二人は休んでは歩き、歩いてはまた休みを繰り返し、歩いていた。
「町は遠いでちね」
「うん」
 道の真ん中に座り込んで、シャラはドロップをなめていた。こう、普通の幼児と歩くと、
自分は随分体力がついてきたんだなと思わせられる。なにせ、シャルロットはまだちっと
も疲れていないからだ。
「しゃ、行きまちよ。早くしないと、日が暮れてしまいまち」
「うん…」
 シャラもだいぶ我慢ができるようになってきて、疲れた笑顔で頷いて立ち上がる。無理
してるんだなと思うと、シャルロットはやっぱりここで休もうかと思う。
「……あー…でも………!」
 もう少し休もうかと言いかけて、シャルロットは北の方からやってくる気配にバッと顔
を振り向けた。
「こりは…」
 北の空に点々と、なにやら飛んでくるのが見えた。間違いない、モンスターだ。
「シャラ、モンスターでち! と、と、とにかく、あっちの方まで急ぐでち!」
 ここはだだっ広い草地が続くだけだが、向こうに林が見える。あそこまで逃げ切れば、
気づかれないように隠れきれるかもしれない。
 シャルロットはシャラの手を引っ張って走りだす。
 最初は、シャラも頑張って走っていたのだが、やがてよく足がもつれるようになり、度々
つっかかった。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
 やはり、幼児にはつらいのだ。シャラは真っ赤な顔をして、苦しそうに息をつく。
「うぅ〜。し、仕方ないでち。シャラ、おねえたまの背中に乗るでち、おんぶでち!」
「うん」
 急ぐ時、よくデュランやケヴィンの背中に背負われた。そうすると、自分より早く行け
るから。
 シャラはなんとかシャルロットの背中におぶさる。
「いいでちか? 行きまちよ!」
 シャルロットはそう声をかけて、彼女なりに全速力で走った。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ!」
「おねえたま、ヘンなのがくるよ!」
「うう〜…!」
 ぎりっと歯を食いしばり、ちらりと背後を見た。黒い点々はもうだいぶ大きくなってき
ている。あれは十匹前後はいるだろうか。
 今度は前を見る。残念だが、こちらが林につくより、あちらがこちらに追いつく方が早
いようだ。
「し、しかたないでち…」
 またやっつけるしかないか。シャルロットはシャラを降ろすと、フレイルを構えてこち
らに飛んでくるモンスターを睨みつけた。
「チビデビル…?」
 飛んでくるモンスターはチビデビルによく似ていた。けれど、どうも違う。彼らの持つ
雰囲気というか、発する邪気というか。それが、チビデビルよりはるかに濃く、強かった。
シャルロットは、あれが、チビデビルよりはるか上級悪魔のグレムリンだとは、その時は
知らなかったのだが。
「キャハハ!」
「キャーッヒャハハ!」
 一見、可愛らしい顔付きをしてるはしてるのだが。その表情がどうにも凶悪だ。
「ガキだ。ガキだ!」
「キャハハ、美味そうだ、美味そうだ!」
「さっきの男より柔らかくて美味そうだ!」
 愛らしい顔付きで、その口から血が少し滴り落ちているのがいる。口の周りが赤く染ま
っているのもいる。中には、先ほどの野盗が、かぶっていた帽子を頭に乗せているのもい
た。
「うっく…」
 さっきの野盗達の末路を知り、シャルロットは一瞬吐き気がこみあげるが、我慢した。
「ガキが武器持ってるぜ、キャハハ!」
「キャハハ! 僕たちと戦おうって? キャハ!」
「ちょうどいいよ。食べる前の準備運動にピッタリだよ」
 グレムリン達は口々にそんな事を言って、シャルロット達二人の周りをぐるぐると飛び
回り、取り囲む。
「あ、あんたしゃん達、なんで、こんなとこにいるでちかっ!?」
 フレイルを握り締め、グレムリン達に怒鳴りつける。
「なんでって? せっかくニンゲンをおなかいっぱい食べれるっていうのにさ」
「真っ先に美味しいモノを食べるって先に行った、兄貴は誰かにやられちゃったしさ」
「村はだーれもいないしさ」
「僕たちとんだ食いっぱぐれだ」
 かん高い声で、ニタニタ笑っている。
「…そのあにきっていうのは…村を襲ったデーモンでちか?」
「なんだ、おまえ知ってるのか?」
「…じゃあ、あんたたちの他にもモンスターが…!」
「いるわけねぇよ。こんな田舎によ。あの兄貴は気まぐれだからな」
「そりゃ、兄貴のあとのおこぼれはけっこうオイシイけどさ」
「でも、あの兄貴についてく僕らもヘンかもな!」
「キャハハ!」
 どうやら、こいつら以外はもう、あの村を襲うモンスターはいないようだ。シャルロッ
トは警戒しながらも、ほんの少しだけ安堵した。
「そんなことどうでもいいよ、早く食べようよ!」
「キャハハハ! 僕、いっちばーん!」
 グレムリンの一匹が、モリをかまえてシャルロットに急降下してきた。
「ホーリーボール!」
 唱えておいた呪文を解き放ち、光の玉はそのグレムリンに炸裂した。
 ズガッ!
「ギャアァァッ! 焼ける! 焼けるーっ!」
 身体を聖なる光に焼かれて、地べたに落ちたグレムリンはその場でじたばたともがいた。
「なんだあいつ…。光の魔法なんか使いやがって…」
 グレムリン達に驚愕が走る。
「シャルロットちゃんのホーリーボールは痛いでちよ! さあ、くらいたいヤツから来る
でち!」
 そう言うと、シャルロットはホーリーボールの詠唱に入る。
「ホーリーボールっ!」
「ギィヤアァァッ!」
 ジュワァッ!
 もう一匹、シャルロットのホーリーボールの餌食となる。
 グレムリン達はお互いに顔を見合わせる。シャルロットとしては、このホーリーボール
に恐れをなして、逃げてもらいたいところだが…。
「…それなら、運が良いヤツがあいつらを食えるんだ! 行っけぇー!」
 一匹のグレムリンがそう言って急降下をかけると、数匹がいっせいに急降下してきた。
「げげげげっ!?」
 シャルロットのホーリーボールは単体相手にしか攻撃する事ができない。そこまで高度
なものはまだ習得できていないのだ。
「おねえたまこわい!」
「ぐっ! シャラ、伏せてるでち!」
 歯を食いしばり、シャルロットはフレイルを握り締める。これでなんとか追い払うしか
ない。
「でぇい! てや! ちょえーいっ!」
 ごっ、ごがっ!
 フレイルをめちゃくちゃ振り回し、近寄ってくるグレムリンをなんとか打ち払う。足元
でシャラはもう目も耳も塞いで縮こまった。
「ええーいっ!」
 目の前のグレムリンを打ち落とした時。
「キャハハッ! もーらいっ!」
 背後から声がした。後ろを振り向こうとしたが、もう遅い。
 ザクッ!
「ぎゃああっ!」
 背中をモリで突かれた。
「このおっ!」
「ギャッ!」
 痛さで顔をゆがませて、そのグレムリンも殴り飛ばす。
「キャハハ! いただきまーす!」
 がぶっ!
「うきゃっ!」
 スキができたため、グレムリンの一匹がシャルロットの肩に食いついた。
「くっ…!」
 こんなところで、こんなところで、死ぬわけにはいかない。ヒースも探しあてていない。
まだ手掛かりだってたいしてつかんでない。こんなところで、倒れるわけにはいかないの
だ。
「ホーリーボールッ!」
 ガカッ!
 早口で唱えた、少し威力の弱いホーリーボールが肩のグレムリンに当たった。
「ギャアアァァーッ!」
 思わず口を開けて、グレムリンは地面に転がり落ちる。
「はぁっ、はぁっ…はぁっ…」
 痛さと格闘しながら、シャルロットは自分の周りを飛び回るグレムリン達をにらみつけ
る。回復魔法をかけたいが、タイミングがつかめない。いつもなら、他の仲間が時間を稼
いでくれる所だが…。
「なんだよ、こいつ!」
「あたまにくるヤツだ!」
「ニンゲンなら、ニンゲンらしく、おとなしく食われろよ!」
「…フン…じょーだんじゃないでち…」
 減らず口をたたき、シャルロットは精一杯力をこめてフレイルを握り締める。
「生意気だ!」
「とっても生意気だ!」
 グレムリン達は口々にわめきたてると、やがてなにかの呪文を合唱しはじめた。
「これは…やばいっ!」
 シャルロットはとっさに、シャラを強く突き飛ばした。
「きゃああー!」
 ごろごろと転がるシャラ。
「イビルゲート!」
 グレムリン達の声が重なった。
 ごうん。
 空間が黒く歪んだ。歪んだ空間から、気持ち悪くなるほどの邪気が放出される。
「うきゃあああぁぁっ!」
 邪気にあてられ、その勢いで吹っ飛ぶシャルロット。
「おねえたまぁ!」
「う、うぐ…」
 転がった先で、なんとかもがくシャルロット。
「キャハハ。もう終わりだね」
「悪あがきだったね」
 よろよろと、シャルロットはなんとか身を起こす。
「…くはっ…くは…」
 背中と肩が痛い。それでも、シャルロットは立ち上がらねばならなかった。シャラを守
らねばならない事。ヒースをまだ捜し出していない事。シャルロットはまだ倒れてはいけ
ない。
 急いで回復魔法を口ずさむ。
「本当に悪あがきだね」
「キャハ。無駄なのにね」
「おとなしく僕らのごちそうになっちゃえば楽なのにね」
「もうおなかペコペコさ! さっさと食べちゃうよ!」
 グレムリンは口を大きく開けて、ギラリと血で汚れたキバを見せて、シャルロットに向
かって急降下をかけた。それに続き、他のグレムリンも次々と急降下をかける。
「うくっ…」
 これでは回復魔法は間に合わない。仕方がない。シャルロットはフレイルを強く握り締
めた。
「でああああぁぁぁっ!」
 フレイルの鉄球を振り回し、シャルロットは叫びながらグレムリンに突っ込んで行く。
「ホーリーボールっ!」
 聞き慣れた声が背後でした。
 それから、かなりの数の光の玉が自分を追い越して飛んで行く。
 ドカカカカッ!
「ギャアァァー!」
「アアアッ!」
「ウアアアッ!」
 グレムリン達は次々と悲鳴をあげて、焼け焦げてぼたぼたと落ちる。魔法が当たらなか
ったグレムリンも驚愕の表情だ。
「…え…?」
「何やってんのよ!?」
 振り向くと、アンジェラが杖を片手に走ってくるではないか。
「うぐぐ…」
「痛い、痛いぞ!」
「なにをするんだ!」
 身体の所々を焦がしながら、グレムリン達はまた宙に飛び上がる。
「チビデビルにしちゃ、根性あるじゃないのよ!」
 杖をかまえ、アンジェラが怒鳴りつける。
「馬鹿にするな、僕たちはグレムリンだぞ!」
「チビデビルみたいな下っ端と一緒にすんな!」
「グレムリン…。そう、じゃ、半端な魔法じゃ無理なワケね。行くわよ!」
「おまえも食われろ!」
「食われろ!」
 グレムリン達はモリを手に、次々と飛びかかっていく。
「もっかいホーリーボールっ!」
 ヒュンヒュンッ!
 風を切り、いくつもの光の玉がとんでいき、それらは迷わずグレムリン達全員に炸裂す
る。
「ウワアァッ!」
「ギヤァッ!」
 そしてまた、グレムリン達はぼたぼたと地面に落ちる。
「くっ、くそ…」
「なんで…ニンゲンなんかに…」
 地面でひくひくと痙攣しながらも、彼らはどうにか飛び上がる。
「くそっ!」
 一匹がイビルゲートの呪文詠唱に入る。
「セイントビームっ!」
 そうはさせじと、アンジェラは得意の早口で呪文詠唱を終わらせ、魔法を解き放つ。
「ウギャアアアァァァアアッ!」
 聖なる光線は、悪魔を黒焦げになるくらいに焼いた。
「ギャ……あ……」
 口をぱくぱくさせていたが、やがて上の方からゆっくりと塵になっていき、風にとけて
いく。
 聖なる光に焼かれた悪魔族の結末は、大体似通っている。
「………あ……あ……」
 アンジェラのセイントビームの威力に、グレムリン達の顔色が変わった。あんなの食ら
ったらひとたまりもない。
「キャーッ!」
「イヤだーっ!」
 グレムリン達は回れ右をすると、一目さんに逃げ出した。
「ホーリーボール!」
 容赦なく、アンジェラは再度ホーリーボールを放つ。あんな危険なのがこのへんにいて
は人々の生活に支障が出るだろう。
「ギアアッ!」
「キャアッ!」
 アンジェラのホーリーボールに、グレムリン達は次々と打ち落とされている。
「ホーリーボールっ!」
 再度、ホーリーボールの群れがグレムリン達を襲う。アンジェラのホーリーボールを何
度もくらって生き延びられるグレムリン達ではない。一匹、また一匹と焼かれていく。そ
れでも、フラフラと飛び上がるのは、さすが上級悪魔と言うべきか。
「ラストぉ! ホォォリィィィボォォォルッッ!」
 アンジェラが大振りな構えで杖を振ると、彼女の周りからすごい数の白い玉が次々と浮
き上がり、生き残ったグレムリン一匹一匹にこれでもかとぶちあたる。
 キュドドドドドドドッッ!
「ガァァッ!」
「ウギェ!」
「ぐふっ…」
 最後の一匹が塵と消えると、アンジェラは杖を降ろして、一息ついた。
「……ふう…。…なによ、あんた、ボロボロじゃない」
 いつのまにかへたりこんでいるシャルロットを見下ろして、アンジェラは彼女に近寄る。
「見てるの痛いから、あんたの得意の回復魔法でさっさと治しなさいよ」
「…………これから…やるでちよ…」
 傷口が痛むらしく、とぎれとぎれに呪文をとなえ、どうにかこうにか、治癒の光がふわ
りとシャルロットを包む。
「………………はあぁー…」
 シャルロットは今までで特大のため息を吐き出した。やっと生きた心地がしたからだ。
「平気?」
「まだでち。もいちど、唱えないと…」
「おねえたま! だいじょうぶ?」
 今まで動けなかったシャラがやっと動けるようになって、シャルロットに駆け寄った。
「おねえたま?」
 アンジェラがいぶかしげにシャルロットを見下ろした。
「だいじょうぶでちよ。シャルロットは強いんでちから。じゃ、シャラもそこにいるでち。
一緒に回復魔法を浴びるでち」
「うん」
 シャラは素直に頷いて、シャルロットのそばにちょこんと座る。
 やがて、治癒の優しい光が二人を包み、二人ともかなり元気になった。シャルロットの
あの生々しい傷は、もうわからなくなってしまっていた。
「ふう」
 シャルロットがもう一度安堵の息をつくのを見て、大丈夫だと知ったアンジェラは、早
速口をひらく。
「ほんっとに、あんたどこ行ってたのよ!? みんなしてあんたのこと探してんのよ?」
「そ、そうだったんでちか…?」
「そうよ! みんな手分けしてあんたを探してたの! 心配で寝てない連中だっていんの
よ!?」
「あうー…」
 次々とまくしたてられ、シャルロットは言葉に窮する。
「おねえたまをいじめちゃだめ!」
 困っているシャルロットを見て、シャラがアンジェラとの間に割ってはいる。その行動
に、アンジェラも驚いたようだ。
「こ…この子は…?」
「村の子供でち。逃げ遅れてたのを、シャルロットが見つけて、そいで……」
 それから、シャルロットの冒険談ならぬ、その子がいるいきさつがいつもの調子で語り
出された。




                                                             to be continued...