暗く、長い階段をどれほど降りたか。暗いせいか時間の感覚もよくわからなくなってく る。 「…まだなのかしら…。もう1時間は降りてる気がするわ」 「んな大袈裟な」 ホークアイ先頭にアンジェラ、シャルロットと続き、デュランがしんがりをつとめてい た。 「ちょわおう!」 ガッ 「キャアッ!」 ドン 「うわっ!?」 いきなり、シャルロットが足を踏み外しすべると、アンジェラに当たり、彼女も転ぶと ホークアイに体当たりをする格好になった。 「わああああああっ!」 「にゃああああっ!」 「キャアアーっ!」 ゴロゴロゴロゴロッ! 「お、おーいっ!?」 3人はくんずほぐれつしながら、階段を転がり落ちて行った。それを慌てて追いかけよ うとしたデュランも足を踏み外してしまった。 「うわーっ!?」 下の方で、やっと落ちるのが止まって、それぞれ痛がってるところにデュランが落ちて きた。 ドンッ! 「イタッ!」 「でぇっ!」 「うわちゃあっ!」 そのせいで彼らは階段を再度ずり落ちるハメになった。 石の階段で、けっこう急な階段だ。ハッキリ言ってメチャクチャ痛い…。 「…ィタタタ…。な、なんなのこれぇ!? どーなってんのよぉ!?」 痛さで半泣きしながら、アンジェラは起き上がる。 「痛いでちぃ〜」 ビービー泣きながら、シャルロットも起き上がる。 「何が起こったんだよ、一体よぉ!? お、おいおい、どいてくれよ!」 ホークアイも身を起こそうとするが、上にアンジェラとシャルロットが乗っている。 「わりぃー、大丈夫かぁ?」 比較的平気なデュランがゆっくり降りてくる。暗いので、よくわからない。彼らよりさ らに下の方にカンテラが落ちているのは見えるのだが。 「早くどいてくれよ」 「キャアッ!」 「え?」 「バカァ! どこ触ってんのよ!」 グシッ! 「イテェーッ!」 ホークアイの悲鳴が響き渡る。 「バ、バカヤロッ! ケガ人殴んじゃねーよ!」 「あんたがヘンなトコ触るからよ!」 「んだとぉ!? …………ここか?」 「イヤーッ!」 ドゴッ! 「なにやってんだよ…」 上の方からあきれたデュランの声がする。 「痛いでち〜、痛いでちひぃ〜!」 「…て、てめぇだけが痛いんじゃねぇんだ…さ、さっさと、どいて、早く、回復魔法をか けろ…!」 さすがにひどく不機嫌そうなホークアイの声がする。 「シャルロット? どこだ?」 「ここでちぃー!」 「ホレ、立てるか?」 手探りでシャルロットを見つけて、デュランは彼女を引っ張りあげる。 「ちょっとぉ! 何でシャルロットが先なのよ!」 「ホークアイみたいに殴られるなんてイヤだぞ俺は」 「いいから早く助けてよぉ! 痛くて動けないんだから!」 「暗くてわからねーんだ。そんだけしゃべる元気があるなら、明かり作れよ」 「なによそれ!」 「…また、俺に体を触られたくなかったら作れっ…!」 彼女の下から怒る寸前のホークアイの声がする。 「なによそれ!」 また文句を言おうとしたらしいが、ホークアイなら本気にやりかねないので、呪文を唱 え出す。 そして、彼女の頭上に魔法の明かりが打ち出され、ふわりと浮いた。 なるほど。ホークアイの背中にアンジェラが尻餅をついて乗っているではないか。 「ほれ、立てるか?」 「ん…」 デュランが手伝ってやりながら、アンジェラを助け起こす。 「馬鹿野郎。俺を踏むんじゃねぇ」 「なによ、踏まれるような場所にいるからよ!」 「お、おまえなぁ…」 「ほら、シャルロット。ともかくみんなに回復魔法、頼むよ。ホークアイ、平気か?」 「平気なもんか。ちっくしょお…」 ホークアイもデュランによって助け起こされる。なかなかケガがひどいようで、あちこ ち擦りむいてアザやら擦り傷やら一番ひどい。 やっとシャルロットが魔法をかけ終わると、みんな思わずホッと息をついた。 「…一体、何があったんだよ? 何でいきなし背後から体当たりをくらわにゃいけねーわ けよ?」 さすがに怒っているようで、不機嫌そうにアンジェラとシャルロットを見る。 「知らないわよ。いきなり後ろからシャルロットがぶつかってきたのよ」 「…う…」 二人の怒りの視線がシャルロットに注がれる。 「……そ、その…階段…踏み外し…ちゃって……」 さすがに二人に睨まれるとこわい。シャルロットは縮こまる。 「…しょーがねーだろ。こんなに暗いんだ。階段、急だし」 見かねてデュランがフォローすると、今度は二人はそろってギッと彼をにらみつけた。 「あんたね。なんでそうシャルロットをかばうのよ!」 「そーだぞ。前々から思ってたけど、おまえシャルロットに甘いだろ!」 「だってまだガキじゃん」 「ガキだからって、甘やかすとロクな事が起こらねーんだぞ!」 「そうよ!」 「でも、おまえらのケガを治したのはシャルロットだろ?」 「うぐ…」 そう言われてしまうと、返す言葉が見つからない。 「…………はぁー…」 ホークアイが重いため息をはきだす。ここで怒ったところで始まらないと知っているの だ。 「…ふぅ……。じゃ、行くぞ」 「ああ」 「もう?」 「こんな階段、さっさとおりちまうに限るだろ」 「そうだな」 「……それも……そうね…」 それにはみんなまったく同感だったので、また、この長い階段を降りはじめた。 やっと下に着き、パーティはドワーフの村へ。彼らは驚きでもって迎えられた。 「あんれー! たまげただなやー! おめーさんがた、あの入り口見つけただか!」 「あ、ああ…」 ドワーフというもの、あまり人のいる町に姿を見せない。しかもこんなにドワーフがい るのは、みんな初めて見る。 「それにしても、おめたち、なんでこん村にきただ?」 「ああ。ニトロの火薬を手に入れようと思ってね」 「ああ、そんだらば、道具屋のワッツが持ってるだよ。あいつの火薬はなかなかの破壊力 だよ」 「道具屋のワッツ…。どこにいるんだい?」 早速手に入れられそうである。ホークアイは内心しめたと思った。 「んー? あっちの奥の方だべ。道具屋の看板があるから、行けばわかるだよ」 「あ、ああ、あんがと」 「んだらば」 ドワーフはこちらが珍しいらしく、こちらをちらちらと振り返りながら去って行った。 ドワーフの村は全体的に薄暗い場所だった。大量に含むという水晶を利用して、わずか な光で全体をうまく照らせるようになっていた。さすがに、どういう仕組みかはよくはわ からないのだが。 あのドワーフの言うとおり、道具屋の看板が見えてきた。入り口にかけられたすだれを くぐり中に入ると、一人のドワーフがヒマそうにたばこをふかしていた。 「あんたがワッツかい?」 「うんにゃ。わしゃワッツじゃないべよ。わしゃワッツに頼まれて店番してるだよ」 えらくやる気のない店番である。 「俺たち、ニトロの火薬を探してんだけど、ここにあるかい?」 「火薬だべか。あれなら、ワッツが持ち歩いてるべ。欲しけりゃ、ワッツに直接交渉する だよ」 「じゃ、そのワッツは今どこにいるんだい?」 「ワッツはのー、村の入り口から、ちょっと西にある奥道に行ってるだよ。最近、小さな 地震が多いんだ。様子みて来るって、奥道に行ってるだよ」 「奥道?」 「このへんはモンスターがおらんけど、奥道にはぎょうさんおるだよ。でも、奥道のさら に奥で何かあったらしいんで、ワッツは行ってしまっただよ」 「……………」 「ニトロの火薬はけっこう取り扱いが難しいんで、オラでは扱えねぇんだ。だから、おめ たちにも売れねぇんだ。悪いけど、ワッツを探してもらうほかないだよ」 みんなは困ったように顔を見合わせた。どうにも、ここだけで済みそうにない。 「奥道に行くなら、ここで何か買って行くといいだ。ついでに泊まっていくのもおすすめ するだよ。見たところおめさんたち、疲れてるべ?」 そう言って、そのドワーフはにっこりと笑みを浮かべた。 確かに彼らは疲れていたので、そのドワーフの言うとおり休んで行く事にした。 「な、なによこれぇ!?」 部屋に案内されて、思わずアンジェラは声をあげた。 「へー、ワラのベッドだ。おもしれー」 「なつかしいなぁ、ワラベッドかぁ」 そう。ワラが敷き詰められたベッドが並んでいたのだ。 デュランはおもしろがり、ホークアイはなつかしがってるが、アンジェラはとんでもな かった。 「イヤよ、こんな宿。他の行こう!」 「他の宿屋なんてねぇよ…」 ただでさえ小さな村である。一件しかなくて当たり前だろう。しかも、宿屋としての部 屋も3部屋しかないという小ささである。 「ほれ、何事もケイケンってね。この地べたに毛布にくるまるより、はるかにマシだろー がよ」 「でも!」 「文句言ったって、ねぇもんはねぇんだ。さ、メシ食いに行こうぜ。オレぁハラヘッタよ」 「同感」 デュランは腹をさすって部屋を後にすると、ホークアイもそれに続く。シャルロットは ちょっとアンジェラを振り返って、そして二人に続いた。 「………んもう!」 仕方なく。アンジェラは仕方なく、3人に続いた。どうにも納得できないし、我慢した くもないのだが。やっぱり、どうしようもないのだ。 「うう…。チクチクする…」 ワラの感触がちっともよくなくて、慣れなくて、アンジェラは寝返りを繰り返すが、ど うにも眠れそうにない。 耳をすませば、デュランとホークアイのいびきが聞こえる。さらに信じられなかったの だが、シャルロットもすやすやと寝ているようなのである。 子供だからなのか、順応性が高いようだ。 「……こんなんで…眠れるのかしら……」 心配で心配で仕方がなかったが、肉体も頭も疲労困憊しているのだ。結局、疲労におさ れるカタチで眠ってしまった。 洞窟の中なので、当然朝も昼も夜もない。宿屋の主人に起こされて、なんだか起きた感 覚が薄いまま、朝食(?)に。 朝の光がないせいなのか、随分たっぷり寝たような気がする。 「…朝昼夜がわからねぇっていうのはな…」 寝過ぎた頭をたたきながら、デュラン達はドワーフ達の言う奥道に向かっていた。 「そうだなー…」 ホークアイの方もどうもしっくりこないようである。 「そんな事よりワラのベッドの寝心地の方が最悪だったわよ」 感性は人それぞれのようである。 4人は奥道へと入り込む。ドワーフ達によれば、それほど入り組んではいないので、迷 う事はないのではとのこと。 水晶を含む壁はちょっとした光でも反射して周りを薄暗く照らしている。ここらへんは 上の壁や、降りてきた階段以上に水晶の量が多そうだ。 「それにしても…、このぐにょぐにょしたの…なによー…。すっごい臭いし…」 倒したモンスターを、アンジェラは気持ち悪そうに指さした。 「スライムだな…。こーゆー洞窟にいっぱいいるんだってよ…」 ホークアイの方も気持ち悪いらしく、顔をしかめながら言う。 「やーだぁー。だからこの洞窟もこんなに臭いの?」 「スライムのいるところはなー…」 確かに、このスライムがいる部屋(?)は必ずと言っていいほど、悪臭がしていた。 「しっかし、ワッツっていうドワーフはどこにいるんだぁ?」 「さあな…」 モンスターを倒してすすんでいると、なんだか目的を忘れそうになったりする。 「シャルロット疲れたでち。休みたいでち」 「…いいけど、この部屋じゃない部屋にしようぜ…」 「そうよ…。臭いわ、ここは…」 「そうでちね…」 というわけで、パーティは近くの、モンスターの気配もない奥まった場所にやって来た。 そこで思い思いに腰を下ろす。 「時計買おうか…。これじゃ時間がわかんねーなー…」 太陽がない世界だと、まるで時間の感覚がなくなってしまう。この空腹感もウソかホン トかわからなくなってしまうようだ。 「…うーん…。確かに、こういう洞窟に入っちまったらなー…」 「時計買うの?」 宿屋の主人に作ってもらったお弁当をひろげながら、アンジェラは二人を見る。 「ま、ニトロの火薬がいくらするかだよな…」 ホークアイは天井を見上げながら、ゆっくりとパンをかじる。材料も全然違うようだし、 食感も違うので、本当はパンじゃないのだろうが、名前も聞かなかった。 それぞれがもそもそとお弁当を食べていると、なにやら足音がする。 「…! ゴブリンか…?」 急いでお弁当を隠しながら、ホークアイが警戒する。デュランも剣の方に手を伸ばして いる。 「あんりまー。話し声がすると思ったら、人間だべー」 姿を現したのは、一人のドワーフだった。 「……ド、ドワーフ…?」 「おお、おめーたち、いいもん食ってるでねーか。どれ、んだらば、オラもすこし休ませ てもらうべか」 ドワーフは人見知りもせず、デュランの近くに腰を下ろした。 「あ、あんた、だれ…?」 「んー? オラはワッツだべよー。村で道具屋をしてるんだ」 「ワッツ!」 思わず、4人が同時に声を出す。見事にハモったのもあり、ワッツはかなり驚いた。 「な、なんだべ…」 「なぁ、あんたニトロの火薬っての、持ってないか?」 「ニトロの火薬? あるだよ」 「それ、俺たち入り用なんだよ。譲ってくれねーか?」 「ん? いいだよ。でも、タダではやれねーべ」 「………いくらだ…?」 ホークアイは頭の中で財布の中身を数えながらたずねる。 「五千ルク! どだ?」 「……高すぎないか?」 「んふふ…。んだらば三千ルクでどだ?」 「もう一声」 「…………んー。けんど、ニトロの火薬はそんなに安いもじゃねーんだ。これ以上安くは できないだよ」 「……んー……」 言われて、ホークアイも困ってしまった。せっかくここまで来たのに、買えないという のはとても困る。 「んだらば、こーいうのはどだ? オラ、最近地震が多い事に不審に感じてるだ。きっと この奥で何か起こってるに違いねぇと思っている。けんどなんだか知らないが、モンスタ ーがやたら多いし、オラも困ってるだ。で、奥の探索に付き合ってくれるなら、ニトロの 火薬を千ルクまで値切る。これでどだ?」 「ボディガードっつーわけだな。よっし、OK。わかった」 「ちょ、ちょっとぉ…、そんなヒマ、あるの…?」 「しゃあないだろ。三千ルクも出したら、これから先、何も買えなくなるぞ」 「……………」 アンジェラは多少不服そうであったが、仕方ないのだろうと、我慢するよりなかった。 to be continued... |