「来たか。いいか! 獣人どもをここへ近づけさせるな! 放て!」
 戦闘を指揮する兵士がこちらに飛び込んできた獣人達を見て、兵たちに怒鳴りつける。
魔法兵達はすぐに呪文を唱えはじめ、こちらに走ってくる獣人達目がけて魔法を投げ付け
た。
「ひるむな! 魔法兵など、こちらが近づいてしまえば一撃で死ぬようなヤワなヤツだ! 
魔法を避けて、ぶっ飛ばせ!」
 すぐにワシの爪から降りて、先頭の獣人は叫びながら走りだす。扉から続々と獣人達が
入ってきては、アルテナ兵団目指して走ってくる。
 聖域は一気に戦場と化した。
 まずは魔法兵の魔法があちこちで炸裂し、それを食らった獣人は倒れたり爆破されたり
しながらも、うまく避けきった者達は前衛のマシンゴーレムや魔法生物に殴りかかる。
 接近戦において、獣人の戦力はやはり相当なもので、かなりの強度を誇るマシンゴーレ
ムも、一応接近戦担当の魔法生物も次々と葬り去られていく。
 後衛の魔法兵も魔法で援護するも、獣人達の予想以上の接近戦の強さに、前衛の陣形が
崩されつつあった。
「おーおー、派手にやってますねぇ。さて…、ワタクシは早速あの方達を呼び出しましょ
うかネ…」
 戦場と化した聖域を一瞥して、死を喰らう男は地面に素早く魔方陣を描く。そして、な
にやら呪文を唱えると、魔方陣が光り輝いた。そして、次の瞬間には魔方陣の上に二人の
人物が立っていた。一人は仮面をつけた男。もう一人は銀髪の無表情な若者だ。仮面の男
の方はゆったりとしたローブを身にまとい、高めの帽子をかぶっている。銀髪の若者は、
ウェンデルの神官服を着ているが、その色合いは暗く、本当に神官なのか、判別はつかな
い。
「ご苦労」
「ははぁっ」
 死を喰らう男は魔方陣の上に立つ仮面をつけた男に向かって跪き、頭を垂れる。
「もう始まっておるのか…」
 仮面の男は戦場を眺め、魔方陣から歩きだす。銀髪の若者もそれに続いた。
「戦況はどうだ?」
「まだ始まったばかりなので、何とも言えませんがね…。アルテナの方も最大の軍事力つ
ぎ込んできてますから、このままではマズイでしょうね…。このままでは」
「まあ、そこで我らなのだがな…」
 仮面の男は歪んだ笑みを顔に浮かべた。

「なんだありゃあ!?」
 ごつい鉄のカタマリがうなりをあげて動き出すのを見て、獣人達は目を向いた。戦車な
ど見た事もないのだから、驚くのも無理はない。
「アルテナの魔導戦車の強さを味わえ!」
 血まみれになりながらも、魔法兵は自分の背後から地響きをたてて迫り来る自国の戦車
を見上げる。前衛の陣形を崩され、一方的にやられていた魔法兵だが、後方の戦車の投入
で、後退して行く。
 ドオォン! ドゴオォン!
「うわーっ!?」
「ぎゃあぁーっ!」
 サイクロプスの砲台から魔法弾が発射され、獣人達が走ってくるあたりを爆撃する。し
かし、そこは頑丈な獣人達だ。怪我を負いながらも、魔法兵に接近し攻撃する。
「このひ弱な人間どもめ!」
 獣人の一撃で、魔法兵は悲鳴をあげる間もなく、殴り殺される。そこへ戦車が木を押し
潰し、獣人目がけて迫ってきた。
「くっ! この!」
 獣人はジャンプして戦車に飛び乗ると、グローブのつけた拳でその鋼鉄の体を力任せに
たたきつけた。
 ガンッ!
「いてぇっ!」
 いくら力の強い獣人が、グローブをしているとはいえ、殴って壊れる鋼鉄ではない。獣
人は殴った拳をおさえて悲鳴をあげた。
「こんな化け物相手にどうすりゃ良いってんだよ!」
 悪態をついて、獣人は戦車から飛び降りると勝手に後退をはじめて走りだした。勝手に
後退しはじめたのは彼だけでなく、数十人の獣人が開けた場所へとやってきた時だった。
 開けた場所全体を黄色いもやが包み込み、そのもやを獣人達が鼻や口へと吸い込むと。
彼らの目付きが明らかに変わった。
 そして、雄叫びをそれぞれあげるとまた戦車達へと全速力で走りだした。
「何度来ても同じだ!」
 サイクロプス内の兵士は、スコープをのぞき込み、こちらに駆けよってくる獣人に照準
をあわせ、魔法弾のスイッチを押す。
 ドゥン!
 魔法弾は見事駆けてくる獣人の一人の腕を吹き飛ばした。だが、彼はそれをものともせ
ずに走り続けている。
「え!? どういう事!?」
 やがて獣人達は魔法兵やサイクロプスのいる場所までやってくると、自らのケガをもの
ともせずに次々と殴り掛かった。
 獣人達はまるでなにかに取り付かれているような狂気に歪んだ顔で、わらわらとサイク
ロプスに乗り掛かる。グローブやツメをつけた手で、もしくは素手でも彼らはサイクロプ
スを殴りつけた。
 戦車の入り口を数人で殴ってべこべこにへこませると、内部からの鍵がゆるみ、入り口
が強引にこじ開けられた。
 内部に侵入されては中にいる魔法兵など、獣人の敵ではない。一方的な殺戮が戦車内で
繰り広げられる。
「どうだ?」
「はい。そろそろ全員にかかる頃かと」
 死を喰らう男は、呪文を唱え続ける銀髪の若者を目で指した。
「ふむ…。堕ちた聖者の魔力。どのくらいか見ておきたかったが。なるほど…さすがでは
ないか…」
「はあ…」
 自分より下だと思っている男を褒められて、死を喰らう男は少しつまらなそうに返事を
した。
「ラッシュの魔法…。かけた者をバーサークする古代魔法を発見し、それを全員にかけら
れるように呪文を再構成するのに少々時間はかかったが、なかなかの効き目ではないか」
 狂気に取り付かれ、疲れも恐れもわからなくなった獣人達は固いサイクロプスをものと
もせずに殴りかかる。
「ムーンセイバーとエナジーボールもかけろ。死を喰らう男。おまえもやれ」
「あ、は、はい」
 堕ちた聖者と協力して魔法を使うのが気に入らないらしく、少し不機嫌そうな顔になっ
たが、反抗する気はないようで、すぐに呪文を唱えはじめる。
 堕ちた聖者の方はまたすぐに呪文を続けて唱え出す。
 この魔法援護により、最初は優勢だった魔法兵も押され気味である。なにしろ、彼女ら
は接近戦に持ち込まれたら勝ち目はないのである。
「紅蓮の魔導師殿! これ以上の被害は危険です!」
 戦況を見て、紅蓮の魔導師の側にいた近衛兵が悲鳴をあげる。
「待っていろ! 今すぐ援軍をよこす!」
 紅蓮の魔導師はというと、先程から地に魔方陣を描き、ずっと呪文を唱え続けていた。
魔法生物を呼び出すにしても、獣人達相手では太刀打ちできないのは、戦況の通りなのだ
が。近衛兵は彼が何をするのかまるで読めなかった。
「援軍って…、今の状況ではギガンテスを降ろす事ができませんが…」
 その巨大さにより、的としても大きいギガンテスは強力な魔法を打たれてはたまらない
ので、高度をとって空中で待機している。敵がどのような戦力が計り知れない以上、そう
そう呼び出すわけにもいかない。奥の手というのもあるが、なにより帰りの手段を失うわ
けにはいかないのだ。
「案ずるな。次々と呼び出すからな。道を開けろ」
「!」
 そして、紅蓮の魔導師が描いた魔方陣からは、緑色の鱗をしたプチドラゴンがのっそり
と姿を表し、一声嘶くと、のそのそと歩き始めた。
「あん?」
 呪文が一段落ついた死を喰らう男は、魔法兵が後退したあたりからわらわらとプチドラ
ゴンがやって来たのを見て絶句した。
「ド…ドラゴン…? な、なんでドラゴンが…」
「一体、アルテナの背後には何者がついておるのだ?」
 突然のドラゴンの出現には仮面の導師も驚きを隠せない。
「グワァオォォォウウ!」
 大きく咆哮し、プチドラゴン軍団は獣人達と対峙した。後方にいたプチドラゴンは口か
ら炎を吐き出し、突進してくる獣人を焼き払う。
「ギャアアー!」
「ウワアァァーッ!」
 全身を焼かれ、獣人がもだえ苦しむ。火だるまにされた仲間を踏み越えて、次の獣人が
ドラゴンに攻撃をしかける。バーサークしているので、仲間意識も飛んで、あるのはただ、
敵を殺す事のみであった。
 さすがにドラゴンは魔法兵のようにやわではない。バーサークした獣人達と互角以上の
腕力を誇り、獣人達の猛攻はドラゴン達によってとりあえずはおさえられた。
「紅蓮の魔導師殿! やつら、ひるみません!」
「大かた魔法で凶暴化しているのだろう。こちらもさらにドラゴンを呼び出す! お前達
は下がってドラゴンを後方で援護しろ」
「は、はい」
 命じられ、とりあえず魔法兵達は残ったサイクロプスの近くに寄り集まり、不安そうに
ドラゴンの行進を眺めている。前衛はドラゴンに任せ、自分たちは後方支援というのはわ
かるのだが、何故紅蓮の魔導師がドラゴンを自由に操れるのか。それはわからなかった。
意思をもたない魔法生物と違い、ドラゴンを意のままに操るという話は聞いた事がないか
らだった。
「背後にいるのが誰であれ、こちらも手段を選んでいる場合ではないな。堕ちた聖者。死
を喰らう男。お前達はドラゴンどもを一匹でも多く殺せ。ワシはあの呪文にとりかかる」
「はい…」
「はいはい」
 堕ちた聖者は無表情にうなずき、死を喰らう男はため息まじりに返答した。こんな混戦
した状況では、魂を食うようなヒマがないのがつまらない。ともかくさっさと終わらせて
たらふく食おうと考えながら、呪文を唱えはじめる。
「セイントビーム!」
 堕ちた聖者から発せられた白い光線が緑色のドラゴンに炸裂した。
「ギャアアオオウウウ!」
 白い光に焼かれ、ドラゴンは悲鳴をあげる。
「クソッ! あっちの魔法使い…やっかいだな」
 ドラゴンを一発で仕留められ、紅蓮の魔導師は遠くに見える魔法使いとおぼしき3人組
を睨みつけた。
「どうする。私が行くか…?」
 今まで黙って動かなかった黒耀の騎士が声をかける。
「あそこに行くまでに魔法を放たれては、いくらおまえでもただではすむまい…。さて、
どうしたものか…」
 爪をかみながら、紅蓮の魔導師は前方を見据える。
「やつらをこちら側におびきよせろ…。さすれば…ワシが何とかしてみよう…」
 巨大戦車グレーター・サイクロプスの中から、地響きのような声が聞こえてきた。
 一瞬、呆気にとられたかのようにその声を聞いていた紅蓮の魔導師だが、すぐに頭を下
げた。
「御意にございます」
「! 見ろ! 紅蓮の魔導師!」
 初めて、黒耀の騎士が動揺の声をあげた。紅蓮の魔導師も驚いて黒耀の騎士がねめ付け
る先をたどって絶句した。
 なんと、死んで動かなくなったはずの獣人や、アルテナの魔法兵、そして、先程殺され
たばかりのドラゴンが生気の感じられない姿のまま、起き上がったのだ。
 白目はむいているし、折れた首もそのままだ。とても生きているなどと言えない姿なの
に、彼らは立ち上がり、動き出したのだ。
「これは…一体…」
「死んだ奴ら全員アンデッド化しやがった…! ヤツは一体何者なんだ!」
 奥歯をかみしめ、紅蓮の魔導師はこれだけ大量の死体をアンデッド化させた仮面の男を
睨みつける。あの男の強大な魔力がここからでもびんびんに伝わる。
「ともかく、ヤツらをあの中央におびきよせろ。私はあそこまで回り込んで向かう」
 すぐに落ち着きを取り戻した黒耀の騎士は、そう言い残し、回り込むため、遠回りの道
を歩きだす。
 紅蓮の魔導師はしばらくその後ろ姿を見送っていたが、すぐに前をむいた。
「全軍転進する! 防御に徹しながら、転進をかけろ!」
「あ、は、はい!」
 魔法兵は飛び上がるように返事をして、慌てて後ろに下がりはじめる。ドラゴン達もそ
れにならい、アンデッドと化した元獣人や元同胞をどうにかあしらいながら後退する。
「仮面の導師様! ヤツら、後退していきますヨ!」
 その様子に、仮面の導師は口元にゆがんだ笑みを浮かべる。どのような者でも死体とな
れば、すぐに兵力となるこのネクロマンシーはやはり、こういう戦場にこそ役に立つ。
 自分の完璧なネクロマンシーに満足し、驚きを隠せないまま、後退していくアルテナ軍
を見やる。
「ふむ…。少し優勢になってきたようだな。このまま下がられては我が呪法も範囲が届か
んな…。お前達、ワシを援護しろ」
 そう言って、仮面の導師は後退した方に歩きだす。堕ちた聖者も、死を喰らう男も呪文
を時々放ちながら、それに続いた。
 その3人が先程混戦していたあたりの中央までやってきた途端。
 ドバチィィッ!
「なに!?」
「!?」
「な、なにコレ!?」
 突如大地に巨大な魔方陣が浮かび上がり、3人を中央に捕らえた。

                                                             to be continued...