ゆらり、ゆらり、と揺れる。
  父親の背中で狸寝入りした事。このままにしてれば、きっとベッドまで運んでくれる。
そして、その願い通りリースは静かに自分のベッドに寝かしつけられた。
  大きくて、力強い父親の腕に抱かれて、何も怖くなかったあの時代。怖い事。不安な
事。不愉快な事。すべてのイヤな事から、父親と母親の暖かい腕が守ってくれたあの頃。
  何の心配もなかった。
  その暖かさを、そこはかとなく感じていた。
  揺り籠のような、護られている感覚。
  よく思い出せない、気持ちの良い夢を見ていた。
  しかし、気持ちの良い夢はいつのまにかイヤな夢へと変わる。真っ暗闇の中、とにか
く自分の体が熱かった。足がえんえんと痛み続ける。ふと見ると、なにか巨大なものが
自分の足にのしかかり、強く強く押しつけてくるようだった。
  どれくらい経ったか、急に現実に戻された。
「…ツウッ!」
  走った足の強い痛みに、リースは目を覚ました。
「…あ、スマン…。足…少し触っちまったようだ…」
  デュランの声。
  そうか、そうだった。
  すぐに自分の状況を思い出した。
  思わずため息をつきそうになって、慌ててそれを止めた。デュランに変な気苦労させ
たくないからだ。
  リースはとにかく何も考えないように努力した。ただ、ぼんやりと景色を眺めたりす
ることに徹した。
  どれくらい進んだか。
「………?  ねぇ、デュラン…」
「…なんだ…?」
「あれ…シャルロットじゃありませんか?」
「何だって!?」
  山育ちのリースの視力はパーティの中でもずば抜けていた。遠くのものを見る事に関
しては信頼がおけるのだ。
  デュランの歩調がさらに早くなる。そうだ。間違いない。シャルロットは浜辺でぐっ
たりと倒れているのである。
「シャルロット!  おーい、シャルロット!」
「シャルロットー!」
  二人で叫んでみるが、反応を示さない。不安を隠しきれないのか、とうとうデュラン
は走りだした。
「シャルロット!」
  とうとうシャルロットの所に着いた。デュランは注意深くリースを降ろすと、シャル
ロットを揺り動かす。
「シャルロット!?」
  リースの時のように、脈を取るため腕を手に取る。リースは緊張した面持ちでデュラ
ンの顔を見た。
「良かった…。生きてる…」
「良かった…」
  デュランの表情を見て、リースもシャルロットが生きてる事を悟り、心底ホッとした。
「おい、シャルロット、シャルロット!」
  デュランはシャルロットを揺り動かした。しかし、どうにも様子が変である。
「シャルロット!  どうしたんだ!?」
「うっ……う…デュランしゃん…?」
「シャルロット!  大丈夫か!?」
「……ううう…。あんまり、大丈夫じゃないでち…。なんか、すごく…気持ち悪いんで
ち…。熱いんでち…」
  今にも消え入りそうな弱々しい声がした。
  そういえば、確かにシャルロットの顔が火照っているようである。リースはシャルロ
ットの額に手をのせた。
「大変!  ひどい熱ですよ!」
「なに!?」
  今度はデュランがシャルロットの額に手を乗せる。それだけでも、彼女が高熱を出し
ていることがわかった。
「………くそっ…。なんてこった…」
  これでは、回復魔法をかけてもらうどころではない。
  どうやらシャルロット、今朝まで海をただよっていたらしかったのだ。彼女は泳げな
いので、おそらく流され続けていたのだろう。まだ、衣服も乾ききっていなかった。
「……どうする…?」
  リースに問いかけるというよりかは、自分に問うようにデュランがつぶやいた。
「とにかく、濡れた服を脱がせましょう。私の服を着せます。手伝って下さい」
「あ…、ああ」
  リースはそう言うと、よく動けないながらも、何とかシャルロットの服を着替えさせ
る。彼女に、リースの服はだぶだぶだが、そんな事は言ってられなかった。
「………よし!」
  シャルロットを着替えさせた後、デュランは少し考えてから、なにか決意をこめたよ
うだった。
  デュランはやおらタオルなどを取り出し、シャルロットを自分の胸あたりにとくくり
つける。これなら、何とか二人を運べそうだった。
「…あの…もしかして、デュラン…私たち二人とも…を?」
「どっちも置いていくわけにはいかねーだろ」
「私ならまだ平気です、私を…」
「黙ってろ。いいか。片手でおまえを背負わなきゃならんから、おまえは俺にしっかり
つかまれ」
  有無を言わせずにそう言うと、デュランはリースに背を向ける。拒否したいところだ
ったが、怒られるだけだろう。
  仕方なく、リースは彼の背中につかまった。
  フッと息を吐き出し、小さく掛け声をかけて立ち上がる。
 そして、彼は歩き始める。2人を抱え、3人分の荷物を持って歩く事は、いくら体力
のある彼でも重労働であった。しかも歩調はやや速いものである。
  しかし、デュランは何も言わずに歩き続ける。
 そのうち、息も荒くなり、汗も流しながらも、彼は浜辺を一歩一歩踏み締める。リー
スにできる事は、デュランの流れ落ちる汗をふいてやる事くらいだった。
「………うーん………うーん…」
  シャルロットが苦しそうに小さくうめいていた。高熱が出てるのだろうと思うと、リ
ースの方も気が気でなかった。

  デュランは休む間もなく歩き続けた。リースは何度か、少しだけ休んだらどうかと言
ったが、彼は頑として受け付けなかった。
  シャルロットをちゃんとしたベッドで寝かせてやりたいから。
  そう言って、彼は歩き続けた。
  ペースも崩さずに、彼は黙々と歩き続ける。時々、ずり落ちそうになるリースを背負
い直す以外は、立ち止まる事もなかった。
  そして、夕日が沈もうとしているころ。やっと町が彼らの前に姿を現したのだ。
「デュラン!  町です、町が…見えてきましたよ!」
「………へ…?  へ、へへ…やっとか…。よっしゃ…あと、もうちょっとだな…」
  下ばかり見ていたデュランは前を見て、口元のはしっこに笑みを浮かべた。あともう
ちょっとだ。もうちょっとなのである。

  やっと、彼らは町についた。時間帯のせいで、あまり人通りはなかった。とにもかく
にも、まずは宿屋であった。
  宿屋の階段を上る頃には、さすがのデュランも疲れが隠せず、多少足元がフラついた
りしていた。シャルロットの方は宿屋の人が運んでくれたので、少しだけ彼の負担は軽
減されたが…。
「よっこいせ…っと…」
  デュランはリースをベッドへとゆっくり降ろす。
「ご苦労様…。本当に…ありがとう」
  少し、声をつまらせてリースは礼を言った。
  しかし、それも聞こえなかったようで、デュランはフラフラと隣のベッドにドォッと
倒れ込んだ。
  しばらく、彼は少しも動かなかった。
  寝たのかな、と思い始めたころ、のろのろと身を起こす。
「デュラン…?」
「……ここで…寝ちゃマズイよな…」
  そうつぶやいたのが聞こえた。デュランはベッドから起き上がると、さっきよりかは
幾分しっかりとした足取りで歩きだす。
「デュラン?  どこ行くんですか?」
「色々やる事あるだろ?  まずは、シャルロットのために、何かさ…」
「………………」
  動けない自分は、ここでもまた無力感を感じさせられる。
「オマエは、とにかく休んでろ。明日、俺の回復魔法試してみるから」
  それだけ言って、デュランは部屋を後にした。
  部屋には病気のシャルロットとリースだけが残される。
  とりあえず、シャルロットをベッドにちゃんと寝かしつけてもらったのだが…。
「……うーん……。…うーん………」
  ずっとうなされている。そばによって、汗をふいてあげたり、色々してあげたいのに、
歩けない自分がひどく歯痒い。
  デュランは案外早くに戻ってきた。どうやら、桶に水を汲んできたようであった。
「あ、デュラン…」
  何も言わず、デュランは桶の中にいれてあるタオルをしぼり、そっとシャルロットの
額に乗せてあげる。
「とりあえず、今はこれだけな…」
「……ねぇ、デュラン」
「ん?」
「あの、シャルロットのベッドと、私のベッド、つなげてくれませんか?  あなたがい
ない間でも、シャルロットの面倒…みてあげたいんです…」
  言われて、デュランは一瞬きょとんとした表情をさせたが、すぐにうなずいた。シャ
ルロットのベッドの隣に行くと、グッと押した。
  ズズズ…ズズ…。
  だいぶ疲れているようで、ベッドをくっつけるのに手間取っているようだ。
「ごめんなさいね、疲れてるのに…」
「気にすんな」
  汗をぬぐって、ぶっきらぼうにそう言うと、桶をリースのベッドのすぐ下に置く。
「じゃ、ここにもひとつタオル置いておくから。シャルロットの事、頼むな。俺、医者
か薬か何かないか聞いてくる。もし、なにか買えるようだったら、買い物でもしてくる」
「ええ…」
  デュランは財布の中身を確かめると、この部屋を後にした。
  リースは残されて、一つ、息をついた。
  そして、隣のベッドでうなされるシャルロットの顔を、額に乗せてあるタオルで優し
くふいて、タオルを裏返して、また額に乗せる。
  これくらいの事しかできないが、側にいてあげられるだけでも良かった。

                                                         to be continued...