「忘却の島に強い精霊反応です!」
 兵士の声に、紅蓮の魔導師は目前に広がる大きな窓の一枚を見た。忘却の島上空に強い
精霊の力が立ちのぼっているのが見えた。
 ここは空中魔導要塞ギガンテスの中央司令部。壁いっぱいに窓が並び、部屋と一体とな
った机の上にはメーターやらレバーやらボタンやら紋章やら魔方陣やらが所狭しと並び、
それらを操舵する兵士達がそれぞれに配置されている。
 紅蓮の魔導師は中央指令部内の真ん中に立ち、それぞれの兵士たちよりも二段程高い台
座の上で鷹揚に部屋内を見回した。
「そうか……。では空中魔導要塞ギガンテス発進! 目標、忘却の島上空聖域の扉!」
「はいっ!」
 紅蓮の魔導師の声に兵士たちが返事をして、それぞれ目の前の機械を操作しはじめる。
空中に待機していた巨大な戦艦は、前進をはじめた。
 魔導要塞は雲を追い越し、山を飛び越えすぐに目標地点が見えてくる。
「ふむ…。早いな……」
 紅蓮の魔導師の背後から声がした。彼は後ろにいる影に目を向けた。暗い室内に、目だ
けが薄らぼんやりと光っていて、それが不気味だった。
「当然だ。アルテナの魔法科学技術の結晶がこのギガンテスだ。強度、移動速度、破壊力。
どれをとっても世界一だ」
「ふむ……」
 それに不満も反論もないらしく、影は小さく息を吐き出しただけだった。
「目標、忘却の島に近づいてまいりました! …島の上に生命反応と精霊反応があります」
「映せ」
「はっ!」
 そして、大きな窓にデュラン達が映し出される。彼らとフェアリーのやりとりが見える
が、声は聞こえてこない。音声の方はカバーしていないようだ。
「ふっふっふっ…。触媒にかけただけでは封印は解かれなかったが…やはりフェアリーの
手が入ると違うな…。フェアリーの魔法に古代魔法を重ねて発動させろ」
「はっ! 古代魔法班、呪文発動用意!」
 兵士がマイクに向かって声をかけると同時に要塞の下部から青白い光が発される。下で
フェアリーの魔法とそれが呼応した途端。彼らの目前にあった虹色の空間の扉は大きくな
り、空中に浮かび上がった。それを満足そうに眺めた紅蓮の魔導師は、自分のすぐ横にあ
る台に設置されてあるマイクを取ると、大きく息を吸い込んだ。
「よし、聖域の扉が開いたな…。…では、全軍に告ぐ! 我々アルテナ軍はこれより聖域
へと入る! 敵は一つではない。先に入り奴らを待ち構え迎撃せよ! マナの剣は目前で
ある! 剣を手に入れた瞬間が我々の勝利だ!」
 紅蓮の魔導師の声が要塞内のすみずみに行き渡る。それを、魔法兵達はそれぞれの心境
で聞いていた。
「忘却の島にいるアンジェラ姫がおりますが…。いかがなされますか?」
 窓はモニタとなって、アンジェラを映し出していた。その顔は聖域の扉が上空に浮かび
上がった事に驚愕しているようだった。マイクを元の位置に戻し、紅蓮の魔導師はモニタ
のアンジェラを眺めながら、ほんの少し考えて。
「……では…。最小型ミサイルを発射しろ」
「…はっ、はい! 最小型ミサイル「キューブ」発射!」
 たいした躊躇もなく言い放たれ、兵士は一瞬戸惑ったが命令は命令である。すぐに向き
直り、ミサイル発射のレバーを引く。
 そして、要塞から小さなミサイルが発射され、下にいる6人に炸裂した。
「ふむ…。命中度もまずまずだな…」
 この空中魔導要塞をこのように実践で使うのは実は初めてなのだ。搭載してあるミサイ
ルなど、こちらも使うのは初めてで、設計に狂いはないようだ。
「どうだ?」
「6つの生命反応があります。死んではいません」
「だろうな」
 ミサイルでも一番威力のない物だ。当たり所が悪ければ死ぬかもしれないが、殺傷力は
さほどではない。ただ、まがりなりにも爆弾であるから、当たれば痛いし、ケガもするだ
ろう。
「殺すなよ。フェアリーに取り付かれた者は後々必要になる」
 紅蓮の魔導師の背後にいる、大きな黒い鎧の男が低い声を発する。
「フン…。殺しても、フェアリーは次の宿主を探すだけだ。あの小僧が魔力に秀でている
わけでもないし、生かす価値はあるのか?」
 つまらなそうに鼻を鳴らす。
「魔力の問題ではない。それに魔力だけが利用価値の基準でもない。魔法を封じられた場
合、お前達魔法使いは戦力にならん」
「貴様らとて、魔法の前では脆弱ではないか!」
 カチンときたのか、紅蓮の魔導師は影に向かって怒鳴る。
「そう。それと同じ事だ。戦力の偏りは得策ではない。魔力がすべてというわけではない
という事だ」
 感情が無いような抑揚のない声で影が答える。紅蓮の魔導師は何か言いたそうに口を開
き、そしてやめた。ここで口論をはじめてもはじまらないからだ。
 小さく息を吐き出すと、紅蓮の魔導師はそこにあるマイクにまた手を延ばし、それを口
元に近づけた。
「ご苦労だったな! 古代魔法をかけただけでは発動しなかったのだが…。おまえらのお
かげで聖域の扉が開いたようだ」
 モニタには爆撃にやられた6人が映し出されている。画面が歯を食いしばるデュランを
映しだす。
「これで我らも聖域に入れると言うものだ…。ほんのわずかばりの礼だが…。受け取って
くれたまえ!」
 紅蓮の魔導師の口の端がいびつにゆがむ。マイクのスイッチを切ると、ミサイル担当の
兵士に顔を向ける。
「もう一発、同じミサイルをくれてやれ」
「はい。ミサイル「キューブ」、発射!」
 紅蓮の魔導師の声に答えて、ミサイルを司る兵士が、机の上のレバーの一つを下げる。
今度は戸惑いなく命令を遂行する。
 ドオォォン!
 はるか下で爆発し、モニタは噴煙で白くにごる。それを少し満足そうに眺め、紅蓮の魔
導師はすぐに前を向いた。
「さて、では空中魔導要塞ギガンテス。これより聖域の扉に入る。総員、配置につけ。ギ
ガンテス、前進」
「はっ!」
 兵士たちはそれぞれの机に向かい、操舵をはじめると、ギガンテスはゆっくりと、虹色
に光る亜空間の入り口へと入って行った。

「ウヒヒ…。ご覧下さい。聖域の扉がとうとう開いたようデスよ。この虹のようなものが
聖域の扉です。面倒な手続きは他の連中がやってくれたようですネ…。では、こちらはそ
れを横からひょいといただいてしまいましょう! みなさん、準備は良いですか?」
 ビーストキングダムのだだっ広い玉座で、死を喰らう男は、相当数の獣人達の前で聖域
の様子を得意の幻術を使って見せていた。もやの上に映し出される幻影は獣人達にとって
珍しかったようで、ほとんどがそれを食い入るように見ていた。
 その幻術をひっこめると、死を喰らう男は自分の目前にいる居並ぶ獣人達に声をかけた。
今やビーストキングダムの獣人達のほとんどは死を喰らう男の命令に従う事になっている。
ルガー亡き今、その地位は死を喰らう男に転がり込んできた。
 人間への復讐を掲げ、獣人達の指揮権を手に入れた死を喰らう男だが、もちろん、内心
はそんな事はどうでも良い。彼の心にあるのは美味い魂をたらふく食う事のみである。
「よろしいですね? 獣人王」
 金色の不気味に光る目で、男は自分の後ろにいる獣人王を見る。しかし、獣人王は玉座
に肘をつき、こちらの方を見もせずに小さく鼻を鳴らしただけだった。
「フン…。好きにしろ。勝手にやっているがいい」
「………………」
 あまりに突き放した物言いに、死を喰らう男は押し黙る。彼も獣人王の強さは聞いてい
る。負けるとは思わないが無駄な消耗戦になるだけの事は想像がつく。
 そんな意味のないケンカなど、しても疲れるだけだ。なので、刃向かおうなどとは思わ
ないが。
 死を喰らう男としては、獣人王の戦闘力も欲しいところだが、こちらの口車に乗ってく
るような男ではあるまい。ここはすっぱりあきらめた方が早い。
「そうですか。では、獣人のみなさん! マナの聖域へ!」
 獣人達が飼っている巨大な鳥の足につかまって、獣人達は一路聖域へと向かう。これだ
けの鳥が飛びだつのはビーストキングダム初めての事で、ミントスにいた獣人達は飛び立
つ鳥達を不安そうに眺めていた。

「聖域の扉が開いたようだな」
 突っ立った老木のような杖の上に水晶玉が乗っかり、それは聖域の様子を映し出してい
た。それを眺めて、女はその赤い唇を開いた。
 豊満な肉体に、匂うような色香が漂う。あまりにも妖艶すぎる美女の姿をしているが、
本性はこのような姿ではなく。美獣は隣にいる、赤い目の男に見向きもしないでそう言っ
た。
「ああ。フェアリーの魔法に乗っかって、アルテナが最終的にこじ開けたようだが…」
 黒いマントを全身に巻き付け、逆立つ銀髪。邪眼の伯爵の名の通り、特徴的な赤い目の
男は淡々と状況を判断する。
「だが、それには闇のマナストーンが必要なはずだ。黒の貴公子様はどうなされた?」
 美獣は少し顔をしかめて邪眼の伯爵を見る。ナバールの暗い一室で、美獣と邪眼の伯爵
は水晶玉に映る様子を眺め、これからの事を画策していた。
「闇のマナストーンを魔界より呼び出す事に力を使い果たされてしまわれた…」
「…そうか…。御体はどうした?」
「安全なところに保管してある。さあ、我々も行くぞ。ここまでは黒の貴公子様の計画通
りだ。あとは我々がその計画通りにマナの剣を手に入れなければ。ナバールニンジャ軍を
呼べ! 我々も聖域に乗り込むぞ!」
「…言っておくが。この計画の指揮は私だからな。断じて、貴様などではないぞ」
 邪眼の伯爵の口の聞き方にカンにさわった美獣が、ギロリと睨みつけた。その視線に、
邪眼の伯爵は少したじろいだ。
「おい」
「はっ…」
 美獣が呼んだだけで、真っ黒な身体をした、巨大なデーモンがかしずきながら現れる。
「飛空船の方はどうなっている?」
「いつでも発進できるようになっております」
「では、手筈通り乗り込め。ニンジャどもと、デーモン軍との数は揃えておろうな?」
「仰せのとおりに揃えてございます」
「そうか」
 そっと目を伏せ、美獣はカツカツと靴音をさせて部屋を出て行く。その後に続くデーモ
ン。彼らの後ろ姿を、邪眼の伯爵は、ひどく不機嫌そうに眺めていた。

「魔導士殿。マナの聖域には、ギガンテスが降りられるような場所があそこしかありませ
ん。しかも、降りたらあまり身動きがとれないような場所ですが、どうしますか?」
 聖域に入ったは良いが、天空に浮かぶ島のような聖域には所狭しと木々が茂り、開けた
場所も島の入り口付近のみ。そこも、とてもじゃないがギガンテスが降りたらもう身動き
がとれなくなってしまうような広さしかなかった。
「チッ…あそこしか降りる場所がないのか…」
 紅蓮の魔導師は小さく舌打ちした。わざわざギガンテスを出動させた一番の狙いは、兵
士や軍用機の運搬である。空を飛び、破壊力もさることながら運搬力もかなりのもののギ
ガンテスだが、その巨大さゆえに、小回りが効かない。降りられる場所があれだけでは聖
域へそれらを運び込めないとは、ここまで来た意味がない。
 彼は、爪をかむようにしばらく考えこんでいたが、やがて顔をあげた。
「あそこの入り口付近の木々と柱をミサイルを打ち込んで壊せ。ある程度の場所ができ次
第、魔法兵とマシンゴーレムを降ろせ。サイクロプス三〇機とグレーター・サイクロプス
も出せ。私はそれに乗る。ギガンテスは空中にて待機せよ」
「はっ!」
 そして、アルテナ軍は紅蓮の魔導師の指示通りに動き出す。
「黒耀の騎士。我々も行くぞ」
「わかった」
 影に向かって話しかけると、黒耀の騎士と呼ばれた人物は動きだし、司令室から消える
紅蓮の魔導師の後に続いた。

「サイクロプスで出動? ギガンテスはどうするの?」
 戦車サイクロプスの整備をしていた兵士は、最終点検の手を止めて、顔をあげる。
「空中で待機だそうよ。サイクロプスには魔法兵の中でも精鋭が乗り込むそうだから、私
たちはこのままギガンテス内で待機でしょうね」
 こちらの兵士は点検の手を休めずに言った。
「しかし、とうとうサイクロプスまで出動させるとはね…」
 オイルに汚れた頬をぬぐい、そびえる大きな戦車を見上げる。
 ギガンテスと同じ、特別な金属で作られたいかめしいボディ。物理攻撃も、魔法攻撃に
も相当な強度を誇る金属だ。巨大すぎるギガンテスに比べ、こちらは機動力が重視で、足
であるキャタピラは、陸上ならば場所を選ばない。なにより特徴的なのは、少し太めの砲
台の奥が、鈍く赤く光っている事だろう。魔法弾発射装置のため、そんな光を放つのだが。
「ギガンテスを出動させるくらいだもの。サイクロプスは当然でしょう」
「それじゃ、あれも使うのかな?」
「使うんじゃない? ここまできたら、もう使うでしょうね」
 そう言って、奥の格納庫を見る。そこはつい最近開発に成功したばかりの陸用移動要塞
グレーター・サイクロプスが眠っている場所だった。
「我々が整備した戦車達の活躍はこの目では見れないって事ね……」
「グレーター・サイクロプスはギガンテスに次ぐアルテナの傑作だものね」
 開発に関わった身としては、やはりその言葉に同意らしく、彼女もまた、格納庫に目を
やった。
「お前達、サイクロプスはどうだ?」
 上の方から聞こえる声に振り向くと、上官が数十人の魔法兵を連れて階段を降りて来る。
格納庫はギガンテス内部の最下層にあるため、少し狭い階段を降りなければならない。
「あ、はい。いつでも出動できます」
「よし、では各自指定された車両へ乗り込め! 準備が整い次第聖域へと出動する。急
げ!」
「はい!」
 整備の者が見守る中、魔法兵達は次々と戦車に乗り込んでいく。
「グレーター・サイクロプスはすぐに乗り込めるのだろうな?」
 今度は、紅蓮の魔導師が黒耀の騎士と近衛兵を連れてやって来た。突然の最高指令の登
場に、二人は慌てた。
「あ、は、はい! グレーター・サイクロプスは格納庫に入れてありますが、すぐに乗り
込めるようになっております」
 最高指令に対する言葉遣いではなかったかもしれないが、今の二人にはそれが精一杯だ
った。紅蓮の魔導師は特に気にするふうもなく、指示を出す。
「では乗り込む。出せ」
「はいっ!」
 整備の二人は慌てて格納庫のハッチを開ける。シャッターがゆっくりと上がっていき、
アルテナの陸上最強戦車がゆっくりと紅蓮の魔導師の前に姿を表していく。
 普通のサイクロプスの三倍はあろうかという大きさだった。機動力重視のサイクロプス
だが、これだけは機動力というより、防御力に徹した造りになっている。
「大きいな」
「ああ。あのお方が乗り込む事も考慮して設計するよう指示を出した」
「そうか」
 何の感情も伴わない声で黒耀の騎士は頷くと、グレーター・サイクロプスに向かって歩
きだす。紅蓮の魔導師も満足そうに戦車を眺めて、近くにいる近衛兵に声をかけた。
「貴様らには指示通りグレーター・サイクロプスの操縦を任せる。大事な方をお乗せする
事になっている。くれぐれも運転には気をつけろ」
「…もしや、女王様がいらっしゃるのでは…」
 紅蓮の魔導師程の者が言う「大事なお方」に、近衛兵は声をあげてしまった。女王自ら
がこの戦いに来るなど危険極まりないからだ。
 だが紅蓮の魔導師は近衛兵の襟首をつかみ、危険な色を浮かべた瞳で彼女を睨みつけた。
「貴様ごときが詮索する事ではない。黙って戦車の操舵をしろ」
「は…、はい、し、失礼しましたっ!」
 ついこの間、紅蓮の魔導師に反論した近衛兵が目の前で殺されたのを、彼女は見ていた。
だから、真っ青になりながらも、彼女は頷くしかなかった。
 この戦い、正直乗り気でないものもわりといる。紅蓮の魔導師が女王代行として彼女の
次に権力があるから従っているものの、彼のやり方には謎が多すぎる。
 確かに、アルテナの寒さは取り組まなければならない問題ではあるのだが…。
 とはいえ、一兵士に口出しできる状況ではない。格下は従うしかないのだ。

「いいですか、みなさん。確かにアルテナの魔法兵による攻撃は痛いデス。ですが、接近
戦にさえ持ち込んでしまえばヤツらなど簡単に蹴散らせます。前にも戦った事があるので
もうおわかりでしょう。戦闘力において、獣人に比べれば人間どもなど、ひ弱なものです」
 死を喰らう男はそう言って、えげつない笑みを浮かべる。そして殺された者達の魂が自
分の腹におさまる事を思うと笑いが止められない。
「聖域に入った途端、攻撃を食らうかもしれません。でも、そこでひるんではいけません
ヨ。獣人達の力を人間どもに見せてやるのです! それに、このワタクシが後方で支援し
てさしあげますよ。助っ人も後程呼ぶつもりですし…」
「そうか。では、行くぞ! 聖域へ乗り込んで人間どもをぶっつぶすのだ!」
 先頭に立った獣人はそう叫んで、後ろに続く獣人達に振り返る。巨大なワシの爪につか
まったまま、獣人達はそれに呼応して鬨の声をあげた。
「行くぞ!」
 先頭の獣人は虹色に光る聖域への扉へと突っ込んで行った。そして、次々と獣人達はそ
れに続いた。
                                                             to be continued...