「ん……」
 鼻孔をくすぐる甘い匂いに、鼻をひくひくさせ、やがて覚醒に至る。
「んん……」
 まぶたを何度かしばたかせ、逞しい腕で額に手を当てた。
「…朝か……」
 口の中で小さくつぶやいて、窓から差し込むさんさんとした朝日に塗しそうに顔を歪め
る。
「…ふ……ふああああ……」
 ゆっくりと上半身を起こすとぐぐいっと伸びをして、それからぼりぼりと後ろ頭をかき
ながら、昨夜脱ぎ捨てたシャツを捜した。白いシャツを見つけると、早速引っつかんで、
かぶるように着てしまう。
 さて、トランクスはどこに飛ばしたか。


 洗顔している時は気が付かなかったが、髭を剃っている時にキッチンから漂ってくる甘
ったるい匂いの理由に合点がいった。
「そっか…。今日は感謝祭か……」
 顎の剃り残しを確認しながら、オセは低い声でぼつりとつぶやく。
 感謝祭は日ごろ感謝している人にケーキをプレゼントして、感謝の意を示す日。祝日と
いうわけではないが、みんなそのイベントを楽しんでいるし、オセ自身もそういうイベン
トは良いと思っている。そういう理由で楽しんで、なおかつ世話になっている人に感謝を
示せるのは良い習慣だ。
 ただ、オセは甘い物が大の苦手なのである。
 ケーキといえば、つまりお菓子であり、お菓子と名前がつけば甘いものが普通なのだ。
ましてやケーキは甘い物の代名詞である。
 子供の頃は食べられたケーキだが、大人になって酒を飲みはじめて嗜好が変わってくる
につれ、甘いものがどんどん駄目になった。
 感謝祭は良いイベントとはいえ、ケーキのやりとりには閉口してしまうのである。
 そして、自分の女房となった女は料理が好きで、つまり料理上手だ。それは良い。それ
から、感謝祭みたいなイベントがあると張り切って腕をふるいだす。
 それはそれで、良いは良いのだが……。
「おう、おはよ…」
「おはよう!」
 朝日のように眩しい笑顔で、妻が厨房の真ん中で焼き上がったばかりのケーキを、オー
ブンから鉄板ごと取り出したところで、振り返る。
 このキッチン中どころか、家中に広まる甘い匂いはどうだ。
「ううう……。空気が甘い…」
「今日は感謝祭だよ。みんなにケーキを焼かなくちゃ」
「ああ……」
 少なからずげっそりした顔で、オセは食卓に着き、そこにある新聞を広げる。
 先週は自分が食事を作る番。今週は彼女が食事を作る番。
 だから、新聞を読んでいる間に次々と朝食が運ばれてきて、気が付けばすっかり用意が
整っていた。
 お互いに仕事があるから、オセの方から提案したのだ。交替で食事と弁当を作ろう、と。
料理が下手な自分でも、やっていけばそれなりに食べられるものができるのではないかと。
それに、彼女がいなくなったら飯も食えないとは、大人としてちょっと情けない。
 実際やってみて、自分の腕に情けなくなったり、落胆したり。それに比べて彼女の作る
料理のなんと美味しい事か。同じ材料を使っているのにこの差はなんだろうか。
 どう逆立ちしたって料理の腕は一生かなわないと悟ったけど、それでも、オセの作った
料理を喜んで食べてくれる彼女を見たら、できないなりに頑張ろうと思った。
「できたよ」
「おう、さんきゅ」
 相変わらず美味しそうな料理が並んでいる。
 ご飯にみそ汁。焼き魚に目玉焼きに漬物が少し。それと牛乳。そのほとんどが彼女の畑
でとれたものであったり、彼女自身が育てた動物の酪農物であったり。
 どれもが新鮮で美味しくて、ただ塩をふって焼いただけの魚までもすごく美味しい。
 実際、オセの料理が食べられるものになるのは、彼女が作った野菜や酪農物の素材の味
の良さからではないかと常々思っている。
「うめえなあ」
 朝からこんなのが食べられるとは自分は幸せだ。
「おかわりあるよ」
「おう」
 オセはよく食べる。とにかくよく食べる。妻はその食べっぷりが好きだと言ってくれた。
まさか大食いなところに惚れてくれたとは思えないけれど、嬉しいは嬉しい。
 ただ、今日は……。
「…しかし、どんくらいケーキ焼いたんだ?」
 壁に染み付くかと思われる程の漂う甘い匂い。せっかくの塩味みそ汁も甘く感じられる
気がしてしまう程だ。
「たっくさん。まだ焼くよ。今日はそれを全部配らなくちゃいけないから、早く焼き上げ
ないとって、思ってるんだけどね」
 自分もみそ汁をすすりながら、彼女は一端中断したケーキ作りの跡を眺めた。
 パンの実やら、乳製品やら色々なケーキ材料が並べられ、ボウルや泡立て機といった道
具も使い途中のまま放置されている。
「……大変だな……」
「あはは。でも、こういう日がないと、なかなかありがとうって言えないからね。良いき
っかけだと思うんだ」
「そうだな」
 彼女はよく笑う。朗らかで明るくて、素直で。美人とまでは言えないけれど、可愛いし
愛嬌がある。その上、料理がうまくて働き者とくれば、文句をつける方が罰当たりだ。
 実際、ただの鍛冶屋の弟子の嫁にしては、よくできた嫁だと思う。
 しかし、自分も感謝祭のケーキの事は考えなくてはならない。仕事が終わった後にでも、
ケーキを買いに行こうかと、オセはぼんやりと考えた。
「ほらほら、のんびり食べてて良いの? 時間なくなっちゃうよ」
 考え事をしていたら、そんな事を言われて時計に目をやれば、そろそろ家を出なくては
ならない時間が迫っている。
「あ、やべ」
 大急ぎで朝食を平らげ、慌ただしく席を立った。嫁も仕事があるとはいえ、時間制限が
あるわけではない。オセは師事する大叔父の元まで時間通りに行かなくてはらないのだ。
今週は自分が料理当番でないせいか、ゆっくりしすぎたか。
 食器を簡単に片付けて、オセはあたふたと身支度するべく洗面所に向かう。
「行ってくる」
「あ、準備早いね」
 嫁はケーキ作りを再開しており、鼻の頭に小麦粉を少しつけた顔でオセを見送りに来た。
「オセのケーキは後でね」
「はは…」
 彼女はもちろん、オセが甘い物が大の苦手としている事は知っている。気持ちは嬉しい
とはいえ、ケーキという甘いお菓子にはどうにも閉口してしまうのだが…。
「行ってらっしゃい」
 新婚の醍醐味とでも言うべきか。嫁はかかとを上げて背伸びをすると、出掛けの旦那の
唇に軽く口づけした。
「…………」
 口づけされたオセは一瞬目を丸くして、そして…。
「………メシの後にケーキ食ったのか?」
「あははは。甘かった? 味見でさっきね」
 嫁の唇からは、濃厚なクリームの匂いと味が漂っていた。
 甘いのは確かに苦手だが、これなら悪くないと思っている自分がいる。
 オセは照れて首の後ろ筋をぼりぼりかいていたが、やがて大きな手のひらでポンと彼女
の頭をなでて、小さく苦笑した。
「行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい」
 軽く手を振って、オセは鍛冶屋へと歩きだす。今朝はやたらと足取りが軽い。


「ふんぬっ!」
 ガキィン!
 ハンマーを振り下ろし、石を割って鉱石を捜し出す。良い金属を見つけたければ、自分
の手で見つけて、その目で確かめろとは、師匠であり、大叔父でもあるラクシャの言葉だ。
 割れた岩から、鉱石を取り出し軽く持ち上げてみる。
「ん……」
 暗くてよく見えないが、重さから金属の含有量が多いような気がした。
「……今日は、これくらいか…?」
 首にかけたタオルで汗を拭き、オセは立ち上がって大きく伸びをする。ずっとハンマー
を握って岩を打ち付けているとさすがに腰が痛くなってくるのだ。
 毎日毎日暗い鉱山に入り鉱石を見つけだしては金属を見つけだして、鍛治に使えるよう
に精製する。これが今のオセの仕事だ。鍛冶屋で働いているが、まだ簡単な鍛治仕事しか
させてもらった事がない。まあ、弟子というのはそういうものだと思っている。今は修行
の時なのだから。
 掘り出した鉱石を猫車に乗せると、オセはそれを押して鉱山出口へと向かった。

「オセにいちゃーん」
「おう、クロエ。どうした?」
 鉱山出口付近で、猫車を持ったままカルバンと立ち話をしているオセに、従姉妹のクロ
エが手をぶんぶん振って呼びにきた。
「おひるごはんなのだー! 早くするのだー!」
「おう、もうそんな時間か。じゃあな」
「ああ」
 空に高く上がった太陽を見て、オセは猫車を押して歩きだし、カルバンも軽く手を振っ
て踵を返す。
 オセが鍛冶屋ガレットに入り、昼食が並ぶ食卓に着いた時には、もうみんな揃っていた。
「悪い。遅くなった」
「揃ったな。じゃあ、食べるとするか」
 軽く謝り、椅子に座ると上座に座っているラクシャは鷹揚に頷いてみんなを見回す。
「いったっだきまーす!」
 お許しが出たとわかると、クロエは元気な声をあげて早速暖かい月見ソバに箸を突っ込
んだ。
 ラクシャはソバが好きで、よく自分でソバを打っている。そのため、昼食にソバが出る
確率は結構高い。
「いただきまーす」
「いただきます」
「いただきます」
 綺麗なもの大好きなジュリは軽くシナを作って手を合わせ、物静かなミオリと真面目な
オセは少し押さえた声で手を合わせ軽く頭を下げる。
 しばらく、みんなはソバをすすっていたが、一番量の少ないクロエが落ち着いてきたら
しく、コップの水を飲んでから隣にいるオセに話しかけた。
「兄ちゃん、兄ちゃん。今日は感謝祭なのだ。兄ちゃんは、もうケーキもらったの?」
「あ? ああ、いや。まだだけど」
 ソバをすする箸の手を少し休めて、横目で幼い従姉妹を見る。
「んじゃあ、後で一緒に食べるのだ。ケーキたくさんもらったのだ!」
「農場の方と木工所の方からいただいたんです。それから、アカリさんからももらいまし
たよ」
「あ? あいつ来たんだ?」
 クロエの言葉を後押しするようにミオリが穏やかに言うと、オセは嫁の名前が出て来た
事に驚いて顔を上げた。
「毛並みの良い白馬に乗って軽やかにやって来たワぁ。あの様子だと近所中どころか、島
中に配ってんじゃないかしら」
「ああ。今朝から大量にケーキ焼いてたからな。台所がすげぇ事になってた」
 ソバを飲み込んでから、オセは今朝の家の様子を軽く話して聞かせる。
「早く食べたいのだ」
「今、冷蔵庫で冷やしてますの。みんなが食べ終わってから、お出ししますわ」
「うむ」
 まだ完食していないクロエが待ちきれないように、足をばたばたさせながら言ったもの
だから、ミオリは苦笑しながら軽くなだめた。
「けど、木工所からのケーキって、まさかルークが作ったケーキじゃないよなあ?」
「まさか。ポアンよ、ポアン。ルークが作ったらどんなシロモノが出来上がるかわかった
もんじゃないわよ」
「…だよなあ」
 さっきから、隣の木工所からケーキをもらったと聞いて気になっていた事を口にすると、
ジュリは真っ先に否定する。
 木工所の樵であるルークはオセの昔からの友人であり、熱血系の良いヤツなのであるが。
いかんせん、すべてを気合で解決しようとするフシがあり、料理も気合でどうにかしよう
とするクセがある。気合でどうにかなるなら良いが、どうにかなるものではない。
「俺の好きなものを入れて混ぜれば、好きなものができあがる!」
 と、算数の足し算のような事を言って作ったシロモノは、俗に言う闇鍋のようなもので
あった。いくら好きだからってマヨネーズとスイカとバナナプリンはない。
 オセは一口含んで吐き出した。
 数年前のハナシだが、あの味はオセも軽くトラウマになる程に不味かった。大量に余っ
た料理を前にして、彼は
「大丈夫だ! 俺は気合で全部食うぜ!」
 と言い放ち、数日間、木工所から姿を現さなかった。島の医師であるインヤが木工所に
往診に来ていたから、どんな状態であったか推して知るべしであろう。
 それでも数日後にはケロっとしているのだから、あれにはオセも乾いた笑いを浮かべて
しまった。
 オセは一口、口に入れてしまったあの恐怖の味を思い出し、思わず口元に手をあてる。
「農場の方は多分、ルコラさんとアニスさんが作ったものでしょうから。美味しいと思い
ますよ」
「うむ」
 農場からもらったヤツの方は何も心配していない。アニスはあまり目立った事はしない
が、島でもかなりの料理上手だ。
「早く食べたいのだ〜」
「全部食ってからだな」
 早くも食後の甘いケーキに思いを馳せるクロエだが、ケーキはケーキである。主食をし
っかり食べてから食べるのがデザートというもの。オセが軽く意地悪そうに言うと、クロ
エは思い出したように残りのソバを食べ始めた。
「ごっちそ〜うさま! ケーキケーキ♪ ねえケーキ!」
 なんだかんだ言ってクロエはまだまだ幼い子供である。結局、食べ終わったのは彼女が
一番最後で、みんなは彼女を待つカタチになっていた。
「はいはい。今、用意いたしますわ」
「あ、アタシも手伝うわ。美味しいお茶をいれてア・ゲ・ル♪」
 にこにこしながらミオリが足り上がると、隣の席のジュリもすぐにそれに続く。オセも
手伝おうかと思ったが、これ以上人数が増えても邪魔なだけだと悟って、黙ってどんぶり
の後片付けをしていた。
「オセ君、ケーキは小さくていいわね?」
「はい、すみません」
 ミオリはオセが甘い物を苦手としているのをよく知っているので、ほんの申し訳程度に
切り取って、彼の前に置いてくれる。
「兄ちゃん、変なのだ。あんなに甘くて美味しいものが苦手でキライなんて」
「人それぞれだろ」
 まだ背の低いクロエは椅子に座ると足が床に着かない。そのため、その余った足をぱた
ぱたぱたぱたさせて、隣にいるオセ見上げている。
「これが、農場からもらったもので、これが木工所から。これはアカリさんからね」
「おおー! アカリのやつ、みんな違うのだ!」
 農場と木工所からのケーキはホールタイプであったり、ロールケーキタイプであったり
と、切り分けるものであったのに対し、アカリが配ったものは小ぶりで一つ一つ別物とな
っていた。
「あたいそのチョコケーキ!」
 椅子の上に立ち上がって、クロエは真っ先に黒いケーキを指さす。
「はいはい」
「へえ〜、アタシが好きなカボチャケーキに、ミオリさんが好きなオレンジケーキが入っ
てる…。これは、親方のものかしらね。そば粉で作ってるっぽいわ」
「アカリ、凄いのだー。こんだけ、朝から作ってたのかー」
「へー……」
 なんか数日前からいろいろ準備してるらしいのは知っていたが、そこまでとはと、オセ
も驚いてしまった。
「……オセ君のは……無くて良いのかしら?」
「あ、後でって言ってたんでアイツ」
「そう」
 これだけ人の好みに合わせて人数分作っていて、オセの好きそうなケーキがないという
事は、夫婦だから、旦那のは除外したと考えて良いらしい。オセは軽く照れて頭をかいた。
「ほーんとに、どーしてアカリってばオセを選んだのかしらねえ」
「うるせーよ」
「アタシも結構良いナって思ってたのよ。あの子の事は。…まあ、思ってただけだけど」
 自分の髪の毛をいじくりながら、ジュリは少し熱っぽい目をして、宙を眺める。その様
子は片思いの一歩前までいったらしいと、オセは何となく察した。
「兄ちゃんとアカリが結婚するって聞いた時、あたい本っっっ当〜に、ビックリしたんだ
よ!」
「………………」
 さすがにクロエ相手にはジュリのように冷たく言い放つ事はせず、オセは照れて明後日
の方向を向く。オセも、アカリから青い羽根を手渡された時は、飛び上がる程にびっくり
したものだが。あんなに驚いた事は、今まで生きてきて無かったのではと思う程だった。
あの時の事は、今でも思い出すと心臓がドキドキうるさくなるので、なるべく思い出さな
いようにはしているが…。
「さて。じゃあ、ともかくいただきましょう」
「うむ」
 ミオリがうまい具合に場の修正をしてくれ、ラクシャも頷いて早速フォークを手に持つ。
どうやらそば粉製のケーキがどんなものか、早く食べてみたかったようだ。
 やっぱり甘い物が嫌いなオセは一口程度のケーキを口にほうり込んで、すぐに飲み込ん
でしまう。農場のからも、木工所からのも気持ちは本当に嬉しいのだけど、やっぱり甘い
物は駄目だ。口の中で甘ったるい芳香が広がると胃が拒否反応を起こして押し戻そうとす
るから、あまり味わわないようにして飲み込むようにしている。
 こういう時だけ、甘い物が嫌いというのは、損だなぁと思う。感謝祭という日の趣旨は
良いと思うし、気持ちは本当に嬉しいのだけれど。
 せっかくいただいたケーキを美味しく食べられないのは相手に失礼だし、感謝の意をケ
ーキとしてもらったのに、それをきちんと受けていないようで。
 オセはため息をお茶を飲みながらにしてごまかして、ゆっくりを机の上に肘をついた。
 隣でクロエが夢中になってケーキを食べている。
 こんなに美味しそうに食べてくれるのなら、作った甲斐があるものだし、渡した意味も
あるというものだろう。
「ホラ、落ち着いて食えよ。ベトベトになってっぞ」
「ん〜」
 口の回りをクリームでベトベトにして、オセは苦笑しながら、近くにあるナプキンで軽
く顔を拭いてやる。クロエはくすぐったそうな顔をしているが、嫌そうな顔は全くしない。
 ともかく、家に帰ったら女房にみんなとても美味しそうに食べていたと報告してやろう。
それが、彼女が一番喜ぶ事だから。
 あんなに頑張って作ったケーキは、本当にみんなに喜ばれているようだった。
 ちゃんと人々の好みを把握していて、それに合わせて作るなんて、なかなかできる事じ
ゃない。ホウレン草好きのルークのところにはホウレン草ケーキがあるだろうし、サツマ
イモが大好きなマイにはサツマイモケーキが届けられた事だろう。
 カボチャが好きなジュリにはカボチャケーキがある。
 オカマっぽい所がどうにも好きになれないオセだが、彼の彫金のセンスは認めているし、
素直に喜んでケーキをほお張る姿は嫌いにはなれない。
「うん、おいしかった。農場のケーキも美味しかったし、木工所の所もなかなかだったけ
ど、アカリのが一番美味しかったワ。帰ったら伝えておいてね。アカリのケーキは最高だ
ったって♪」
「おう」
 肘をつきながら、オセは笑って答える。ジュリのその顔を見れば、世辞ではなく本当に
美味しかったのがよくわかる。
「あたいもー!」
「私からも、お礼を言っておいてくださいね」
「頼んだぞ。オセ。ソバケーキはなかなかであったと」
「はい」
 さすがに師匠にだけはしっかり頷いて、オセは任せとけという意味で、みんなに笑って
見せた。
 みんなの笑顔を見ていると、何故女房があんなに頑張ってケーキを焼くのかがわかるよ
うな気がする。現に、オセなんかまるで自分の事のように嬉しくなっているではないか。

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