『魔法の使えないおまえは王家の恥。最後に大魔法を使って名を残せばこの女王の娘とし てふさわしい散り様…』 そんなのないよ。そんなのってないよお母様! お母様! ハッと目を覚ます。 ………夢か………。 目には涙さえもたまっていた。 …ふぅ…。 私はため息をついてベッドから起き上がった。…いつ、ジャドにつくのかな…。 私は部屋を出て、甲板に出る。そこでなにか綱をぐるぐるまいている船員に聞いてみる。 「ちょっとー! いつジャドにつくのよー?」 「あ? そろそろ着くぜ、ほら、ファ・ザード大陸が見えるだろ?」 彼の指さす先に確 かに陸地が見えていた。じゃ、もうすぐなのね。 やっと着いたジャド。でも、なにか様 子がおかしいらしい…。確かに、なんか静かなのよねぇ…。ここにやって来た定期船全部 が出航できないらしく、港はなんか定期船だらけだったし…。 町に入ってから気づいた。ここは、占領されてたんだ! ビーストキングダムの獣人達によってここが占領されちゃってるんだよ! 私、獣人って初めて見たんだけど、なんかクサくて野蛮そうで、アッタマ悪そうな感じ よね…。 でも、どう考えても私よりも強そうに見えた。 やんなっちゃう。ジャドから出られないなんて。早くウェンデルに行きたいってのにサ! どうしようかな…。 獣人達がどっかに行ってくんなきゃこっから出られないのかな。待つしかないのかな。 ふと、前を見ると『BAR』の看板が見えた。なんとなく中に入ってみる。 入って行く時、すれ違いざまに武装した女の子とすれ違いざまちょっと肩がぶつかった。 「あ、スミマセン」 「え、ええ…」 ちょっと会釈をして去って行く。…なんか強そうね…。可愛い感じの娘だったけど、あ んな娘が武器持って戦うのかしら…? 酒場の中はまばらだった。 「いらっしゃいませ」 カウンターにいるマスターが声をかけてくる。ちょっと、私に見とれてる? そりゃま、お母様譲りのこの容姿だもの。お母様の昔の肖像画って、今の私とよく似て る。王女っていう立場上、見られてる事が多いから、そのへんの意識をつねに持ってなく ちゃいけないしね。 …酒場に入ったは良いけど…、どうしよっかなー。私、お酒は飲めないし…。 私が考えあぐねていると、一人の男が私に近寄ってきた。 あら、ちょっと美形じゃない。背が高くて、スラッと細身。その銀髪もよく似合うし。 確かに良い男だった。でもなんかケーハクそう。趣味じゃないわね。 「や、お姉さん。一人?」 ミョーに馴れ馴れしい言葉をかけてくる…。私が無視して外に出ようとすると、この男 は待ったをかけてきた。 「外は獣人のヤツらがいて危険だよ。夜になるまで待ちなよ、そしたら出られるから」 「出られるって、ジャドから?」 「そうだよ。ヤツら、夜になると変身するだろ。そしたら血が騒ぐらしくてさ、ジッとし てられないんだよ。警備がグッと手薄なるから、そこをねらって出ると良いぜ」 へー、この男、けっこう良い事教えてくれるじゃない。 「で、その夜まで俺とデートしない? 一人より二人の方が良いって。な?」 「…けっこうよ…」 「そんな事言わずにさ!」 「うるさいわね! アンタみたいにケーハクなのは趣味じゃないのよ!」 「そりゃないよ、お姉さん!」 一瞬泣きそうな顔をする。何なのかしら、この男。 私はフンと小さく言って、きびすをかえしてこの酒場から出る。出る時ちょっと振り返 ってみると、あの男は軽く肩をすくめていた。 …あきらめの早いヤツ……。 とりあえず、夜になるのを待たなきゃいけないのね。 じゃ、それまで宿屋で休んでよ。 とりあえずそのへんの宿屋に入る。なんか、獣人のせいで、お客も来ないんだって。格 安で提供してくれるって言うから、薦められるままに一人部屋をとった。個室ならどこで も良かったんだけど。 ふぅ…。 ベッドに腰掛けて、一息つく。せっかくジャドについたってのにね…。…まぁ、いいわ。 夜になれば出られるってんだもの。 …ちょっと早いけど、寝ちゃおう。夜には起きないといけないし、船の中じゃよく眠れ なかったのよね。 私、実は下着だけで寝るのが好きなの。それを知ってるのは侍女くらいなんだけど…。 王女が下着のみで寝るって知られたら大変だから。ホセあたりが知ったらはしたないって 叱るんだろうな。でも、好きなもんは好きなんだからしょうがないじゃない。 船の大部屋でたくさんの人と雑魚寝るってのがイヤだったのは、こういう理由もあった りする。 さ、寝よ寝よ! ついでに下着も替えちゃおっと。 …明日は、あのレオタードでも着てこうかな…。まぁ、いいや。ともかく脱いじゃお。 私はぱっぱとローブを脱ぎ、ブラも取ろうとホックを外した時だった。 ガチャッ。 えっ!? 一瞬、私の頭が真っ白になった。一人部屋のハズのドアを男が開けて入って来ようとし てたのだ! 「へっ…?」 男の方も目を丸くさせた。かなりガッシリした、茶色いバサ髪の男。随分とマヌケた顔 で私の方を見ていた。 「キャアアッ! な、何なのよあんたは!」 胸をおさえ、思わず、手近にあった置物を投げ付けた。 「わぁっ、す、スミマ…いてぇっ!」 置物が男の頭にぶち当たる。 「なにすんだよ@ いてぇじゃねぇか!」 「なにが痛いよ!? 人が着替えてる時に!」 「うっ! …す、すんません…でしたっ!」 私がまた物を投げ付けようとしたので、男は慌ててドアを閉めて逃げて行った。 バタンと閉まったドアに私のサックが当たって下に落ちた。 な……なんなのよあの男! しんっじらんない! 人が着替えてる最中に入って来るな んて! ヘンタイよ、ヘンタイだわ! なんだってあんな男がいんのかしら!? 冗談じゃないわ! 「どうしたんですか、お客さん?」 騒ぎを聞き付けてか、ドアの外で宿屋の人の声がする。 「あのさー、俺の部屋、ここじゃなかったのか?」 「え? お客さん。ちょっと、カギ、見せてくれませんか? ………お客さん、違います よ、あなたの部屋こっちの隣の部屋ですよ」 あ、あの男〜! 「えっ!? そうだったのか!? …あっちゃぁー…」 「どうしたんです? 何を騒いでらしたんですか?」 「いやあのその…、な、何でもないんだ! ちょっと、勘違いして…。な、何でもないん だよ、本当に!」 「そうですか?」 「そうそう」 なにあの男! まさか私の着替えを見るために間違えたフリして入って来たのかしら!? とんでもないヤツだわ! あんな男が隣の部屋だなんて信じらんない! 宿屋の人に言って取り替えてもらおうか しら!? …でも、この格好で外に出るわけにはいかないし…。 私は物音のする隣の部屋を仕切っている壁に耳をつけた。薄いのね、ここの壁。 「いってぇな、あの女…。木彫りの置物なんか投げ付けやがって…」 当然の報いよ! 「あーあ…。ツイてねぇや…」 ツイてないのはこっちの方よ! 「まぁいいか。寝よう」 それ以上、隣の男は何も言わなかった。しばらくしてから、いびきらしきものが聞こえ てきた。 さっさと寝てやがる……! なんって男! 人の着替えを見ておきながらあの態度! 反省もしないなんて! 今度 あったらあの杖で殴ってやろうかしら!? ……でも、強そうだったわね、あの男…。剣なんか持ってたな。アルテナに、あーいう 男っていないのよね。大体、剣で戦うような人間はアルテナにはいない。だって魔法王国 って言うくらいだもの。剣よりも魔法で戦うに決まってる。 …魔法ってのはさ、どちらかというと、男よりも女の方が長けてるみたいなの。なんで か知らないけど、潜在的な魔力を比較的に多く持ってる事が女性に多いんだって。だから、 ウチの魔法兵の大半は女。まぁ、中には男でもホセみたいなのもいるけどさ。 それはともかくとして。杖なんかで殴ったら、仕返しされるかしら…? ううん、そん なことないわ。あーいう男は殴られて当然なのよ! しかも自分が悪い上にちょっと殴ら れたくらいで、仕返しするような男なんて生きてる価値がないわ! まったくもう! あんまりムカムカしてたからか、なかなか寝付けられなくって、起きた時は既に朝にな っていた……。 やだーっ! 夜に起きて、ジャドから出なくちゃいけなかったのにーっ! これもぜぇんぶあの男が悪いんだわ! もう、タダじゃおかないんだから! ちょっと外に出てみたんだけれど、相変わらず獣人達がにらみをきかせてて、ジャドか ら出るのなんて不可能だった。 隣の男は、宿屋の人に聞いたけど、夜に起き出してもう出てったって! 逃げたのかし ら!? 一日も時間を無駄にしちゃった。っとにもう、冗談じゃないわ! 今夜こそ、ジャドから出てウェンデルに向かわなくっちゃ! あの男のマヌケたツラが思い出されてしょうがなかったけど、とにかく寝ておかなくち ゃ。ジャドからウェンデルまでけっこうあるみたいだし…。確かラビの森を通って、滝の 洞窟ってトコを通って、で、ウェンデルなのよね。 夜。今夜は大丈夫。私は満点の星空の下、宿を出てジャドの門の所へ急いだ。 あのケーハク男の言った通りだった。昼間はゴツい獣人がにらみをきかせてたんだけど、 オオカミみたいなのが吠えながら走り回ってた。 私は気づかれないように、そろりそろりと門から出る。 「ウォウウォウッ!」 しまった! オオカミ(たぶん獣人が変身した姿だろう)が私に気づいて襲いかかってきた。 「や、ヤダーッ! 来ないで来ないでーっ!」 私は夢中になって杖を振り回した。 ゴッ! なにか、にぶい感触。 目をあけると、オオカミがぶっ飛ばされている姿があった。そのオオカミはそこにいた もう一匹のオオカミにぶつかり、それから、そのオオカミとケンカになっていた。 いまのうちに…逃げちゃお! 私はそのオオカミ達を尻目に、さっさとジャドの門を後にした。 「はぁ…」 ここまで来れば大丈夫かしら…。確か、ここはラビの森って言うのよね…。 夜だからだと思う。ラビというラビは目に耳をかぶせて寝ていた。寝てるだけなら可愛 いんだけど、これでもれっきとしたモンスターなのよね…。 ラビを起こさないように、私はラビの森を急いだ。ウェンデルって…、こっちの方面で 良いのよね…。 ガサガサガサッ! どれくらいラビの森を進んだだろう。そこの草が動いたかと思うと、なんかおっきなキ ノコが現れた! 「な、なにこいつぅ〜!?」 キ、キノコのクセに手足や顔までも持ってるなんて生意気よ! しかもしかも! このキノコ私に襲いかかってくるじゃない! 「ブシュッ!」 「きゃあっ!」 キノコに体当たりされて、私は吹っ飛ばされてしまった。 いったぁ…。 な、なによこのキノコ! あ、ヤダ! ちょっと、こっち来ないでぇ! 「や、やだやだ!」 杖を振り回したけど、ちっとも当たってくれなくて、私はまたこのキノコの体当たりを くらってしまって。 「きゃんっ!」 んもうっ、なんてキノコなの! 人間様を襲うなんて! このまま、やられっぱなしで いいもんですか! 「え、えーいっ!」 振り下ろした杖はキノコのカサをかすった。それに、このキノコも驚いたみたい、ちょ っと後ずさった。 「あんたなんか、やっつけてやるんだから!」 「ぶしゅわっ!」 また、体当たりがくるっ! よけなくちゃっ! ドンッ! 「ぅわっ!」 さっきよりも真面に当たんなかったけど、それでも当たっちゃって、ちょっとよろける。 「やったわねぇ! えーい! 当たれぇーっ!」 私は必死になって杖を振り回した。その攻撃は、ちょっと効いたみたいで、キノコもた じろいでいる。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」 私がちょっと疲れて呼吸してると、キノコは反撃とばかりにまた体当たりをしてきた。 「キャッ!」 また当たっちゃって、私はそこの木に背中をぶつけた。…いったぁい…。あっ! また あのキノコがやってくる。んもー! 「負けないんだから!」 ウェンデルに行くまでは! 「んもっ! このー! えい! えーい!」 私は杖を一生懸命に振り回した。振り下ろしたどれかは外れ、またどれかは当たった。 「こーれーで、どうだぁっ!」 アンジェラ様渾身の一撃! なんかちょっとスカしちゃったけど…。それでも、けっこ う効いたみたい? ううん、効いてるよ、効いてる! 私の渾身の一撃が効いて、キノコはフラフラッとして、そしてバタッと倒れて、動かな くなった。 「はぁっ、はぁっ、……はぁーっ! やぁっっと倒せたー……」 汗はだくだく、足もがくがく。心臓はもうどっきどき。モンスターと戦うって、…こん なにも大変な事だったのね……。 しばらく、そこから動けなかったんだけど、ちょっと休んだら心臓も安定してきたので、 また歩きだす事にした。 今が夜で良かった…。昼間はラビも襲ってくるんでしょ? ちょっと…冗談じゃない…。 あのキノコモンスターでもあんっなに手間取るのに…。 なるべく、モンスターに見つからないように歩いてたんだけど、それでも見つかっちゃ ってあのキノコモンスターと三回くらい戦った。さすがに三回目は初めての時よりも倒す の早かったけどね…。 それでももう私にとっては限界に近かった。 どれくらいだったかな、もう少しで看板だっていうトコだったと思う。森の中で不思議 な光の玉を見たの。なんか、青白くって、かなりの明るさだったな。追いかけようかなっ て、心の中でちらって思ったんだけど、なにせ疲れて疲れて。すぐにやめちゃった。 で、その滝の洞窟っていう看板を見つけた時、やっとここまで来たって思ったの。慣れ ない戦闘でもう疲れて疲れて…。ヤツらの体当たりをけっこうくらって体のあちこちが痛 むし、杖をぶんぶん振り回して、腕の筋肉もなんか限界。 だから、その看板を見た時安心しちゃってさ。近くの木に背もたれて寝ちゃった。一応、 モンスターとかに見つからないようにって、隠れて寝たけどね。 どれくらい寝てたのかな。ドォンッ! ていうすごい音で目が覚めた。 「な、なに!?」 慌てて目覚めて、音のした方を見る。看板から考えるとアストリアって村の方らしい。 赤い炎が朝焼けの空を焦がしていた。 「……なんなの…あれ……」 風に混じって灰の匂いや血の匂いがして、そして悲鳴も聞こえた。 これって!? 私が何が起こったかよくわからなくって、そこでオロオロしてた。ん…? 誰だろう。 アストリアの方から誰だかたくさんやって来る。 あれは…獣人達!? 間違いない、獣人達だ。私は慌てて身を隠す。ここで見つかったら何をされるかわから ない。 「いいか、これから聖都ウェンデルに進攻する。みんな、心してかかれ!」 「おうっ!」 そう言って、獣人達は滝の洞窟の方へ行った。…どうしよう、ウェンデルが進攻されち ゃったら私が行く意味がないよ! でも、ヤツらに見つかるワケにはいかないし。 私はずっとどうしようどうしようと考えあぐねていると、獣人たちがなんだか情け無さ そうな、悔しそうな、そんな顔してざっざっと戻ってきた。 ???? みんな口々に畜生だの何だの悪態をつきながら、通り過ぎていく。……どうしたんだろ? 獣人達がやぁっとみんな去って行き、姿も、影も形も見えなくなってから、やっと私は 隠れるのをやめた。 どうしたんだろ…。でも、まぁ、ウェンデルをあきらめてくれたみたいで助かったわ…。 良かった。獣人達は本当に行っちゃったみたいね。滝の洞窟まで、けっこう警戒して行 ったんだけど、誰にも会わなかった。 あ、あれが滝の洞窟かぁ。なーるほど、そのまんまねー。滝があちこちにも流れてる。 あの滝の下をくぐった先にぽっかり空いてる穴へ入れば良いのね。 中…暗いのかしら…? そんな事を心配しながら、洞窟に入ろうとした途端! ビィンッ! 「キャッ!?」 なに!? 跳ね返された!? 私は洞窟の入り口のところを手でおしてみる。 ビィンッ! 「うわぁ!」 これって…結界!? ちょっ、なんなのよ、これ! これじゃウェンデルに行けないじゃ ないのよ! 私はいまさらながら、なぜ獣人達がウェンデル進攻をあきらめさせられたかがわかった。 んっもーっぅ! アッタマきちゃうわねーっ! 私が一人、ムカムカしてる時だった。 to be continued... |