「ちっ…。やっぱ、こんな地の底に食い物なんかあるワケねーか…」
  どこかの屋根に腰掛けて、うらめしそうにはるか上を仰ぎ見る。なにか残ってないかと色々物色して
みたが、やはりなにもなかった。あったとしても、きっと古すぎて食べられそうにもないだろう。
  いつもなら、ここに上るのだって、ひとっ飛びだというに、ちゃんと階段をつかってここまで上った。
彼自身、高い所というのは性分に合うらしく、こうも飛べないというのはハッキリ言ってツライ。
  肘をついて、ぐるっと見渡してみる。
「あーあ…。ツイてねぇな、本当に…」
  重いため息をまたついて、首をふりふり立ち上がった。
  さっきの場所に戻ってみると、エルヴィラは、石板目の前でまだブツブツ言っていた。
「どうだったー?」
  顔は向けないが、声だけをカノープスにかける。
「全然。やっぱ、こんなとこにはねえみたいだ」
「でしょうねー」
  上の空といった口調で、エルヴィラは文字を指でたどっている。彼女の足元には、解読したらしい文
字が書かれていた。
「解読できた?」
  カノープスは石板よりも、そこに書かれた文字をのぞいて見る。
「だいぶ。あともうちょっと」
  言いながら、エルヴィラはそこの小石を取って、またがりがりと文字を書いていく。
「んっと、天空に浮かびしシャングリラに憧れる。神の力なくして浮上は不可能。だが、我らはあきら
めない…?」
「できたっ」
  嬉しそうに顔をあげ、残りの文字を地に書きつける。
「で?  どんなコト書いてあんの?」
「細かいトコまでは無理だけど、たぶんこんな感じよ。天空に浮かびしシャングリラに憧れる。神の力
なくして浮上は不可能。だが、我らはあきらめない。天空を支配するのは我々バルタン…」
「…バルタン?」
「バルタン」
  カノープスは自分を指さす。エルヴィラをそれを見てうなずく。
「カノープス。あなた一応普通の有翼人とはちょーっと違うワケでしょ?」
「まあな。確かに、俺の家系はそこいらの有翼人とはちと違うがー」
「我々って、書いてあるって事は、あなたたちの祖先が住んでたんじゃない?  ここに」
「………まあ、考えられなくもないな」
  腕を組んで、宙を見る。
「なんか知らない?」
「知らねぇ。俺、そーゆーの興味なくってな。昔、なんか聞かされたよーな気はするんだけど。そうい
うのなら、ユーリアの方がきっとくわしいぜ。昔から伝わる歌とかも、あいつよく歌うから」
「…………………」
「…な、なんだよその目は」
「……別に…。ただ、つまんないなーって。せっかく、生き証人のよーな人がいるってのに、残念だわ」
  手についた砂をはらって、エルヴィラは立ち上がる。
「…なんか、ひっかかるな、お前の言い方…」
「そう?  まあ、それより。これからどうするか、考えた方が良さそうね」
  腰に手を置いて、ぐるりっと廃墟の町を見渡す。
「なんにせよ、俺のハネが治るまで上には行けねーと思うぜ」
「……そうねぇ…」
  エルヴィラも困ったように顎に手を置く。
「どうするよ?  食い物なんかねえぜ、ここ」
  どこかあきらめたような口調で、すぐ近くの石に腰掛ける。
「水は?」
「井戸をあっちで見かけたけど、水が入ってるかどうかはかなり疑問だな」
「うーん…。これは我慢するしかないってこと?」
「たぶん…。ま、井戸を確かめてみるか?  水があるとないとじゃだいぶ別だから」
「そうね…。それに、もっと調べてみましょうよ。ずっととどまっているのも馬鹿みたいだわ」
「んだな」
  やれやれと腰をあげ、カノープスはエルヴィラと並んで歩きだした。

  カツーン…
  落とした小石が乾いた音をたてる。
「ここもダメか…」
  もう3つめの井戸である。
「あとは…?  どうしよう…」
「うーん…。んじゃあ、ちょっくらはしっこまで行ってみるか。ここ、けっこう広いみたいだぞ。この
廃墟の先にもまだ空間があったから」
「そうね…」
  エルヴィラの方も腹の虫が騒ぎだしはじめていた。おなかをさすり、少し苦い顔をした。

「行き止まり、か…」
  忌ま忌ましそうに、土の壁を叩く。カノープスはエルヴィラを見た。
「こりゃ、本格的にヤバいわねー…」
「どうする?  反対側行ってみる?」
「そうしようか。他にやることもないし…。それに、もうおひさまの光も薄くなってきたわ…」
  エルヴィラは不安そうに、上を見上げた。

「ん?  あ、ねえ」
  どれくらい歩いただろうか。落ちた場所から、さほど遠くない所で、エルヴィラは何かを見つけたよ
うだ。
「あん?」
  腕を引っ張られ、カノープスはエルヴィラを指さす先を見た。ここはすでに暗くなっており、エルヴ
ィラが剣に灯した、明るい魔法の光が辺りを照らし出していた。
「ありゃ、ブリュンヒルドを盗んだニンジャの死体じゃねーか。それが?」
「彼、ニンジャよ。しかも遠くからわざわざここまで来たのよ。水とか、非常食とか持ってても不思議
はないじゃない?」
「あそっかぁ。そうだよな。ニンジャがそういうの携帯してたって、全然おかしくねえよな」
「死体の物色ってのも、ちょっとナンだけど…」
「そんなこと言ってる余裕ねえだろ」
  すでにカノープスはニンジャのふところをあさっていた。
「あったあった。水筒と、非常食。けっこう持ってるぜ。こいつぁツイてる」
  こんなトコに落とされて、どこらへんがツイているのか、ちょっとわからなかったが、エルヴィラは
これも地獄に仏のようなもんだと、自分に言い聞かせた。

「…わびしいわねー…」
  非常食をコリコリやりながら、エルヴィラはつぶやいた。
「しょーがねえだろ。いまさら文句言ったって、なにがどう変わるってんだよ」
「それはそうだけどさー…。なんかねー」
  カノープスから渡された水を一口飲み、蓋をする。
  彼らは廃墟の中でも、比較的きれいな家を選び、置き忘れたベッドの上に腰掛けていた。
「まあ、敵におそわれたりとかしねえんだから、それだけでもマシなんじゃない?」
「んー…。まあね…。屋根もあるし、ベッドもある。……あまり、ちゃんとしたベッドじゃないけど…、
ないよりはマシってものよね…」
「そうそう。これで毛布でもありゃあもっと良いんだけどな…。さすがに、冷えるしな…」
  ブルっと肩をふるわせ、天井を見上げる。
  彼らは戦争経験者だけあって、水、食料の節約には慣れていたし、こういう環境に耐えられなくもな
かった。もっとひどい環境も経験したこともあったからだ。
「私の上着を上にかける?」
  ばさっと上着を脱ぎ、広げて隣のカノープスの膝の上にかけようとする。
「あぁー、いい!  おまえ寝間着のまんまなんだろ。着てろよ」
「そうは言ってもね…」
「いいから着てろって。我慢できなくもないから。まあ、この様子だと、明日にゃなんとか飛べるくら
いにはなるだろう。今日一日の我慢だ」
「そう?」
「ああ。気にするな」
  そう、カノープスは手をふった。
  それからどれくらいの時間が過ぎたか、さすがにかなり冷えこんできた。吐き出す息が白くくもる。
「ねえ…」
「ん…?」
  エルヴィラがそっとカノープスの肩に手をかける。彼女の手の方が少し暖かかった。
「くっついてようか…。そっちの方がまだあったかいよ…」
「あ?  あ、ああ…」
  二人の距離がさらに縮まり、エルヴィラはそっとカノープスに擦り寄る。
「え、エルヴィラ…?」
  どこかしおらしい感じがして、カノープスは内心動揺する。
「……寒いね……」
「…………あ、ああ…」
  ガラにもなくドギマギしながら、視線をあちこちに走らせる。
「……こうしていると…、お父さんの事思い出すなぁ…」
「親父さんのこと?」
  もう明かりは消してあるが、カノープスはエルヴィラに顔を向けた。
「…うん…。…もう、ずぅっと昔に、死んじゃったけどね…。大好きだったなぁ…。ほら、私が子供の
ころって、戦乱期だったじゃない。お父さんは、ゼノビアの元兵士で、反乱分子として扱われてね…。
逃げてばっかりだった。ちっちゃな頃の思い出なんて、貧しくて、寒くてさ…。夜なんか冷え込むじゃ
ない。そんな時、お父さんが私を抱いて暖めてくれるの。…あったかかったなぁ…」
  カノープスの肩に頭をのせ、そっと目を閉じる。
「……おとうさん……」
  小さくつぶやくその声は、少し震えているようだった。
「………………」
  カノープスは静かにエルヴィラの肩を抱いた。
  いつもはこんな面を見せることはないのだが、どこか感傷的になっているようだった。
「…眠れるか…?」
  カノープスの声もどこか優しかった。確かに、彼とエルヴィラは種族的な差で外見的はそうでもない
のだが、実際には親子並に離れているのだ。
「………うん……」

「どう?」
「うーっ…。ッテテッ!」
「あー、これは、明日ねー…」
「昨日よりは痛くなくなってんだぜ…。っく…」
  翼をばさばさっとはばたかせるが、その度にカノープスの顔がゆがむ。
「無理しないほうが良いわ。治りかけが肝心なんだもの」
「しかし…。っつっ…」
「だから、もう飛ぼうとするのはやめなさいよ。明日にしましょ。明日に。あなただって、もう二度と
飛べないなんて、イヤでしょ?」
「ああ…」
  ケガ人に無理をさせるのは、革命を指導した彼女にとって、やりたくない事のひとつであった。無理
をして死んでいったものたちのなんと多かった事か。
  彼女に騎士道は存在しない。その『騎士道』のせいで、無理をして、死ななくても済むのに死んでし
まった者たちをひどくはがゆく思った。彼らはそれで満足だったかもしれないが、残された人々の事は
どうなるのかと腹立たしかった。
  ただ、生きていれば良いとまでは言わないが、せっかく生を受けたのである。それに感謝し、それを
まっとうしようと努力するのは、決して悪い事ではないはずだ。
  帰れる望みがないわけじゃない。なんとか食いつなげられなくもない。生きて帰れる可能性がちゃん
と残っているならば、無理はしない方が良いのだ。
「…じゃ、明日って事で…」
「…ああ…」
  困ったような顔で、カノープスは自分の翼を見た。この翼が飛べさえすれば、こんな地底とはおサラ
バなのに…。
「それじゃ、あたし、あっちの方へ行ってるね」
「へ?」
  エルヴィラはくるりときびすを返すと、軽い足取りで廃墟の方へと消えていく。どうやら、昨晩見つ
けた数枚の石板を解読したいらしかった。
「ちっ…。気楽なもんだよな…」
  はーっとため息をついて、のろのろとエルヴィラが行った方にと足を向けた。

「…たのしーかー?」
  目を半開きにして、ほお杖をつき、カノープスはつまらなそうにエルヴィラに尋ねた。
「まあね…。……んー、眠る…」
  ブツブツとつぶやいては、地に解読した文字を書きつけていく。
  太陽は高く昇り、暖かい光がここまで届く。
  カノープスは何よりもやることの無さに、さっきからあっちをウロウロこっちをウロウロ。時々エル
ヴィラの所に来ては同じような質問を繰り返す。ため息もつきっぱなしだ。
「カノープス。そんなにヒマならトレーニングでもしてれば?」
  石板から目を離さずに、小石を蹴っているカノープスに声をかける。
「トレーニング、かあ…」
  あまり乗り気ではなさそうだったが、ヒマには勝てずに、一人で柔軟などをやりはじめた。
  しかし、すでに習慣になっているいつものトレーニングはもうやってしまっており、あまり2回、3
回とやりたいものではなかった。
「あーっ!  つまんねぇえっ!」
  仰向けに寝っ転がり、大声で叫ぶ。つまんねぇ、つまんねぇ…と反響した声がかえってくる。
「……空しい…」
  ぼそっとつぶやき、何度行き来したかわからないエルヴィラの所へ行く事にした。
「おい、エルヴィラぁ…」
「できたーっ!」
  やたら嬉しそうな声をあげ、エルヴィラは大きく万歳をした。
「…………………」
「あら、どうしたのカノープス」
「…別に……。で?  なんて書いてあったんだ」
「完璧な解読は無理だったけどね。大体こんな感じ。えっとねぇ、ここはやっぱりあなたたちのご先祖
様が住んでたらしいわ。かなりの高台にこの都市があったみたいね。人間じゃ来る事ができない程の」
「へぇ〜。そういや、そんなのも聞いたような気がするな…」
  気乗りのない声で、カノープスが言う。
「それでね、なにか、激しい気候の変化みたいなのが起こったらしくてね。また一人、また一人みたい
にここを去ったみたいね」
「寒すぎて?」
「……たぶん、暑すぎてじゃないかしら?  寒すぎだったら、もっと暖炉とか、それなりの工夫の跡が
見られるハズだわ。いくら離れると言っても、それくらいの事はするはずだもの」
「へぇー」
  そう言われれば確かに。カノープスも納得する。そういえば、壊された井戸が多かった。
「…ずいぶん豊かな都市だったらしいわよ…。この石板、色んな事が書いてあるの。あ、そうそう!  
どうやら、この都市付近にカオスゲートもあったらしいの」
「カオスゲート!  へー、どこにつながってんのかね?」
「……それは、わからない…」
「じゃあ何か?  ここらへんでブリュンヒルド掲げればカオスゲートが見つかるのか?」
「さあ、それはどうかしら?  この廃墟が当時の場所のままにあるとは考えにくいもの…」
「そっか…」
  自分たちは地割れによって落とされた場所にいるのである。
「…しかし…。そろそろ太陽の光が届かなくなるぞ…」
  カノープスが上を見上げながら言う。地割れから差し込む日の光の時間は限られていた。
「……やっぱり今夜も寒くなるのかなあ…」
「ったりめーだろ」
  面倒くさそうに、頭をばりばりかいて、カノープスは廃墟の方を振り返った。
「ヤダなぁ…」
「……仕方ないだろう。明日までの我慢だ…」
  エルヴィラにも、そして自分にも言い聞かせ、廃墟へと歩き始めた。

「今日で、最後なのよね…」
  非常食を食べながら、エルヴィラがつぶやく。
  この非常食。ジャガイモや、卵黄などを混ぜ合わせできており、カロリー的には一応、それなりにと
れるようにはなっている。が、満腹というほどまでの量はない。
「なんだよ、もっと続けたいのか?」
  水の残りを気にしながら、カノープスは水筒を飲む。
「違うよ。ただ、今日までの我慢ってイミでよ」
「そーだな…。帰ったらメシをたらふく食うかぁ」
「ワインも飲みたいなぁ…。私、豚と七面鳥が好きなのよね…。焼き立てのパンも食べたい…」
「…あまりすきっ腹に響くような事は言わないでくれ…」
  カノープスは腹をさすり、そしてため息をつく。
「ホレ、水だ。全部飲んで良いぞ」
「ありがと」
  でも、エルヴィラはちょっと残しておいた。
                                                          to be continued..