「日本さーん。ネット通販して良いですカ〜? 自分のカード使いますカラ!」
 パソコンを前にして台湾が、縁側で愛犬のブラッシングに勤しんでいる日本に声をかける。彼女は日本の家に連日泊まり込みで遊びに来ているのだ。
「…構いませんけど…。何を買うんですか?」
 彼女は泊まり込みに来ているわけで、荷物の受け取りもここに指定するつもりなのだろう。日本は愛犬から顔をあげて、ちょっと振り返って彼女を見やった。
「えーっと……。ふふ、ちょっと、デス…」
 ごまかすようなそんな笑い。まあ、またハードなBL本でも買うのだろう。日本はふっと苦笑いして、深く追求はしない。正直なところ、ちょっとどうなのかと思わないでもないが、彼女の所では簡単に手に入らないものが多いのは知っているので、彼は黙認する事にしていた。
 膝の上の愛犬が、大人しく丸まっている。またブラッシングを再開すると、愛犬は気持ちよさそうに瞳を閉じた。

 それから数日後。
「こんちわー。お届け物です!」
 門の外に宅配便業者がやってきて、日本ははんこを持って玄関から門までの道のりを急ぐ。
「はいはい、ご苦労様です」
 受領証にポンとはんこを押して、日本は少し大きめでやけに殺風景な無地の箱を受け取った。中身は何かと考えて、そういえば、以前新発売されるオモチャを予約したのだと思い出す。
 クッキングトイは前からあったが、最近また流行りだしたそうだ。手軽に割と本格的で、それでいて少量しか作れないというのは、むしろ昨今のニーズに合っていると言えるのではないか。
 普段一人暮らしである彼も、料理やお菓子を本格的に作るのは好きだが大量には必要ないのだ。作りすぎて困った事も一度ではないし。
 ちょうど台湾も遊びに来ている事だし、これで遊ぶのも面白いだろうし、そもそも美味しいものは大好きだ。
 新しいものは好きだし、楽しそうだしと、うきうきとした足取りで、日本は玄関に戻る。
「台湾さーん」
 居間にいる台湾に声をかけ、日本はつっかけを脱いで屋敷へと上がった。居間と廊下を仕切るふすまから台湾が顔を出して、こちらに向かって歩いてくる彼を見る。
「ナンですか?」
「前に予約したものが届いたんです。ちょっと遊んでみませんか?」
 子供のように無邪気な笑顔で微笑んで、日本は箱を手に居間へと入った。
「遊ぶって……ゲームか何かですカ?」
「玩具ですよ。子供向けのお菓子とか作る玩具です。値段の割には本格的なんですよ。もっとも、作れる量もたかがしれてると言えばそうなんですが…」
「……? あの、日本さん、それ…もしかして……」
「お餅を作るオモチャですよ。前作が好評だったそうで、第二弾だそうですから、また改良されて作られていると思いますよ」
 ふと、台湾が箱の違和感に気付く。日本は自分が予約した玩具だと信じて疑わず、宅配便の伝票もよくよく確認しないで箱を開け始めた。一人暮らしなので、宛先の名前まで確認するクセがついていなかったのもあっただろう。
「あの! それもしかして、私が注文しっ…」
 台湾が気付いて声をあげた時は既に遅く、日本はその箱のフタを開けた後であった。
「……え……?」
 彼が期待していた、子供向けに可愛らしく印刷されたオモチャの箱などではなく、けばけばしい色で印刷され卑猥な文字が並ぶ直方体の箱や、ビニール袋に包まれた男性性器を模したそこだけの部分のもの、大きめの真珠のようなモノが数珠つなぎになったものなど、いわゆるいかがわしい大人のオモチャの数々が箱に入っていた。
「……は?」
 箱を持った時点で気づけよとか思いたくなるが、割と思い込むと事実をねじ曲げてでもそれを信じたくなる時は誰しもある事かもしれない。先程までの日本の状態がそれであった。
 そのクッキングトイならもうちょっと重量あるだろうとか、箱の中で物がちゃがちゃと動きすぎだろうとかあるものだが、そんな事実は彼が思い浮かべるこれからの楽しさや嬉しさで綺麗に払拭されてしまっていた。
 台湾は思わず両手で顔を覆う。
「えっ…、ちょっ……なに……、これ……台湾さん!?」
 衝撃から呆然となり、それが若干回復されると、箱を開ける前に叫んだ彼女の言葉を思い出して、顔を覆う台湾に顔を勢いよく向けた。
「ごっ……ごめんなさい! えとっそれっ……あー……その……ワタシガチュウモンシマシタ……」
「どうして!?」
 未だ少し現実を受け入れられないようで、というか実はそのクッキングトイをかなり楽しみにしていたらしく、そのショックから抜けられず彼にしては珍しく大きな声を出す。
「あーっと……。……その……資料に……しようかなっテ……」
「何の!?」
「そ…その……どーじんしの……」
 観念して、台湾は情けなさそうな顔でうなだれて答えた。
「やおいですか」
「そです……」
 胸の前で人差し指どうしを突っつき合わせて、もじもじと返答する。
「…いや…だって、……そのホラ! とある同人誌で、男のヒトのアレが上下逆に描かれたとか聞くと、ちゃんと調べなきゃとカ!」
「どっからそういう情報仕入れるんですか!? いやそれより、あなたそもそも実物知ってるでしょうが」
「え…まあ…。……その、知ってるのと、ちょと違うのも不思議デ……」
 思わず台湾は日本の股間に視線を移動させ、それに気付いた日本がその視線を遮るように台湾の前に顔を覗かせて睨み着けた。
「か、仮性包茎は別にフツーであって……!」
「…かせーほー…、え……? 何ですか、ソレ?」
「っ!!!」
 このカマトト娘が!! とか思っても口にしないのが日本である。腹の中で叫んだ言葉を飲み込んで、拳を握り締めたまま彼は黙りこくった。本当にそれを知らないのかどうか、計る事はできないが、説明する気になどなれない。
「……えと…………あの……日本…さん……?」
 いきなり黙り込んでしまった日本に、台湾はおずおずと彼の顔をのぞき込む。普段から穏やかで穏和で、怒らせるのが難しいと言われる彼であっても、怒る時は怒るのだ。
「え、えとその、だ、だから、ホラ、オモチャだし、本物とはカタチも大きさも違うてのはわかてますヨ! ただ、その、マンガに描かれてるのみんなオモチャの方だから、そっちに合わせた方が良いかなと思ったんデス!」
 怒らせてしまったかもと台湾は思わず言い訳になってない言い訳を言い募り、日本にさらに精神的ダメージを与えていく。男性性器を模した玩具が、資料として良かろうと特大サイズを指定したのもまたさらに追い打ちをかけていた
「………………」
「だから……あの……え〜……日本さん……」
 うんともすんとも答えない日本に、台湾は伺うようにうつむく彼の表情をのぞき込もうとするが、光の加減のせいで見る事はできなかった。
「あの……あの……えと……ゴメンナサイです……」
 ともかく、色々と大目に見てくれる彼に甘えていた事は確かである。ハードBLをここへ指定して買う事も十分失礼である事はわかっていたわけで、台湾は頭を下げて日本に向かって謝った。
「……………………」
 しばらく無反応だった日本は、深く長いため息をつきながら、ようやっとうつむいていた顔を上げた。
「あの……」
 彼は無言で大人の玩具が入った数々の箱の蓋をしめて、そっと台湾の方へ差し出す。
「…………あなたの買ったものですから。私が横からどうこう言うのはおかしな話です。すみませんでしたね、勘違いして勝手に開けてしまいました」
 心なしか声が暗い気もするが、表情はいつもの無表情さを取り戻していた。台湾にとっては、むしろそれが不気味だったわけだが。
「えと…あの……」
 箱を差し出され、素直に受け取れないまままごまごしていると、日本は無言ですっくと立ち上がり、すたすたと歩いて行ってしまう。
「あの、日本さん……どこへ…?」
「ポチくんの散歩ですよ。ついでに買い物をしてきますから。お留守番をお願いしますね」
「え……あ……ハイ……」
 いつもと変わらぬ表情や声だろうのに、言いしれぬ圧力を感じて、台湾は頷いた。昨日なら、一緒に行くと言って散歩も買い物も彼の隣を歩いていたのに。
 妙に言い出せない雰囲気を感じて、今度は台湾がうつむいた。

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