「ホラ、また…」
 洞窟内がまた揺れている。さっきから頻繁に地震が起こっているのだ。
「本当に多いな…。いつもは、こんな事ないのか?」
「ないだよ。地震だってほんに珍しい事なんだ」
 デュランの問いに、ワッツも不審そうに周りを見回す。
「けど、この先に何があるんだ?」
 先頭を歩いているホークアイが振り返ってワッツに尋ねる。
「祭壇だべ。オラ達の守り神様の祭壇だ。こんな事があるというのは、守り神様に何かあ
たんじゃないかと思っただよ。ご無事かどうか確かめに行くだよ」
「ふーん…」
「ほれ、そこの道を右へ行ったら祭壇があるはずだよ」
「こっち?」
「そうだべ」
 一行はワッツが教える道をすすむ。
「あん…?」
「どうしたんだ?」
 不意にワッツが立ち止まる。先頭のホークアイも立ち止まって振り返った。
「なんだべ、この横穴…。こんな穴、前にはなかっただ…」
「横穴? ああ、あるな…」
 暗くて見えにくいが確かに少し小さめの穴がぽっかりと空いていたのだ。背が低く、暗
闇でも目が利くワッツだから発見できたような横穴である。
「……なんだか、不審だべ…、おめたち、付き合ってくれねーべか?」
「いいよ」
 何か言おうとするアンジェラよりも前にデュランが即答する。
「どこに続いてるんだべか…」
「うわ、低いなぁ…」
 ワッツならちょうど良いのだろうが、デュラン達にとってはこの穴はすこし低すぎる。
背をかがめながらすすむと、いきなり大きく開けた場所に来た。
「……な、なんだべ、ここは…。こんなとこ、オラ知らないだよ…」
 不安げに、ワッツはこの広い空間を見回す。
 ゴゴゴゴゴ…。
 また、小さな地震が起こる。そして、壁の中から聞き馴れぬ妙な鳴き声がする。
 グワオー…。
「な………なんだべ、あの……音は……?」
 ゴゴゴゴゴゴ…。
 さらにまた地震が起こる。今度はなんだか震源が近い感じだ。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
 壁から地響きがして、ガラァッといきなり壁が崩れた。
「うわああっ!?」
 どちらかというと、ワッツの悲鳴にビックリして、全員わずかに飛び上がる。
 崩れた壁から、光が二つ、ギラリと光った。
「ひゃあっ! なんだべ、ありゃ!」
「モンスターか!?」
「かなりでけぇぞ!」
 にわか臨戦態勢に入り、それぞれ武器をかまえる。
「グワアオオウーっ!」
 そして、そいつが吠えた。剥き出しの敵意がびんびんに感じられた。
「アンジェラ! 明るいのいくつか天井につけてくれ! ワッツのおっさんは下がって
ろ!」
 剣をかまえてデュランが叫ぶ。同時にアンジェラは呪文を唱えだし、ワッツは言われる
までもなく、安全な場所にまですでに駆け出していた。
 アンジェラが作った光が辺りを照らすと、そいつがやたらでかいモグラの化け物だとい
う事がわかる。鋭いツメを振り上げて、獲物の人間に襲いかかってきた。
 ガキィン!
 一番近くにいたデュランがツメを剣で受け止める。そのデュランを飛び越えて、ホーク
アイがモンスターの頭上に飛びかかる。
 ザシッ
「ギャウッ!」
 なかなか皮膚は固いようで、ダガーの半分も刺せなかった。ホークアイはわずかに舌打
ちして、すぐに跳び退ってモンスターから離れる。
「けっこうカタいぜ、あいつ!」
 ダガーを構えなおして叫ぶ。
「えぇーいっ!」
 フレイルを振り回して、今度はシャルロットが腹の方を殴りかかった。
「シャルロット! よせ!」
 モンスターの目が一瞬光り、わずかに体を回転させ、後ろ足でシャルロットを蹴っ飛ば
す。
「うきゃっ!」
 ドンッ!
 壁に激突して、ずずっとずり落ちる。
「きゅう…」
 目を回して、シャルロットは尻餅をつく。
「おい、シャルロット!?」
「ノビてるだけよ!」
 アンジェラが駆け寄ってシャルロットの様子を確かめて叫ぶ。デュランは一応無事だと
わかると、すぐにモンスターの方に目をむけた。
 モンスターとデュランは真っ向から睨み合う。そして、モンスターは前足で地を蹴って
大きく揺れるとデュランに向かって突進してきた。
「おっと」
 ひらりと横に避け、その横っ面を切りつける。
「ギャアッ!」
 かなり強く切りつけられたようで、痛さのためかモンスターが転がった。そのスキを逃
さずに、ホークアイが飛び込んで、その柔らかい腹にダガーを突き刺した。
「ギャオオッ!」
 モンスターが暴れる寸前に、ホークアイは素早く腹から飛び上がる。
「ちっ…、急所がわからねぇ…」
 今まで見た事のないモンスターである。おそらく動物の急所と思われるようなところを
狙ったつもりなのだが、うまくいかなかったようだ。
 モンスターはすぐに起き上がり、怒りに燃えた目で彼らを睨みつけてくる。
「ホーリィボールッ!」
 そこへ、容赦なくアンジェラのホーリーボールがモンスター目がけて飛んでいく。
「ガウッ!」
 ドンッ!
 モンスターは両前足で目の前の大地を強く叩きつけ、その勢いでめくれあがった大地と
ホーリーボールがぶつかりあった。
 ヅグゴッ!
 一瞬、辺りは土埃が充満し、延ばした手さえも見えない状況になる。
「ケホッ、ケホッ…」
 思わず思いきり土埃を吸い込んでしまいて、激しくムセるデュラン。それはホークアイ
も同じだったようで、あちらも咳き込んでいるようだ。
「………ん…?」
 足から感じる地響きに前を向くと、二つに光る目が見えた。そして、それはすごい勢い
でこちらに突進してくる。
「うおっ!?」
 間一髪、横に倒れたおかげで、モンスターはすぐそばを駆け抜けて行く。風圧で、周り
の粉塵も舞い上がり、飛び散る。
「くそっ…」
 なんとか粉塵がおさまるころ、あちらのモンスターも態勢をたてなおしていた。
「フーッ、フーッ…」
 粉塵の舞い散り方で、鼻息の荒さがわかるくらいだ。また、前足で大地をかいている。
「グヮオウッ!」
 大きく咆哮すると、かのモンスターはまたもデュランに突進をかける。今度はさっきの
よりもさらに勢いがついている。
「くそっ!」
 今度は攻撃するヒマはない。横に飛んで避けるのがやっとだ。
 ドガンッ!
 デュランが立ち上がった時、かのモンスターは勢い余って壁に思いきり激突した。振動
が走り、落盤が起こる。
 ガラガラガラガラザシャッ!
「げえぇっ!」
「キャアアッ!」
 大小の石が落ちてきて、思わず全員頭をかかえる。
「げほっげほげほっ」
 頭をふって、粉塵を振り払う。はっきり言って気持ちの良いものではないが、どうしよ
うもない。
「げっ、げほっ…く、くそっ…」
 顔をぬぐって、デュランはモンスターを睨みつけた。
「アンジェラ! 今度、あいつがぶちかましをかけるようなら、魔法をたたきこめ! 突
進中はヤツも無防備だ。ホークアイ、その時がチャンスだぞ!」
「わ、わかった」
「オッケー!」
 彼らの方は見ないで、声でそれぞれ確認する。
 モンスターはというと、自分が壁に激突したのはデュラン達のせいのように、すべての
憎しみをこめて彼らをねめ付けているようだ。
 ゆっくりとした足取りで、デュラン達との間合いをはかりながら、モンスターが近づい
てくる。
 突進の時のクセなのか、ヤツは突進をかける前に前足で大地をかくクセがあるようだ。
そして、今もがりがりと、左の前足で大地をかいている。
 覚悟を決めて、デュランを剣をかまえて、再度モンスターと正面から睨み合う。
「グアオウ!」
「アンジェラ!」
 モンスターの咆哮と、デュランの怒鳴り声が重なった。アンジェラは唱えておいた魔法
を打ち放つ。
「ホーリィボォールッ!」
 ヒュゥヒュィウンッ!
 風をきり、光の玉がいくつもモンスター目がけて飛んでいく。そして、突進をかけてい
るモンスターと真っ向からぶつかった。
 ドォンッ!
 光の玉が炸裂して、小さな爆発を起こす。
「ギャアッ!」
「よしっ!」
 ホーリーボールで吹っ飛ばされ、よろけた所に、二人が襲いかかる。
「ハッ!」
 見事な手さばきで、ホークアイが首のあたりを連続で下から切りつける。
「ギヤッ…!」
 バランスを崩し、仰向けになろうかという時。ホークアイが身をひるがえすと、今度は
デュランが突進して、モンスターの首めがけて剣を振り下ろした。
 ズザシュッ!
「グギャアアァァーッ!」
 怪物の悲鳴が響き渡った。

「ゲホッ…ケホ…。ちくしょ、ひどい土ケムリだな…」
 まだ足元は粉塵が漂っており、ひどくほこりっぽい。デュランは手でぱたぱたと仰ぐの
だが、あまり効き目はないようだ。
「あうー。まだ頭がくらくらしまち〜」
 やっと立てるようになったシャルロットは打った頭をさすりながら、よろよろと歩いて
くる。
「はあ…。なんか、闘牛みたいだったな…」
 服についた埃をぱんぱんと払いながら、ホークアイはもう動かないモンスターを見る。
「もうイヤんなっちゃう。早くおふろに入りたい!」
 粉塵で髪の毛が白くなった事がひどく気に入らないらしく、不機嫌そうなアンジェラ。
 4人が集まって一息ついていると、やっとワッツが戦闘が終わった事を知ってやって来
た。
「うわあ…。みんな、大丈夫だっただか? いや、それにしてもすンごい迫力だったべな!」
 どこかで見ていたらしく、妙にのんきな事を言っている。
「ったく、このモグラの大親分みたいのは何だよ?」
 デュランも不機嫌そうに、モンスターを目でさす。
「そいつはジュエルイーターっていうモンスターだべ。……千年に一度、世界に異変が起
きる時に姿を現す化け物だ…」
「世界に異変?」
「ああ…。一体どういう事だべか…。ジュエルイーターが出るなんて…」
 複雑な顔で、ワッツはモンスターを見る。死んでいるように見えるが、千年後、また復
活したりするのだろうか。
「おお! そういえばオラ達の守り神様がちっともおられないだよ! 一体どうしたもん
だべか」
「その守り神様ってなに?」
「大地の精霊のノーム様だべ」
「ノーム!?」
「ノーム? どっかで聞いた事あるような…」
 アンジェラが驚いた声を出し、デュランは考え込む。
「ば、馬鹿! 精霊よ、精霊! 私達が探してる!」
「ああ、そういえば!」
「って、事は…」
「ぅおーい」
 ホークアイが何か言いかけたところに、どこからか聞いた事のない声がどこからか聞こ
えてきた。どこから声がしてるのかとキョロキョロしていると、崩れた壁の穴から、ぴょ
んぴょんはねながら、年老いた背格好の小人がやってきた。
「あ、ノーム様!」
「ふう。ちと昼寝していたら、こいつにねぐらを壊されての。ビックリしたわい。真面に
戦って勝てる相手じゃないしのー。下手したら食われちまったかもしれんのう! わひゃ
ひゃひゃ!」
「ノーム様! 笑い事じゃねーですだ!」
 ノームは陽気に笑い飛ばしているが、ワッツの方は心境穏やかではない。
「あんたが…ノーム…?」
「うん? そうじゃが…おや…あんたらは…」
「ノームさん」
 いきなり、デュランの頭のあたりからフェアリーが飛び出した。
「おおー! かわいこちゃんの登場じゃ!」
 フェアリーの登場にノームは一人で盛り上がって喜んだ。
「ねぇ、ノームさん。私たち、聖域の扉を開けるために精霊さん達を集めてるの。協力し
て下さい」
 そう、フェアリーはその小さな手を合わせて懇願すると、ノームの顔がゆるんだ。
「うひゃひゃ。わしゃかわいこちゃんは大好きでのー。そう頼まれたら断れんわい」
 ぴょこぴょこはねて、なにやらかなり嬉しそうである。
「じゃあ…」
「うむ。任せんしゃい。わしも仲間になってやるわい。ま、マナの危機は世界の危機。黙
って見過ごすわけにもいくまいて。それに、おまえさんみたいなかわいこちゃんの頼みは
受け入れてやらんとのう!」
「ありがとう、ノームさん」
 フェアリーにお礼を言われて、ノームはまた嬉しそうにぴょんとはねた。
「じゃ、仲間になるぞー」
 そう言って、ノームはデュランの周りをはねていたかと思うと、ぽんと彼の中に入るよ
うに消えてしまった。
 それを見てフェアリーは安心すると、彼女もまたデュランの中に消える。
「やー、ニトロの火薬目当てでここまで来たけど、ノームを仲間にできるなんてなー」
「そうだな。手間がはぶけたな」
 やっとデュランは剣をさやにおさめて、ホークアイの言葉に頷いた。
「…お、おめさんたち、あ、あのノーム様を仲間にしなすっただか!」
 今までの事を終始見ていたワッツはわずかに震えてデュラン達を見る。
「あ、いや、なんていうか、俺たち、世界の精霊達を集めるために旅をしてるんだよ」
「ノームもその一人だしな…。で、ワッツ。ドワーフの村に帰ってからでも良いんだけど、
ニトロの火薬、売ってくれな。これで良いんだろ?」
「な、そんな、ノーム様を仲間にしちまうようなお方だったなんて知らなかっただよ。オ
ラ、そんな方たちに売る事なんてできねぇだ。火薬でいいなら、差し上げますだよ」
 思わず、顔を見合わせる4人。
「…あ、え…? いいの…?」
「当たり前だべ。ノーム様はオラ達のかけがえのない守り神様だべ。そのノーム様を仲間
になさるという事は、オラ達もノーム様に協力しなきゃいけねーだ。んだから、火薬は差
し上げますだ。おめさんたちから金をとるなんて、とんでもねぇだ」
 ワッツは強い口調でそう言って、頭まで下げてきた。
 デュラン達は、今までと全然違うワッツの態度にかえって落ち着かなかった。

「火薬ももらって、ノームも仲間にできて、一石二鳥だよなー」
 階段を上りながら、ホークアイはすこし良い気分でそう言った。
 あれから、ドワーフの村ではワッツの紹介や口添えでけっこうもてなしてもらったのだ。
まぁ、質素な暮らしをしているドワーフ達だから、たいしたもてなしでもなかったのだが、
心遣いはやっぱり嬉しいものだ。
「しかも火薬タダでもらっちまったしなー」
 先頭はホークアイだ。カンテラを掲げながら、暗く、長い階段を上る。
「そうだな」
 しんがりのデュランがあいづちをうつ。
「…………この階段…まだ…続くの…?」
 気分の良いホークアイとは対照的に、アンジェラの方は早くもこの長い上り階段にうん
ざりしていた。
「はひー…、はひー…、足が痛いでちぃ…」
 弱音をはいて、シャルロットも愚痴る。
「ほら、休んだって出口は近づかねーの。頑張れよ」
 疲れて、立ち止まったシャルロットにデュランが話しかける。
「あううー…」
「はあー…」
 アンジェラとシャルロットの情けないため息が重なった。
 出口が見えない上り階段は、これからの前途を暗示しているようでもあった。
 彼らの旅はまだ、終わらない。









                                                                        END