どれくらいの時間が過ぎたか。我慢していた足の痛みがひどくなってきた。
「フゥ…フゥ……うっく……」
  どうしようもなく痛くて、まるで気が遠のくほどである。
  実際、気を失っていたのだろう。
  フッと意識を取り戻し、目を開けると、心配そうな顔のデュランが、自分をのぞき込
んでいた。
「……デュラン……?  いつの間に…?」
「おまえ…足、どうだ?」
  言われて、リースはさっきよりも痛くなくなっている事に気づく。
「……そういえば、先程よりかは…痛みません…」
「…そっか…良かった…。ちょっとは効いたみたいだな…」
「ちょっとは?」
  リースはデュランの言ってる意味がわからなくて、彼の顔を見る。
「魔法のクルミが売ってたんでな、それで…それ食って、また回復魔法を試してみたん
だ…。シャルロットには全然及ばないけど…な…」
「そうですか…」
  それで、毛布が外されている事にも納得がいく。足が痛すぎて身動きできず、ずっと
仰向けの状態でなければなかったのだが…。
「じゃ、もいちどかけてみるからな…」
  回復魔法のアンチョコを手に、デュランはまた呪文を唱え始める。まだ見ながらでな
いと、完璧に回復魔法をかける事ができない。
  デュランの腕前では、リースの足を完璧に治す事は不可能だった。けれど、立って少
し歩くくらいはどうにかできるくらいまでには、回復させる事ができたのだ。
「ちょっと、痛みますけど、大丈夫です。歩けますよ」
  ゆっくりと歩いて見せると、デュランもホッとした顔をする。
「そっか…。じゃ、あんまり無理はすんなよ。明日また、かけなおすから」
「ええ。……っと、それよりデュラン、あなた夕ごはんは?」
  夕食の時刻がとっくに過ぎている事に気が付いてそう言うと、デュランは苦笑する。
「…いや、それがまだなんだけどよ。とりあえず、宿屋の人に頼んで残り物でも良いか
ら、なんか出してもらおうと思ってるんだけど…」
  二人も抱えているデュランに、宿屋を選ぶ余裕はなかった。とりあえず、一番近かっ
たこの宿屋に飛び込んだのである。ここは下は飯屋、上は宿屋と兼業の宿屋であった。
「…ごめんなさいね、私のせいで、遅れてしまって…」
  申し訳なさそうにリースがそう言うと、急に不機嫌そうになった。
「…その謝るクセやめろよ。別におまえが悪いワケじゃねーんだからよ」
「…………あ、はい……」
  また謝罪の言葉が口に出そうになり、思わず引っ込める。
「じゃ、メシ食いに行こうぜ。歩くのがキツかったら言えよな」
「え、ええ…」
  そして、二人は下の飯屋へと赴く。デュランはゆっくり歩くリースのペースにあわせ、
キツい階段は肩を貸してくれた。
  やっぱりまだ足を引っ張っているなと思いつつ、デュランをまた怒らせるなと思うと
何も言えない。
  なんだか久しぶりのまともな食事のような気がしてならない。残り物で、メニューと
してはてんでバラバラだったが、そんなの気にもならなかった。
  おなかいっぱいに残り物のごちそうを詰め込み、リースは本当にホッとしてしまった。
「あの女の子、何も食べてないんだろ?  おかゆを作っておいたから。残しても良いか
ら持っていってやりな」
「あ、ありがとうございます!」
  宿屋のおばさんが、シャルロットを心配して、わざわざおかゆを作ってくれたのだ。
「まぁ、これも残り物をちょっと料理しただけなんだけどね」
「いいえ、じゅうぶんです。本当にありがとうございます」
  心の底からそう言って、デュランは深々と頭を下げる。リースも一緒になって頭を下
げた。
  とりあえず、デュランはそのおかゆを持って部屋に行き、そしてまた戻ってリースの
移動を手伝ってくれた。
  シャルロットは熱が少し下がったらしく、目を開けてボンヤリと天井を見上げていた。
「あ、シャルロット…起きてたの…?」
「……リースしゃん…」
  起き上がる気力はまだないのか、だるそうに目をこちらに向ける。
「シャルロット。宿屋の人がおかゆ作ってくれたからな。食えよ」
「……いいでち……いらないでち………」
  食欲がないらしく、シャルロットはゆっくり首を振る。
「ダメだ。とにかく体力つけなきゃならんからな。少しでも食え」
「いらないでち…」
  しかし、デュランはテーブルの上に置いておいたおかゆを手に取り、シャルロットの
ベッドに近づく。強制的にでも食べさせるつもりらしい。
「全部食えってワケじゃないんだ。少しでも何か口にいれろ」
「いらないでちったらぁ…」
  嫌がるシャルロットの毛布をはがし、ゆっくり抱き起こす。
「さぁ」
「……いやぁー…ん…」
「シャルロット。お願いだから食べてちょうだい。一口でも、二口でも良いから」
「…………………」
  リースにそう言われて、シャルロットは渋々とおかゆのさじを手にとる。しかし、や
っぱり食欲がまったくないらしく、さじをまた戻してしまった。
  仕方なく、リースが代わりにさじを手に取り、熱いかゆに息を吹きかけて、少し冷ま
すと、シャルロットの口元にもっていく。そして、優しく声をかけた。
「はい、口を開けて」
「………んあ…」
  口を開けたので、そこにさじを入れる。ゆっくり口を閉じると、これまたゆっくりに
かゆをかんでいる。
「食えたか?」
  デュランが優しくシャルロットをのぞき込む。リースもほほ笑みながらシャルロット
を見ていた。
  シャルロットは、そんな二人をぼんやりと交互に眺めていた。そして、少しほほ笑ん
だ。欲しかったものが、そのものではないけれど、目の前にあるような気がしたのだ。
「ふふ…。もすこし、おかゆ食べるでち…」
  それを聞いて、デュランとリースは安堵したようにほほ笑みあった。

「じゃあ、この島に流れ着いてる可能性が強いんですね?」
「ああ。だから、みんなこの島にいるんじゃないかって、話だ」
  デュランは町で、あの嵐で流れ着いた者がいるかどうか、町の人間に聞いてみたのだ。
すると、どうやら海流の関係で、そのほとんどがこの島に流れつくというのだ。だから、
デュラン達のように、他の奴らもこの島に流れ着いてる可能性が強い。
「おまえの足とか、シャルロットが回復しないまでには、動く事はできないけど、でも、
この町がこの島で一番大きいっていうし、たぶんみんなここに集まってくるんじゃねぇ
かな…」
  ケヴィンはちょっとわからないが、ホークアイやアンジェラなら、まずそういう行動
を取るのではないだろうか。
「そうですね」
  リースも希望を強く見いだせるようになって、ほほ笑んだ。少しは歩けるようになっ
たし、明日まだデュランに、回復魔法をかけてもらえば、もっと動けるようになるだろ
う。そしたら、あんな足手まといのような存在にはならないのだ。
「…さて…ま、とにかくは明日だな…。俺、もう寝かせてもらうな」
  すごく疲れてるハズだ。デュランは大きなあくびをして、隣のベッドに横になろうと
した。
「デュランしゃん……」
  かぼそいシャルロットの声に反応して、リースも彼女の方を見る。
「……なんだよ?」
「シャルロット、真ん中のベッドで寝たいでち…」
「………何で?」
「……いいから……。寝たいんでち…」
  デュランもリースも思わず顔を見合わせる。そして、デュランはしょうがない、と言
ったようにため息をつくと、真ん中のベッドにシャルロットを移した。
「それででちね、リースしゃんはこっちのベッドで、デュランしゃんはこっちのベッド
で。ついでに、デュランしゃんのベッドを、シャルロットのベッドにくっつけてくだし
ゃい」
「なんでそんな面倒くせぇ事したがるんだよ…」
  もう寝たいのに、色々注文つけられて、さすがにデュランもうざったそうな顔をする。
けれど、病気のシャルロットのワガママは聞いてやるつもりらしく、また、ため息一つ
ついて、シャルロットの言うとおりにしてくれた。
「ホレ、これで良いんだろ?」
「はいでち」
  火照った顔で、シャルロットは嬉しそうにほほ笑んだ。
「じゃ、もう寝るからな」
「あ、はい。ご苦労様でした。おやすみなさい」
  リースがそう言うのも、最後まで聞かずに、デュランはさっさと横になって寝てしま
った。
「……ちょっと…つまんないでちね……」
  リースは、やっとシャルロットが何をやりたかったのか気づいた。どうやら彼女、“川
の字”で寝たかったらしいのである。
「ほら、シャルロットももう寝ましょ。とにかく休むのが一番ですからね」
「………はいでち」
  少しそれを意識して、リースがそう言ってやると、シャルロットもそれに気が付いて、
照れ臭そうにほほ笑んだ。
  明かりも消して、窓からはうっすらと星明かりがわずかに入り込むだけだった。
「…ねぇ、リースしゃん…」
「なに?」
「……お手て、つないでくれまちか…?」
  暗いながらも、少しだけシャルロットの顔がわかる。
「はいはい。今日は随分甘えん坊ね」
「………へへへ…」
  恥ずかしそうにちょっとだけ笑う。両親を早くになくしたシャルロットの事。きっと
こういうのに憧れていたのだろう。
「…それにしても…デュランしゃんたら、イビキがうるさいでちね…」
  ムードもへったくれもないデュランのイビキに、シャルロットの口調が不機嫌そうだ。
「仕方ないのよ。…私が、足をひどく痛めたのは、シャルロット知ってたかしら?」
「知らないでちよ。ひどかったんでちか?」
「ええ。船のマストだと思うんだけど、足がそれの下敷きにされちゃってね。両足とも
すごく痛くて、立ち上がるのも無理だったの」
「そんなに…。じゃ、明日、シャルロットが回復魔法をかけたげまちからね。なんなら、
今からでも…」
「大丈夫よ。今はそれほどでもないから」
  あせって起き上がろうとするシャルロットを、小さく笑ってとどめる。
「デュランの回復魔法のおかげで、だいぶ楽になったわ」
「ありゃま。デュランしゃん、回復魔法をとーとー覚えたんでちか」
  二人は小声で、ぽそぽそとしゃべりあう。
「でも、やっぱりうまくできなくて、私の足も完璧に回復できなかったの。デュラン、
動けない私を背負って、そして、途中で見つけたあなたも抱いて、ここまで来てくれた
の」
「……そーだったんでちか…。ほとんど、覚えてないでちよ……」
「丸2日私を背負って歩いてくれたし、こんなふうにちゃんと休めなかったから、すご
く疲れてるの。だから、仕方ないのよ…」
「……わかったでち。じゃ、今日だけはあのイビキも、我慢したげるでち」
「ふふふ…」
  どうやらシャルロットの熱もだいぶひいてきたらしい。いつものおしゃべりに戻りつ
つあるようだ。
「………ねぇ、リースしゃん…」
  しばらく経ってから、シャルロットが不意に声をかけてきた。
「なぁに?」
「…やっぱり……何でもないでち…」
  少し考えて、そしてそう言った。
「?  そう?」
  リースはちょっとワケがわからなかったが、だいぶ眠たかったので、それを考える余
裕もなく、眠りの世界にとおちていった。

                                                           to be continued...