どうしようどうしようどうしようどうしよう!
  もう、オヒレセビレの問題なんかじゃなくなってきちゃった感じだよォ。
  チリチリチリチリチリチリィンッ!
  あたしが一人で頭を抱えていると、激しく呼び鈴が鳴らされた。
  …誰だろう。あんな鳴らし方するなんて…。
「はい…」
「デュランいる!?」
  ビックリした。
  すっごくキレイな女の人が血相変えて、怒鳴り込んできたんだもん。
「え、あ、あ、あの…」
  どこかで見た事あるなと思いつつ、あたしは彼女を思い出す事ができない。でも、
こんなにキレイな人、滅多にいるもんじゃないし…。
  それに、この見幕では思い出すものも思い出せないよ。ついしどろもどろになっち
ゃって。
「デュランは!?  デュランはどこにいるの!?」
「え、えと、そ、その…」
「いるの!?  いないの!?」
「い、いません」
  反射的にそう応えると、その人は回れ右をして、すごい勢いで走って行った。
「な、なに…?」
  思わずそうつぶやいて、あたしはしばらく呆然としてしまった。
  ……あれは、誰だったか…。どこかで見た事がある…。あんな美人、そうそういな
いんだけど…。思い出せないなぁ…。
  デュランいるって、聞いてきたって事は、お兄ちゃんの知り合いだよね、絶対。
  …………………。
  ああ!
  そうだ、思い出した!  アンジェラさんだ!  お兄ちゃんが旅から帰って来た時、
一緒にいた人だ。確か…アルテナの人だよね…。そんな人がなんで?
  ……………………。
  あの人、お兄ちゃんを探しに行ったのかな…。
  ……なんか、イヤな予感がする…。
  あたしは家のカギをかけると、外に飛び出した。
  どうすれば良いのか、なんて全然わからないけど、家でジッとしているような気に
なれない。
  誰を探しているのかさえもわからない。
  とにかく、誰かいそうな場所に走った。
  いた!
  お兄ちゃんと、ホークアイさん。そして、あのアンジェラさんまでもがいて、何か
騒いでる。
「おに…」
「ちょっと…」
  お兄ちゃんに呼びかけようとしてると、あたしは誰かに声をかけられた。
「はい?」
  振り向くと、そこにはすっごい怪しい格好の人が一人。
  この季節にマスクなんかして、黒い色メガネが怪しさ大爆発。悪趣味な帽子もかぶ
ってるし…、なんなの、この人!?
「そち…い、いや、君はウェンディ…だな…?」
「そ、そうですけど…」
  そ、そんな近寄らないでよ…。
「あ、あなた一体…」
  後ずさるあたしに、じりじりと近づいてくる怪しい男。も、もしかして、この男、
誘拐犯!?
「わしは…」
  ちょ、来ないで、来ないでよ!
「に、逃げるでない…」
  逃げようとするあたしの腕を、怪しい男につかまれた。たいした力じゃなかったん
だろうけど、その時のあたしにとってはものすごい力でつかまれたような気になった
のだ。
「いやああぁっ!  おにーちゃーんっ!」
  怖くなって、たまらずあたしは悲鳴をあげた。だって、力でかなうわけがないんだ
もの!
「わったた、コラッ!」
  あわてた男はあたしの口をふさいだ。
  ウソッ!
  この時ほど怖かった事はない。血の気がひくような感覚にさえも襲われた。
「さ、さわぐな、わしは…」
  男が色メガネとマスクをあわてて取り外した。その顔は、あたしも見覚えがある…、
いや、決して忘れてはならない……。
  あ、あ、あ……、あああああ――――――っっっ!?!?!?
「ウチのウェンディになにするんだいっ!」
  あたしの目には、今にもツノでも生えてきそうなおばさんが、フライパンをふりか
ぶってる姿が見えた。
  だ、ダメェーッッ!
  ゴイン!
  思わず、目をつぶった。
「このヤロウーッ!  ウェンディになにしやがるっ!?」
  お兄ちゃんがあたしを捕まえていた人の胸倉をつかみ、自分の顔の前まで持ち上げ
た。
  だ、ダメよ、お兄ちゃん!
  声にならない叫びなんて、届くハズもない。
  その人の顔を見たお兄ちゃんとおばさんの顔を、あたしは一生忘れないだろう。
「へ、へへへ…」
「なに笑ってるの?」
「違うよ!」
  おかしな事を言うアンジェラさんを、事情を察したホークアイさんがこついた。
「こ、ここではまずい!  どこか隠れる場所を!」
「あ、ちょっと!?」
  ホークアイさんが放心状態になりかかりのお兄ちゃんとおばさんを引っ張って、と
にもかくにも家に帰る。
  あたしだって、半ば放心状態に決まってるじゃない。
  ホークアイさんがいなかったら、どうなってたか…。後から考えるとちょっと怖い
…。
  ばたん。
  なんとか家につき、後ろにいたアンジェラさんが扉をしめた。
  フゥ…。
  ホークアイさんとあのお方のため息が重なったと同時。
「申し訳ございませんでしたぁっ!」
  あたしもお兄ちゃんもおばさんも。床に額をこすりつけんばかりに土下座した。
  その様子に、ホークアイさんたちはおろか、あの方さえも驚いたようだけど、そん
な事気にかけるような心の余裕なんてあるわけない。
「申し訳ございません!  国王陛下に対する千万な無礼、何とお詫びしてよろしい
か!」
  もう、恐れ多くて、恐れ多くて、あたしは真っ青になってガタガタに震えた。
  いまさらながらでもないけど、やってしまった事の大きさに、頭に血の気がなくな
っていく感覚がする。
  だ、だって…、だってぇぇぇぇぇっっ!
  も、元はと言えば全部あたしが悪いのよ!  あたしが、あたしが、よくよく確かめ
なんかせず、悲鳴なんかあげちゃったから…。あ、あたしのせいだぁ!
  ああああ!  どうしようどうしようどうしようどうしよう!
「ごめんなさい、ごめんなさい!  申し訳ありません!」
  涙が止まらない。とにかく、お兄ちゃんとおばさんには罪はない。あたしが全部悪
いんだ!
「こ、これこれ、もうよい、もうよい!」
「申し訳ありません!  あたしが、あたしが悲鳴なんてあげてしまったから…」
「もうよいから、泣き止むがよい!」
  優しく陛下があたしの背中をなでてくださったけど…。でも、でも…!
「まあ、落ち着けよ、ウェンディちゃん」
  ホークアイさんが無理難題を言う。
「とにかくさ、英雄王サンが、わざわざそんなカッコまでして町にきた理由ってのが
あるだろう。そうでしょう?」
「うむ…」
  一人、落ち着いているホークアイさんの言葉に、陛下は頷かれた。
「謝らねばならないのはわしの方だ。驚かせてすまなかった」
「そ、そんな!」
  何か言おうとするおばさんを軽く手でせいして、陛下はあたしの手を引っ張った。
「さあ、とにかく立ち上がってくれ。これでは話もできまいよ」
  まだぐずっているあたしの背中をさすってくださる陛下は、そう、真っ青な顔のお
兄ちゃんとおばさんにそうおっしゃられた。
  おばさんは真っ青の顔で、新品(これが唯一の救いなのかもしれない)のフライパ
ンを机の上に乗っけた。
「で?  英雄王サン自ら赴いた理由というのは…?」
  あまりの出来事に言葉を発する事もできないあたしたちに代わって、ホークアイさ
んがそう言った。「うむ…。実は、少し気になる噂を耳にしてな…」
  ウワサ!
  もしかして…!
  思わず、あたしは顔をあげた。
「もしかして、その噂、デュランの事について?」
  今まで黙っていたアンジェラさんが鋭い感じに聞き返した。
  それにうなずく国王陛下。お兄ちゃんはハッとなった。
「うわさ…?」
「…そういやおまえ、なんか周りのみんながヒソヒソする、とか言ってたよな」
「あ、ああ…」
「その噂と言うのが……」
  陛下が口ごもられた。……まさか、まさかっ…!
「ちょっとデュラン!」
「な、なんだよ…」
  アンジェラさんが身を乗り出して、お兄ちゃんの鼻先に指をつきつけた。
「あんた、いつの間に恋人なんてもんができたワケ!?」
「へっ!?」
  うわヤバッ!
「こ、こいびとぉ!?  誰の!?」
「あんたの!」
「な、なんだってぇ!?」
  いきなりの事に、お兄ちゃんはさっきの陛下への無礼もすっかり忘れてしまったよ
うで、真っ青な顔が一変した。
「誰だよ、それ!?」
「知らないわよ!  すっごい美人とも聞くし、きれいなおカマだとも聞くし、美少年
が相手だなんて言われてるのよ!」
「んなバカな!」
「おまけにね、び…、美少年が相手というのは確実らしい、なんて事まで聞いたのよ
ーっ!」
「ちょっと待てよ!」
  お兄ちゃんは興奮して椅子から立ち上がった。
「どーして俺が男なんぞを恋人にしなきゃなんねーんだ!?」
「だって…、だってだって!」
「そんな噂がたってたのか…」
  ホークアイさんが、腕を組みなおしてそう言うと、アンジェラさんがキッと視線を
向けた。
「美少年がカクジツって聞いたのは今日よ!  その美少年って、あんたの事でしょ
う!?」
  って、ビシッとホークアイさんを指さした。
「んなっ…、そんな…、なんで俺がデュランと…」
  と、しばしお兄ちゃんと顔を見合わせる事十数秒。
「うわっ、気持ちわりっ!」
  何を想像したか、お兄ちゃんとホークアイさんは身震いして、お互いに顔をそむけ
た。
「誰だよ、そんな気色わりぃ噂たてたのはっ!?」
「知るわけないでしょ!」
  うえぇぇぇ…。お兄ちゃんが怒ってるよォォォ…。
「……それでは、その噂はあくまで噂であって、真実ではないのだな?」
  今まで静かに聞いていた陛下は静かにそうおっしゃられた。
「え?  あ、はい。そ、そのような事、私は…」
  そうですぅ。あたしが全部悪いんですぅ…。
「そうか。いくら噂とはいえ、相当な騒ぎになっているし、なにより、その噂という
のが、少し、な……」
「ヤなウワサ…」
  ホークアイさんはベーッと舌をだして、気味悪がった。ごめんなさい。せっかくフ
ォルセナに訪れたというのに……。
「…んじゃあ、あんたに恋人とか、おホモだちはいないのね?」
「いねぇよっ!」
  アンジェラさんの言い方が気になったのか、お兄ちゃんはちょっと怒った。
「なんだ」
「なんだとはなんだよ!?」
「べっつにぃ。いちいち怒鳴らないでよ、バカ!」
「ぁんだとぉ!?」
「あーもう、いい加減にしろって」
  ホークアイさんはうんざり気味に、でも慣れた感じで、お兄ちゃんとアンジェラさ
んをいさめた。
「いやいや、何事もなくて良かった」
「はあ…。しかし…」
「もうよい。気にするでない」
  って、陛下は何度もおっしゃって下さったけど、気にするなと言うほうに無理があ
る。
  お兄ちゃんは胸倉つかんじゃったし、おばさんなんてフライパンで…、国王陛下を
フライパンで殴っちゃったんだよぉ!  しかも、それを引き起こした原因はあたし…
…。
  もう、ウワサの事といい、この事といい、もう、泣いちゃいそうだよ。



                                                       to be continued...