来ないだろう。
 アンジェラはすうっと息を吸い込んだ。
「行くわよ! みんな!」
 そして、扉を開く。

「とうとうここまで来たか…懲りないヤツらだ…」
 紅蓮の魔導師と、竜帝が二人、静かに佇んでいた。
「フッフッフ…まあ良いではないか。せっかくだから、そこで見物して行くが良い。ワシ
が神となる瞬間を…」
苛立たしげな紅蓮の魔導師を鷹揚にいさめ、竜帝は空中から一振りの剣を浮かび上がら
せた。
「あ、あれは…」
「マナの剣!」
 忘れようもはずがない。苦労して聖域で手に入れた、あの伝説の剣だ。
「クックックッ…。よく見ておくと良い。これがマナの剣の最期だ」
 マナの剣をつかみ、竜帝は目の前にかざす。
「やめてっ!」
 フェアリーの悲痛な叫びも空しく。
「ふんむ!」
 竜帝が力を込めると、剣は鈍くどす黒い霧に包まれ、細かなヒビが入りだした。
 バッキャアン!
 とうとう、剣が微塵に砕け散った。
「グハハハ、貴様達が倒した全ての神獣の負の力が、暗黒剣となったこのマナの剣に蓄積
されていたのだ! その負の力、しかと、この竜帝が受け取ったぞ!」
 高らかに笑い、竜帝は自分の諸手を天に掲げる。竜帝から発せられる邪悪な気がまた一
段と濃くなった。
「おめでとうございます…。これで、ついに竜帝様はマナの女神を超えた存在、『超神』と
して生まれ変わられるのですね」
 紅蓮の魔導師は静かに竜帝の前に跪く。しかし、すぐに異変に気づいた。
「…? 竜帝様?」
 いぶかしげに竜帝を見る。かの竜帝は苦しげにうめき声をあげ、その場に跪く。
「く…はぁっはぁっ…苦しい…。誰だ…。誰がワシの邪魔をしている…? これは………
そうか、聖域のマナの女神! おのれ、くたばりぞこないめが…! まだ生きておったか! 
お望み通り、マナの樹を切り倒して、ヤツの息の根を止めてくれるわ! マナの聖域に向
かうぞ!」
 苦しげながらも立ち上がり、竜帝は聖域のある方向をにらみ付けた。
「竜帝様は一足先にお向かいください。私は、こいつらを始末してすぐにまいります」
 紅蓮の魔導師はチラリとアンジェラを一瞥して、ゆっくりと頭を下げる。
「うむ、遅れるな」
 竜帝はそう言い残すと、ふわりと浮かんで、そして消えた。ワープしたのだろう。
「さて…。まさか本当にここまで来るとは思わなかったよ、アンジェラ王女」
 くるりと向きをかえ、紅蓮の魔導師はアンジェラに視線を移す。
「フン! お母様を影で操って、アルテナをあんなにして、許せるものですか!」
「許せるものか…か。…こちらとて、アルテナを許すわけにはいかなかったのだよ。おま
えにはわかるまい。おまえはあの国で魔法を使えないくせに、王女という身分からみんな
に許されていた。それに比べこっちはどうだ。存在する事すら許されないんだ、この私は!」
「だからって…だからって、あんた一人がメチャクチャにして良いものじゃない!」
 アンジェラも負けじと叫んだ。紅蓮の魔導師の気持ちもわからないでもない。いや、あ
の国で唯一、彼の気持ちが少しでもわかるのは自分しかいないと思っている。
「もう、良い悪いの問題じゃない。これは私の復讐なんだからな!」
「なによ! あんたなんて、あんたなんて!」
 この場にきて、紅蓮の魔導師の悲しさがひしひしと伝わってくる。アンジェラだって悲
しかったし、悔しかった。見返してやりたいという気持ち。それが痛いほどわかった。か
つて、アンジェラがずっと抱いていた負の感情だったから。
「…いい加減ごたくはいい。今までがおまえの復讐だって言うなら、今度は俺が復讐して
やる。おまえに殺されたフォルセナ兵の無念。俺がはらしてやる」
 剣をずらりと抜いて、デュランは一歩前に出る。
「剣で私の魔法に立ち向かうというのか。良かろう。闇の魔力の前に、自分の無力さを思
い知るがいい!」
「勝負だ! 紅蓮の魔導師!」
 デュランが大きく吠えると、紅蓮の魔導師に切りかかる。同時、彼の方も呪文の詠唱に
入った。
「っく…!」
 アンジェラも慌てて呪文詠唱に入る。
「こんな時だ。騎士道だなんだ持ち出すなよ。今は勝つしかねぇんだ!」
 デュランの横をさっと追い越して、ホークアイも参戦する。
 そして、戦いが始まった。

 いかんせん、アンジェラの魔法のキレが悪いような気もしたが。ホークアイとデュラン
のコンビはやはり強い。
 じりじりと追い詰め、そして。
「うらあっ!」
 切っ先が紅蓮の魔導師の肩から横腹までを薙いだ。
「うぐっ!」
 斬り付けられた勢いもあり、紅蓮の魔導師は数メートル吹っ飛ばされ、壁にぶつかった。
「く、くそっ!」
「最期だな! 紅蓮の魔導師さんよ!」
 間髪いれず、ホークアイは切りかかろうとダガー手に突進をかけた。とどめを刺すつも
りなのだ。
「やめてっ! もういいじゃない!」
 アンジェラの声が鋭く飛んだ。
「もう…、彼は戦えないわ…」
 思わず足を止め、アンジェラを見るホークアイに、静かにそう言った。
「…おまえ…この期に及んで俺に情けをかけるつもりか…?」
 紅蓮の魔導師はずずっとはいずりながら、何とか身を起こす。
「なら、そう思えば良いじゃない。これ以上は空しいだけだわ…」
 アンジェラはゆっくりと紅蓮の魔導師に近づく。
「…おまえは…いつもそうだ…。そうやって…私を見下している…」
「当然じゃない。卑屈な王女なんて、いるわけないわ」
 少しすました調子でそんなことを言う。
「あんた、何だって竜帝なんかと一緒にいるのよ」
 紅蓮の魔導師がおかしくなったのは、竜帝が影で操っているからではないか。アンジェ
ラはそう思ったのだが。
 しばらく、アンジェラを見つめていたが、やがてポツリポツリと話しはじめた。
「…アルテナを出て…、俺は竜帝様の死骸を見つけたんだ…。十余年前、世界を震撼させ
た竜帝だ…死骸でも、何か力があるかと思ってな…。すると、竜帝様は、完全に死んでは
いなかったのさ…。…俺に話しかけてきたよ。おまえの命を半分よこせとな。そのかわり
…途方もない強さをくれてやろうと…。……命を半分渡せば…俺は…あれだけ望んだ強さ
が手に入れられるわけさ…」
「竜帝をよみがえらせたのは…あんただったの…」
 少なからず、アンジェラはショックを受ける。彼は、そこまで追い詰められていたのだ。
「そこまでしての強さなんて…」
「フン…。おまえにはわかるまい…」
「なによ! 私だって…私だってつらかったのよ!」
 息を荒くしながら、曇った瞳で魔導師はアンジェラを見上げる。
「だが、おまえは王女だ…。…気に入らない…。何故…おまえは王女なんだ…。そうでな
ければ、そんなに優遇される事もないだろうに…。魔法を使えない俺は…あの国を出るし
かなかったというのに…」
「そんな事ないわ。それ以外の方法を、あんたが見つけようとしなかっただけじゃない」
「だから、おまえにはわかるまいと言ったんだ…。俺の気持ちなど…誰もわかろうはずも
ない…。あの空しさを、悔しさを、居たたまれなさを! わかるはず…あるわけない」
「でも、魔法を使えない辛さは私も知っている。こっちはねぇ、女王の、アルテナの女王
の娘のクセして使えないのよ! 国一番の魔力を持つはずの者の娘なのに。使えなかった
のよ!」
 だんだん声が高くなっていく。感情が高ぶってくる。
「……。フン…。それでも、おまえは恵まれている…」
「なによあんた! こっちの気持ちも…知らないで!」
 アンジェラは気持ちをぶちまけて怒鳴った。怒鳴った拍子に涙が零れ落ちた。
「ちょっとでもあんたの事を好きだった自分が馬鹿みたいだわ! なによ、すぐに自分の
気持ち、自分の気持ちって! こっちの気持ちなんか知ったこっちゃないのね!」
 泣きながら怒鳴り散らすアンジェラの様子に、紅蓮の魔導師は少し呆けたように彼女を
見た。そして、顔をうつむかせる。
「……私は…強くなりたかった…。ただ…それだけだった…。国を出た時は、国への復讐
はもちろんだが…おまえをあの魔法絶対主義の国から、解き放ちたいと思っていたんだ…」
「…え?」
 泣くのをやめ、アンジェラは紅蓮の魔導師を見る。
「…今となっては…もう、何もかもどうでもいいことだ…。これ以上、生きていても仕方
あるまい…」
 紅蓮の魔導師がボツボツと呪文を唱え始めた。アンジェラは目を見開いた。
「早まった事はやめなさいよ! 未来を信じなさい!」
 アンジェラが驚いて叫ぶが、紅蓮の魔導師は呪文の詠唱をやめない。
「くっ!」
 思わず駆け出した。そして、呪文詠唱をやめさせるべく、強引に口付けした。
「!」
「未来が信じられないなら…私を信じなさい…!」
 思い出せなかった愛情だったが、今ならハッキリ思い出せる。
 呆けた顔だったが、初めて、紅蓮の魔導師の顔が柔和になった。狂気に犯されていない、
正常な顔つきだった。
「…ふ…。ありがとよ…アンジェラ…」
 少しだけ気障っぽく微笑んで、紅蓮の魔導師はゆっくりと目を閉じた。
「ちょっと…やめてよ…。寝てるだけなんでしょ! ねぇ、ちょっと!」
 アンジェラは慌てて紅蓮の魔導師の胸に耳を当てる。心臓の脈打つ音が、どんどん弱ま
っていくのがわかった。このままでは、死んでしまう…!
「デュラン!」
 アンジェラは振り返り、仲間の剣士の名を呼んだ。
「お願い! ヒールライトを…お願い!」
 三人の中で、彼が唯一回復魔法を使えるのだ。アンジェラもホークアイも、その回復魔
法にはかなりの世話になったものだった。
 しかし。呼ばれた当のデュランは馬鹿みたいに呆然と突っ立っているだけだった。さっ
きからのこの展開についていけず、立ち尽くしていたのだ。
「お願い早く! ヒールライトを! 死んじゃうよ!」
 やはり、動かない。どうして動かないのか、アンジェラは焦ってヒステリックに叫んだ。
「デュラン! お願い!」
 デュランは、顔をうつむかせた。そして。
「ふざけんなっ! おまえ、俺がどういう理由で旅立ったか知ってて言ってんのか!?」
 一瞬、アンジェラは彼が何を言っているのかよくわからなかった。
「な…何を…言って……。で…でも…」
 そして、いつもより随分鈍い回転で頭がまわりはじめ、彼の旅の目的を思い出した。
『俺はアイツを許さねぇ! 絶対、紅蓮の魔導師に打ち勝ってやる!』
 出会った時、デュランは確かにそう言っていた。
「でも…でも! 死なせたくないの! お願いデュラン!」
「いい加減にしろっ!」
 殺気立った目で叫び、デュランはこちらに背を向けた。
 どうしようどうしようどうしよう!
 アンジェラの頭はパニックを起こした。急いで回復魔法をかけてもらわねば、彼は死ん
でしまう。けれど、それを使えるデュランはそれを嫌がっている。

 そして、アンジェラが一人、オロオロしている間に、紅蓮の魔導師の体は冷たくなって
いた。




                                                          to be continued..