「よう、あんたも滝の洞窟に入りたいのかぁ?」
 誰かが背中から声をかけてきた。この人も滝の洞窟に入りたいのかしら?
「ダメよ、ダメダメ。結界が張ってあって入れないわよ」
 私を首をふって見せた。ふと、この男に見覚えがあるのに気づいた。あれ…?
「ああ。それなら、大丈夫だよ。結界が解けるってヤツがいて…」
 …あ、あーっ! この男!
「あーっ! あんた、あの変態男!」
 この男は、私の当然の行動に心外と言った様子でムキになった。
「な、なんだよ! いきなり変態とは…」
「忘れたとは言わせないわよ! ジャドの宿屋で、私の着替え中に入ってきた男じゃない
のよ!」
 そうよ! コイツのせいでウェンデル行きへは遅れて大変だったんだから!
 ところが、この男。私にそう言われてもほけっとしてるの。私をいぶかしげに見つめ、
今度はヌケた顔で宙に視線をただよわせ…。
「…ああ!」
 ポンと手を叩いてなにやら嬉しそうな顔をする!
 こ、この男、忘れてたのかーっ!
「ああじゃないわよ! レディの着替え中に入って来るなんて、サイテエじゃないのよ」
「さ、最低って、あの時はちゃんと謝ったじゃねえかよぉ。それに、間違えちゃったもん
はしょーがねーじゃねーか」
 なーんて、ヌケヌケとこんなことを言う!
「どーだか? 間違えたー、なんて言ってわざと入って来たんじゃないでしょうねぇ?」
 なにせ、アンジェラ様の玉のお肌よ! 私は腕を組んでわざと小馬鹿したように言って
やった。こいつもムッときたみたいで、なにか言おうと口を開きかけ…。
「しかしだな、フェアリー!」
 何を考えているのか、やおら関係のない方を見て叫び出す。
「………な、なによ、あんたいきなり独り言なんか叫んじゃって」
 もしかしてコイツ、冗談抜きでヤバイ? 
 私が少し後ずさると、男が小さく舌打ちするのが聞こえた。
「………おい、フェアリー!」
「はいはい」
 彼の呼びかけに答えるかのように、彼の頭あたりから白く光る小さな羽の生えた女の子
が出て来た!
「キャアッ!」
 これにはかなりビックリさせられた。な、何なのかしらこの子!?
「安心しろよ。ヘンなモンだけど別に危ないモンじゃない」
「ヘンなモンって…、失礼ねぇ!」
 …会話してるわ……。あの小さな女の子。飛びながら、小さく息をつく。そっか、この
コと会話してたのね、この男…。
「あのね、私たち聖都ウェンデルに行く途中なのよ。この洞窟の結界、私が解けるから、
それを解いて…」
「あら! あなたこの結界が解けるのね!」
「え、ええ…。そうよ」
 なーんだ。そうならそうとはやく行ってくれれば良かったのに。これでウェンデルに行
けるじゃない。
「そっか。良かった。入れなくて困ってたのよね。あっ、じゃあ、そこのあんたもウェン
デルに行くの?」
 私はこの男に聞いてみた。
「あ? ああ。光の司祭に会いにな」
 光の司祭…。なんだ、この人も私と同じ目的だったのか…。なんだそっか…。
 私はちらっと目の前の男を見た。体つきはガッシリしてて、獣人ほどじゃないけど、な
んか荒っぽい感じ。腰に剣さしてんだから、剣士よね、この人。ちゃんと武装してるし…。
……私なんかよりずっと強そうだな……。
 よっし、連れてってもらお。この先どんなモンスターがいるかしれないし、あんまり戦
いたくないし。……そうね。よ〜く見ればそこそこ可愛い顔してんじゃない。ん、ギリギ
リ合格ライン。
「そっか…。じゃあさ、私も一緒に連れてってよ。私も、あんたと目的一緒なのよね。も
う、一人で行くの疲れちゃってサ。旅は道連れっていうしぃ」
 彼、一瞬私の言ってる事にムッとしたみたいだけど、ちょっと私を見て、それから小さ
く息をつくのが聞こえた。
「……わかった…。いいぜ、一緒に行こう」
 そうよ。せっかくこのアンジェラ様が誘ってやってるんだから、そう素直に出るべきよ
ね。それにしたって、そのしょうがないって感じ、やめてくんないかな。
「よし、決まり! あ、私アンジェラ。ヨロシクね。あんたは?」
「デュラン…」
「デュラン、か。さあ行きましょデュラン」
 彼は私にあきれた顔を見せて、そしてやれやれって滝の洞窟の方へ向かった。
 デュランが洞窟に入ろうとした途端、彼はビィンッて結界に弾き飛ばされた。馬鹿ねー、
まだ結界解けてないのに。
「うげっ! な、なんだよう、結界解けてねーじゃねーか!」
「当たり前じゃない。私まだ解いてないもん!」
 あんまりマヌケてるもんだから、思わず吹き出しちゃった。
「……………は、早くしてくれよ!」
 彼は恥ずかしいらしくって、全然関係のない方向見てフェアリーに怒鳴ってた。なんか
おかしい。とことんヌケてんのね、この男。…なんとなく、ジャドの宿屋でも彼が部屋を
間違えた理由がわかったような気がする。
「わかった。ちょっと待ってね…」
 フェアリーはあきれたため息をついて、それから呪文を唱えはじめた。…これ、解除系
列の呪文かしら? 私が知ってるの(使えないけどね)とは、ちょっと違うみたい…。
 フェアリーは魔法を放ち、結界を簡単に解いてしまった。
「さ、これで大丈夫。行きましょう!」
「あ、ああ…」
 さっきの事もあるからか、彼は随分用心しながら洞窟へと入って行く。
 洞窟の中はかなり暗かった。……どうしよう、暗いままじゃ歩きづらいわよね…。
 私がちょっと困っていると、デュランもこの暗さにため息をついた。そして、自分の荷
物を降ろすと、中から何か捜し出す。
 あ、カンテラじゃない。
「へー、カンテラなんか持ってんだ」
 ちゃんと準備してんのねぇ。
「そりゃまあ、暗くなった時とか、明かりとかないとツライだろ?」「ま、まあねえ…」
 そっか…。明かりの魔法が使えるんなら、必要ないんだけど、使えない私は持ってくる
べきものだったのよね。……旅の準備にいれとくんだったなぁ…。
「…ところで、おまえ…。杖とそのサック以外に荷物は?」
 しごく軽装備の私を不審に思ったのか、デュランが尋ねてくる。
「ないわよ」
「な、ないわよって、そのサックには何入ってんだよ…」
「えっとねぇ、洗面用具一式と、お財布でしょ。簡単な着替えと、乳液にベビーローショ
ン、リップにファンデーション…」
「…ちょっと待て。カンテラとか、旅に使うもんは?」
 私の言葉をさえぎって、デュランはさらに尋ねてくる。
「ないわよ」
「んな…」
 デュランは私の言葉に絶句しちゃってるらしかった。だ、だって、しょうがないじゃな
いのさ! 私は旅なんてした事なくって、何が必要かもよくわかんなかったんだし、そん
な準備する時間だって少なかったのに、なにより好きで旅をしてるわけじゃないのよ!
「しょ、しょーがないでしょー! 私は、そんなちゃんとした準備するヒマがなかったの
よ。私、別に好き好んで旅に出たワケじゃないもの」
「………っつーと、アンジェラもワケありなんだな…」
「当たり前でしょ。レディが好き好んで旅に出るもんですか」
 ……アンジェラ、も? って事は、デュランもなにかワケがあって旅に出たって事にな
るわよねぇ。なんだろ、こいつが旅に出なきゃなんない理由って。何にも考えてなさそう
な顔してんのに。
「…ところで、デュラン。あんた、さっき“も”ワケアリって言ってたわよね。あんたも
何か旅に出なきゃなんない理由があんの? 差し支えなかったら聞かせて」
「う、うん…」
 別に、たいした期待はしてなかったんだけど、デュランはちゃんと話してくれた。かな
りかいつまんで、だけどね。
 彼、フォルセナの剣士なんだって。で、アルテナのヘンな魔道士の魔法に負けちゃった
んだって。それが悔しいからって、傭兵やめて旅に出たって…。
 ……本当にかいつまんだ話ねー…。でも、デュランのいう魔道士に、私は心当たりがあ
った。…アイツが一人先に様子を見にフォルセナを襲ったらしいというウワサは聞いてい
たから。
「…ねぇ、その魔道士って、もしかして、ウチの紅蓮の魔道士の事かしら?」
「……ウチの? ウチのって、おまえ…」
 私の言葉に、デュランはいぶかしげに眉をひそめる。
 一瞬、自分の身分を明かそうかどうか迷ったけど。とりあえず信用しても良いかな。顔
も性格もあんまし良い感じじゃないけど、悪い人じゃなさそうだし。
「…あのさ、私、その魔法王国アルテナの王女なのよ」
「はあ!?」
 デュランは素っ頓狂な声をあげて、信じられないって顔をした。
「本当よ! 本当なんだから。その紅蓮の魔道士、アイツ、私と同じ、魔法がてんでダメ
で、魔法の先生に怒られてばかりいたような男だったのに…。いきなり、すごい魔力持っ
ちゃってさ。王女様である私を呼び捨てにしたりするのよ!」
「ふぅーん…?」
 私の話を信じているのかいないのか。それとも紅蓮の魔道士の事なのか。デュランは顎
に手をやってしばし考え込む。
「アイツが…、アイツがお母様、つまり理の女王っで呼ばれてる人なんだけど。そのお母
様の側近になったの。それから、お母様、ますます冷たくなっちゃって…。…私に…、私
を、マナストーンの解放の触媒に使うって言い出して……」
 思い出す…あの無表情なお母様を……。
「……それがどうかしたのか?」
 私はこのマヌケた言葉にカッときた。どこまでバカなんだろう、この男は!
「バカ! わかんないの!? 私に死ねって言ってるのよ! マナストーンの力を解放させ
るためには、人の命を犠牲にしなきゃなんないのよ!? その犠牲に…、私に………なれっ
て…」
 これ以上なにも言えなかった。自分の境遇を今更ながらに思い出して…。悲しくて、悲
しくて…。
「………そっか…。スマン…」
 デュランはすぐに謝ったけれど…。
 …こんなバカな男とは付き合ってらんないよ。ウェンデルについたらすぐに別れよう…。
 涙がじんまりと目に浮かぶ。私はこんな男の前で泣きたくなくて、涙を一生懸命に我慢
して歩いた。ずっと地面をにらみつけて歩いていた。
 ずっと足元ばかり見て涙を我慢するのに一生懸命だったから、デュランがもうカンテラ
をしまっていた事や、彼がそうするくらいここが明るくなっていた事に気がつかなかった。
 不意に、前を歩いていたデュランが立ち止まる。
 文句を言おうと口を開きかけた時。
「…モンスターだぞ」
 デュランはそれだけ言って、剣を鞘から抜き放つ。モンスター? 本当にいるの? 私
はどこにいるのかと、キョロキョロと辺りを見回す。でも、どこにも見つけられない。
「本当にいるの?」
「いるよ。前に二匹、右に一匹、…左には二匹くらいいるかな」
 デュランは気をぬかずにそんな事を言う。冗談じゃない。そんな数のモンスター。でも、
私には彼の言ってる事が本当なのか、まだ信じられなかった。だって、見えないのよ?
 とりあえず、私は杖をギュッと握り締めた。
「くるぞ」
 え? え? え? ……あ! 本当に来た!
 デュランの言うとおりだった。まず、羽音がして、コウモリが二匹も飛んできた。
 きゃあ、こっちにやってくる!?
 私が慌てているのを尻目に、デュランは駆け出して素早く剣をふるう。
「キィッ!」
「キキッ!?」
 どさばさっ。
 え? ええ? い、いつの間に!? いつの間に、デュラン、二匹もやっつけちゃったの!?
「アンジェラ! 右だ! 気をつけろ!」
 え? げ! や、やだ、あのキノコモンスターがいつの間にかこんなに近くにいるぅ!
「わっ…きゃあ!」
 や、やだ、来ないでよ!
 私が杖をかまえて、オロオロしているスキにもデュランはこっちに走ってきて剣を一閃。
「ぶしゅぅっ…」
 きゃっ! 一太刀で切っちゃった!
「あと二匹!」
 えええええ!? なんて、あわてふためいているうちにも、あのキノコモンスターが二匹
こっちに小走りでやってくる。
「ブシュッ!」
 デュランはキノコモンスターの体当たりを難無くかわして、切りつける。あ、ちょ、も
う一匹が…!
「デュラン!」
 私の声に、もう一匹の攻撃に気づき、デュランはちょっとよろけるように避けた。それ
でも、ちゃんと攻撃する。
「はあっ!」
「ブシュワッ!?」
 斬り飛ばされ、キノコモンスターがこっちに転がってくる。わっ、やだっ! まだ動こ
うとしてるーっ! えーい、こんにゃろっ!
「え、えいっ!」
 私は夢中になって杖を振り下ろす。キノコモンスターが杖に当たるにぶい感触がした。
「シュウゥー…」
 あ…、や、やったの…?
「終わったな」
「…え? あ、うん…」
 ………………。
 私、ほとんど何もしてないや。やったのと言えば、最後の一匹のトドメをさしただけ…。
 …確かに…デュランは強かった…。さっきのように、モンスター五匹も出てこられては、
私一人ではどうしようもなかっただろう。下手すればここで死んじゃってたかもしれない。
 ………デュランとは、もうちょっと…、一緒にいなくちゃいけないみたい……。
「なに突っ立ってんだ? 行くぞ」
「う、うん…」
 確かにちょっとムカつくヤツだけど、彼の強さは今の私にとって必要だった。悔しいけ
ど、認めなくっちゃいけなかった。
 私は前を歩いているデュランを見る。彼は、さっきの戦闘にも何事もなかったように歩
いていた。
 …彼を見てると、一人、気まずい思いをしている自分がなんだかバカらしく思えてきた。
 フンだ。
 ウェンデルまで、よ。ウェンデルまで。それまでの我慢、我慢。

「キャーッ! キャーッ! だれかぁーっ!」
 明るくて、大きな滝のある所で幼い女の子とおぼしき悲鳴が聞こえた。
「…悲鳴かな?…」
「悲鳴でしょ」
 モンスターの鳴き声には聞こえないじゃない。それを聞いたデュランは慌てた感じで悲
鳴の方へ小走りに向かう。私もそれに続いた。 デュランは橋のところにしがみついてる
女の子を見つけるなり走りだした。
「大変だあ!」
 慌ててそこの女の子を引っ張り上げてあげる。けっこう可愛い感じの女の子。トシはま
だまだガキんちょみたい。なんだってこんなところにいるのかしら?
「ふ、ふいーっ…、た、助かりまちたでち。ど、どーもありがとしゃんでちた…」
 あの橋で引っ掛かってたのが、まだショックらしくて、ひいはあ言ってた。
「…おまえ、どうしたんだ? こんなとこ、女の子一人でなんて危険だぜ?」
「そうそう」
 私でさえどうにかなんないかもしんないのに、さらにこんなガキんちょではどーにもな
んないハズよ。
「だ、だって…。シャルロット、ヒースが心配だったんでち。でちから…」
「ヒース?」
 デュランもワケわかんないらしくって、私の方を見る。私の方だってわかんないに決ま
ってるじゃない。それとこれと、何の脈絡もないじゃないの。
 この子、自分の事、自分の名前で呼ぶのね。で、このシャルロットの話によると、ヒー
スという彼女あこがれの神官がどっか行っちゃったから、その人を探しに色々やってここ
まで来たんだって。それで、ウェンデルに帰ろうとして道を間違えて上から落ちたんだっ
てさ。なんだかマヌケな話よね。
「あんたしゃん達が来てくれなかったら、シャルロットは今頃…。あうう、なんて可愛そ
うなシャルロット…!」
 …こーいうの自己陶酔型ってんのよね。…やれやれ…。
「あーあー、わかったから、泣くなってば…。んで、おまえもウェンデルに行くのか?」
「シャルロットはウェンデルに住んでるんでち。でちから、行くんじゃなくて帰るって言
いまちね」
「そっかそっか。んまぁ、俺らもちょうどウェンデルに行く途中だし、この先一人じゃ危
険だろ。来いよ、ウェンデルまでなら送っていってやるからよ」
 …そうよね。ここで置いてくのも、なんか後味悪いし…。デュランがいるなら、この滝
の洞窟は何とかなるわよね。
「ひょー、助かりまちた! で、あんたしゃん、なんでウェンデルに行くんでち?」
「ん? 光の司祭殿に会いに行くのさ」
「ありゃま! んじゃあ、あんたしゃん、このシャルロットを助けてじぇんじぇん損はな
いでちよ。その光の司祭って、シャルロットのおじいちゃんの事でち」
「へぇ!?」
 ウソよ。ウソに決まってるじゃない、こんなお子様の言う事なんて…。
「シャルロット、ウソはつきましぇん! コホン。あー、チミチミ。このシャルロットを
てーちょーにウェンデルまでお連れしなしゃあい」
 このお子様は、なにをいきなりこんな横柄な態度にでんのかしら? ナマイキねー。
 デュランもちょっと呆れてたようだけど、あきらめたみたい。そのうちに、シャルロッ
トはそこらへんに散らばっている彼女の荷物なんか(たいしたもんじゃないんだけど)を拾
ってる。
「しゃあ! 行きましょ!」
 そう言って、デュランの手を取ってちょこまか歩きだした。デュランは深めのため息を
ついた。…まぁいいか。送るって言ったのはデュランだし、こいつの面倒はデュランがみ
るわよね。
「あ、そうだ。まだあんたしゃん達のお名前きいてなかったでち。なんてーんでちか?」
「俺か? 俺はデュランだ」
「そっちのおねーしゃんは?」
「アンジェラよ」
「そーでちか。シャルロットはシャルロットって言うんでち。よろしくでち!」
 …何もしゃべんないで、こうやって笑ってるだけなら可愛いんでしょうけどねぇ…。


                                                             to be continued...