気が付いたら、もう明るくなっていた。太陽がずいぶん高い位置にあるようだが。
「…ん…」
 ゆっくりとまぶたをあける。あまり良い格好で寝なかったせいか、腰がいたい。
「…あたたた…。あー…」
 腰をささえながらゆっくりと起き上がる。そして、腰をそらしてぐきぐきと言わせる。
「…ん…?」
 何か足りない。それに気づいて、シャルロットは辺りを見回した。そう。傍らにいたは
ずのシャラがいないのだ。
「シャ…シャラ!? シャラー! ど、どこに行ったでちかー!?」
 慌てふためいて、シャルロットはわたわたと辺りを走り回る。がさがさと背の高い葉や
茎をかきわけ、大声あげてシャラの名前を呼ぶが、返事はない。
「シャラーッ!」
 あらん限りの声をあげて、道の方へと上る。
「あ、おねえたま」
「え!?」
 背後からの声にビックリすると、反対側の道の草原から、シャラがひょっこり顔を出し
た。
「シャラ! なんでそんなとこにいるでちか!?」
「………」
 それを言った時の顔が怖かったのだろうか。シャラはシャルロットの顔を見て、泣きそ
うな顔をして後ずさる。
「勝手に一人でどっかに行くんじゃないでち。シャラはまだちみっちゃいんでちから! 
おねえたまから離れると危険なんでち!」
「……………」
「いいでちか? こりからは、おねえたまから離れちゃいけないんでち。わかったでちか? 
でないと、こりは本当に本当に危険なんでち!」
「………………うん…」
 切羽詰まったシャルロットに圧倒されて、シャラは小さく頷いた。
「わかれば良いんでち。じゃ、村に行くでちか」
「……おなかすいた」
「え?」
「おなかすいた」
「…………あー……」
 言われて、シャルロットも自身もおなかがすいている事に気づく。しかし、荷物は宿屋
に置きっ放しだし、持ってるものと言えば武器と財布くらいであった。
「……ポケットになにか…あるはず…」
 いつも非常食は必ず持ち歩くようにと言われている。ポケットの中にはその非常食が、
いくつか入っていた。
「チョコとアメとクルミ…。仕方ないでちね。チョコでも食べまちか」
 シャルロットが道の真ん中に座り込むと、シャラも隣にちょこんと座った。
「はんぶんこでち。あ、でも、シャルロットの方がおねえたまだから、ちょっと多めでち」
 ぱっくんチョコを割って、三分の一をシャラに渡すと、残りをほお張る。それを見てい
たシャラも、チョコをほお張った。
「…あまくない…」
「ぱっくんチョコはいつ食べてもほろ苦いんでち」
 そんな事を言いながら、さもしい朝食をすます。
「ちょっと元気がでたでちか? じゃ、行きまちよ」
「うん」
 シャラはシャルロットの手をぎゅっと握ってきたので、シャルロットも握り返す。
「じゃ、出発でちよ!」



 歩みはなかなか遅々としていた。幼児を連れたシャルロットの足なのだから、当然とい
えば当然なのだが。
 それでも、二人は無駄話をしながら、てくてくと道を歩いた。
 疲れては休み、また歩き、そしてまた休む。喉が乾いたら、ドロップをなめてなんとか
しのいだ。
「…あ…」
 シャルロットが夢中になってヒースの話をしていると、シャラが上空を指さした。空は
朱色に染まりつつあった。
「…けむり…」
 村の家々が点々と遠くに見え、その上空を細く黒い煙りがゆっくりと上がっていた。こ
こからではまだなんとも言えないが、どうも戦いの空気は感じられない。
「きっと、シャルロットの弟子たちがあのでーもんを倒しちゃったんでち。村に行けば、
弟子たちがいるから、も、大丈夫でちよ」
「うん」
 シャラはシャルロットを見上げてうなずいた。

「…………………」
 村に入ると、シャルロットとシャラはだらしなく口をあけて、まるで人気のない家々を
眺めて歩いた。
 村には、何の気配もなかった。いるのは、村人がおいていった家畜がいつもと変わらぬ
ようにふごふごと鳴いているだけだ。
「…くしゃい…」
「……な、なんでちか、この匂いは…」
 そうなのだ。北の方からものすごい臭気がする。二人は連れ立って、北の方へ歩いてみ
た。
「うっ…!」
「ふええっ!」
 真っ黒くて、巨大なデーモンが煙りをあげて横たわっていた。白目をむき、体のいたる
ところに傷があり、そこからどす黒い血が流れ出ている。煙りは、火傷したらしい箇所か
らあがっている。匂いは、デーモンの死体から発せられるものだった。
「…デュランしゃん達が勝ったんでちね…」
 もはやピクリとも動かないデーモンを見て静かに言う。
 いきなり、シャラがぎゅっとしがみついてきた。
「シャラ?」
「こあい…」
「あ。そうか…」
 シャルロットはこういうのに慣れてはいるが、村の幼児ではそんなものに慣れているわ
けないだろう。
「じゃ、離れるでち。弟子たちを探さないと…」
「うん」
 シャルロットとシャラは連れ立って、村の中央の方へ歩いていった。



「デュランしゃーん! リースしゃーん! ケヴィンしゃああぁん!」
 さっきから、声をはりあげて仲間たちの名前を呼んでいる。シャラとはぐれた事にも気
づかずに、シャルロットはとにかく叫んだ。
 仲間はいなかった。
 宿屋も空だった。
「ホークアイしゃああーん! アンジェラしゃああーん! どこいるでちかああー!?」
 小さな村を走り回り、大声で何度も何度も仲間の名前を呼ぶ。
 もしかして死体になっているかと、ものすごくものすごく心配した。
「うわあああああぁぁん!」
 聞き知った泣き声の方に走ると、シャラが犬の死体を前にして泣いていた。
「……どうしたでちか…」
 すこし、嗄れぎみの声でたずねる。
「コロが……コロが…死んじゃったよおぉぉ! うえええええぇぇん!」
 小さな犬が、腹からはらわたをはみ出させて、死んでいた。この傷はデーモンが召還し
た、小悪魔か何かに殺られたのではないだろうか。小悪魔の死体がさっきあちらにあった
から、それも倒されたのだろう。
「シャラの犬しゃんだったでちか?」
 シャラは泣き叫びながらうんうん頷いた。死体が慣れているとはいえ、あまり気持ちの
良いものではないのは確かだ。
「…そんなのは、あとででいいでち…。でしを…探すでち…」
 ふいっと犬の死体に背をむけ、シャラを引っ張る。しかし、シャラはいやいやとその場
から離れない。
「くるでち…。みんなを、探すでち…」
「…やだ…やだぁぁぁ!」
 もう一度引っ張るが、やはりシャラは動かない。
「探すんでち」
「やだあぁ! らって、らって、だえも…だえもいないよおぉぉ!」
「…!」
 シャルロットは泣きそうに顔を歪める。
「そ、そんなこと、言っちゃだめでち! みんな…いるんでち!」
「ぜんぜん、だえも、いないよぉぉぉおおおぉ! コロも…コロが…死んじゃうし…。う
えええええぇぇん!」
「泣くんじゃないでち!」
 そう言うシャルロットの顔も今にも泣きそうだ。
「誰も…誰もいないなんて……言っちゃだめ…ダメでちいぃぃ!」
「うわあああぁぁぁぁぁあんん!」
「…う…ふえ……う……びえええぇぇぇぇぇん!」
 もう我慢できなくて、シャルロットはとうとう泣き出した。
 二人は黄昏の下、ただひたすら泣きわめいた。

「ふえっく…。うっく…」
「ひく……えぐ…」
 どれくらい泣いたか。とにかく泣きまくって。
 二人とも泣き疲れて、その場にへたりこんでいた。もうだいぶ暗くなってきている。
 ずずっ…。
 鼻をすすり、袖で顔をぬぐう。泣いていても仕方ないのだ。それに、泣くだけ泣いて、
すこしだけスッキリした。
「…泣いてばかりいちゃ…どうしようも、すすっ…ないでち…」
 鼻水をすすりあげながら、シャルロットはもう一度ごしごし顔をぬぐう。
「…シャラ。ここでこうしていても、仕方ないでち。きっと、シャルロットの弟子たちは
町へ向かったんでち」
 宿屋はもぬけの空で、荷物もなかった。どうも、昨夜のうちにデーモンを倒し、シャル
ロット達が寝てるところを通り過ぎて町へ行ったのではなかろうか。
 シャルロットは彼らが自分をおいていったなど、微塵にも疑っていなかった。ただ、行
き違いがあっただけなのだと。
「まちへ…?」
「…最初から、町を目指してればよかったでち。村の人達も、弟子たちもみんな町へいる
んでち。だから、町へ行けばみんなに会えるんでち」
「………ままにも?」
「とーぜんでち」
 村人は、町へ避難しているだけだから、ここで待っていれば、村人とは、シャラの母親
とは出会えるだろう。だが、デュラン達は旅をしているのだ。彼らがここに一緒に戻って
くるとはあまり考えられない。だから、町へ行ってみんなに会うのが良い方法なのだ。そ
う考えた。
「でも、今日はもう遅いから、ここで休んで、それから町へ行こうでち。だいじょぶでち。
いるところがわかってるんでちから、ままには絶対会えまちよ!」
 シャルロットの探し人のヒースは、どこにいるかさえわからないのだから、それに比べ
れば、気が楽に決まっている。
「……うん…」
 会いたいとどんなに駄々をこねても、いないものはいないのだ。子供ながらにそれなり
にわかっているようで、シャラはとにかく頷いた。


 コロを埋葬し、小さな花を添えた後。
 シャラの家で戸棚にあったパンを食べ、水を飲み、二人はベッドに疲れた体を横たわら
せ、くっつきあって寝た。
 シャルロットの荷物は、どうやら仲間が一緒に持っていってくれたようで、宿屋にはな
かった。だから、間に合わせでシャラの家のカバンに水筒とパンを入れる。今度はシャラ
も小さなカバンを持って、それに水筒とパンを入れる。小さな手ぬぐいだって入っている。 
それから、雑貨屋からチョコとドロップも持ってきた。代金も机の上にちゃんとおいてき
た。ホークアイあたりなら失敬するのだろうが、シャルロットはそこらへん、きちんとし
つけられている。
「準備できまちたね。じゃ、行きまちよ」
「うん」
 二人は当たり前のように手をつないで、南口からのびる道を歩き始める。
 昨日と違い、きちんと休めたおかげか、二人ともけっこう元気である。
 来た時と同じように、休んでは歩き、歩いてはまた休むと繰り返し、はためには随分と
のんびりとした道程であった。
「そういえば、シャラは南の町に行ったことありまちか?」
「うん。ままと」
「そうでちか。そいで、遠かったでちか?」
「…あさにでて、ゆうがたまえについたよ」
「ほうほう。じゃ、そんなに遠い、ってワケじゃなさそうでちね」
 子供連れでそれくいらいなら、そんなに遠くないのではないか。
 相変わらず彼女たちの足は遅々としていた。しまいには、歌なんて二人で歌いながら歩
いていた。音程もてんでデタラメだが、二人はもちろん、そんなこと気にもしなかった。
 歌ってると不思議なもので、悪い考えとか考えなくなる。
「や〜ぎさ〜んの〜♪」
 背後から、なにかの気配がする。シャルロットは立ち止まり、振り返った。
「…どおしたの?」
 歌うのを止めたシャルロットを、シャラは不思議そうに見上げた。
「誰か…たくさん来る…」
「え…?」
 シャルロットが見据える先、道の遠くの方からなにやら集団がやってきた。
「…なんか…よくない人達みたい…逃げるでち」
 彼らが醸し出す殺気が、野盗によく似ている、いや、実際に野盗達なのだろう。シャル
ロットはぱっぱと周りを見回すが、辺りには隠れられそうな場所はない。仕方なく、シャ
ラの手を引いて走りだした。
「ど、どうしたの?」
「わるものでち!」
 しかし、幼児の手を引いたシャルロットが走っても、たいした速度ではない。
 野盗達はシャルロットを見つけるやいなや、こちらに走ってきた。
「待てぇーっ! ガキどもー!」
「うううう!」
「こあいよう!」
 二人してなんとか走っているが、野盗達は早い。もう少しで追いついてしまうだろう。
「…し、仕方がないでちね…。シャラ。ここにいるんでちよ! いいでちか、絶対、動い
ちゃだめでち! 下手すると、死んじゃうかもしんないんでちからね!」
「ひくっ!」
 シャラは顔を引きつらせて頷いた。『死ぬ』という言葉にひどく敏感になっているようだ。
 シャルロットはフレイルをぎゅっと握り締めると、野盗達に向かって走りだした。
「おいおい、ガキが武器持ってるぜ」
「あの村じゃたいした稼ぎできなかったんだ。二匹とも、売っ払ちまおう」
 野盗達はにやにや笑いながら、シャルロットを待ち構えた。
「いっくでちよぉー!」
 シャルロットはフレイルをぶんぶん振り回し、野盗達に突進した。
「危ねぇもん振り回し…ごぶっ!」
 つかまえようと延ばして手をささっと避けて、シャルロットのフレイルが野盗の顔に炸
裂した。
「なっ!?」
「なにっ!?」
 驚いてる間に、シャルロットはもう一人、野盗の足を殴りつける。
 ごっ!
「いでぇーっ!」
 よろけたところにふりかぶってフレイルをもう一発。
 ごすっ!
「ぎゃああっ!」
 あっと言う間に二人も野盗をやっつけて、シャルロットはちょこまか走りだす。
「なっ、なんだこのガキ!?」
「ただのガキじゃねえぞ!」
 油断できない相手と悟り、野盗達は手に手に武器を持つ。
 シャルロットはそんな彼らをにらみつけ、フレイルの鉄球をぶんぶん振り回しながら、
間合いをはかる。
「ダックも倒すシャルロットのフレイルを味わうでち!」
 そう叫ぶと、シャルロットはダッシュをかける。
 その素早さに、野盗が目を見張った瞬間。振り回された鉄球が腹に炸裂した。
 どっ!
「ぐほっ!?」
 殴りつけたあと、ぴょこんと跳びはね、素早く他の野盗との間合いをとる。残りは四人。
なんとか倒せない数ではない。
「いくでちよーっ!」
「このクソガキがぁ!」
 襲いかかる一人の攻撃をひょいとよけ、よろけた所にフレイルを振り下ろす。
「ぐああっ!」
 それから、二人目、三人目と襲いかかったが、やはりやられてしまった。
「な、なんだよ、このガキ…」
 不適な笑みさえ浮かべるシャルロットを不気味そうに見下ろし、最後の野盗は後ずさっ
た。
「くそっ、こいつはあきらめるか!」
「あっ!」
 きびすをかえし、野盗が走りだす先には、シャラが立ち尽くしていた。
「シャラー! 逃げるでちっ!」
 シャルロットが怒鳴ると、シャラははじかれたように駆け出した。だが、大人の足にか
なうわけがないのだ。
 すぐにでも野盗がシャラに追いつきそうである。
「くっ…、この世にさまよう異形の者よ、我が声に応え、その姿を現せ! いでよ、ユニ
コーンヘッド!」
 早口で呪文をとなえ、印を結び、フレイルを握った両手を前に突き出す。
 短剣を振りかぶり、今にもシャラに振り下ろそうとする野盗の足元に、魔方陣が浮かび
あがった。
「え?」
 驚くヒマもなく、その魔方陣から馬の首の石像が突然わき出た。
「うわあっ!?」
 下からの出現に、派手に引っ繰り返る。
「その角で突き上げるんでちよっ!」
 シャルロットが命令を下すと、馬の石像は、その長い眉間の角で野盗を突き上げ、高く
ほうり上げた。
「うわあああっ!」
 野盗は空高く飛び上がり、どしゃっと地面に落ちた。
「う…ぐ…」
 死んではいないようだが、突き刺されたケガと、落とされたショックで身動きできない
ようだ。
 シャルロットはホッと一息つくと、シャラに向かって駆け出した。召還されたユニコー
ンヘッドはもう消えていた。
「早く行くでちよ、こんな所、早く離れて良いに決まってるでち!」
「う、うん」
 シャラの手をつかむと、シャルロットは南に向かって走る。
「ハァ、ハァ、ハァ」
「フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ!」
 二人はできるだけの力で疾走した。
「うやあ!」
 ずべっ!
 シャラが何かに蹴つまずいて派手に転ぶと、シャルロットは思わず手を離してしまった。
「わ! あ、ああ、大丈夫でちか、起きれまちか?」
「ぐすっ、ふえ…」
 涙目になりながらも、シャラは立ち上がる。膝をすりむいていた。
「………もう、だいぶ離れたかな…」
 野盗達が倒れていた所はもう見えない。
「少し、休もうでち。シャルロットもちかれまちた…」
「うん…」
 道から少しはずれて、柔らかい草地に腰掛ける。
「ケガしまちたか」
「うん」
「じゃ、おねーたまが治してあげまち。シャルロットは、こういうの得意なんでち」
 そう笑って見せて、お得意の回復魔法を口ずさむ。
 やがて、シャルロットの手のひらから優しい光がともり、シャラの膝にあてられた。
「あ…」
 その柔らかくて暖かい光に、シャラも顔をほころばせる。
「どうでち? すごいでちょ?」
 得意顔でシャルロットがそう言うと、シャラは目を輝かせて、何度も何度も頷いた。
「…おねえたまはしゅごいね。ちゅよいし、いたいのなおしてくれるし」
「そうでちよ。今頃気づいたんでちか?」
 シャラはまた何度も何度も頷いた。
「さ、行きまちよ」
「うん」
 二人はにっこりほほ笑み合って、そしてやっぱり手をつないで道を闊歩した。




                                                             to be continued...