「……っ………」
  腕の中のシャルロットの温もりはもうない。デュランは、それだけを感じて目を覚ま
した。
「……こ……ここ……は…?」
  じゃりじゃりした砂。ヒリヒリする体。デュランはゆっくりと起き上がる。
「…………………?」
  きょときょとと辺りを見回した。ここは砂浜で、さきほどの嵐とはまるで無関係のよ
うな海が、当たり前のように波を寄せては返し、を繰り返していた。
  嵐のせいだろう。難破したと思われる船の破片があちこちに打ち上げられていた。
「…………みんなは?  みんな…どこ…行った…」
  デュランは見渡すが、ただただ、どこまでも砂浜だけが続いていた。
「…ウソ……だろ……」
  いや、あきらめるのはまだはやい。はやすぎる。デュランはそう思い、誰か一緒に打
ち上げられていないか、探す事にした。
  荷物はしっかりと体にくくりつけてあったので、一応無事だった。とりあえず、荷物
の中身を確認してみる。濡れた着替えは水をしぼる。携帯食料は海水にまみれていたが、
まぁ食べられなくはなさそうだ。水は、栓をしっかりしめていたので無事だった。ちょ
っと飲んでみたが、大丈夫。真水だ。
  デュランやリースのように鎧などで武装している面々は、もしもの時のために鎧など
をちびっこハンマーで小さくして、背負い袋の中にと入れているのだ。彼の大剣もまた
しかり。ただ、念のために、ショートソードくらいはそのままの大きさなのだが…。
  荷物は中身も一応全部無事だった。海水まみれである事以外に、無くなったものもな
かった。
  デュランは上着を脱ぎ、上半身裸になると、一つ息をついて浜辺の散策をはじめた。
(……みんな…。みんな…大丈夫……だよね…)
  頭の中から、今にも泣きそうなフェアリーの声が聞こえる。
「…ああ…。たぶんな…」
  自分でそう言いながらも、やっぱり半信半疑であった。
  浜辺には、嵐にあい、難破したと見られる船の残骸が無残にもたくさん打ち上げられ
ていた。
  たまに、船の乗組員と思われる人間も打ち上げられていたが、命の灯火はすでに消え
果てた者ばかりだった。
  呼べど叫べど目を覚まさず。太陽に照らされているにもかかわらず、体は冷たいばか
りであった。
  仲間がそうなっていたらと思うと、気が気でなかったが、デュランはただ黙々と歩き
続けていた。
(………ゴメン、ごめんなさい!  私がブースカブーを急がせたりしなければ、嵐にあ
わなかったよ…。私が……私が………、私…私がみんなを…)
  涙で震える声が、デュランの頭の中でする。
「うるせぇ黙れ!  まだそうと決まったワケじゃねぇ!」
  自分の不安を打ち消したいかのように、デュランが怒鳴る。
「まだ…そう決まったワケじゃない…。俺が生きてるんだ。みんなだって…」
  そうフェアリーにも、自分にも言い聞かせ、デュランは浜辺の散策を続けた。
「…………ん…?」
  どれくらい歩いたか。船の残骸にまじって、また人を見つけた。
「リース…?」
  そう。覚えている、忘れるわけのない姿が、船のマストと思われる残骸の下にうつぶ
せになって倒れているのである。
「リース!  おい、リース!」
  夢中で叫びながら、駆け寄った。彼女のそばにより、助け起こそうとして、そこで彼
女の両足がマストの下敷きになっているのに気づいた。
「クソったれ!」
  デュランは必死になってそれをどけようとするが、人間1人の力でどうにかなるモノ
ではなかった。彼がいくら力持ちであろうと、どうにもならなかった。
「チックショウ…。リース、リース!」
  とにかく、彼女を揺らす。
(デュラン、脈!)
  フェアリーに言われ、デュランはハッとなって彼女の腕をとる。
  …トックン、トックン、トックン…。
  安堵が胸の中に広がる。彼女は生きている。
「良かった…。リース!  リース!  リース!」
  そう、何度も名前を呼んで、彼女を揺らす。
「…う……うう…」
「リース!」
  思わず破顔する。リースはうっすらと目を開けたのだ。
「…………………デュラ……うぐっ!」
「どうした!?」
  すぐにデュランを確認するも、リースは顔を歪ませた。
「あ……足が……」
「あ…、そ、そっか…。くっそ、これ、どうにかなんねぇかな!」
  デュランはそのマストの残骸を動かそうと試みるが無駄であり、下手すればリースに
苦痛を与えてしまう。
「ちっくしょ…、どうすれば…」
  忌ま忌ましげにマストの残骸をにらみつける。
(デュラン…、リースの足の下を掘ってみたらどう?)
「あ、そうか。そうだな!」
「?」
  デュランが頭の中のフェアリーと会話しているところは、はた目にあまり気持ちの良
いものではない。独り言をつぶやくような危ない人間にだって見える。別に彼のせいで
はないのだが…。
  リースもいいかげん慣れたが、時折ビックリさせられる。
  デュランはいきなり、リースの足の下の砂を掘りはじめた。
「あ…」
  やっとデュランのやりたい事を理解し、納得する。さっきの会話は、どうやらこれの
事らしい。
  デュランは夢中で砂を掘る。
「あ…、大丈夫…抜け…ます…」
  どれくらい掘ったか、リースはやっとマストの下から足を抜く事ができた。
「うっく………ツウッ!」
「リース!」
  しかし、彼女の両足は無残にも真っ青である。
「ど…どうだ…?」
  心配そうな顔で問いかける。リースは立ってみようとするが。
「く…つあっ!」
「よせ!  無理すんな!」
「ふぁ…ハァ…、ハァ…痛い…」
  普段弱音などまずはかないリースだ。余程痛いのだろう。
「クソ…シャルロットがいれば…って、そっか…俺、少しは…」
  こういう時の回復魔法はシャルロットが一番だ。しかし、クラスチェンジもしたし、
会得できるならやってみようと、最近、デュランは回復魔法を勉強しはじめた。
  魔法というのは、どうやらその本人の資質に大きく左右されるものらしく、種類によ
って、人それぞれ得手不得手がハッキリしていた。
  回復魔法という種類は、アンジェラやリースがいくら頑張っても会得できず、どうや
ら6人の中では、シャルロットの他、デュランとケヴィンが使える資質を持っているら
しかった。
  しかし、その二人もシャルロットにははるか及ばない。しかも、デュランは会得した
ばかりなのだ。
  たどたどしく呪文を唱え、手のひらから光を灯らせる。
  シャルロットほどの効き目はない。しかし、確かに痛みはやわらいできた。
「………………ふぅ…」
  リースの顔が次第に落ち着いていく。
  だが。傷の半分も癒さないというのに、デュランの手のひらからの光は急にしぼんで
ゆく。
「…あ………」
  デュランはもう一度呪文を唱えるが、手のひらに光は灯らなかった。
「………ごめん…。…MPが切れたか…よく…わかんないけど、俺じゃ…これが限界だ
……」
  血をはくかのような、デュランの言葉。もっとちゃんと勉強しとくんだった。強烈に
後悔するが、どうしようもない。
「…いえ…良いんですよ。だいぶ楽になりましたもの…」
  リースはほほ笑んで、彼の気持ちを和らげようとする。
「…でも…まだ痛いんだろ…?」
「…………………」
  確かにこれでは立ち上がる事さえも不可能だった。ちょっとやってみようとしたが、
駄目である。激痛が走り、一歩も動けない。
「………ごめん…。…ごめんな…俺…」
「良いんですよ。デュランは一生懸命にやってくれたましたもの…」
「……………………」
  ひどくすまなそうなデュランの目。このような彼の表情を見るのは初めてだった。
「…ところで、デュラン。他のみんなは?」
  話題を変えようとするが、デュランは首を振る。
「…………そうですか…」
「……でも、俺とリースが生きてるんだ。みんなだって、きっと…」
「…そう…そうですよね…」
  その希望を、今は信じるしかなかった。
「…とりあえず、みんなを探すか、町を探すか、どっちかだな…」
「そうですね」
「じゃ」
「え?  ぅわわっ、キャッ!」
  デュランはいきなり、リースを抱き上げた。彼女が歩けないのだ。彼にとってはしご
く当然だった。
「……?  どうしたんだ?」
「いえ…、あの、その…ちょっと、こういうの…初めてだったもので…」
  顔を赤らめ、リースはデュランの腕の中で縮こまる。
「あ、あ、あの、でも…その、それで、ど、どこへ行くんですか?」
  赤面しながらそう言うと、デュランの目がテンになった。
「………どこ行こう……」
  何も考えてなかった。
  デュランは困ったようにリースを見た。その視線に、リースも困ってしまった。
「あの………えーと……………。じゃあ、フェアリー、空飛べますよね?  空から、こ
こがどんなとこかとか、町がありそうだとか、そういうの、確かめてもらえないですか?」
「そっか!  そうだよな。フェアリー、頼む」
  それを聞いて、彼はパッと顔を輝かせた。そして、すぐにフェアリーが彼の頭上に姿
を現した。
「わかったわ。もっと速くにそうすれば良かったわね」
  フェアリーは苦笑すると、フワリと舞い上がる。しばらく、2人ともフェアリーを見
上げていたが、小さい彼女の事。すぐに見えなくなってしまった。
「あの…その、降ろして…くれませんか?  デュラン、疲れるでしょう?」
「いや、それは別にかまわねーけど…」
  降ろしてくれと言っているし、確かに待つ間抱き上げ続けるというのは無駄な労力か
もしれない。デュランはそっとリースを砂浜に降ろした。
「荷物とか、無事だったか?」
「あ、そういえばそうですね」
  リースも荷物をしっかり体にくくりつけておいたおかげで、流される事もなかった。
デュランと同じように、海水まみれという以外は、どれも無事だった。
「…それにしても、ひどい嵐でしたね…」
「ああ…。そうだな…」
  打ち上げられた船の残骸が、それの凄まじさを物語っていた。
「そうだ、リース。リースんとこに、回復アイテムは残ってないか?」
「…いえ、それが、いつでも使えるようにって、ポケットに入れておいたものですから
…あ、でも…確か、ちょっと荷物に入れておいた…ハズ…」
  デュランも、同じ理由で回復アイテムは持っていなかったのだが。リースは背負い袋
の中をあさっている。
「あ、ありました、一応…」
  と、見つけだした小さなまんまるドロップ。
「…く、食えるか…?」
「たぶん、大丈夫ですよ」
  そうほほ笑んで、ドロップを口に入れる。海水のせいで、最初はしょっぱかったが、
やがて本来の甘酸っぱい味が口の中にひろがる。
  それだけで治るケガではなかったけれど、体の疲れが少し、癒せたようだ。
「……フェアリー…まだかな…」
  しばらくリースを見ていたが、やがてデュランは空を仰ぎ見る。長時間、宿主である
デュランから離れていては、フェアリーの命に関わる事なのだ。
  どれくらい待ち続けていたか。やっとフェアリーがフラフラしながら降りてきた。半
分落ちてくるようでもあった…。
「フェアリー!」
「フゥ、ハァ…。あ、あのね…、町…、あったよ…」
  息をきらしながら、弱々しくほほ笑むフェアリー。
「本当か!?」
「うん。…ただ…ここ、島なんだけど…かなり大きいよ…」
「そっか…。で、でも、人は住んでるって事なんだな?」
「それは確かみたいね。向こうにいくつも船が見えたもの…。ただ大きいし、その町な
んだけど、ここと正反対の場所にあるのよ…。きっと、かなり遠いよ…」
  フェアリーは心配げな顔が隠せない。
「いや、それでも町があるって、わかっただけでも良いじゃねぇか」
「そうですね」
「…じゃ、とりあえずそこまで行こう。医者がいるかもしれないし、もしかしたら、誰
かいるかもしれない」
  リースもその言葉ににっこりうなずいた。とりあえず、この島のどこかに人が住み、
町を形成しているとわかっただけでもじゅうぶんだった。
「で、どうすればその町に行けそうだ?  浜辺をぐるっと回るか?  それとも…」
「ここからじゃちょっと見えないけど、島の真ん中には大きな山があるのよ。だから、
山越え…を考えると、浜辺をまわっていった方が良いと思う。その山の周りの森もなん
だか深そうだったわ…」
「……そっか…。じゃ、とにかく行こう」
「それは良いけど…、リースはどうする?  歩ける?」
  言われて、急にリースの顔から笑みが消える。とてもじゃないが、痛すぎて歩くのは
もとより、立つ事すらできないのだ。
「俺が運ぶ。それしかないだろ?」
「そうだけど…でも、さっきみたいに運ぶんだったら、すぐに疲れちゃうよ?」
  フェアリーは疲れたらしく、デュランの肩にちょこんと乗る。そこは、彼女の特等席
である。
「…そうだな…、じゃあ、背負っていくか…」
「どうするのよ。リース立てるの?」
「…うるせぇな、何とかすりゃ良いんだろ?  リース、おまえ、腕の方は大丈夫なんだ
ろ?」
「え?  ええ…一応…」
  急に声をかけられて、リースは少し驚いた。
「じゃ、すまねぇけど俺の荷物も一緒に背負ってくれ」
「ええ…」
  そして、リースは背中に自分の荷物とデュランの荷物を背負う。そして、かがんだデ
ュランの背中になんとかしがみつく。
「だ…大丈夫でしょうか…?」
  やはりリースは不安を隠せない。
「痛いのは、ふくらはぎあたりなんだろ?  触らないように気をつけるから。いくぞ」
「ぅわ…」
  デュランはリースを背中にしょいあげると、ゆっくりと立ち上がる。確かにおんぶな
ら、さっきのお姫様抱っこよりは体力の消耗は激しくない。
「じゃ、こっちの砂浜をずっとつたってくぜ。それで町につくんだな?」
「………ええ…。でもこの島、かなり広かったわ…」
「…とにかく、休みながらでも行くしかねーじゃねーか」
「それはそうだけど…」
  デュランはすでに歩きだしていた。フェアリーは一つ息をつくと、ふわりと舞って、
デュランの頭の中へと消えた。

                                                        to be continued...