「またここを通るのね…」
 アンジェラは心底嫌そうに、延々と続いている街道を眺めた。
 黄金街道。舗装のため、黄色いレンガが敷き詰められている事から、そう呼ばれている。
ファザード大陸西部の主な国や町をつなぐ大きな街道である。
 道幅も広いが、その距離もかなりのものだ。以前は旅人や商人が往来し、行き交いの激
しい街道であったのだが、モンスターの大量発生と、凶暴化により、今では人よりもモン
スターが行き交う街道となっていた。
「しょーがねーだろ。ドワーフがそこにいるんだからよー」
 デュランは面倒くさそうに頭をばりばりかいた。彼自身、そう言ってはいるものの、本
気で面倒だと思っている。
 デュラン達の目的はフォルセナの英雄王に会う事。しかしながら、この黄金街道とフォ
ルセナをつなぐ唯一の手段である大橋が壊されてしまったのである。
 どうしようかと困り果て、とりあえずマイアの町で知ったボン・ボヤジを尋ねる事に。
以前、彼がマイアからフォルセナまで一瞬で行ける方法があると、豪語していたからなの
だが。
 本当かどうか疑わしかったが、今はワラをもつかむ思い、というヤツだった。それに、
かなり非現実的だが、海路を使うという手もなくはない。しかし、そうするなら港のある
マイアまで戻らなければならない。いずれにせよ、彼ら一行はマイアに戻らざるをえなか
ったのだ。
 そして、とりあえずボン・ボヤジを尋ねてみたのだが。
「あのさー、あんた、前にフォルセナまで行けるヤツがあるとか何とかって言ってなかっ
た?」
 アンジェラがボン・ボヤジに問いかける。
「ん? ハイパーデラックススペシャルキャノン2号の事か?」
 大袈裟な名前と、以前聞いたものと違う名前にデュランは府に落ちない顔をしていた。
そんな彼を尻目に、ホークアイが話しかけた。
「いやな、大地の裂け目にかかってる吊り橋が落ちちまって、フォルセナに行けなくなっ
ちまったんだよ…」
「なんと! それなら今こそハイパーデラックススペシャルキャノン2号の出番じゃない
か! おまえら、ウチの庭に来い!」
「どわあっとととっ…」
 すぐそばにいたホークアイの手を取って、ボン・ボヤジは自分の庭に連れてくる。
 そこには、やたらばかでかい大砲がひとつ。どっしりと立っていた。
「はっはー…。こいつぁでけぇ…」
 大砲を見上げて、ホークアイは感嘆の声をあげた。
「これでフォルセナまで飛ばせば、ひとっ飛びってなもんじゃ!」
「…飛ばせばって、どうやって飛ばすんだよ?」
 胸をはって大威張りしているボン・ボヤジに、デュランはなんだか不審そうに尋ねる。
「ん? それには………あ!」
 急に思い出したように大きな声を出すボン・ボヤジ。みんな彼に注目する。
「ニトロの火薬だ! ニトロの火薬を忘れとった。おまえら、ニトロの火薬を取ってこ
い!」
 全員、無言で顔を見合わせた。
「…フザケんじゃねぇぞ、オヤジ…。いきなり何言い出すんだよ?」
 デュランは少しキレそうな顔で、ボン・ボヤジの襟首つかんで、自分の目線の高さにな
るまで締め上げた。
「ウグググッ…。く、くる、くるし…、わ、わかったわかった! ちゃんと説明するから!」
 ボン・ボヤジが慌ててそう言うと、デュランは彼を下に降ろす。ボン・ボヤジは首のあ
たりをなでまわしながら、
「ニトロの火薬というのはな、ドワーフ達が穴を掘る時につかう強力な火薬で、それさえ
あれば、この大砲は完成するんじゃ。それで、お前達をフォルセナにまで運ぶ事ができる
んじゃ」
「………どうする?」
「んー。すぐにフォルセナにまで行けるって言うなら、よくわからない海路を使うよりか
は、マシ…かも…」
 マイアからフォルセナへ通じる町や村まで出ている定期船などない。となると、こちら
で船を用意するか、個別に頼むかしなくてはいけない。お金もかかるし、そのようなルー
トは不安と言えば不安である。
「じゃあ、仕方ないわよね…。ドワーフのトコまで行こう…」
 アンジェラがため息混じりに言うと、みんな仕方ないという顔でうなずいた。
「で、ドワーフってドコに住んでるの?」
「大地の裂け目あたりにいるはずじゃが…」
「大地の裂け目に、ドワーフの住処なんてあんの? そんな感じしなかったけど」
「あそこに住処があるのは確からしいぜ。見たっつー人も少なくないし」
 一応地元のデュランがそう言うと、アンジェラはそれ以上は言わなかった。
 そして、一泊して疲れをとってから、また黄金街道を目の前にして歩きだしたのだ。
「なーんで言ったり来たりしなくっちゃいけないのかなー」
 ぶちぶち文句言いながら、アンジェラはレンガの道を歩いて行く。彼女の文句に付き合
う気はもうないらしく、デュランもホークアイも黙々と歩いていた。
「あうー。さっき馬車乗り場ってあったでち。もう馬車ないんでちかー?」
 黄金街道の入り口に馬車乗り場があった。シャルロットはそのことを言っているのだろ
う。
「出てねぇって言っただろー? 馬なんか、モンスターの格好の餌食だよ」
 荷物を背負い直し、半歩後ろのシャルロットを振り返る。
「せっかくの舗装されたレンガ道も意味ナシか…」
 ホークアイは足元のレンガを見ながらボヤいた。
「モンスターがいなけりゃ、商人とか旅人とか、往来多かったんだろーなー」
「…俺が、ウェンデルに向かってる時は、まだそこそこいたんだけどな。ここまで減っち
まうとはなぁ…」
 デュランも周囲を見渡しながら、マイアへ向かう道程を思い出す。
「……それもこれも、ヤツらのせいかぁ…」
 ハッとため息ついて、ホークアイは荷物を降ろす。そして、懐からダガーを取り出した。
「またモンスターでちか!」
「もたモンスターだな…」
 デュランも鞘から剣をズラリと抜き放つ。その彼がねめ付ける先に、数匹のアサシンバ
グがこちらに向かって飛んでいた。

「んー…」
 がらんどうとした雰囲気の茶屋を、ホークアイは奥までくまなく物色していた。
「どうだー?」
「いるのはネズミくらいだな。商売にならなくって、逃げたな。家財道具ほっとんどない
し」
 黄金街道は商人や旅人の往来の激しい街道だから、彼ら目当ての宿屋や茶屋は決して珍
しくない。
「家をおいて、どこかへ引っ越しちゃうんだ…」
 アンジェラは不思議そうに、まだまだ頑丈そうな造りのこの茶屋を眺めた。
「稼げなきゃ遅かれ早かれつぶれちまうよ。まだ金をくいつぶさないうちに、どこかへ引
っ越したんだろ。それに、ここだとモンスターに襲われる危険もあるしな…」
 ここの奥の窓から、裏庭の畑や鶏小屋などあったのだが、どれもモンスターか何かに荒
らされた跡だった。あれでは自給自足もままなるまい。
「ま、ここで夜露を防がせてもらおうぜ。誰もいないんだ。一泊くらい邪魔したって何も
言われないさ」
「……いいのか…? 人んちなんだぞ…」
「だから誰も住んでねーんだってば。誰んちなんだよ」
「……………」
 デュランがマイアに向かう時は、まだここの家族はいたはずなのだが。寄らずに通り過
ぎただけなので、確かな事は言えなかったが。
「別に、泥棒しようってわけじゃねーし。ちょっと借りるだけだよ」
「もしここの人が帰って来たらどーすんだよ」
「帰ってこねぇよ。ま、もしそーなったとしても、謝るだけさ」
「…………………」
 デュランもアンジェラもシャルロットもあまり乗り気ではなかったようだが、そのへん
の野っ原で野宿よりもはるかに安全だし寒くないのである。
「……しょうが…ねえか……」
「…しょうが…ないのよね…」
「しょうがないでちよねぇ…」
 それぞれに顔を見合わせて。しょうがなく、というか有り難くここに勝手に泊まる事に
なった。
 茶屋として使われた広間を通り抜け、そこの主人が住んでいた家への方へと入る。
「…本当に家財道具が一切ないわね…」
 さっきの広間の方は、商売で使ってたテーブルと椅子がいくつか残されてあったのだが、
家の方は本気で何もなかった。
「なんで、あっちの方はテーブルと椅子があって、こっちは何もないんでちかねぇ?」
 広間の方を振り返りながら、シャルロットが尋ねる。
「持ってたって場所とるだけだからじゃねーの? 引っ越し先で茶屋やるんならともかく、
やらねーなら邪魔なだけだからじゃねえ?」
 ホークアイが床に荷物を降ろしながら言う。
「茶屋なんて、立地条件に振り回されるモンだろーからな。こんなトコで茶屋やってたの
が、町中で茶屋なんかやってもどれだけ稼げるんだか疑問だしな」
「………んー…?」
 彼の言ってる事がよく理解できなくて、シャルロットは小さな眉をしかめた。
「いいよ、いいよ。そのうちわかるから」
 説明するのが面倒臭いらしく、ホークアイは軽く手を振った。
「そろそろ暗くなってきたなぁ…。アンジェラ、光の魔法、頼む」
 窓の向こうの沈みそうな夕日を眺めてデュランが言う。
「あ、うん…。わかった…」

 アンジェラのつけた魔法の明かりは部屋を煌々と照らしていた。
「お、おい、いいのか、勝手に台所使っちまって…」
「いいんだよ。ナベは自前なんだし」
 焜炉の下のかまどに薪をほうり込みながら、ホークアイがぶっきらぼうに言う。
「…そ、そういう問題なのか?」
「そういう問題なの」
 火口箱を取り出して、火をつけると、木屑にと火をつける。しばらくきちんと燃えるま
えで、かまどの様子を見ていたが、大丈夫そうとわかると、ホークアイは顔をあげた。
「…あー、今度火ばさみ買おうぜー。やっぱあると便利だって」
 今まではそのへんの長め薪で火の調節をしていたのだが、どうにもこうにもやりづらい
のだ。
「…誰が持つんだよ?」
「お前」
「…あのなー。ナベ持ってるのだって俺なんだぞー。これ以上火ばさみまでぶら下げて歩
くのかよー」
「良いじゃねぇかよ。俺らん中で一番体力あるのはお前だろーが」
「…………」
 それを言われると、デュランも言い返せなくなってしまう。彼もなんだかんだいって人
が良く、頼めばあまりイヤとは言わない。
「ところで、お前、俺と会う前は野宿ん時、どうしてたんだ? 料理とかよ」
「テキトーに作ってた」
「アンジェラ達の分も?」
「あ、いや、アンジェラやシャルロットって、お前が仲間になるちょっと前に一緒になっ
たから、その前にヤツらとは野宿してねーぜ。一人でだよ」
「じゃ、お前料理作れるんだな」
「味の保証はないぞ」
「うーん…」
 ホークアイが料理を作れる、という事で今までは彼が作っていたのだが、かまどを作る
のも彼、料理を作るのも彼。もう少し分担できないものかと思っていたのだが。
 デュランは多少手伝ってくれるのだが、アンジェラは何もしないし、シャルロットは手
伝うというより邪魔にしかならない。気持ちは嬉しいのだが…。
「作れなくはねぇけど、人に食わせる程のモンじゃねぇぞ」
「うーん…」
 少し任せてみたい気持ちがあるものの、何ができあがるか不安である。
「ホークアイしゃん。シャルロットが何か手伝ってあげまちよ。何するでちか?」
 こう、すすんで手伝おうとしてくれるのは嬉しいのだがー…。
「あー…、………あ、いいよ。お前は休んでろよ。疲れてんだろ?」
「…そうでちか?」
 しばらくホークアイを見上げていたが、すこし残念そうに引き上げていった。
「…よし…。今日はお前が作ってみてくれよ。薪集めは俺がしてくるからよ」
「…………良いのか? どうなっても知らねぇぞ」
「…そんなにクソ不味いものなのか?」
「美味いと言われた事がない」
「…………………」
 言われて、ホークアイは眉をしかめる。
「……じゃ、不味いと言われた事は?」
「それもない」
「…………うーん………」
 しばし、悩んだホークアイだが、これからのためにもひとつ頼んでみる事にした。きち
んと食べられるものだったらそれで良いと思ったからだ。なにも野宿で味を求める必要は
あるまい。
 というわけで今夜はデュランが料理番になった。
「あり? ホークアイしゃん、どこ行くんでちか?」
 床の上に座り込んで、一人であやとりしていたシャルロットは、外に行こうとしていた
ホークアイに話しかける。
「ああ、薪を集めにな」
「じゃ、お料理はいつするんでちか?」
「デュランがやってるよ」
「えええええーっ!?」
「えええええーっ!?」
 今まで関係無さそうに魔法書を読んでいたアンジェラさえも声をあげた。
「デュ、デュランしゃんがお料理をしちいる!?」
「どーすんのよ、今夜の夕食は!?」
「あいつが作れるって言うから、頼んだんだよ。この先、俺だけが料理番っちゅーのも不
安だしな」
「んもう、なんてことすんのよ! 今夜の夕食が食べらんなかったら、あんたのせいだか
らね!」
「何でそうなる…」
 ホークアイの言葉も最後まで聞かずに、アンジェラは台所へと走りだす。シャルロット
もそれを見て台所の方へちょこまか駆け出す。
「…それにしても、フツー、料理って女の仕事だったりしねぇか…?」
 王女や司祭の孫のような身分の女にそれは通じない常識だと知っていても、ホークアイ
はつぶやかずにはいられなかった。

「ちょっとデュラン! あんたが料理作ってるって、本当なの!?」
「本当でちか?」
「お、な、なんだよ?」
 いきなりすごい勢いで飛び込んできた二人に、デュランは少なからずたじろいだ。
 二人は台所にずかずか乗り込んできて、ナベの様子や、デュランの料理の様子を順番に
見た。
「…………………」
 しかし、今まで料理をした事もないので、彼が料理を作れそうかどうかも見極められな
かった。
「と、とにかく、今夜の夕食、食べられるんでしょーね!?」
「…食い物くらいなら作れるって。味の保証はねぇけど」
「………………」
 舌の肥えたアンジェラだが、野宿での食べ物に関してはかなり我慢している。これも一
緒なのだと自分に言い聞かせるしかないと、悟る。
「じゃ、シャルロット、何か手伝いまちかー?」
「いいよ。おまえじゃ井戸にも手が届かねーだろ?」
「……そうでちか……」
「ああ、でも。そこのぞうきんで、あっちの広間の机と椅子、ふいといてくれ」
「あそこで食べるんでちね? わかったでち」
 仕事を任されて、ちょっと嬉しそうにシャルロットは歩きだす。
 アンジェラは肩をすくめると、また元いた部屋に戻って、魔法書に目を落とした。

「味に期待すんなよ」
 そう言って、デュランは自分で作ったスープをそれぞれの椀に入れた。肉と野菜が少し
だけ入ってる塩スープだそうだ。
 ホークアイは匂いをかいでみたが、それほどひどいものでは無さそうである。
「いただきまーす、でち」
 シャルロットはそう言って興味津々でスープを一口飲んでみる。思わず注目するホーク
アイとアンジェラ。
「………………」
「ど、どうだ?」
「どんな味?」
「…別に……普通の塩スープでち…」
「だからそう言ってるじゃねーか」
 少し不機嫌そうに、デュランはパンを食いちぎる。
 ホークアイもアンジェラもデュランの作ったスープを一口飲んでみる。
「……別に…普通の塩スープだな…」
「そうね…」
 特に大騒ぎするほど美味しくも不味くもなかった。
 デュランはみんなの反応に少しだけ気分を害したようだが、特に何も言わなかった。

 床に直にひく毛布ではやはり寒い。それでも、外で寝るよりはるかにマシである事はわ
かってはいるのだが。
 寝返りをうって、アンジェラは小さくため息をついた。
 デュランと仲間になってから、そろそろ1カ月になるだろうか。いや、もう過ぎたかも
しれない。別に数えてるわけではないので、よくはわからない。
 それからシャルロットが加わって、ホークアイが加わった。
 寝食をともにして1カ月。お互いにもだいぶん慣れてきたけれど。
 目的のためとはいえ、仕方なく仲間になったようなそれぞれ。今までまったくの赤の他
人が、しかも全員外国人同士なのである。縁とは奇妙なものである。
 みんなそれぞれ目的があって、それのためにパーティを組んで。
 アンジェラも、母との事を思うと、今でも胸が痛い。すごく痛い。
 本当は、デュランみたいな粗野な男と、シャルロットみたいなこまっしゃくれた子供と、
ホークアイみたいな軽薄な男と仲間を組むのは嫌なのだけれど。
 こうやって寄り添って眠るのは、少しだけ寂しさがまぎれて、胸の痛みも少しだけ和ら
いで、悪くないなと、最近思いはじめている。

「本当にここにドワーフがいるの?」
 ここに来るのは2度目である。大地の裂け目はそこの道を行けばすぐそこにある。
「ここいらの洞窟にいるってうわさなんだが…」
 自信なさげに、デュランも辺りを見回している。
「そういや、ドワーフを見た事がある人は多いけど、住処まで行ったヤツってぇのはいな
いそうだな。何でだ?」
「さあ…。入り口を隠してるとかってぇらしんだけど…、くわしくは知らないんだ」
 デュランも手を広げて見せるしかない。
「ねぇねぇ、こっちのどーくつ、壁がキラキラッて光るでちよ。キレイでち」
 そのへんの横穴から顔をだして、シャルロットがはしゃいでいる。
「あー、水晶の谷だろ?」
「水晶の谷?」
 アンジェラがおうむ返しに聞く。
「ああ、あのへん、水晶がよく取れるらしいんだわ。で、水晶の谷」
「へー。どんな感じなんだー?」
 興味がわいたか、ホークアイはシャルロットのいる場所へ。アンジェラもそれに続いた。
みんな行ってしまったので、デュランもなんとはなしにそちらに向かう。
「へぇ、かなりの水晶が含まれてるみたいだな…」
 壁にはりついて、ホークアイは土壁に光る小さな水晶を観察する。
「…………ん? あ、ああ…。そっか…、じゃ、頼むよ」
「え?」
 ホークアイはいきなりデュランの独り言に振り返る。
「いつものヤツよ」
「あ、そうか」
 デュランが彼にとりついているフェアリーとしゃべる時は普通、他人に聞こえない。な
ので、やはりすこし驚く。
 デュランも気にしていて、それを知ってる者以外の前ではあまり話しかけないように、
フェアリーに言ってるそうなのだが。
「このへんに何かあるって、ウィル・オー・ウィスプが言ってるそーなんだ」
「何かって、何でちか?」
「おい」
「うぃっす!」
 呼びかけられて、目映いばかりの光の玉が飛び出した。精霊、ウィル・オー・ウィスプ
である。
「このへんは水晶の谷。おまけに薄暗いッスからね。入り口が人間に見えないのは仕方な
いんスよ。あのへん、光の屈折をうまく利用して、見えないようにしてるんスよ」
 ウィル・オー・ウィスプのいう『あのへん』がどのへんなのかよくわからないのだが、
ここは任せるしかなさそうだ。
「いいッスかー? ここらあたりをこうやって照らしてやると……」
「あー! 入り口でちー!」
「おお、見える見える」
 今まで壁だとばかり思ってた場所が、ぽっかりと口を開けているのがわかった。
「じゃ、アンジェラさん、僕のいるあたりに明かりの魔法、作って下さいッス。そうすれ
ば、僕が消えても見えるッスよ!」
「あ、う、うん…」
 言われるままにアンジェラがそうすると、安心したのか、ウィル・オー・ウィスプはま
たデュランの中に消えた。
「じゃ、アンジェラ、これに光、頼む。中、暗いわ」
 洞窟の中を少しのぞき込んだホークアイが、カンテラを見せてそう言う。
「…いいけどさ…。シャルロット、あんたもこの魔法覚えなさいよ。簡単なんだから」
「あうー。そうでちかぁ?」
「ほら。面倒くさがってねえで、早く」
「わかったわよぅ」
 少し口をとがらせると、アンジェラは呪文を唱えはじめた。

                                                             to be continued...