人の噂も七五日、と言うものだけれど。噂に尾鰭がつくという言葉もあるわけで。
そんな言葉があるくらいだから、現実に起こるわけで。
  ちょろっと耳にはさんだ事だけど…。
「デュランさんって恋人いるんだってー!」
「えーっ、本当!?」
「なんでも、すっごい美人らしいわよ。結婚も秒読みとか!」
  ……………………。
  『美人』と『結婚』は、どこをどう考えても尾鰭と言うべきなんだろーなー…。
  もっとひどいものもあった。
「デュランさんって、恋人いるらしいよー!」
「うそぉ!?」
「それがさ、すっごい美人のおカマさんなんだってー!」
「えーっ!?」
  ちょ、ちょっと待ってよ…。
  極め付けは、
「デュランさんって、美少年と付き合ってるんだって!」
「うっそ!?  男色!?」
  うわわわわわわわわわわっっ!
  聞いてむちゃくちゃビックリした。
  な、なんなの、その誤解は!?
  って…、事の発端はあたしなんだけど…。お兄ちゃん、硬派っぽいから、そんなヘ
ンな噂が出たのかもしれない。けど、けどぉぉっ!
  た、たいへんな事になってきちゃったかも…!


「なんかさー、最近、みんな俺を見てこそこそ言ってるみたいでさー、なんか気分悪
いんだよね…」
「そうかい?  気のせいじゃないのかい?」
  二人は気づいてないみたいだけど……。
  どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
「…どうしたんだい、ウェンディ。顔色悪いみたいだけど…」
「え?  あ!  だ、大丈夫、大丈夫だよ…」
「そうか?  風邪じゃないだろうな?」
  って、お兄ちゃん、あたしのおでこにその大きな手をあてた。
「熱は………ねえみたいだな…」
「用心おしよ。今年の風邪はしつこいらしいから」
「う、うん…」
  用心するのは、もっと別の事からかも……。
  でも、何から用心すれば良いんだろう…。
  ああー、どうかこのまま噂としてきえていきますようにっ!


「やっぱおかしい…」
「なにがだい?」
  おばさんがシチューのお代わりをつぎながら尋ねる。
「なんっかさー…、ミョーな視線を感じるんだよ…。みんな俺をチラチラ見ながらひ
そひそ言ってるし…」
「なにか、おかしな事でもやったのかい?」
「そんな記憶ねえぞ」
「でも、自分で気づかないうちに、なんて事はよくある事だよ」
「そりゃそうだけどよ…。なんかさ、すげえ気分悪いんだ」
  ごめんねお兄ちゃん…。そうだよね、そんなことされたらだれだって気分悪くなっ
ちゃうよね…。しかも、噂の内容が内容だもんねぇ…。
  どーしよぉ…。なんだか、騒ぎがどんどん大きくなってきてるみたい…。お兄ちゃ
ん、有名になっちゃったから、余計に噂の餌食にされちゃってるよぉぉ〜。
「その人たちに聞いてみたらどうだい?」
「ダメだよ。愛想笑いして、絶対話してくれねーの」
  お兄ちゃん、納得いかないって、イライラしてる…。
「そうかい。そりゃ気持ちが悪いねぇ」
  おばさんも心配になってきてるみたい…。なんか、おばさんの方もお兄ちゃんの事
でなにかヒソヒソ噂されてるらしいし…。おばさんはそーいうの全然気にしないタイ
プではあるけれど…。
  面と向かって言われる事よりも、そっちの事のほうがツライよね、やっぱり…。
  なんか、あたしの願いとはうらはらに騒ぎが大きくなっちゃってるよぉ…。


  そんなある日のこと。
  チリンチリーン。
「はいはーい」
  呼び鈴が鳴っている。あたしは玄関まで小走りに急いだ。
「はーい。どなた…?」
  見上げて、あたしは思わず息をのんだ。
  だって。だってだって。すっごいカッコイイ人がいるんだもの!
  目鼻立ちがすごく整っていて、スラッとした長身で…、とっても笑顔が似合う人な
の!  どっかで見た事あるような気がするんだけど…。
「よ。デュランいるかい?」
  ああ、そうだ!  お兄ちゃんのお友達だ!  確か、砂漠地方に住んでる人で…、名
前は…ホーク…だったかな…?
「お、お兄ちゃんですか?」
「うん」
「ちょ、ちょっとお待ちください」
  ちょっと心臓がドキドキする。あんなにカッコイイ人、そうそういないもの。
「お兄ちゃん、お兄ちゃーん」
「んあー?」
  2階からお兄ちゃんの声。
「お兄ちゃんのお友達ぃーっ!」
「誰だー?」
  言いながらも、お兄ちゃんは部屋から出ていて、階段を降りてくる。
「ちょっと、わからない人…」
「ふーん…?」
  ちょっと首をかしげて、お兄ちゃんは玄関に向かう。
「おーっ!  ひっさしぶりじゃねぇか!」
  お兄ちゃんの嬉しそうな声が聞こえる。
「デュランも元気そうだなー」
「あったりめえだろ。おめぇの方も変わりねえか?」
「ないない」
「入れよ。茶ぐらい出すぜ」
「すまねぇ」
「おーい、ウェンディ。悪いけど、茶ぁ出してくれねーか?」
「う、うん。わかったー」
  お兄ちゃんが、あのカッコイイ友達を連れて入って来る。あたしは、キッチンでお
茶の用意をする。  お兄ちゃんたち、なんだか盛り上がってるみたい。
  あたしはカンの中からクッキーを出して、お茶を入れた。
  これでいいかな。
  お盆の上のものを確認すると、こぼさないように、あたしはお兄ちゃん達のいる所
へ。
「どうぞ」
「お、悪いな」
「ありがとう。ウェンディちゃん…だったよね?」
「はい」
  わー、あっちの方は名前覚えててくれてたよ!
「ホークアイ。前に、紹介したよな」
  お兄ちゃんがすごく簡単に教えてくれる。
「うん…。こんにちわ。ゆっくりしてってくださいね」
  あたしは精一杯の愛想笑いをして、頭をさげた。
「かぁーわいいね。おまえに似てなくて良かったよ」
「どーゆー意味だよ」
  あははは。かわいい、だって。
  お兄ちゃんとホークアイさんって、なんか、すごく仲が良いみたい。邪魔しちゃ悪
いかな。
  そう思って、あたしはその部屋を後にした。
  …っと、しまった。おばさんから買い物頼まれてたんだっけ。
  きゅうに用事を思い出したあたし。お財布の中身を確かめると、買い物メモを入れ
て、出掛ける用意をした。
「んー?  おまえでかけんの?」
  身支度をしているあたしに、お兄ちゃんが気が付いて尋ねてきた。
「うん。おばさんから買い物頼まれてたの」
「そうか。気をつけてな」
「うん」
「いってらっしゃい」
  なんて、ホークアイさんから言われちゃって、なんかちょっと嬉しいかも…。


  えーと…、あとはあそこのお肉屋さんでブタコマを買っておしまいだね。
  買い物メモをチェックして、ブタコマを買い終えた時だった。
  お兄ちゃんがホークアイさんを案内してるらしくて、仲良く二人で歩いてた。
「おに…」
「やだ!  あの噂本当だったのね!」
  え…?
  あたしの背後から聞こえた声に、あたしは止まってしまった。
「ほら、見て見て!  デュランさん、あんなにキレイな男連れちゃってる〜」
「やだ〜、本当に美少年じゃない。美少年連れてあるいてるわ。信じられなーい!」
  あ、あたしも信じられなーい!
  ま、まさかこんな事になるなんてっ!
  噂とはコワイもの。あたしはこの時、身に染みて感じた。
  だって、次の日には、フォルセナ中ひろまってるんじゃないかってくらいにみんな
知ってた。
「ねえねえ、昨日、あなたの家に誰か泊まったでしょ?」
「う、うん…。お兄ちゃんのお友達が…」
  ホークアイさんは宿屋に泊まるつもりだったらしいけど、お兄ちゃんがすすめたの
で、あたしんちに泊まってったのだ。
「やだーっ!  本当だったのね!」
  ほ、本当だったのねって…。男の友達が泊まる事はおかしくないと思うよぉ。女の
人のほうがあれっ?  て、気がするじゃーん。
  こーいう場合、一般常識というヤツはことごとくムシされるらしくって……。
「デュランさんって、ホモだったのねー、あたしファンだったのに〜、超ショック!」
  ショックなのはこっちだよぉ。んもー、泣きたい気分!
「……なんかさ…。俺が歩くとみんなざわつくんだ…。ヤな視線も感じるし…」
  その夜。お兄ちゃんは眉をしかめてそう言った。
「そうだねぇ…。あたしもなんか言われてるみたいなんだよねぇ…」
  おばさんもお兄ちゃんもにぶすぎ……。それはともかく、なんか、お兄ちゃんにも、
ホークアイさんにもすごいヒドイ事になっちゃってる!  お客様なのに…。
「フォルセナって、こんな国だったかなぁ…」
  なんて、ホークアイさんに言われた時はショックも、ショック!  こんな国だ、な
んて外国の人に思われたくないよぉ。
  も〜、どーしよー!?

                                                          to be continued...