「おねえさまー、おねえさま」
  その時、僕はおねえさまを探していた。お気に入りの本を、読んでもらおうと思ってたん
だ。
  僕のおねえさまはここ、風の王国ローラントの王女、リースというのだ。キレイで、強く
て、ちょっと怖いトコもあるけど、とっても優しい僕の大好きなおねえさま。
「おねえさま?」
  半開きのドアから、そろっとおねえさまの部屋を覗いた時だった。見知らぬ、スラッとし
た感じの男が、おねえさまと一緒にいた。おねえさまは僕に気づかなかったようだけど、そ
っちの男が僕に気づいた。
  顔の良い男だった。背は高く、年齢はおねえさまと同じか、ちょっと上か。そいつは僕を
見てニコッと笑ったのだ。僕はびっくりして、すぐに頭をひっこめた。
(な、なに?  だれあれ?  あんなにおねえさまと仲が良さそうに…。だれなんだろう!?)
  でも、僕はなんだかこわくて、もう一度見ようという気がおこらなくって。すぐにその場
から逃げてしまった。
  それが、ホークアイとの初めての出会いだった。


  その時は、ホークアイが何者か、なんて一切わからなくて。ただ、いやにおねえさまに馴
れ馴れしいあいつにひどくハラが立ったのと、一体だれなのかという疑問感でごっちゃにな
っていた。
  それから僕は、なんだかずっと不機嫌のまんまだった。
「エリオット様。どうなされました?」
  乳母のアルマが、僕にそう聞いてきたけれど。おねえさまが見知らぬ男と会ってた、なん
てとっても言えなくて。ただ、「なんでもない」って言うだけだった。
  僕は、自分の部屋にこもって、一人ただイライラしていた。
  あいつはだれ?  おねえさまのなに?  まさか恋人!?  そんなバカな…。けど、おねえさ
まキレイだし…。じゃあ、友達かな?  でも、それなら僕になにか言ってくれると思うし…。
  おねえさま…。どうして?  どうしておねえさま…。あいつは…。
「エリオット、エリオット!  どうしたの?  武術のけいこの時間よ」
  僕はビクッと跳ね上がった。おねえさまだ!  おねえさまが…。
「エリオット?  いるんでしょ。返事をしてちょうだい」
「は、はい!  います。いるよ、おねえさま」
  僕は慌てて返事をして、ドアを開けた。そこには、いつものおねえさまが不思議そうな顔
をして立っていた。
「どうしたの?  すぐに返事しないなんて。少し寝てたの?」
「う、うん…」
「さあ、行きましょう」
「は、はい…」
  僕はおねえさまに手を引かれて、けいこ場に向かった。ついつい、おねえさまをジッと見
てたら、おねえさまが「どうしたの?」と聞いてきた。僕はやっぱり、なんでもないと慌て
て言うだけだった。
  今日一日、おねえさまを見てたけど、特に変わったと思われる所はなかった。あれは、僕
の見たマボロシなんだろうか…。
  結局、なにもわからないまま、寝る時間が来た。
「さ、もう寝なさい、エリオット」
「うん」
「おやすみ…」
「おやすみなさい」
  おねえさまは寝る前に、おでこに軽くキスをしてくれる。今日もしてくれた。僕、これや
ってくれないとよく眠れないんだ。
  昼間見たヤツは、きっと白昼夢というヤツに違いない。いや、絶対そうなんだ。
  なんて思い込んで、さっさと寝ようとした時だった。
「待てーっ、くせ者っ!」
  え!?  くせ者!?
  表からのアマゾネスたちの声に、僕はバッと飛び起きた。どうしようかと考えあぐねてい
る時だった。ふと、不審な影が、半開きのドアから入って来るのが見えた。そう、影だけ。
影だけ動くんだ。
「え!?」
  そういえば、こんなのどっかで…。
「シッ!」
  鋭い声が僕を制した。どこ!?  どこからしゃべってるの!?  僕が戸惑っているうちに、ア
マゾネスたちの足音は遠のき、どこかへ行ってしまったようだった。
  僕はこの影が怪しいと思って、ずっとその影を見張ってたんだ。そしたら、いきなり影の
中からにょっとばかりに男が出て来た!
「うわっ!」
「シーッ!」
  男は慌てて僕の口を手で押さえた。だ、だれだ、コイツ!
  僕はこの男を強くにらみつけた。けど、部屋が暗くてよく見えない。僕は手をのばして、
ベッドの横にある、机の上のランプをつけようとしたけど、男に押し止どめられてしまった。
「ンググ…」
「頼むから騒がないでくれよ〜?  今、見つかったらヤバいんだ」
  男は、僕の口からその手をとった。
「プハッ。お、おまえは一体…」
「だから、騒ぐなってば!」
  男は慌てて、また僕の口をふさいだ。
「エリオット?  どうしたの?」
  おねえさま!
「……な、なんでもない」
  と、この男、いきなり僕の声色をマネしてそう言ったんだ!
「そうなの?  じゃあ、お休みなさいよ。明日またけいこをやるんだから」
  おねえさまは半開きのドアを閉めて、行ってしまったようだ。完全に静かになってから、
男はまた僕の口から手を取った。
  僕は急いで手を伸ばして、ランプに明かりをつける。それに照らし出されたこの顔は、昼
間おねえさまの部屋にいた、あの男じゃないか!  僕はびっくりした。
「お、おまえは…」
「頼むぜ、エリオット君。騒がないでくれよ…」
  僕の入っているベッドに腰掛け、僕にそう話しかけてくる。
「ど、ど、どうして僕の名前を…。それに、おまえは?  おねえさまとどういう関係だ!?」
「おまえさんの名前はリースからさんざん聞いてるぜ。かわいーかわいー弟だってなー」
「おねえさまを呼び捨てにするなんて、おまえは一体…。それに、さっきの影から出て来た
の、思い出したけど、ニンジャの技じゃないか」
「へえ。知ってるんだな。そうさ、ニンジャの技だよ。まあ、おまえさん、ニンジャには良
い思い出ないだろ」
  ……そう。けっこう前、このローラント城は、砂漠を拠点とする、ナバール盗賊団のニン
ジャたちに侵攻され、落城してしまった。僕は、そのニンジャたちによって誘拐され、色々
怖いメにあってきた。おねえさまが奔走してくれたらしく、無事、僕はここに戻って来れた
んだけど…。
「おまえは一体だれなんだ!?  ヘンなヤツだったら承知しないぞ!」
  こう言ったのに、この男は鼻で軽く笑っただけだった。
「まあ、そうカリカリしなさんな。俺はホークアイ。おまえの姉ちゃんのトモダチだよ」
「………本当か?」
「本当さ。昼間、おまえの姉ちゃんの部屋で俺を見かけただろ?  見ず知らずの男だったら、
フツー部屋には入れてくれないぜ」
  ………確かにその通り。僕は押し黙って、この男をにらみつけた。僕は、さっきこの部屋
に入ってきたあの術に、嫌悪感を抱いていた。  僕をそそのかしたニンジャたちは、この術
をつかって僕に近づいたんだ。そりゃあ、あんな手品なんていう、たやすいものに引っ掛か
った僕も僕だけど。
「……おまえ、ナバールの者か?」
  僕の問いに、一瞬このホークアイは戸惑った。でも、すぐにフッと息をついた。
「…そうだよ…。ナバールのホークアイさ…」
「!  まさか、おねえさまに近づいてこのローラント城を!」
「おいおい、一介のナバール団員である俺が、んな大それた事できっかよ。それに、ナバー
ルがローラントを侵攻したのだって、好きでやったワケじゃない。それくらい、おまえさん
も知ってるだろ?」
「…………う、うん…」
  そう。おねえさまからもその理由を聞いた。美獣という、魔界の者に操られていたって…。
「じゃ、じゃあ、なんでこの城にいるんだよ」
「……い、いいだろ、なんだって」
  いきなり、ホークアイはそっぽ向いて、顔を赤らめた。…まさか!
「まさか、おねえさまをねらって…」
「な、なに言ってんだよ!」
  彼は慌ててそれを否定したけど、でも、顔が赤いままだ。どうやら本気でおねえさまをね
らってるみたいだ。
「…僕のおねえさまに手を出すな!」
「ぼ、僕のって…、別におまえさんのためだけのリースじゃねえだろう」
「…そ、そりゃそうかもしれないけど、でも、おねえさまは僕のものだ!  まだ、未熟な僕
だけど、いずれ立派になって今度は僕がおねえさまを守るんだ」
「……おめ、そりゃ近親相姦…」
「キンシンソーカン?」
  僕が問い返すと、ホークアイはやおら慌てて、
「い、いや、なんでもねえ。いま聞いた事は忘れろ。と、とにかくだなぁ、リースがいつま
でも、おまえのねーちゃんでいられるワケねーだろ?  いずれはここ、おまえが継ぐんだろ
ーし。そんときゃリースもいいとしだろーし、どっかに嫁に行ってるコトだって考えられる
じゃねーか」
「……おまえの所にか?」
「…そーだといーけど、そーなるかどーかはわかんねーよ」
  苛立たしげにそう言い放ち、ホークアイはばりばりと頭をかいた。
「じゃ、やっぱりおねえさまをねらってるんじゃないか」
「っぐ…。う、うるせーな。いいだろ」
「お、おまえなんかに、おねえさまは渡さない!」
「……………。ほー…。言い切ったな…」
  僕がそう言うと、ホークアイはスゥッと目を細めた。コイツ、僕を馬鹿にしてるのか!?
「そ、そうだよ。おねえさまは、おねえさまは僕が守るんだッ!」
「…どーでもいいから。こんな夜中に、んな大声で騒ぐなよ」
「あ、ああ…。う、うん…」
  それもそうだと思って、僕も声のトーンを下げた。でも、こいつなんかに、ぜーったいお
ねえさまを渡さないんだから!
「でも、おまえだってこんな夜中に、人の部屋に忍び込むなんて非常識だぞ」
「ははっ。盗賊が、夜中に人の部屋に忍び込むのは別におかしかねえぜ。もっとも、俺は金
品とかを盗みに来たわけじゃねえけどな」
「…おねえさまをねらってるんだな…」
「……………」
  ホークアイはやっぱり答えないで、関係のない方向を向く。僕は彼に、ヒトスジの汗を発
見した。さっきからバレバレじゃないか…。
「…フッ。まあ、助かったぜ、エリオット君。んじゃな」
  僕の頭をくしゃっと押さえつけると、ホークアイはそれだけ言い残して、闇にかき消える
かのように去ってしまった。
  さすがはナバールの盗賊、なんて感心してる場合じゃないんだよな。明日からは、僕がお
ねえさまをアイツから守らないと。
  僕はそう決心して、早く寝る事にした。明かりを消すと、僕はすぐに眠ってしまった。


  今日から、僕は目を光らせてホークアイから、おねえさまを守ろうと思ったんだけど…。
  ホークアイは全然、姿を現さない。……ナバールに帰ったのかなぁ…。
  おねえさまを見ても、ホークアイと会ったようなそぶりはない。僕は、大体おねえさまの
そばにいるけども、やっぱりホークアイなんて見かけなかった。
  …たぶん、ナバールに帰っちゃったんだな…。
  ちょっと気が抜けたけど…。でも、おねえさまは無事だったから、それでよしとしようか。
  でも、アイツ…。どうしてナバールにいなくて平気なんだろうか…。うちのアマゾネスた
ちなんか、いつもいつも出欠を取って、いなかったりしたら大変なのに。
  本当によくわかんないヤツだなぁ。
  ふと、気づいたんだけど、おねえさまの耳に金色の、小さなスズランに似た形の耳飾りが
ついているのに気づいた。昨日はそんなのしてなかったのに。
「ねえ、おねえさま。おねえさまの耳についてる耳飾り、どうしたの?」
「え?  あ、ああ、これね…。…その、友達からもらったのよ」
  ちょっと恥ずかしげに、そして視線をそらしがちに、そう言うおねえさま。
  まさか!  ホークアイのヤツが!?
「ど、どうしたの、エリオット。そんな怖い顔をして」
「え?  あ、いや、なんでもないよ」
  おねえさま、普段はあーいう耳飾りなんかつけないのに…。そんなに気に入ったのかな。
  ホークアイめ。あの耳飾りを、アイツがプレゼントしたかどうかなんてわかんないけど、
でも、なんだかすごくハラがたってきたぞ。  おねえさまは、僕だけのおねえさまなんだか
ら。


  その夜。なんだか眠れなくて、僕はバルコニーに出た。夜風がちょっと寒い。ブルッと震
えて、ふと隣のおねえさまの部屋を見た。明かりがついてる…。おねえさま、まだ起きてる
んだな…。おねえさまの部屋の窓が少し開いているらしく、耳をすますと、かすかに聞こえ
るおねえさまの声と………、…ん?  んんっ!?
  僕は慌てておねえさまの部屋に面する、バルコニーの手摺りによじのぼって、しっかり確
かめた。間違いない。あの管のように髪の毛を結んでいるのはホークアイだ。
  バランスをくずしながらも、おねえさまの部屋をのぞく。
  よくよく見ると。おねえさまとホークアイが、なにやら楽しげに話してるじゃないか!
「む、ぐぐーっ…」
  ふつふつと怒りがおなかの底から込み上げてくる。おねえさま、あんなヤツにだまされち
ゃダメだよ!  どうしてそんなに楽しそうに話しているの!?
  怒鳴ろうと、力んだとたん、僕はバランスをくずし、後方に倒れ落ちてしまった。
  ゴチン!
「っっ…!」
  打った頭の痛さに、僕は言葉も出ずに、ただただ頭をおさえ、こぼれ落ちそうになる涙を
いっしょうけんめいにこらえた。
  やぁっっっと、痛みもおさまって、もう一度おねえさまを部屋をのぞいたら、すでにホー
クアイの姿はなかった。代わりに、おねえさまが寝間着に着替えようとしていた。
  …………………。
  おねえさま、前に比べてムネがおっきくなってきたなぁ…。
「うーむ…。リースもグラマーになってきたじゃねぇか」
「ぐらまぁって?」
  上からふってきた声に驚いて振り向くと、うわっ!  ホークアイ!
「おっ、おまえは…!」
「やっほー。驚いたかぁ?」
  いつのまにやらこのバルコニーに、ホークアイがニカニカ笑いながら、僕の頭上で手を振
ってるじゃないか!
「あ、あうっあうあうっ…」
「まぁ、そう驚きなさんな。とりあえずは黙ってろ、な」
  そう言って、身を乗り出しておねえさまの着替えをのぞくホークアイ。なんだか鼻の下が
のびてるみたいだ。
「う〜む…」
  意味ありげな声を、低く発して、ゴクリとノドをうごかす。
「そんないやらしい目で、おねえさまを見るな!」
「なに言ってんだよ。おめーだって見てたじゃねぇか」
  僕に視線も向けずに、いかにも僕も共犯だ、みたいに言って、彼はのぞくのをやめない。
「………で、でも、そのー、ぼ、僕は…」
「!」
  いきなり、ホークアイはカッと目を見開かせ、僕の口を押さえると、素早く部屋の中へと
滑り込んだ。
「……気のせいかしら…。だれかいたような…」
  おっおねえさまっ!  きっ、気づかれなかったよね!?  気づかれなかったよね!?
  ドキドキドキドキドキドキドキドキ!
  僕もホークアイも心臓が爆発しそうなくらいに驚いて、息を止め、身を潜めた。
  やがて、ピシャンという窓を閉める音が聞こえて、それっきり。
「チッ…。カーテン閉めちゃったぜ…」
  もう一度のぞき込んでいたが、ホークアイは舌打ちして、こちらに戻ってきた。
「フーンだ。ざまあみろだよ」
「うるせーな。おめーだって見てたじゃねーか」
「僕は良いんだよ。弟だもん。おねえさまと一緒にお風呂だって入った事あるもん」
「…そ、そりゃあおめー、姉弟だからな」
  とは言うものの、ホークアイの顔は引きつっていた。フンだ。僕は余裕の顔をして、ホー
クアイを見たけど、彼はちょっと目を半開きにしただけだった。
「どういうつもりだよ、またもおねえさまの部屋に入り込んで、おしゃべりしてるなんて!」
「いいじゃねーか。俺はリースとおしゃべりしたいし、リースは俺を部屋に入れてくれた。
別におまえが文句言うこっちゃねえじゃねーか」
  ホークアイは軽い口調でそう言って、僕のベッドに腰掛けた。
「むっ。むむっ。そ、そりゃあ、そうかも、しれないけど…」
「はっはーん。おまえ、俺にヤキモチやいてんだろ。ダメだぜー、お姉様とはぜってー結ば
れねぇんだから」
「な、な、な、な、なんだよう」
「どもってんぞ、おまえ…」
「………………」
  僕は、押し黙っちゃって、ただ、ジッとホークアイを睨みつけた。
「おいおい、そんなに俺を見つめるなよ。照れちまうぜ」
「!  なっ、僕はそんな意味で…」
「まあ、今までいつも一緒にいたよーなもんだったから、嫉妬するのは無理ないだろうが…」
「僕はシットなんかしてないぞ!」
「だぁから、そういきりたつなってばー」
  ホークアイは、苦笑しながらまあまあと手を広げた。
「んまあ、おまえさんもちっとばかし抵抗あるかもしれんが、これからはお義兄様と呼べ」
「やだ!」
  死んでも呼ぶもんか!  昨日の今日で、なんて図々しいんだ!
  僕がくやしさに歯をぎちぎち鳴らしていると、ホークアイはフッと軽く笑って。
「…ま、いいさ…。いずれ呼ぶ事になるだろうよ。じゃあな、未来のお・と・う・とくん」
「なんだとーっ!?」
  近くのクッションを投げ付けたけど、ホークアイはやっぱりかき消すように消えてしまっ
た。あいつ、幽霊かぁ!?
  僕は頭をかきむしり、ベッドに突っ伏したのだった。


「どうしたの、エリオット…。そんな不機嫌そうな顔して…」
「…別に…」
  このごろ、ホークアイは毎晩のように、おねえさまの部屋を訪ねている。そして、決まっ
て僕の部屋に寄っては、軽く口げんかしては姿を消すんだ。
  まだ、この事をおねえさまには言っていない。だって、おねえさまも彼の事は、絶対に言
わないんだ。
  僕はおねえさまを見る。耳に目をやると、あの耳飾りが視界に入る。あれ、とても大事に
してるらしく、いつも身につけている。おねえさまは、気に入ったものは、いつも身につけ
るクセがあるんだよな…。
  一度、おねえさまに邪魔そうだから、取ったらと言ったのだけれど…。おねえさまはちょ
っとだけ苦笑して、でも、すぐに優しい微笑みに変えて僕にこう言ったんだ。
「そんなに邪魔そうかなぁ?  でもね、これ気に入ってるの。私だって、ちょっとくらいこ
んなのつけてもいいでしょ?」
  …って、あんなに優しく微笑まれたら、「イイエ」なんて言えないよ…。
  もしかして、おねえさまもホークアイの事を…。
  いいや!  そんなことは絶対ない。あんないい加減なヤツ。あんなヤツに、おねえさまが
好きになるわけないよ。絶対に!
  …本当は、彼がおねえさまに、あれをあげたっていう確たる証拠はないんだけど、そんな
気がして、なんだか聞くのが怖い…。もし、そうだったとしたら…。僕は…。


  今日もホークアイのヤツ、おねえさまの部屋に来てるな。アイツめ。
  僕は、あらかじめ用意しておいた踏み台を、バルコニーのはしっこに立てて、それに乗っ
ておねえさまの部屋をのぞき込む。
  やーっぱりホークアイはおねえさまとお話ししてる。…それにしても、おねえさまとお話
ししてる時間が、なんだか長くなったような気がする…。
  何を話してるんだろう…。よく聞き取れない…。窓は閉めちゃってるしなぁ…。
  ……あれが『良い雰囲気』というヤツなんだろうか。見ててなんだかムカムカしてくるぞ。
  そう、思った時だった。
「!!!!!」
  いきなりだった。ホークアイが、おねえさまをぎゅうって抱きしめたんだ。
  僕はビックリして、それ以上おねえさまたちを見る事ができなかった。心臓がドキドキし
っぱなしで、慌てて踏み台から降りた。
  おねえさま…。おねえさま…。僕のおねえさま…。
  泣きそうになりながら、なり止まない心臓をおさえて、必死で涙を我慢する。
「くっ…」
  ごしごし目をこすって、部屋に転がり込んだ時だった。
  ゴキャッ!
  すごい音がおねえさまの部屋から聞こえた。
  え?
  その音が見回りのアマゾネス達にも聞こえたか、パタパタパタッと足音が響いてきた。
  コンコンッ!  ノックする音が響く。僕も思わずドアから顔だけ出す。
「リース様、どうなされました!?」
「なっ、な、な、なんでもありませんっ!  だ、大丈夫ですっ!」
「ほ、本当ですか?」
「ほ、本当です…。大丈夫、もう、大丈夫です…」
「…わ、わかりました…。それでは失礼します…」
  アマゾネスは腑に落ちない、という顔をさせながらも、おねえさまの部屋から離れて行く。
  絶対なにかあったろうに、おねえさまはそれを必死で隠して。アイツがなんかやったんだ。
絶対そうだ。後でとっちめてやる!  …でも、ホークアイ強そうだよな…。
  僕はベッドに腰掛けて、小さくため息をついていると、影がスイーッと僕の部屋に入って
きた。ホークアイだ。
「ホークアイ!  おねえさまに何をしたんだ!?」
「……………」
  無言で影の中から出て来たホークアイ。彼はムスッとした顔に、目の上あたりに殴られた
跡をつけていた。
  僕はあっけにとられた。でも、すぐにその理由がわかった。おねえさまに殴られたんだ。
おねえさま強いから…。
「…ふ、ふふん。僕のおねえさまに手を出すからだぞ。そんな殴られるなんて」
「うるせぇ…」
  彼は、本当に不機嫌そうに僕をにらみつけた。迫力があって、思わずたじろいでしまう。
で、でも、ここで怖がっちゃ…いけない…んだよね…。
「クッソーッ…。なにも、んなに強く殴るこたねぇのによー…。あってー…」
  僕からちょっと離れてベッドに腰掛け、殴られたところをおさえ、うめくホークアイ。
「お、おねえさまに何をしたんだよ…」
「………フン…。いいだろ…」
  あ、怒ってる…。な、なんかいつもと雰囲気違ってて、喋りにくいなぁ…。
「…んなにジロジロ見るんじゃねぇよ。人が痛がってるのがそんなに珍しいのか?」
  僕は、慌てて首を横にふった。ホークアイが不機嫌な理由は、殴られただけじゃないみた
いだ…。傷の事よりも、もっと別な事で落ち込んでいるみたいな、そんな所が見受けられた。
  僕はどうしていいかわからなくて、ただ、痛そうに患部を押さえるホークアイを見ていた。
「ジロジロ見るなって言ってんだろ!?」
  ビクッ!
  僕は飛び上がるくらいに驚いて。そして、だんだんこわくなってきて…。
「っく…。ひっく…うふえぇぇん…」
  とうとうこらえ切れなくなっちゃって、泣き出してしまった。
  それを見たホークアイ、急に慌て出した。
「な、お、おい泣くんじゃねぇよ。おい、エリオット。んなことで泣くんじゃねぇってば!」
「ふええぇ〜ん、うえっ、えっぐえっく…」
「おぉい、エリオット!  っかーっ、俺が悪かったってば。な、俺が悪かったからよぉ、泣
くんじゃねえよお」
  何度も僕の背中をさすって、弱り果てた声を出す。僕は、しばらく泣き続けていたけど、
なんとか落ち着いてきた。
「……ひっく…ふえっく、スンスン…」
「ほら、泣き止めよ…。な…」
  僕は小さくうなずいて、少ししゃくりあげて、顔をごしごしこすった。ホークアイが優し
く背中をさすってくれている。
「…平気か?…」
  僕を心配そうにのぞき込んで、僕の頭に手を置く。僕は、改めてホークアイの顔を見た。
あの鋭い目が、今はすごく心配そうだった。こんな顔するんだ…。
  でも…。
「……プッ…」
  悪いとは思ったんだけど、ホークアイの殴られた顔が、あまりにおかしかったもんで、僕
は思わず吹き出してしまった。だって目の上にタンコブつくって、目がひしゃげてるんだも
ん。
  ムカッときたみたいで、ホークアイは、また元の不機嫌に逆戻りしてしまった。
「…ぁんだよ。泣いたと思ったら、人の顔見て笑いやがって」
「あ、その、ごめ、ごめんなさい…」
  僕はすぐさま謝った。それが、彼にとってはかなり意外だったらしく、目を丸くした。
「…エリオット…。おまえ、素直に謝れるんだな…」
「………ど、どういう意味だよぉ。僕、そんなに素直じゃないのかよう」
「ああ」
  ホークアイはすぐに深くうなずいた。これには僕も言葉が出なかった。
「甘ったれで生意気で我がままでシスコンで弱虫で根性も度胸もねえ一人じゃ何もできね
ーようなおまえが、んなに素直に謝るとは…。俺も驚いたぜ」
  んな………。…ひ…、ひ、ヒドイ!  ヒドイよ!
「ヒ、ヒドイ!  そこまで言わなくたっていいじゃないか!」
  すると、ホークアイはニッと笑って、ぽん、と僕の頭に手を置いた。
「これでお互い様だろ?」
「え?」
「おまえも、俺に気にさわる事を言った。俺もおまえの気にさわる事を言った。これでお互
い様じゃねえか」
  ………………。
  そう言われて、僕はなにも言えなくなってしまった。
「……もう、泣くんじゃねえぞ…」
「…うん…」
  僕は、小さくうなずいた。

                              続く→