「………………」
 ケヴィンは物珍しげに店内を見回していた。雑貨屋で、とりあえず、日常必需品が並んでいる。
「デュラン、何、買うんだ?」
「サイフ。これ、もう擦り切れてるだろ? いい加減新しいの買わなきゃって思ってたんだよ」
 デュランは、擦り切れた自分のサイフを見せた。糸でとりあえず補強はしてあるが、壊れるのは時間の問題だろう。
「どんなのにするんだー?」
「どれでも良いんだけどよ。とりあえず丈夫で安いのが良いんだよな…」
「ふーん」
 わかったようなわかってないような返事をして、ケヴィンはうなずく。元々デュランについてきただけの彼なので、買い物をするつもりはない。
 そもそもケヴィンは あまり買い物というものをしない。どうやら食い物以外は欲しいという感覚が薄いらしい。デュランの新しいサイフを買い、二人は店を出た。
「これからどーすんだ?」
「うーん。そうだな。闘技場っての、行ってみようか」
「おう」
 闘技場にはデュランも好奇心があった。噂には聞いた事があるが、行って見る事は初めてた。町のほぼ中心部にあるコロシアム。メインイベントがあるシーズンではないので、観客はコロシアムの観客席をすべてうめる程ではなかった。
 それでも、半分以上は人でうまっており、かなりの人数である。コロシアムの中央ではなにやらモンスターどうしが戦っていた。
「へえぇぇ…。すごいもんだ…」
 かなりの熱気があり、デュランは感心したようにコロシアムに集まった人々を見た。モンスターに向かって大声をはりあげ、色々さわいでいる。
「なぁ、デュラン。あれ、なんで戦ってるんだ?」
 ケヴィンはワケがわからないようで、中央で戦っているモンスターを指さす。
「あれはな。賭けだよ、賭け。どっちが勝つかでここにいる人達が賭けてんの。まぁ、その賭けのために戦ってんだな」
「ふーん…」
あまりよく理解できてないようで、ケヴィンはあいまいな返事をする。
「賭けて、どーすんだろ…」
「賭けて儲けるんだろ。まぁ、儲かるかどうかなんて、わっかんねーけどよ」
「……………」
 お金や賭け事に関心の薄いケヴィンにとっては、ここに集まる人々の心理はまったく理解不可能であった。 わああぁぁぁぁぁ… 一際、歓声が大きくなる。どうやら決着がついたらしい。
 『ただいまの試合、ゴブリンロードの勝利。ゴブリンロードの勝利となりました。配当は2・35倍。配当は2・35倍になります』 場内アナウンスが流れ、人々が口々にわめく。当たって喜ぶ人、はずれて肩を落とす人、懸札をちぎって投げたりと、とにかく色々だ。
「………行こか…」
「うん…」
 闘技場にはあまり関心がなかった二人。闘技場がこういう場所だというのがわかると、二人はさっさとここを立ち去ろうと歩きだした。
「あれ? あそこにいるのホークアイ?」
「へ?」
 ケヴィンが指さす先に、笑顔のホークアイが換金所から歩いてくる。どうやら当てたらしい。
「おーい、ホークアイ!」
「お! おまえらも来てたんだ」
 ケヴィンの声に気づいて、ホークアイがこちらにやって来た。
「なに、おまえらも懸札買うの?」
 二人はそろって首をふった。あまりそういうのに興味がないらしい。
「そっか。まぁ、好き好きだからな。そういやよ、ここじゃ戦ってくれる戦士とかを募集してんだってさ。おまえら、資金集めに出てみねぇかぁ?」
「ヤだよ。賭けに対象にされるなんてよー」
「はははは。ま、おめーはそう言うと思ったよ。言ってみただけ。んじゃな。とりあえずテキトーな時間に帰るからよ」
「程々にしろよ」
「わーかってるって!」
 ホークアイはご機嫌な笑顔を見せて、懸札売り場へと向かって行った。
「んじゃ、テキトーにうろつくか…」
「おう」
 コロシアムの周りは客目当ての露店や店が所狭しと立ち並び、見てるだけでも飽きない。
「あっ! デュランしゃーん、ケヴィンしゃーん!」
 聞き慣れた声に振り向くと、シャルロットがにこにこ笑顔で手をふっていた。彼女の後ろにはリースもたたずんでいる。
「おう。おまえら。なにやってんだー?」
「お買い物でちー。シャルロット、絵本買ったんでち!」
 そう言って、シャルロットはほらほらと絵本をかかげる。 そんなシャルロットに一瞬絶句して、そしてデュランはため息をついた。
「……バッカだなーおまえ…」
「ば…バカとはなんでちか!?」
「おまえな。俺らは旅してるんだぜ? そんな荷物になるモン買ってどーすんだよ?」
「うっ!」
 どうやらまるで気づかなかったらしく、シャルロットも絶句した。
「…し、しまったでちぃぃぃ」
 ショックを隠せずに、シャルロットはしばし呆然となる。
「…まぁ、今日か明日に読んで売っぱらうしかねーな。もったいねーけど」
「ごめんねシャルロット。私もちっとも気づかなかったわ…」
 リースも困ったようにシャルロットを見た。
「あうー…。こんな落とし穴があったとわぁ…」
 がっくり肩を落とすシャルロット。
「…じゃ、あんまり気ぃ落とすなよ。俺らはそこらへんウロツいてっから」
「あ、はい。あまり、遅くならないうちに帰って下さいね」
「わかってるって」
 軽く手をあげて、リース達に別れを告げ、二人はまた歩きだした。
「ここって、にぎやかな町だなー」
 ケヴィンは感心したように、町並みを眺めている。あそこの広場ではストリートファイトをしている人達もいて、人々が彼らをぐるっと取り囲んでいた。
「デュラン! なんだ、あれ?」
「あれ? あれはな、ストリートファイトつってよ、勝った方が負けた方から金もらえんだよ。 あと、 あそこの看てるヤツらからも、いくらかもらえるかな…?」
「ふーん…」
「ま、興行の一種だろうな…」
「オイラも、あーいうのやったら勝てるかな?」
「お前が出たら試合になんねーよ」
 デュランも人を見て、大体の実力は見抜ける。あそこでストリートファイトをしている連中は、けっこう強い方ではあるが、それはあくまで一般人の感覚であって、デュラン達の感覚の強いではない。
 マナが減少し、暴れまわるモンスターたちを倒して旅するデュラン達の実力は彼らとは桁違いだ。そこの露店の焼きトウモロコシを買い、食べながら夕焼けに染まる町並みを眺めながら、歩いて行く。
「夕飯どこでとろっかー?」
「オイラ、どこでもいい」
「…そっか……」
 どこへ行ってもまず文句を言わないケヴィンだが、どこへ行きたいともあまり言わないケヴィンである。
「うーん…」
 焼きトウモロコシのたれがついた唇をぬぐい、デュランは並ぶ看板を見る。 どこか良い店はないものか。そう思いながら、看板をななめ読みしながら歩く。
「うーん…。ここで良いかな…」
 特に何の変哲のない居酒屋だ。雰囲気からにして、食事の方に重点をおいている感じがする。
「ここで良いか? ケヴィン」
「おう」
 ケヴィンはすぐにうなずいた。まぁ、彼が反対することはまずないだろうが…。 ベルのついたドアを開けると、店内は意外に広い感じがした。この時間帯、夕飯時に近いとあって、客も増えつつある。
「いらっしゃい。二人かい?」
 空のジョッキを持ったまま、中年のオヤジがたずねてくる。
「そうだ」
「あっちの、奥のタペストリーのあたりに座りな」
 オヤジは、顎で席の場所を指し示す。目立たない場所で、言われなければ、あんなとこにも席があるとは気が付かないだろう。
「ああ」
 青いタペストリーの下の席で、二人はそれぞれに料理を注文し、待っていた。その間にも、ここにやってくる人も増えてくる。中には、少しガラの悪そうな男たちもいた。料理が運ばれてきて、二人が夢中になって食べている頃。カウンターの方がなにやら騒がしい事に気づいた。
「なんだろ…」
 水を飲みながら、デュランはカウンターの方を見る。
「このアマ! 優しくしてやりゃつけあがりやがって!」
「うるさいわねっ! あんたみたいな男に優しくされたくなんかないわよっ!」
「なんだとぅ!?」
「……この声……」
「あんへらろら」
 口の中でもぐもぐやりながら、ケヴィンもカウンターの方を見た。カウンターの方は今にもケンカがはじまりそうな、そんな雰囲気だった。
「……ったくぅ…」
 デュランは席から立ち上がり、口の周りをぬぐいながらカウンターの方へ向かう。
「ここにいるサビエフ様のオンナになりゃ、良い思いをたくさんさせてやるって言ってんだ。悪い話じゃねーだろうが」
「フン。あんたが言うと全部悪い話に聞こえるわね」
「このアマ…!」
「ゲイル。おまえは黙ってろ。なぁ、お嬢さんよ。この俺はこの町でも2番目の勇士なんだぜ? 一生遊んで暮らす事だって不可能じゃない」
 いかにも魅力的に聞こえるように言うのだが、アンジェラはツンとソッポを向く。サビエフのこめかみに血管を浮き上がる。
「こうなりゃ力づくでも…」
「あっ、ちょっとやめてよ!?」
 サビエフがアンジェラの腕をつかんだ。
「やめろよ」
 サビエフの背後から声がした。
「あんだぁ?」
 サビエフ一味が振り返ると、デュランがゆっくりとこちらにやって来ている姿が見えた。
「デュラン!」
 嬉しそうな顔をして、アンジェラはサビエフの手を振り払って、彼のトコへ駆け寄る。
「良かった。やっぱりあんたここにいたんだ。どこで食べてたの?」
「あっちの奥」
 入り口から見えにくい、奥まった席で、ケヴィンがこっちを見ている。
「あ、あっちの方だったんだ。あれじゃわかんないかー…」
「あの席は…」
「おい!」
 怒気をはらんだ声で、サビエフが彼らの会話をさえぎった。
「てめぇ、そこの女の男か!?」
「違うよ」
 あまりにあっさりデュランが言うものだから、アンジェラの顔が引きつった。
「ほーう…。じゃあ、俺がオンナにしても文句がでないワケだな?」
「いいわけねーだろ。こいつは仲間なんだから。それに、嫌がってたじゃねぇか」
「おまえはイヤよイヤよも好きのウチって言葉を知らねぇみたいだな」
「なに言ってんのよ! このスカタン!」
 デュランの隣で、アンジェラが罵声をあびせる。サビエフ一味の顔色が変わった。
「おまえらには二人とも痛い目っての、みなきゃわかんねぇみたいだな…。おい!」
「はい! …おまえにはまず礼儀ってモンを教えてやらねぇとな…」
 サビエフの部下、ゲイルという男がデュランの襟首をつかんだ。
「触んなよ」
 自分の襟首をつかんでる腕をつかみ、デュランがゲイルをにらみつける。デュランの手に力がこもり、ゲイルの顔色がみるみるうちに変わっていく。
「ギャアッ! イテテテテッ! 離せ! 離してくれ!」
 デュランの襟首をつかむのもやめ、ゲイルは悲鳴をあげる。デュランが手を離すと、つかまれていた腕をおさえ、ゲイルはしゃがみこんだ。よっぽど痛かったらしい。
「なっ…なんだてめぇ…」
 ゲイルの様子にたじろぐサビエフ。
「表に出ろ。ここで事を荒立てる気はねぇんだ」
 デュランが親指で店の外をさす。サビエフはしばらく、デュランとゲイルを見ていたが、やがて不適な笑みを浮かべてうなずいた。
「良いだろう」
 そう言って、表に歩きだす。彼の部下もそれに続いた。
「デュラン…」
「おまえはケヴィンとこ行ってろ」
 それだけ言って、デュランも店の外へ行った。しばらく何も起こらなかったが、やがて、なにか暴れる音が聞こえ、野太い悲鳴も聞こえた。 ドスンバタンドガッ!
「うぎゃああ!」
「ぎえぇぇ!」
 そしてまた沈黙。店中の人は、外で何が起こっているのかと、不思議そうな顔で見合わせていた。やがて、デュランが何事もなかったように、手をはたきながら店の中に入ってくる。
「おかえり。どうだった?」
アンジェラが笑顔でデュランを出迎えた。
「……別に……」
 無愛想にそれだけ言うと、残りの食事に手をつけはじめた。それを見たケヴィンも安心したらしく、また食事の続きをはじめた。
「なによ、無愛想ねー」
 デュランの態度にアンジェラが口をとがらせる。そんなアンジェラに、デュランがジロッとわずかににらみつける。
「…ったく、行く先々で面倒起こしやがって…。おさめる身の方にもなってみろよ…」
「な、なによ! あれはねぇ、あっちの男の方が勝手に声かけてくんのよ! あんなゴロツキど もに声かけられるこっちの身になってほしいもんだわ!」
 デュランはそれには何もこたえず、ため息をついただけだった。
「なによあんたは!」
 頬をふくらませ、不機嫌そうに足を組み替えた。 しばらくムスッとした顔をさせていたが、やがてさっき注文したものがこのテーブルに来ると、ため息を一つついて、食事に手をつけはじめた。
「フーッ…」
 すべて食べ終わり、デュランは満足そうに息を吐き出す。向かいの席ではケヴィンも食べ終わり、口元を腕でぬぐっていた。
「やー、食った食った…」
「オイラ、ちょっと物足りないかも…」
 食べ終わった二人は、のんびり会話をしながら、水を飲んでいた。 デュランはしばらく、まだ食べているアンジェラを眺めていたが、やがてあくびを一つして、椅子から立ち上がった。
「あ!? ちょっと帰る気!?」
 アンジェラは立ち上がったデュランに驚いて、食べるのもやめて話しかけた。 デュランはそれには答えず、ちょっとだけ片手をあげて、一人、勘定を先にすますとすたすたと去ってしまった。
 カランカランとベルの音がして、ドアが閉まった。
「………なっ…、なによあの態度! ひっどーい!」
 しばらく呆然と、デュランが出て行った店のドアを眺めていたが、やがてほうけたように、前を向き、ノロノロと食事を再開した。
「……ヒドイ…。シャルロットには最後まで付き合ってやるクセに……」
 悲しくて情けなくて悔しくて、涙が出てきそうになるが、ケヴィンの手前、アンジェラはそれを懸命に我慢した。
「…どうした…? アンジェラ…?」
 アンジェラが今にも泣きそうな顔をしているので、ケヴィンは心配になって彼女の顔をのぞき込んだ。
「な、なんでもないわよっ!」
 知らず知らず、涙声になってしまっていた。そんな自分に頭にきて、アンジェラは無理やり目の前の食べ物を口の中に押し込んだ。
「アンジェラ…?」
 ケヴィンはますます心配そうな顔をして、アンジェラを見る。
「なんでも…ないんだったら…。この料理が…辛くて、涙が出ただけよ!」
「……………」
 誰にでも見破られるようなウソを言い、アンジェラはちょちょぎれてしまった涙をふいて、味もわからなくなった最後のサラダを詰め込む。 そして、それを強引に水で流し込むと、取り出したハンカチで、口元をふき、それから裏返して、顔全体をごしごしとふいた。 ハンカチで顔を覆ったまま、少し、肩をふるわせる。
 しばらくして、落ち着いたらしく。アンジェラはまた顔をごしごしふいて、ハンカチをポケットにしまった。まだ目がちょっと赤かったが、怒ったような顔をしていた。
「アンジェラぁ…」
「……なんでもない…。行こう…」
 それだけ言って、カウンターで勘定をすます。それから、ケヴィンがまだ勘定を払っている最中でも、無視してのしのしと店のドアへ向かう。 カランカラン。 ベルの音をさせて、やや荒っぽくドアを開けた。
「……来たかぁ?」
「えっ?」
 意外と言えば、あまりに意外な声に、アンジェラはさっきの暗い感情も吹き飛んだような、素っ頓狂な声をあげた。
「なにヘンな声だしてんだよ。ケヴィンはどーした?」
 デュランが、店のドアの近くにあるタルによっ掛かって待っているのである。
「な…、あんた、先に帰ったんじゃなかったの?」
「おまえらを残して帰るかよ」
「な、じゃ、なんでさっさと席を立ったのよ!」
「なんでって、さっき表でちょっと面倒やっちまったからな。それの後片付けだよ」
 言って、顎で路地裏をさす。かすかに、路地裏の奥からうめくような声が聞こえる。デュランがあっさりのしたサビエフ一味を路地裏のさらに奥に片付けてきたのだという。
「…じゃあ…、私たちを置いてったワケじゃ…なかったの?」
「おまえとケヴィンみてーな不安な組み合わせをおいてけるかよ」
「あ、デュラン! どーした!?」
 ケヴィンがやっとやって来て、デュランがいる事に目を丸くさせた。
「んじゃ。宿屋に戻るか…」
 3人そろった事を確認すると、デュランは宿屋に向かってすたすたと歩きだした。
「あ、ちょっと待ってよ」
「デュラーン。先に帰ったんじゃなかったのかぁ?」
 デュランの後を、二人が小走りにおいかけていく。 半月が、3人の陰を通りに長くのばしていた。                                    
   ツヅク