「………まぁ、あんたの話はともかく…」 三人は町に向かって歩きだしていた。シャルロットは歩きながら今までの事を、得意の シャルロット風味にアレンジ脚色して、聞かせ終わったところだ。 聞いて疲れているのは、ここではアンジェラだけのようだが。 「子供を置いてきちゃったっていう、お母さんが町にいるのよ。たぶん、その子の事なの ね」 「あ、じゃあ、シャラのママは町にいるんでちね?」 「いるわよ。村に戻るって聞かなくて、止めるのすっごい大変だったんだから。わたした ちがその子も探すからって事で、なんとか町に残ってもらってるんだけどね…」 「よかったでちねぇ。まま、いるでちよ。会えまちよ」 「うん!」 シャラは、今までに見せた事のない笑顔で頷いた。 「けど、アンジェラしゃん達、あのデーモンを倒して、夜のうちに出立したんでちか?」 「そうよ、そうなのよ! デーモンの倒し方がよくなかったのか、もうすっごいくっさく なっちゃってさ、とてもじゃないけど、村にいられなくって。みんなで荷物まとめて村を 出たの。そしたらねぇ、信じられる!? 迷ったのよ!」 アンジェラは思い出しても腹がたつようで、どんどん大声になってくる。 「え? でも、真っすぐ行けば良いって…」 「この先にあるけど、真っすぐっていうには、ビミョーな道があんのよ。で、そこで迷っ ちゃってさあ。やっと町についたのが昨夜の事なのよ。てっきり、あんたも町にいると思 ったらいないって言うじゃない。すぐに、体力のある連中はずっとあんた探しよ。ホーク アイは動けないからともかく、動ける私が何もしないって、居心地悪いじゃない。で、仕 方なく私もあんた探しにきたってワケ」 「? ホークアイしゃん、動けないんでちか?」 「デーモンにやられてね。一応、デュランの回復魔法かけといたけど、あんたほど、信頼 あるモンじゃないし。それに、あの町に私らが誰もいなくなるワケにもいかないし。留守 番も兼ねて、大事をとってんのよ」 「…そうでちか…」 みんな、自分を探してくれる、必要としてくれる。うれしくて、思わず言葉に詰まる。 「ほら、ここよ」 なるほど、真っすぐ、と言うには微妙な二股道がある。 「で、どっちなんでちか?」 「こっちよ。立て看板もあるし、こっちの方が道が広いのに、リースが間違えたのよ…」 「リースしゃんが…」 「ホークアイがちょっと、道を見る余裕がなくってさ。代わりにリースが見たの。デュラ ンも駄目だけど、リースも駄目とはねぇ…」 デュランは地図が読めないというより、読まないタイプで、おまけに深く考えない。思 い込みでずかずか進んで道を間違える。リースの方は、普通に地図を読むのが苦手らしい。 「まぁ…、暗くて看板読めなかったしね…。こんなに読みにくいし…」 アンジェラの言うとおり、立て看板は随分古くてすすけてて、黄昏時ではなんとも読み にくい。 「でー、どんくらいで町につきそうなんでちか?」 「そうね、そう遠くはないんだけど…、その子がいるとなるとねぇ…」 シャラの歩調にあわせて、二人はずいぶんゆっくり歩いている。このままでは町につく のはいつになるやらわからない。 「あーあ、野宿なんてイヤだなー」 ぶーぶー文句いって、アンジェラは空を見上げた。どうやらシャラに付き合ってくれる らしい。彼女、いつもワガママだが、かといって冷たいワケではないのだ。 「じゃー、いつごろ休むでちか?」 「そうね………」 と言いかけて、アンジェラは町の方からやってくる足音に耳を動かした。 「馬…?」 ぱっかぱっかぱっか…。 軽快な足音をさせて、薄暗い先に、だれかが馬に乗ってやってくる。 「だれだろ…。この御時世に馬に乗るなんて…」 「でちね」 とろとろ歩いていると、馬がすぐ近くまでやってきた。 「アンジェラか? シャルロットは見つかったのか?」 なにやら切羽詰まった馬上の声。暗くて、どうやらシャルロットが確認できてないらし い。 「デュランしゃん!」 「! シャルロット! シャルロットか!?」 「そうでちよ、シャルロットちゃんでちよ!」 デュランは急いで馬から降りる。馬はぶるると首を振った。 そして、デュランの大きな手がシャルロットの頭に乗っかった。 「はぁー…。よかった…。無事だったんだな…」 「えへへ…」 その大きな手が嬉しくて、シャルロットはつい頬がゆるんでくる。 「デュラン、馬になんか乗れたんだ?」 「まぁな。ん? その子は?」 デュランはシャルロットよりもさらに小さいシャラに気づく。 「例の、村の逃げ遅れた子よ」 「ああ! そーりゃよかった。親御さん、すっげぇ心配してたもんなぁ。よし、じゃ、み んな馬に乗れよ。歩くより早いもんな」 馬の手綱を引っ張って、三人を見回す。 「…四人も乗れるの?」 「俺は手綱を引くから別に平気だろ? あと子供二人だし」 アンジェラとしては、デュランと一緒に馬の背に、というのをほんのちょっと夢見たの だが。 馬に女子供の三人を乗せると、デュランは手綱をとって歩きだす。これなら、シャラの 歩調に合わせる事もないし、けっこう早いし、オマケに楽ちんだ。 安心したせいか、どっと疲れが押し寄せてきて、シャルロットはアンジェラの胸でうつ らうつらと船をこぐ。 「ちょっと、シャルロット。寝ないでよぉ」 自分の胸にシャルロットの頭が当たるのが気になるらしく、アンジェラはたびたび彼女 をゆすって起こす。シャラの方はすでに眠りに落ちている。 「う〜」 デュランに出会ったとたん、緊張の紐が緩みっぱなしだ。もう気張らなくて良いと思う と、どうにも眠気が強い。 「ついたぞ。あの町だ」 どうやら眠ってしまっていたらしかった。アンジェラの方も面倒臭くなったのか、シャ ルロットをもう起こさなかったらしい。 「んにゃ…」 デュランの声に覚醒し、シャルロットはごしごしと目をこする。寝ぼけ眼で、目前の町 を見る。とっぷりと陽も暮れて、町には明かりがここかしこに灯っている。 「町でちか…」 「ほら、もう起きてよ。前の子供はあんたが支えなさいよ」 「うー……くあ…」 大きくあくびをして、シャルロットはまだ頭が覚めきらないまま、目の前のシャラをぎ ゅっと抱いて支える。 「はー…、なんか、長かったでちねぇ…」 「そんなたいした距離じゃねえよ。ん? ありゃ、その子供の親御さんじゃねーか?」 「え?」 町の入り口に、女が一人立っている。 「シャラ! シャラ。起きるでちよ。あれ、あんたしゃんのままでちか?」 「うー…」 前にいるシャラを乱暴に揺り起こし、シャルロットは町の入り口を指さす。 「……んー……」 シャラはママという言葉に反応して、ごしごしと目をこする。 しばらく、半開きの目で、入り口に立つ女を見ていたが、急に降りようともがきはじめ る。 「まま、まま! ままだ!」 「ちょわ! お、落ち着くでちよ!」 「ほれ」 デュランは手を伸ばし、早速降ろしてやると、シャラは転がるように駆けていく。 「ままーっ! まーまーっ!」 「サラ!」 母親の方も駆けよってきて、親子はがっちり抱き合った。 「ごめんね、ごめんね! 本当にごめんね!」 「うわあああん! ままー! ままー!」 親子は泣きながら、強く抱き合う。その様子を、シャルロットとアンジェラは複雑な思 いで見つめていた。 「本当に…なんとお礼を言って良いか…。有り難うございます、本当に有り難うございま す」 近くまでやって来たデュラン達に、母親はさかんに頭を下げた。 「…な、なんてことないのでち。子分を助けるのは、親分として当然なのでち」 シャルロットは馬上で、無意味に胸をはってみた。こうもお礼を言われるというのは、 照れ臭くて、くすぐったくて、それでいて、悪くない。 「ほれ、おまえら降りな。馬、返さなくちゃいけねーから」 デュランはシャルロットを馬から降ろし、アンジェラが降りるのにも手伝ってやる。 「おねえたま。ありがとー。おねえたまのいうとおり、ままにあえたの」 「言ったじゃないでちか。シャルロットににごんはないと!」 そしてまた、無意味に胸をはってみたり。 子供が母親と再会できた騒ぎを聞き付けて、村人たちが集まってきた。デュランは馬を 返しにどこかに行ってしまった。 シャラの本当の名前はサラと言うらしい。舌足らずに名乗った名前をそのままと勘違い したため、そんなふうに呼んでいたのだが。サラはシャラと呼ばれてもまるで気にしてい なかったし。 村人たちにお礼を言われながら、シャルロットはホークアイのいる宿屋に向かう。 「よ、村の英雄。行方不明の子供を連れてきたんだってな」 もう話は伝わっているらしく、ホークアイはベッドの上で上半身を起こしながら、笑顔 でシャルロットを迎えた。 「うふふふ。ホークアイしゃんも、シャルロットちゃんの事を見直しまちたか?」 「まーな」 「これに懲りて、イヤガラセはやめるべきでちね」 「おい、シャルロット。ホークアイの足、みてくれよ」 後ろから入ってきたデュランがシャルロットを押す。 「そーいやぁ、怪我したんでちってね」 「怪我の多い男よね」 接近戦が得意なクセに体力がないからなのだろうが。 「じゃ、あんよ見せるでち。シャルロットのお得意の魔法で治してあげまち」 腕まくりして、ホークアイに近付くと、彼は毛布をはがして足を見せる。デュランの回 復魔法をかけてもらったとはいえ、足にはまだ傷痕が残っていた。 「しかしおまえ、どこに行ってたんだ? なんか、馬車に乗ったけど、途中でいなくなっ たって聞いたんだが…」 ベッドの隣にある椅子に腰掛けて、デュランはホークアイの治療が終わったシャルロッ トを見る。 「ああ、馬車があんまり急ぐもんでちから、一緒にいたシャラ…じゃない、サラがほうり 出されちまったんでちよ。んで、とっさにシャルロットも一緒に飛び出たんでち。そいか ら、あんたしゃん達とごーりゅーしよーと思って村の方に行ったんでちけど、いなくて…」 「どのへんでほうり出されたか知らねぇけど、この町まで、途中までは一本道だろ?」 「あんたしゃんたち、夜のうちに町に向かったんでちょ? シャルロット達、夜は道端か ら少し離れた草むらに隠れて寝たんでちよ」 「そっか…」 その時に道を通ったなら、気づかなかったろう。その時、廊下をばたばたと駆けてくる 足音が。 「シャルロット!」 「シャルロット!?」 ドアを開けると同時に、リースとケヴィンが飛び出してきた。 「リースしゃん、ケヴィンしゃん」 「無事だったのね!? よかったぁ…」 リースは駆けよって、シャルロットをぎゅっと抱き締めた。それがすごく暖かくて、シ ャルロットは一瞬だれかを思い出す。 「シャルロットいたんだ。見つかったんだな!」 「見つかったっちゅーか、こっちにやって来たんだけどよ」 笑顔のケヴィンに、デュランがこたえる。 「心配したのよ。本当に…」 リースは涙ぐんで、シャルロットの顔を優しくなでる。 「へへ…。ごめんでち…」 なんだか胸の奥がつんとして、泣けてきそうになったが、なんだか照れ臭くて我慢した。 「良かった。シャルロットがいないと、みんな困る事になるものね」 いつの間にかフェアリーが出て来て、デュランの肩に乗っていた。 これで、みんな揃った。 「現に、ホークアイが困ってたしねー」 アンジェラに言われ、ホークアイは苦笑するしかない。 「とにかく、みんな夕飯まだなんだろ? 用意してくれるって言うし、腹一杯食おうぜ」 「おう!」 デュランがそう言うと、ケヴィンは元気よく返事をした。 みんな揃っての食事は本当に美味しかった。 シャルロットの隣にはサラ母子がやってきて、一緒に食べた。サラの母親は、まだ赤ん 坊の双子を抱えていて、彼らで手一杯だったらしい。サラがついてきてるものと、慌てて 逃げていたら、サラとはぐれてしまっていた。そして、取り残されたサラはどこへ行って 良いかわからなくて、怖くなってそのへんの納屋でうずくまっていた。そういういきさつ があったそうだ。 「もう、行くんですか…?」 「急いでるんで」 村人たちは、デュラン達の旅立ちに全員残念そうな顔をした。 「まだ、お礼を言い足りないのですが…」 「いいっすよ。別に。そいじゃ、このへんで」 軽い調子で言って、デュランは別れの余韻など気にもしないふうに、スタスタと歩きだ してしまう。それに続く四人。 「おねえたま、行っちゃうの?」 「言ったじゃないでちか。おねえたまは愛するヒースのためにたびをしてると。シャルロ ットの目的はまだたっせられてないのでち。行かなくっちゃいけないのでち」 「やだ! おねえたま行っちゃやだ!」 「いいでちか? あんたしゃんもおねえたまなんでちから、シャルロットみたいなきちっ とりっぱなおねえたまになるんでちよ」 「おねえたま行っちゃやだ!」 「サラ、ワガママは駄目よ。お姉さん、困ってるじゃない」 母親は、困った顔で娘の頭をなでる。 「やだー! 行っちゃやだー! 行っちゃだめー!」 サラは泣き出して、ばたばた暴れはじめた。 「泣いちゃダメでち!」 そう言うシャルロットの目もうるんできた。 「おねえたまは泣かないものなのでち! サラ、あんたしゃんもおねえたまなら、笑って 別れるもんなんでち!」 泣きそうな笑顔で、シャルロットはサラの手を握る。鼻声が隠せない。 「ヤーダー! 行っちゃやーだー!」 「なんでちか、その泣き顔は。笑顔はびじんのひっすこーもくなんでちよ!? 笑うでち!!」 「うっく…」 脅迫に近いシャルロットの声に、サラは鼻をすすりながら、涙を止める。 「おねえたまは笑って別れるのでち。サラバでち!」 涙の出る一歩手前で、顔いっぱい笑って見せると、シャルロットは、ばっときびすを返 して走りだした。 「おねぇーたまぁぁー!」 背後でサラの声が聞こえる。その声を背に、シャルロットは全速力で走った。 ばふっ! 「うおっと!?」 歩いている仲間に追いついて、デュランの腰に飛びついた。 「なんだよ…」 「おんぶ…」 「はぁ? おまえ、歩いてどれくらいだと思ってんだよ」 いぶかしげに、後ろを振り返る。 「おんぶ!」 デュランの背中に顔を押し付けて、もう一度言う。 しばらく背中のシャルロットを見ていたが、やがて小さく息をつく。 「……わかったよ。ケヴィン、ちと頼む」 「おう」 荷物を半分ケヴィンに持ってもらい、デュランは慣れた様子で、シャルロットを背負う。 デュランの背中に突っ伏して、シャルロットは顔をあげようとはしなかった。 それを見て、ホークアイは苦笑して肩をすくめる。リースもアンジェラも、やっぱり苦 笑した。 「シャルロット、どうした? 具合わるいのか?」 「疲れてるんだろ。寝させとけよ」 ケヴィンは心配して、シャルロットを覗き込もうとするが、ホークアイに引っ張られて しまった。 「……そっか………。わかった」 少し不思議そうながらも、ケヴィンは素直に頷いた。 END |