あたし、ウェンディって言います。あまり、自慢できるものってないんだけど、で も、あたしのお兄ちゃんは違います。 あたしのお兄ちゃんは、剣術が盛んなこの国でも、一番じゃないかっていわれてる 程の剣の使い手なの。しかも、世界を救ったあの聖剣の勇者様と何か関係があるらし いの! なんか、一緒に旅したらしいんだけどね、お兄ちゃんはその話を、くわしく は話してくれない…。聞かせてって、言っても、ちょっと寂しそうな目をして、それ からちょっとだけ微笑んで首を横にふるだけ…。 それはともかく、お兄ちゃんは、あたしの自慢のお兄ちゃんなんです。 旅から帰って来たお兄ちゃんって、だいぶ変わった感じ。変わってないって言った ら、変わってなさそうなんだけど、でもやっぱり、変わったよ、お兄ちゃん。 まず、優しくなった。あたしに対してもそうだけど、特に他人に。人当たりが良く なったって、言うんだろうね。おかげで、なんか遠巻きにモテてきちゃったりして、 すごくフクザツ。 前は、こんなことなかったんだけどな。男の子たちからは人気あったけど、女の子 たちから人気が出始めちゃうんだもんなぁ。 顔の表情とかも、柔らかくなったって感じ。以前のお兄ちゃんって不機嫌な時って まるわかりだったんだけど、わかりにくくなった。ていうか、すぐ不機嫌になっちゃ う悪いクセが直ったみたい。 背ものびた。顔付きも大人っぽくなった。おばさんは、お父さんに似てきたって、 言ってる。あたしは、お父さんの顔なんてもう全然おぼえてないけど…。妹のあたし が見ても格好良くなったって、思う。 それから、以前になかった事と言えば、遠い目でぼんやりする事。時々、何だかツ ラそうな感じ……。何があったんだろう…。 何があったのか知ってるのは、どうやら陛下だけみたい。お兄ちゃん、陛下にしか 話さなかったみたい…。 そりゃ、確かに陛下はあたしも尊敬してるし、この国をお治めになってる方だけど。 あたしにだって話してくれても良いと思う。 おばさんは、知ってか知らずなのか、あたしにはわからない。あたしでも、おばさ んってなに考えてるかわかんないんだもの。 お兄ちゃんは、あの旅の事となると、すぐに口をつぐんでしまう。本当にちょっと の事しか聞かせてくれない……。 それが、あたしがお兄ちゃんに対する唯一の不満。 「お兄ちゃん! お兄ちゃんてば!」 んもー、お兄ちゃんてば7時に起きなきゃ、とか言ってたくせに寝坊してるし! あたしはお兄ちゃんの部屋のドアをドンドン叩いてるんだけど、お兄ちゃんたら起 きる気配がないの。 「ウェンディ。デュランは起きたのかい?」 階下からおばさんの声がする。 「ぜんぜん! 起きる気配さえもないよー!」 「しょうがないねぇ」 おばさんがエプロンで手をふきながら、2階にやってきた。 「デュラン! デュラン! 起きなさい!」 おばさんもドアを叩くけど反応なし。 「ったくぅ…」 小さく愚痴ると、おばさんはドアを開けた。カーテンがしまってるらしく、部屋の 中はちょっと暗い。 「ほら、デュラン! いいかげんにおし!」 カーテンをシャッと開けると、朝日がお兄ちゃんの部屋にたくさん差し込む。 「んふ〜……」 もー、お兄ちゃんたら寝ぼけてる。 「昨夜の夜勤で疲れてるだろうけど、早くおきなさい!」 おばさんは業を煮やして、お兄ちゃんをシーツごとベッドから引きずり落とした。 ズルン、ゴテッ! 「いっでででで……」 打った頭をさすりながら、お兄ちゃんはむっくり起き上がった。 「…いってーよ、おばさん…」 「さあ、顔を洗っておいで。朝食が冷めちまうよ」 「………………」 眠たい、不機嫌そうな顔してたお兄ちゃんだけど、やがて頭をかきながらむっくり 立ち上がった。 「ゲーッ! もう八時!?」 「あんたがさっさと起きないからだよ」 「あー、メシ食ってるヒマねえよ!」 「んじゃ、ミルクだけでも飲んでお行き」 おばさんから手渡されたミルクを一気に飲み干す。 それから大急ぎに身支度を整えて、そこに立て掛けてある剣を無造作つかむ。 「やっべぇー、遅刻しちまうよ」 「デュラン、弁当は!?」 「わったた、ヤベェ!」 机の上のお弁当をカバンに詰め込む。 「いってきまーす!」 「いってらっしゃーい」 あたしの声が届いたか届かないか。お兄ちゃんはドアをバタンと開けて走って行っ ちゃった。 「お兄ちゃん、忙しそうだね…」 「ま、給料もらってる身分だからね…。ほら、ウェンディ。おまえもそろそろ用意し ないといけないんじゃないのかい?」 「うん…」 髪の毛をリボンで結んで、おかしくないか鏡で確かめて。 おばさんに作ってもらったお弁当をカバンに入れて、あたしは玄関を出た。 「よぉ、ウェンディ」 「おはよう」 近所の男の子が、気さくに声をかけてくる。 「今、おまえんとこの兄ちゃんが走ってっただろ?」 「うん」 「いいなぁ…。俺もあんなふうに立派な剣士になりてぇよ」 この国の男の子って、強くて立派な剣士になるのが夢みたい。男の子がそうなら、 女の子はその人のお嫁さんになりたいって人が多い。 以前のお兄ちゃんなら、ぶっきらぼうだったから、みんな、特に女の子には近寄り がたいって感じだったんだけど、今じゃ人当たり良くなっちゃったもんね。だからさ、 かなり人気でてきちゃってさ。 お兄ちゃん自身は気づいてないけど、ファンクラブ 作ろうかって話もでてきたくらいなの。 なんか、妹として、すごくフクザツな気分。 「いいよなー、おまえんち」 「どうして?」 「だって、ロキさんもデュランさんも、すっげぇ剣の使い手だろ? 剣術大会だって 親子そろって連続記録作ってるじゃねえか」 「うん…」 剣術大会連続優勝も良いけどね…。でも、お父さんとお母さんがちゃんといる家庭 も、良いと思う。別に、育ててくれたおばさんに不満があるわけじゃあないんだけど。 やっぱり、お父さんも、お母さんもいないって、けっこうさびしい。 それに、お父さんが有名な騎士なもんだから、お兄ちゃんへの期待って、相当なも のだった。お兄ちゃん自身は期待に応えるというより、お父さんのようになるって感 じで剣の修行してたけど。それでも、プレッシャーっていうのはあったと思う。 ロキの息子だから…。黄金の騎士の息子だから…。親の七光りなんて言われた事も あった。お兄ちゃん、お父さんを尊敬してる半分、その肩書の重さが嫌になった事も あるんじゃないかな。 親がすごいって、それはそれで、子供も苦労してるんだもの。きっと、この子には わからないんだろうな。 あたしは、能天気にウチにあこがれてる男の子を見た。 はぁ〜あ…。 お兄ちゃんがカッコ良くなって、強くなって、あたしも嬉しいけど。新しい問題が できちゃった感じで、ため息だってでてきちゃう。 「はいぃ!?」 いきなり、ヘンなコト聞かされて、あたしはすっとんきょうな声をあげた。 「だから、デュランさんのファンクラブを作ろうと思うの。ついては、妹であるあな たに協力してもらいたいのよ」 放課後。あたしは学校の女の子たちに席を囲まれた。 「ちょ、ちょっと待ってよ。ファンクラブって……、なんなの、それ!?」 「だから、ファンクラブ。デュランさんのコトをくわしく知り、なおかつ、ぬけがけ をしないようにっていう協定」 バッカバカしー……。 あたしは喉まで出かかった言葉を、なんとかひっこめた。だって、相手は大まじめ だもんね。そんなこと言えるわけないよ。 「あ、あのさぁ…、お兄ちゃんのコトを知ってどうするの?」 「ど、どうするって…、身長とか、好みとかぁ。プレゼントする時とか、良いでしょ?」 良いでしょって………(絶句)。 「それにぃ、やっぱり憧れの人の事ってもっとくわしく知りたいと思うし。わかるで しょ?」 ……確かに、わからなくもないけど、それがお兄ちゃんともなると、なんっだかな ぁ……。 「デュランさんのコトを一番よく知ってる人って、たぶんあなたしかいないのよ。だ からさー」 あたしより、きっとおばさんの方がわかってると思うな……。 それはともかく。 なんだかヘンなコトになってきちゃった。 お兄ちゃんの人気が高い証拠だろうけど…。嬉しいんだか、悔しいんだか、馬鹿馬 鹿しいんだか、わかんなくなっちゃうよ。 「ね、お願い!」 って、拝まれても、困っちゃうよ〜。 「あ、あの、ファンクラブって…、その、本気だったの?」 「当たり前じゃない。でなきゃ、あなたにこう頼んでないわ」 そ、そりゃそうかもしれないけど……。でもぉ……。 「あの、あの、やめといた方が……良いと思うな…」 お兄ちゃんにファンクラブみたいなのは似合わないと思う一方、人気が高くてちょ っと誇らしげな気分の一方。あたしのお兄ちゃんじゃなくなっちゃうような気がして た。 「どうして!?」 「どうしてって……」 「良いじゃん。減るものじゃないんだし」 でも、あたしは減るような気がする。 「まさか、自分だけのお兄様って思ってるんじゃないでしょうね!?」 女の子の中でも意地悪なコがそう言ってきた。 それがウソとは言い切れないけれど、そんなこと、うなずいて言えるわけないし。 「ち、違うよ」 「なら、なんでやめといた方が言いの?」 「それは、その…、お兄ちゃん、付き合ってる人がいるみたいだよ…」 「ウッソーッ!」 教室は騒然たる声でいっぱいになった。 ウソだけど……。 あたしの知ってる限り、お兄ちゃんが女の人と付き合ってる様子はない。おばさん に、「そろそろ良い娘をつくれ」とか言われても、うざったそうな感じだし。 「超ショックーっ!」 「ねえ、どんな人なの!?」 「そ、そこまでは知らないけど…」 「だって、妹じゃない、あなた」 「……妹だからって、全部知ってるわけないじゃない」 これは本当。……別に、あたしじゃなくたって、大概の兄弟があてはまる事とは思 うけど。逆に全部知ってる方がなんか、コワイと思うな。 お兄ちゃんのこと全部知りたいとは思わないけど、時々する、あの寂しそうな瞳の 原因は知りたい……。 「ま、そりゃそうよね…」 だれかがうなずいてくれたので、他のコはこれ以上追求してこなかったけど…。 なんか、すごいコト言っちゃったかなぁ…。 でも、大丈夫だよね、これくらい。たぶん…。 ざわついてる女の子たちを横で見て、あたしは帰り支度を整えた。 この世に、いやこの国に恋人たちだなんて、たくさんいるよ。 だから、平気だよね……。 to be continued... |