次の日。朝食の後、デュランはまた回復魔法を数度にかけてみる。 ベッドに腰掛けるリースの足に、デュランは跪いて、今度はアンチョコなしで頑張っ て回復魔法をかけているのだ。 「……どうだ…?」 リースは、自分の手で、昨日まですさまじく痛かった患部をさすり、軽く叩いたりし てみる。 「もう、大丈夫です。痛くありません」 「そっか…。良かった…。あとは、シャルロットにダメ押しで回復魔法をかけてもらう だけだな」 ほほ笑んだリースに安心して、デュランの方も表情がほころぶ。 そして、そのシャルロットはと言うと、まだ眠っていた。起こすのも悪いので、寝か せたままなのである。 「……シャルロットの熱…だいぶ下がったみたいですね…」 「ああ、そうみたいだな」 二人は、シャルロットの寝顔を見る。まさに天使の寝顔である。 「…ま、昼飯まで、俺もちっと休ませてもらうか…」 昨夜寝たくらいで、とれる疲れでもない。デュランは大きく伸びをすると、ぐるりと 回って自分の寝ていたベッドに移動する。 「………ねぇ、デュラン…」 「あん?」 横になろうとしたデュランに静かに話しかける。彼は不思議そうにリースを見た。 「……その……、ありがとうございます…」 「……いきなり…何言ってんだよ…」 ワケがわからなくて、デュランは困惑顔だ。 「だって、丸まる二日も私を背負って…、うち一日はシャルロットまで抱いて。ここま で運んでくれたんですもの…」 それだけではない。昨日はひどく疲れていただろうに、嫌な顔もしないで、リースと シャルロットと面倒みてくれたのである。 「別に。仕方ないじゃん。俺の回復魔法じゃお粗末だったんだし、おまえはケガしてた し、シャルロットは高熱だしてるし…。そうするより他なかったんだし」 「でも。普通できませんよ、あんなこと…」 「…ま、力ばっかはウリだからな」 そういう事じゃなくって…。 どう言えばデュランに伝わるのかわからない。この男ときたら、他人の心のわずかな 機微を読み取るという芸当が非常にお粗末なのである。その分、言動にイヤミはないの だが、デリカシーには欠ける。 リースは小さく息をついて、少し考えた。 「…そういえば、デュラン、あの時、好きで無理してるって言いましたよね…?」 「……いつ…?」 「私を背負って歩いてる時ですよ」 「……あー…、そう言えば、言ったな、そんな事…」 リースの遠慮がうるさくて、そんな事を言ったのを思い出す。自分としては、当然の 事をやっているのだ。仲間なんだから、遠慮されてはなんだか他人行儀な感じがする。 「…どうして、好きで無理してたんですか?」 「……どうしてって…、なんでそんな事聞くんだよう」 あの時の思考回路などもはや覚えていない。デュランは少し口をとがらせた。 「いいですから」 「……どうしてって言われてもなー…」 「私…デュランに無理させてるのが心苦しくて…、でも、あなたは好きで無理してる、 なんて言うし…」 「…うーん…。だってよ、おまえが心苦しい、なんて思ってっから、こっちがイヤなん じゃねぇか。心苦しいも何も、仕方ねーんだからよー。それに、なんか、それって仲間 じゃないみたいだし…」 「……そうですか……」 仲間とは、一体どういう間柄の事を言うのかな、などとリースは思わず考えたりする。 「…足手まといにはなりたくない…。…そりゃそうだよな…。自分が、みんなの足を引 っ張ってる、なんて事になったら、切り捨ててもらった方が気が楽だってのも…確かに わかる……」 デュランが仰向けに寝転んで、そう言ったので、リースは彼の方に視線を戻した。 「……でもさ、リース。例えば、このシャルロットだけどよ、おまえ、こいつの事足手 まといだって、思った事あるか?」 少し身を起こし、そして肘をつき、手のひらに顔をのせてリースを見た。 「いいえ」 リース即座に首をふる。 「じゃ、回復魔法がなかったら、お荷物だと思うか?」 「…そうですね。私は、あまり気になりませんね…」 もちろん、シャルロットの回復魔法はありがたい限りである。けれども、別にそれが なくても、リースはあまり気にしないだろうと思った。いてくれるだけで良いからだ。 「俺もそう思う。そりゃ、こやかましいし、手間かかるし、なんかちょろちょろしてる けどよ。でもさ、俺、今さっき思ったんだけど、俺が昨日あんだけ頑張れたっての、た ぶんシャルロットのおかげなんじゃないかな…」 「……そう……なんですか…?」 「だってよ、こいつといるのと、ホークアイといるのと、おまえ、どっちが『自分がシ ッカリしなきゃな』とか思う?」 「あ…そうですね…」 リースも、デュランの言いたい事が見えてきた。 ホークアイは色々便利な男である。彼一人さえいれば、おそらく生活に困る事はない んではないかと思うほどの便利さだ。頭の回転も早いし、口も立つ。戦闘力はデュラン 達といるとかすんで見えるが、それはデュラン達が強すぎるだけの事。彼だけでもじゅ うぶん強い。 つまりは、頼れる男なのである。 反面、シャルロットはどうか。小さくて子供で、ワガママで甘えん坊。無駄口は多い し、足も遅い。明るくて可愛くて、回復魔法がよく効くという利点をとってしまうと、 何が残るであろうか? そんなシャルロットを頼りにする人間は、少なくともパーティ内では1人もいない。 逆に言えば、頼りないその存在は、自己責任を強くさせられる。面倒見の良い彼らな ら、なおさらそう思う事だろう。 「ホークアイ達といるんならさ、俺は自分の役割を果たすだけだ。でも、こいつと一緒 だとさ、それだけじゃマズイだろ?」 「…そうですね…。私も、そう思います…」 「こいつが俺を頼ってくれるとさ、なんて言うか、それに応えなきゃな、とかって思う し…。俺を必要としてくれてるな、とか思うワケだ…」 少し照れくさそうに言うデュラン。 「…わかります、その気持ち…」 だから、頑張れたんだなと、理由が見えてきた。普段、こういう事はまず言わないデ ュランだから、言ってくれた事がなんだか嬉しくなってくる。 「なんか、そう思うと、足手まといってのも、実は逆に、けっこう役立ってるかもしれ ねぇな」 「そうかもしれませんね」 それは、その人の持ってる以上の力を引き出してくれる存在と言っても良いかもしれ ない。 「シャルロット見たら、足ケガしてるおまえ見たら、俺が頑張らなきゃとか思うし…。 好きで無理もしたくなるよ…」 「………デュラン……」 自分でもよく考えてなかった、ただ、そう思ったからそのまま口にした事を、改めて 考え直して、理由を見つけだす。 「でも、それだと、足手まといってのにはならねーのかなぁ…?」 どうやら眠いらしく、デュランは目をしょぼつかせはじめた。 「そうですね。それに、足手まといって、イライラさせられるものでしょう。でも、そ う思わないのなら、そう言わないものなのかもしれませんね」 「………なら、昨日のお前だって、別に足手まといじゃねーよ……」 デュランのまぶたが重たそうにとじてくる。 「え…?」 「……言ったろ…? 別に…俺はおまえを足手まといなんて…思ってねぇって…。…ど うあれ…やっぱ……おまえにいて…ほしいから…」 「………………」 「……ふあ、ふわぁ…あ…。…もう…俺寝るわ…」 「あ、はい…」 デュランは大きなあくびをして、そして寝返りをうってこちらに背を向けると、すぐ に眠ってしまったらしかった。 リースはそんなデュランを見て、少し頬を染めてほほ笑んだ。そして、彼女も出てく るあくびを手でおさえて、そして、布団の中にともぐりこんだ。 みんなが起き出したのは、お昼に近い時間だった。シャルロットも起き出して、だい ぶ熱も下がったらしく、いつものようにペチャクチャおしゃべりをしていた。 そして、少し遅めの昼食をとった後、デュランとリースは仲間探しの聞き込みも兼ね て、買い物に行こうと言う事になった。そして、大事をとってシャルロットに留守番し てもらおうと、そうシャルロットに言うと…。 「行く行く行く! シャルロットもお買い物に行くでち!」 「安静にしてろよ。だいぶ熱が下がったっつってもよー」 「そうよ」 「イヤイヤイヤー! ずぅっとベッドにおねんねなんて、ヒマすぎるでちよ!」 「けどよー…」 しかし、デュランもリースもシャルロットに根負けして、仕方なく3人で出かける事 にした。 「ほら、お外はこんなにもあったかいのでち。だから、出歩いても平気なんでち!」 シャルロットの言うとおり、外は確かに暖かかった。 「でも無理すんな。絶対走ったりすんなよ」 「わかったでちよう」 少しだけ口をとがらせるが、すぐに笑顔に戻ってデタラメな鼻歌なんぞ歌い出す。 ふと、シャルロットは自分をはさんで歩くデュランとリースを見上げた。 「………あの、ねぇ…」 「ん?」 「なぁに?」 二人が同時にシャルロットを見下ろした。それを見ると、なんだかすごく嬉しくなっ てしまった。 「ねねね、お手て、つなご?」 「はぁ? なに言ってんだよ、おめー」 デュランはすぐに怪訝そうな顔をしてそう言ったが、リースはにっこりうなずいて手 を差し出してくれた。 「ホラ、デュランしゃんも」 言って、シャルロットはデュランの手をつかむ。彼は、少しあきれた顔をしていたが、 今度は何も言わなかった。 「ふふふー、でち」 シャルロットは嬉しくて仕方がないらしく、デュランとリースを交互に見上げてはく すくす笑っていた。 それがあんまりにも幸せそうなので、釣られてデュランとリースの方も笑顔になって くる。 シャルロットはぴょんこぴょんこはねたりしてると思うと、今度はぶら下がったり、 せがんで、高くあげてもらったりしていた。 「くふふふふ」 デュランとリースの手を握り締め、シャルロットはスキップしていた。 「ねねねね、またあげて、高く高く」 「へいへい」 言って、デュランとリースはまたもシャルロットの手をつかんで高くあげてやる。 シャルロットは足をバタバタさせたりして、大喜びだ。 そして、2人がシャルロットと下に降ろした、その時である。 すかこぉん! 随分景気の良い音が響いて、デュランの頭に回転したロッドがぶち当たったのである。 「いってぇーっ!」 いきなりの不意打ちに、デュランは頭をかかえてしゃがみこんだ。 「誰だ!?」 振り向くと、今にも血管がブチ切れそうなアンジェラと、それをあきれた表情で見て いるホークアイがいたのである。 「ホークアイ! アンジェラ!」 リースも驚いた。まさか、こうも簡単に彼らに出会えるとは思ってもいなかったので ある。 「どうしたんですか!? やっぱり、あなたたちもここに流されてきたんですか?」 嬉しくなって、リースは二人に駆け寄った。 「……ま、まぁな…」 どこか気まずそうにホークアイがうなずいた。アンジェラはというと、不機嫌そうに 黙り込むばかり。 「な、なにしやがるんだよ、いきなり!」 「手がすべったのよ!」 再会の喜びなんぞをするヒマもなく、デュランは怒り出した。 そして、いつものように彼らのケンカがはじまったのである。 「あ、じゃあ、あとはケヴィンだけですね」 リースはというと、マイペースで再会できた事を素直に喜んでいた。 「…いや、ケヴィンももういる。とりあえず、宿で留守番してもらってるんだ…」 ホークアイが少し頭痛そうに、町中でケンカしているデュランとアンジェラを横目で 見る。 その気持ちはわからなくもないけれど…しかし…。 こうして5人なった面々は、とりあえず、ホークアイ達がとった、ケヴィンの待って いる宿屋へと向かう事にした。 「…………………」 シャルロットは、再会できたのに、あまり嬉しく無さそうに、ずっと黙り込んで不機 嫌そうに口をヘの字に曲げていた。 「…随分不機嫌そうだな…」 ホークアイがそう声をかけると、シャルロットは不機嫌そうなそのままの顔で彼を見 上げた。 「別に、でち」 ホークアイは彼女が不機嫌である理由もわかるような気がした。 あの3人とすれ違って、最初デュラン達だと気が付かなかったのである。アンジェラ も、そしてホークアイも。 武装していない、というのもあるのだが、まるで親子そのままで、この島の家族だろ うと、二人して思い込んでしまったのである。 それが、アンジェラにとってはひどくひどく気に入らなかったのだ。騒ぎは面倒なの で、止めようとするも時既におそし。杖はアンジェラの手から放たれていた。あるいは、 止めたくなかったのかもしれないが…。 そして、シャルロットはつかの間のワガママだ。あの二人ならじゅーぶんに甘えさせ てくれる事請け合いで、いつもよりまして甘えたかったのだろう。その時間が思ったよ りも随分短かった事に腹を立てているのだろう、と。 一人でこの島に流れ着いた時は、何よりもどんなにか仲間に会える事を切望したのに。 それでいて、こう、再会できたのに、あんまり嬉しくないってのは、ナンだなぁ…。 そう思いながら、ホークアイは複雑そうな視線で、前を歩く四人を眺めた。 オシマイ |