なんだかよくわからないけれど、アンジェラさんもうちに泊まる事になった。
  おばさんは笑顔を見せてたけど、やっぱりちょっと青ざめてた。無理ないよね…。
買ったばかりのフライパンは使う気になれないらしくて、あの古いのを使ってた。
「どーでもいいけど、おまえ、よくアルテナからここまで来たなぁ」
  そうだ。アルテナって、ここからかなり遠いんだよね。
「い、いーでしょ、なんだって」
  アンジェラさんはそう言って、戸惑った様子を隠すように髪をかきあげた。………
…。
「おまえもよくよくヒマなヤツだなー」
「うっるさいわねー。そういや、ホークアイ。あんたはなんでここに?」
「あん?  ああ、単に仕事の帰りに寄っただけだよ。ちょっと休みもらったんでね」
  ホークアイさんがどんな仕事をしてるかは知らない。聞いても、はぐらかされちゃ
ったし。
「あんたの仕事って、こんなとこにまでも来るの?」
「まーね。アルテナ近くで仕事があった時は寄ってやるよ」
「けっこうよ」
  冷たく言い放ち、アンジェラさんはパンをちぎった。
  なんか、アンジェラさんって冷たい感じするけど、本当は、お兄ちゃんとも、ホー
クアイさんとも仲が良いみたい。お兄ちゃんの交友関係って、よくわからないや…。


  はぁ…。
  大地の裂け目よりも深く深く落ち込んじゃってる気分で、もうため息しか出てこな
い。
  寝る前だけど、あたしは眠る気になれなくて、庭で、花壇のしぼんだ花をしゃがん
で眺めていた。
  ざくざくざく…。
  静かな足音がした。誰だろう…。
「よ、ウェンディちゃん」
「ホークアイさん…」
「どうしたの?  もう寝る時間じゃないのかな?」
  その優しい口調に、あたしはなんだか涙が出てきてしまった。
「あ、そ、その、ごめんなさい…。泣く、つもりじゃなかったんだけど…」
  あせって、目をこするあたしに、ホークアイさんは柔らかくほほ笑んで、あたしの
隣に腰掛けた。
「なにか、あった?」
  ホークアイさんはすごく優しくて、あたし、あたし……。
  もう涙がとまらなくて、とめようがなくて。嗚咽をくりかえしながら、彼の胸で情
けないくらいに泣いてしまった。
  ホークアイさんは優しくあたしの背中をなで続けてくれた。
「あたし…、あたし…、すごくイヤなコです…」
  もう、みんな溜め込む事はできなかった。全部、はきだしてしまいたかった。
「どうして?」
「だって…、だって…。事の原因は、全部、全部全部!  あたし……なんです……」
「全部なんて、あるわけないじゃない」
「いいえ!  全部なんです!  あのヘンな噂の発端は、あたしなんだもん…」
「ウェンディちゃんが?」
「はい…。確かに、噂ですから、ヘンなふうにオヒレセビレがつきましたけど…。で
も、やっぱり元々はあたしが原因なんです…」
「ちょっと、すごいふうにオヒレとかついちゃったみたいだけどね…」
  少し苦笑するホークアイさん。
「最初は、こんなことになるなんて……。
  お兄ちゃん、すごくにぶいから気づいてないけど、旅から帰ってきてから、女の人
たちから人気がでてきたんです…。
  それが、どんどん高まってきて……。女の子たちがお兄ちゃんのファンクラブつく
ろうってまで言いだして…」
「ブッ!」
  いきなり、ホークアイさんが吹き出した。
「あ、ご、ごめんごめん!  いや、ヤツにはちょっと似合わなすぎて…」
  ホークアイさんの言う事もわかるので、あたしはまた話を続けた。
「それで、あたし、お兄ちゃんの妹だからって、色々教えろって言われたんです…。
…あたし……。お兄ちゃんに良い人がいれば、うるさくなくなるかなって、思って、
お兄ちゃんには、もう良い人がいる、みたいなウソ言っちゃって…。まさか、まさか
こんなことになるなんて……」
「そうだったの…」
「あんなに大騒ぎになって、国王陛下のお耳にまでも入ってしまうなんて…。お兄ち
ゃんやおばさんにまでも、あんな迷惑かけるなんて……」
「…確かに、フライパンはちょっとすごかったよな…」
  ホークアイさんのつぶやきが聞こえる。
「…まあ、いろんな事が重なっちゃって、こうなっちゃったわけなんだ」
「ごめんなさい、ホークアイさん。せっかく、この国にいらっしゃったのに、こんな
ヘンな噂の渦中にまきこまれちゃって…。イヤな思いしたと思います…」
「大丈夫だよ、それくらい。俺はそんな事気にしないよ」
「でも…!」
「ウェンディちゃん。そう、自分を責めるものじゃないと思うな。確かに、今回の事
は不運に不運が重なった事なんだろう。確かに、原因の原因はウェンディちゃんなの
かもしれない。でも、元をただせば、なんてやってたらきりがないよ」
「……………」
「デュランが旅から帰って変わったのは事実だろう。じゃその原因はなんだ?  旅
か?  じゃ、デュランを旅立たせた原因は?  紅蓮の魔道士?  ならば紅蓮の魔道士
はなぜフォルセナを襲った?  …ってな具合になっちゃうわけさ。延々と続いちゃう。
な?  キリないだろ?」
  ホークアイさんの言葉に、あたしは小さくうなずいた。
「たったひとつの原因でそうなる、なんて事はそうそう滅多にない。色んな事が組み
合わされるもんさ。だから、ウェンディちゃんだけが悪い、なんて事は絶対にないん
だよ」
「………でも……、でも……」
「ウェンディちゃんはウソをついた。それは、良くなかった事なのかもしれない。で
も、ウソも方便なんて言葉もあるくらいだから。もしかすると、そのウソがうまい具
合に転んで良い結果を生む事だってあるだろう。今回は違ったけど…。
  とにかく、そこまで自分を責める必要はないと思うな。どうしても自分を許せなか
ったなら、デュランに謝れば良い。自分が一番いけなかったと思う事をね」
「……はい……」
  泣き震えるあたし、ホークアイさんは優しく背中をなでてくれた……。


「あの、少し、聞いても良いですか…?」
「いいよ」
  だいぶ落ち着いてきたあたしは、ホークアイさんに尋ねた。
「どうして…、ホークアイさんはあたしを慰めてくれるんですか…?」
「なに、君が可愛いからさ。それに…」
「それに?」
「ちょっと様子がヘンみたいだったから。あの噂について話してると、過敏に反応し
ただろ?  もしかしたらって思って」
  あ…!
  どうやら、あたしがあの噂についてなにか知ってるらしいというの、感づいてたん
だ。
  ホークアイさんって、よく見てるな…。鋭いんだね、この人…。お兄ちゃんと違う
んだね…。
「……あと、もう一つ…」
「うん?」
「ホークアイさん、お兄ちゃんと旅、してましたよね」
「ああ、そうだよ。それが?」
「その旅で、お兄ちゃんに何があったんですか?  お兄ちゃん、時々すごく寂しそう
な目をするんです。あたしをツラそうに見るんです…。旅の話をしてくれって頼んで
も、その顔で首を横にふるんです…。ねえ!  なにがあったんですか!?」
「何がって……、あ、あのことか?」
「知ってるんですか!?」
  あたしが身を乗り出すと、ホークアイさんはちょっと驚いた目であたしを見た。そ
して、お兄ちゃんと同じような、あの悲しそうな瞳になった。
「ああ、そうか…。………ウェンディちゃん、それは、俺の口から聞く事じゃないな」
「どうして!?」
「いずれ、デュランの口から聞かせてもらえるんじゃないかな…。ヤツの心の整理が
つくまで、待ってやってくれないか?」
  お兄ちゃんの心の整理って……、何…?
「そんな顔するなよ。らしくない」
  でも……。
「そう、急くことはないよ。さ、他に質問はあるかな?」
  あたしは首を横にふった。
「そっか…。ま、とにかく…」
  ホークアイさんはいきなり立ち上がり、そして、あたしの手を引っ張ってあたしを
も立ち上がらせる。
「とりあえず、明日が今日より良い日になることを祈ろうぜ。な?」
「……………はい!」
  あたしがそう返事をすると、ホークアイさんはにっこりほほ笑んで、そして…。
  え!?
  あたしの頬に軽くキスしたのだ!
「………んな…な…」
「おやすみ。もう寝る時間だよ」
「は、はあ…」
  な、な、なんか…、頭がボーッとする…。
  あたしはふらつく足取りでも、なんとか自分の寝室にたどりつくことができた。す
ぐには眠れなかったけど……。


  次の日、まともにホークアイさんの顔が見れなかったけど、なぜか、彼の頭にはた
んこぶができていて、目の下にはアザができていた。
「あらホークアイ。今日はずいぶん色男になったじゃない」
「うるせー」
  お兄ちゃんがホークアイさんをにらんでる所を見ると、お兄ちゃんが殴ったのか
な?
  ……もしかして、昨日の、見てたのかな!?
  あたしはお兄ちゃんを見たけど、お兄ちゃんはちょっと困った顔を見せて、それか
らミルクを飲み干した。
  とりあえず、お兄ちゃんが仕事から帰ってきたら、あたし、お兄ちゃんにごめんな
さいって言うつもり。
  全部正直に話す。お兄ちゃんが、なんて言うかわからないけど…。
  …明日が、今日より良い日になるために。



                                                                  オシマイ