あんな事があっても、ホークアイはこりずにおねえさまの所を訪ねている。あきらめない
というか、しぶといというか。見上げた根性だとは思う。
  もっとも、ここ3日間くらい訪ねには来ていない。彼もナバールの人だから、仕事がある
時とかはさすがに来れないみたい。
  ところで、最近おねえさまの様子がなんだかおかしい。ちょっと心配なんだけど、おねえ
さまは平気だと言う。変だなと思いつつも、おねえさまにけいこをつけてもらってる時だっ
た。
  やっぱり、いつもより動きがおかしい。なんだか、キレがない。でも、おねえさまはけい
こを続ける。僕が木刀をふるった時だった。  あやまって、僕の木刀がとおねえさまの腕に
当たった。
「キャア!」
「あ、おねえさま!」
  バシッと木刀がはじかれて、おねえさまはその場に倒れてしまった。背中に、冷たいもの
が走り抜ける。
「おねえさま!  ごめんなさい、おねえさま!」
  慌てて駆け寄って、おねえさまを揺らす。
「だ、大丈夫よ、エリオット…。だいじょう…」
  そうは言うけど、おねえさまは息が荒くて、顔も赤い。ツラそうだし、どうしたって様子
が変だ!
「リース様!  どうなされました!?」
「おい、リース様を急いで救護室へ!  早く!」
  アマゾネス達に運ばれて、おねえさまは救護室へ。僕達は、心配と不安でいっぱいになっ
た顔付きで、お医者さんの診断を待った。
  やがて、お医者さんが静かに救護室から出て来た。彼は、極めて沈痛な面持ちで僕らにこ
う告げた。
「……非常に申し上げにくいのですが、エノル病です…」
「なんですって!?」
「そんな!」
  え!?
  みんなは、雷に打たれたかのごとくにショックを受けた。
「……な…、なに、それ…」
「…ああ、エリオット様はご存じないのですね…。エノル病とは、蚊が運んでくる病気で、
高熱にうなされ、悪くすると、その…、死に至ってしまうほどの病気なのです…」
「そんな!」
「特効薬のニアテマ草はランプ花の森に生えてると云うのですが…。どこに生えているのか
なんて、だれも知らなくて…。それに、あそこに住むモンスターはみな強力なのです…」
「そんなのって…。それじゃ、それじゃおねえさまは!?  ねえ、おねえさまは!?」
  ライザを激しくゆすって、問い詰めたけど、ライザは悲しそうに首をふるだけ。そんなの
って…。
「…僕、僕、ランプ花の森へ行って来る!」
「いけません、エリオット様!」
  駆け出す僕を、ライザがつかまえる。
「いやだよ、離せよ!  僕が行かないと!」
「王子様!  あなたが行ってしまわれたら、我々はどうすればよいのです!?」
  うっ…。
「…そ、そうよ…。エリオット…」
  弱々しい、消え入りそうな声が横からした。
「おねえさま!」
「あ、あなたは…、ここを継ぐ身…。私の事はいいから…」
「そんな!  おねえさま!」
「わ、私は、だいじょう…ぶ…」
  …そんな、そんな息苦しそうに言わないでよ。そんなに赤い顔して言わないでよ。そんな
につらそうに言わないでよ!
「私たちが行きます。エリオット様は待っていて下さい」
「……いいのよ、ライザ…」
「リース様!?」
「いま…。アマゾネスの数は…。以前に比べ、激減してるわ…。あなたたちが行ってしまっ
たら…。この城は、翼あるものの父は…。だれが守るの…。私の事はいいから…」
「しゃべってはなりません、リース様!」
「ライザ…。いいから…。いい…か、ら…」
「どうして、どうしてそんなに無理なさっていたのです!?  リース様!」
「そうだよ!  なんで無理をしてまで!」
「だって…。………、…………」
  最後の方は、荒い息にかき消され、なんて言っているのかわからなかった。涙でおねえさ
まの顔が見えなくなった。
「おねえさま!  そんな…。こんなの、こんなのってないよーっ!」


  僕はただ呆然とベッドに座っていた。僕にも、アマゾネスたちにもニアテマ草を取りに行
くなだなんて…。おねえさまは何を考えているの!?
「おーい、エリオットー?  俺のリースちゃんはどうしたってんだー?  あんなに部屋にア
マゾネスがいちゃあ、さすがの俺も入れないぜ」
  ここ3日ばかり来てなかったホークアイが、能天気な口調で、部屋の窓から姿を現した。
  僕は、それを見たとたん、もうガマンできなくなった。
「うっうっ…。うわぁぁぁぁんんっっ!」
「なっ!?  ど、どうしたんだよ、エリオット」
「バカー!  バカバカバカ!  ホークアイのバカァ!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
  ホークアイに飛び込んで、ぽかぽかとたたきつける。
  完全に八つ当たりだった。おねえさまの病気も、全部ホークアイのせいに思えてきた。
「落ち着け、落ち着けよ、エリオット。一体なにがどうしたって言うんだ!?」
  僕の肩をがっしとつかみ、僕に目線を合わせるホークアイ。
「うっく…。えっく…。おねえさまが…」
「リースが?  リースがどうしたんだ!?」
「エノル病に…。エノル病にぃーっ!」
「なんだって!?  そんな馬鹿な…」
「おねえさま、薬草のニアテマ草を僕にも、アマゾネスたちにも取りに行くなって言って…。
うっうっ…。うわぁぁぁんっっ!」
「……落ち着くんだ、エリオット!  泣くんじゃねえ!  男だろ!」
「ひっく!」
  僕はしゃっくりとともに、涙が止まった。そうだ…。泣いちゃダメだ。こんなとこで泣い
たりしちゃダメなんだ!
「で、そのニアテマ草はどこに生えてるんだ」
「ランプ花の森だって…。でも、どこに生えてるとかもよくわかんなくて、モンスターも強
いって…」
  僕は一生懸命に涙をふきとった。もう…、泣くもんか!
「ランプ花の森か…。妖精王ならなんか知ってるかもしれねえな…。よっし、待ってろエリ
オット。俺が取って来る!」
「え!?」
  意外だった。僕は口をぽかんとあけてホークアイを見た。
「だ、だって、あそこのモンスターはすごく強いって…」
「バーカ。んなの恐れてられっかよ。おまえにも、アマゾネスたちにも行くなっつってんな
ら、俺が行けば良いんじゃねえか」
「で、でも…」
「エリオット。だれかがやんなきゃいけないんだ。でなきゃ、リースは助からないんだろ?」
「………ホークアイ…」
  明かりに照らし出されたホークアイは、誰よりも男らしかった。あんないい加減な顔なん
か、どこにも見当たらなかった。僕は、僕は…。
「なに、また泣きそうな顔してんだよ。急いだ方が良いんだろ?  んじゃ、行って来る!」
  無造作に僕の頭をなでつけ、ホークアイは身をひるがえして、また窓に向かった。
「あ、ホ、ホークアイ!」
「ん?」
  行こうとするホークアイを思わず僕は呼び止めた。
「あ、そ、その…。が、がんばってね…」
「おう、任せとけって!  んじゃな!」
  軽く手をあげて、彼はやっぱり闇にかき消されるかのごとくに姿を消した。僕は思わずバ
ルコニーまで駆けてった。
  遥か遠くに、何かが飛んで行くのが見えた。…翼あるものの父?  ホークアイ、あれに乗
って毎晩のように、ここに来てたって言うの?
  …それから、僕はおねえさまの部屋に行った。医者と、アマゾネスたち、じい、アルマ…。
みんなに囲まれている。
「エリオット…」
「おねえさま。僕がいるから…。あいつが、あいつが取って来るって…」
  僕はギュッとおねえさまの手を握りしめた。
「あいつ…?」
  僕はホークアイの名前を言おうとしたけど、みんなの前でなんだかはばかられた。
  それでも、おねえさまはニコリと弱々しげに笑って、僕の手を握り返してくれた。
「おねえさま…」
  おねえさま…。おねえさま…。僕の大好きなおねえさま。死なないで、絶対に!


  祈り続けてどれ程の時間が過ぎたんだろう…。おねえさまの額には冷たいおしぼりが乗っ
てるけど、すぐに暖まってしまう。何度も何度も取り替える。こんな事しかできないなんて
…。


  夜が明けて、朝日が昇って来る。この、おねえさまの部屋にも光が差し込む。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…。うくっ…」
  苦しそうにおねえさまがあえぐ。汗びっしょりで、ふいてもふいても、次々とふき出てく
る。
「おねえさま!」
  僕も、みんなも。一睡もしてない。この部屋の外にも、たくさんのアマゾネスたちがおね
えさまを心配している。おねえさま…。どうか死なないで…。マナの女神様、どうか、どう
かおねえさまを助けて!
  ガタンッ!
  いきなりの音に、僕はビクッとはね上がった。バルコニーからだ。  ……まさか!
  僕はハッとなってバルコニーへの窓を開けた。そこには、血まみれになったホークアイが
転がっていた。
「ホークアイ!」

「…ホ、ホレ…。ニアテマ草だ…。早く…、…こいつを……煎じて飲ませろ…。はやく…!」
  彼はその震える手で、小さな黄色い花をつけた、一握りの草を僕に差し出す。
「ホークアイ!  すごいケガだよ!」
「いいから早くしろ!!  リースが危ねぇんだろっ!?」
  思い切り怒鳴られて、僕は小さく跳ね上がった。その気迫は、怖いくらいだった。
「わ…、わかった…。わかったよ。煎じれば良いんだね?」
  僕は、こちらを見ているお医者さんにこの薬草を差し出した。
「早く!  早くこれを煎じておねえさまに飲ませて!  お願い!」
「あ、ああ…。は、はい。わかりました!」
  お医者さんはちょっとあっけにとられていたが、薬草を手に取って強くうなずいた。僕は
それを見届けると、急いで僕の部屋に急いだ。
「エリオット様!?  どこに行かれるんですの!?」
  背中から聞こえるアマゾネスの声も無視して、僕は、自分の部屋に突っ走った。
  僕の部屋の戸棚には、はちみつドリンクがある。甘くて、僕、大好きなんで、ちょびちょ
びなめてたんだ。あれは、体力を回復させたり、ケガを早く治す効力があるっておねえさま
に教わった。
  僕は、はちみつドリンクをひったくるように取り出すと、急いでおねえさまの部屋のバル
コニーまで走った。
「ホークアイ!  これ、これ飲んで!  はちみつドリンクだよ!」
「……すまねぇなぁ…。ちっと油断しちまって、このザマたぁ…。ゴフッ…」
  ああああ!  血なんて吐いて!  そんな大ケガしてまで…。
  僕は、ホークアイの口にはちみつドリンクを流し込む。
「うっく…。んっ…」
  しばらく頭を起こしてごくごく飲んでいたけど、気が済んだのか、大きく息をついてまた
頭を落とした。
「ホークアイ…。大丈夫?  大丈夫?」
「……バカ…。俺の心配よりおめぇのお姉様の心配をしろ…」
「だって…。そりゃもちろん、おねえさまも心配だけど、ホークアイもほっとけないよ!」
「……フッ…。なに言ってんだよ…」
  ホークアイは微かに笑ってから、返事をしなくなった。ど、どうしちゃったの!?  まさか、
死んだなんて、そんな馬鹿な!?
「ホークアイ?  ホークアイ!?」
  ホークアイの体をゆらそうとすると、ライザが僕を制した。
「ゆらさないで。…………大丈夫。この男は生きてます…。意識を失ってるだけです。先程
のはちみつドリンクが効いたようですね」
  ライザは落ち着いてホークアイの脈を取り、僕にそう言った。
  僕は気がぬけて、ヘナヘナとしりもちをついてしまった。
  …そうだ、おねえさま。おねえさまも。
「この男は私たちが運んでおきます。エリオット様はリース様を…」
「うん。わかった…」
  ライザたちは二人がかりでホークアイを運んだ。僕はそれをちょっと見届けて確かめると、
おねえさまの所へ駆け寄って、またおねえさまの手を握った。
「…おねえさま。薬草が、ニアテマ草が来たんだよ。もう、大丈夫だよ…」
「……エリオット…。……ホークアイが、来たのね…」
「うん…。ホークアイが、取って来てくれたんだ…。おねえさまのために…」
「……そう……」
  おねえさまが何を考えているかわからなかったけど、ひどく苦しそうだったあのおねえさ
まの顔が、一瞬、柔らかくなった気がした。


「………どうですか……?」
「……大丈夫…。もうだいぶ楽になったわ…」
  あの薬草が効いたらしく、おねえさまは本当に良くなったみたいで、今までの苦しそうな
表情はなくて、とってもスッキリした顔をしている。
「薬が効いたようですね。とにかく、良くなったとはいえ、安静が一番です。今日は寝てい
て下さい」
「ええ…。でも…」
「…おねえさま。ホークアイは僕がみてるよ。おねえさまの分も…」
「……エリオット…。ところで、おまえどうしてホークアイを?」
「えっ!?  いや、その…。おねえさま、安静にしててね!」
  僕は慌ててそれだけ言い残すと、ホークアイが寝かされている救護室に向かった。
「どう?  ホークアイの様子は?」
「ええ…。外傷の手当は完了しました。毒にも侵されていたようですが、それも治癒しまし
たし、死ぬ事はまずないでしょう。大丈夫です」
「そう…」
  お医者さんの言葉にホッと胸をなでおろし、僕はドッと疲れがでてきた。
「…ところで、…この男は一体…。リース様や、あなた様との関係は…?」
「…んっと…それはー…」
  言えないなぁ…。おねえさまをねらって、内緒で毎晩近く訪ねてきてたなんて…。
「エリオット様が何故この人をご存じか知らないけど、この人、この城をナバールから奪回
する時に手伝ってくれた人よ」
  ライザが、不意に口をひらいた。
「え!?」
  そうだったの!?
「本当かい?」
「ええ。さっき思い出したわ。どこかで見たことあると思ってたんだけど…」
  ホークアイが、そんなことをやってたなんて…。
「確か、この人もナバールだったハズなんだけど、美獣に操られてるからって、誤解を解い
たのも彼ね。私たち、彼らにずいぶん助けられたんだけど…。でも、どうしていきなり…」
  それ以上の理由はライザも知らない。そりゃそうだよね…。
  でも、なんか二人とも無事だってわかると、急に疲れが…。
「ふあぁ…」
「あ、エリオット様。眠いんですね。寝ていいですよ。徹夜はつらかったでしょう。後は私
たちに任せて、どうぞお休みになって下さい」
「…うん…。ありがとう…。よろしくね…」
「はい」
  ライザって頼りになるなぁ…。なんて思いながら、僕はフラフラと僕の部屋に戻って、ベ
ッドに寝転がった。それから、一分もしないで、僕は眠りに落ちた。


「んふ…、あー…」
  僕はぎゅうっと伸びをして、肩をコキコキ鳴らした。
  おねえさまたちはどうなったかな。
  軽く顔をなど洗って、僕はおねえさまの部屋に行った。
「エリオット。起きたのね」
  おねえさまはベッドから起きていて、僕を迎えてくれた。
「おねえさま!  もう寝てなくていいの?」
「激しい運動はダメですが、普通に歩くくらいなら平気ですよ」
  お付きのアマゾネスが解説してくれた。
「じゃあ、もう良くなったんだね!」
「ええ。心配かけてごめんなさいね」
  ぎゅっと抱き締めてくれる。おねえさまだ…。優しくってあったかい僕のおねえさまだ…。
「……さて…。ホークアイの様子も見て来なくちゃ…」
「…僕も行くよ」
  おねえさまと手をつないで、救護室に向かう。その途中、おねえさまが話しかけてきた。
「ねえ、エリオット。おまえ、どうしてホークアイの事を知ってたの?」
「んーっと、そのー…。アイツ、おねえさまの部屋を訪ねた後、僕の部屋に来てたんだ」
「そうだったの!?  あ、じゃあエリオット知ってたの!?」
「う、うん…。なんだかおねえさまもホークアイの事言わないから、言わない方が良いかな
って…」
「そ、そう…」
  困った顔付きをして、おねえさまはきょろきょろと目線を動かす。ちょっと、頬あたりが
赤かったかもしれない。
  救護室には、未だに意識を取り戻さないホークアイが寝かされいた。
「あ、リース様、エリオット様…」
「彼の様態は?」
「ええ…。外傷がけっこう激しいのですが…、元々基礎体力もしっかりしてるようですし、
手当も終わりました。直に完治するでしょう。あとは、意識が戻るのを待つのみです」
「そう…」
  おねえさまはゆっくりを膝をついて、ホークアイを眺めた。その目が、いつも僕を見る目
とは違っている事に気づいた。
  おねえさまは無言のまま、ホークアイを見つめる。一体、おねえさまはどんなことを考え
ているんだろう…。
  何か話しかけようと、口を開きかけた時、だれかが僕の肩をたたいた。振り向くと、ライ
ザがいた。彼女は首を横にふる。そして、ゆっくりと人差し指を口に当てた。
  ………………。
  僕は、二人を見て、そして…。うなずいた。ライザは少しだけさみしそうな笑顔を見せて、
僕と救護室を出た。
  ライザは、大人なんだなって、この時痛感した。
  出て行く間際、そっと振り向くと、おねえさまは、ホークアイを見つめたままだった。
  ………おねえさま……。


  僕は昼間の事が気になってしょうがなかった。あのホークアイを見るおねえさまの目が、
なんていうのかな…、すごく気になる…。
  今、おねえさまは自分の部屋で安静にしてると思うけど…。
「エリオットー、入るぞー!」
  ビクッとなって振り向くと、えらく上機嫌のホークアイが入ってきた。
「……ど、堂々とドアから入ってきたのは初めてだね…」
「はっはっはっ!  こういう日もあるさっ!」
  ……………。
  僕は思わず顔をしかめた。なんなんだ、この異常に機嫌の良いホークアイは…。
「と、ところでケガの方は大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。俺はあんなんで死にやしねえよ。いやー、リースも助かって、俺も助か
った。こんなにめでたい事はないな!」
「…………………」
  どうしたんだ…。どうしたんだよ、ホークアイ!?  この底抜けの明るさはなんなんだ!?
「ど、どうしちゃったの、ホークアイ…」
  僕がおずおずとそう言うと、彼はフッと軽く笑って僕の肩をがっしとつかんだ。
「呼び捨てはいけないな。これからはお義兄さまと呼んでくれ」
「…っ!」
  ちょっ、ちょっとどうなってんだよ!?
「ホ、ホークアイ?…」
「んー?  いけないなー。お義兄さまだよ。いいかい?  言ってごらん。お・に・い・さ・
ま!  OK?」
  なっ、なんなのーっ!?  どうしたのーっ!?
「オーゥ。どうしたんだよ、そんな顔して」
  額に手をやって大袈裟に首をふる。僕はもうなにがなんだかわからなかくって。
「それにしても、エリオット。人生ってスバラシイな!」
「は!?」
  な、なにをいきなり!?
「あ、あの、あのホークアイ…」
「お義兄さま!  もしくは、愛の使者ホークアイ様とでも呼んでもらおう!」
「…………………」
  絶句を通り越し、僕の目には涙があふれ出た。
「泣ーくなよ、エリオット!  今日はめでたい日なんだから!  俺様は今モーレツに感動し
ているんだ!  おまえにもこの感動をわけてやろう!」
  と、いきなり僕のほっぺにキスをかましたのだ!
「!?!?!?!?!?!?」
  この瞬間、僕はなにも考える事ができなかった。真っ白になるってこういう事を言うん
だ!
「エリオット?  だれかいるの?」
  おねえさまの声だ。おねえさま、そこにいるの!?  もしかして、今の見た!?
「おっと、それじゃあな、未来の弟くん!」
  ホークアイは投げキッスを僕に投げると、バルコニーから夜の闇へと消えてしまった……。
  あ、あ、あああああああああああああああああああ!!!!!
「おねえさまーっ、おねえさまぁぁっーっ!」
  僕はたまらなくなって走りだすと、おねえさまに抱き着いた。
「エ、エリオット?  どうしたの!?」
「おねえさま!  おねえさまぁ!」
  僕は涙が止まらなくって、激しく泣きじゃくった。だって、ショックだよ!  ものすごく!
「エリオット…。どうしてったいうの…、そんなに泣いて…」
  僕はしばらくおねえさまを困らせてしまった。
  それから、おねえさまに軽くおでこにキスしてもらって、ようやく、落ち着けたような気
がする。
  ………………。
  ベッドに腰掛け、僕はしばらく呆然としていた。さっきの事をついつい思い出してしまう。
…唇にされないだけマシというものだろうけど…。やめよ…。気分悪くなってきた…。
  それにしても、ホークアイはどうしたというのだろう。異常なまでにハイテンションだっ
たぞ。感動してるって言ったよな。そういえば。
  感動…。この感動をおまえにもって僕に……。いや、やめなきゃ…。……ん?
  僕はハタと気づいた。「も」?  この意味は…。……ホークアイは「おまえにも」って…。
  ……………まさか……………。そういえば、泣いててよくは見なかったけど、おねえさま
の様子もちょっとヘンだった。
  …………………………………………。
  ……僕は、これ以上は何も考えない事にした。
                                                                    END