あれから午後に鍛治の修行をした後、後片付けをしてから農場にいったん寄って、それ
からオセはワッフルタウンへの方へと歩きだす。
「あら、いらっしゃい!」
 島で一番美味しい物を売っている所といえばここしかない。島で一番の料理人であるユ
バの作った料理やケーキは何でも美味しいし、その弟子であるチハヤが作ったものも、師
匠には及ばないものの、かなりのものである。
 そのキルシュ亭に足を踏み入れると、酒場の看板娘であるキャシーが、金髪のポニーテ
ールを振りながら、入り口から入ってくるオセを出迎えた。
「よっ」
 軽く手をあげて挨拶すると、オセは大きな足取りで中に入って行く。
「今日は飲みにきたの?」
「そういきたいとこだが、今日ばっかりはさすがの俺もケーキだ」
「……あんたねえ。買いに来るのが遅いのよ。もう、ちょっとしか残ってないわよ」
 夕方過ぎてから買いに来るオセに、キャシーは呆れて腰に手を置いて見せた。
「マジか?」
「マジマジ大マジ。チハヤ、ケーキ、あとどんくらい残ってるの?」
 キャシーは厨房の奥で料理中のチハヤに大声をかける。他にもここで働いている人々が
いるはずだが、何らかの理由があるのかただの偶然かはともかく、今はこの二人しかいな
いようだ。今日が感謝祭というせいか、キルシュ亭の客も今はオセだけという、なんとも
寂しい事になっている。
「ん? まだもうちょっと残ってるよ」
「持って来てもらえる? オセがケーキ欲しいんだって!」
「わかったー」
 しばらくして、チハヤが冷蔵庫から三角にカットした幾種類かのケーキを盆に乗せてや
って来た。
「お待たせ。値段はどれも同じだよ」
 盆の上のケーキは数種類あって、オセにはどれが良いのかよくわからない。
「……色々あるんだな」
「うん。これはショートケーキ。これがニンジンケーキ。こっちはモンブランだね。もう
残ってるのはこれくらいしかないけど、どうする?」
 一瞬、逡巡したオセだが、一番メジャーなヤツで良いやと、赤いイチゴが乗ったヤツを
指さした。
「じゃあ、これをくれ」
「オッケー。箱に入れてくるよ」
「頼む」
 チハヤは軽く頷いて、盆を持ったまま厨房へと引っ込む。赤毛の青年の後ろ姿をぼんや
りと眺めていると、キャシーに話しかけられた。
「今日はたくさんケーキもらったの?」
「あ? ああ、まあ。職場の近所の人達からな。昼食にみんなで食ったぞ」
「ふうん。アカリからはもらってないの?」
「後でだとよ」
「へえ。何を食べさせるつもりなんだろうねー。あんた、甘い物、死ぬほど苦手なのにね」
「さあな」
 まあ、彼女の事だから死ぬほど甘いものは出してこないと思う。…もしかして怒らせて
いたりすると、嫌がらせでそういうのも出してくるかもしれないが、今日はすこぶる機嫌
が良かったから、そんな事はないだろう。
「ああ、それと、アカリにお礼言っといてね。チーズケーキ美味しかったって」
「おう。なんだ、あいつここも配りに来たのか」
「みんなにくれたわよ。父さんにはちゃんと甘さ控えめのブランデーケーキ渡してたわ」
「ブランデーか……」
 確かに酒入りとはまた考えたものだ。酒場のマスターをしているだけあって、キャシー
の父ハーパーは酒好きである。
「僕からも頼むよ。オレンジケーキ美味しかったって」
「おう、サンキュな」
 ブランデーを飲みたくなってきたオセに、チハヤがケーキを箱にいれて軽くラッピング
したものを渡しに来てくれた。
「けれど、悔しいな。特に料理関係の仕事してるってわけでもないのに、アカリのケーキ
あんなに美味しいんだもんな」
 オセにケーキを手渡してから、チハヤは腕を組んで軽く唸る。こっちは仕事で商売にし
ているというのに、あちらは趣味であそこまでの腕前ともなれば、料理にのみ自負を持つ
チハヤにとってはなかなか落ち着かないのだろう。
「本気で商売できそうだよねー。ユバさんもあの腕を惜しがってるみたいだし」
「本人にその気がなけりゃ、どうしようもねえだろ」
「まあ、そりゃね。あの子、料理で生計たてる気はないようだし」
「っていうか、仕事にしたくねえんじゃねえかな。趣味だと好き勝手できるけど、仕事と
もなると、そうもいかねえだろ」
「ああ、それはそうだね」
 確かに、仕事ともなると途端、客商売となり、自由や融通といったものができなくなる。
それに気が付いて、チハヤは納得した。
「この島なんて、のんびりしたものだけど、大陸に行くと客商売って色々しんどいし。ア
カリもそれを知っているのかな」
 この島よりも、大陸の都会の方で過ごした方が長いチハヤは、軽く手を広げて、ため息
をつく。
「趣味だから、かー」
 色々と複雑な想いが交錯するのか、チハヤ少し疲れた顔でもう一度ため息をついた。
「どうした。ケーキの作りすぎで疲れたのか?」
 客が少なくなり、仕事の緊張感が緩んだのか、チハヤの隠していない疲れた顔に、オセ
が驚くと、ほんの少しだけやぶにらみの視線でオセを見た彼だが、ため息と一緒にその顔
を止める。
「……ごめん。良くないね。仕事中なんだから」
 しばらく目を閉じてから、それから幾分か気を取り直したかいつもの営業スマイルを顔
に浮かべた。
「おまえもあんまり無理すんなよ」
「大丈夫、大丈夫。それより、ケーキはナマモノだから早めに食べてね」
「あ、おう。すまんな」
「どういたしまして」
「キャシー、勘定」
「はいはーい」
 オセは紙箱に入ったケーキを軽く上げて見せ、キャシーは空になっている酒場のレジへ
と小走りする。
 勘定を済ますと、オセは軽く片手を挙げてキルシュ亭を後にした。その大きな後ろ姿を
見送ってから、そしてまたチハヤはため息をつく。
「どうしたのよ。仕事中は良くないってさっき自分で言ってたくせに」
「今はお客いないし」
 拗ねたようなチハヤの口調にキャシーが軽く肩をすくめた。
「なーに? アカリがあの男のものになっちゃったのを、まだ根に持ってるの?」
「なっ、なんで、そうなるんだよっ?」
「どもってるわよ」
「………………」
 しばらく、赤い顔でキャシーを睨みつけていたが、やがてあきらめたようにため息をつ
く。
「……なんか、みっともなくて自分自身イヤなんだけどさ、ふんぎりつけたいのに、なか
なかなあ……」
「……まあ、月並みな言葉を言えば、あの娘だけが女じゃないんだし。ホラ、アタシだっ
て女だし、マイだって女の子だし」
「コールさんも女だし、ユバ先生も女だしって?」
 なにかをほのめかすようにキャシーがとりなすと、チハヤに軽くにらまれた。
「ヒネてるわねー、あんた」
「うるさいなあ」
「なによ。どんなに恋い焦がれたって人妻だし、新婚だし、あいつらあんなにラブラブだ
しって、トドメさされたいの?」
「トドメさしてるじゃないか!」
 キャシーがまくしたてる言葉に、チハヤは睨みつける目線をキツくする。しかし、キャ
シーは彼にあまりとりあう気はないようで、肩をすくめて流されてしまった。
 人妻相手にずるずる気持ちを引きずるくらいなら、トドメぐらいさしてやった方が良い
のだと、キャシーは思っている。彼を近くから想う娘の存在を知っているからには、その
娘を応援してやりたいと思っているから。


「おう、帰ったぞー」
「おかえりー」
 家に帰ると、さすがに今朝ほどのむせ返るような甘い匂いはだいぶ薄まっていた。
「やー。さすがに今朝ほどの匂いじゃなくなってるかー」
「ケーキほとんど全部配っちゃったからね。大変だったんだよー。島中駆け巡っちゃっ
た!」
 この女房は本気で島中を駆け巡りケーキを配りまくったらしい。
 ここワッフル島は、島といえど、それなり以上の面積がある。本気で島中を駆け巡るな
ら、相当に大変なはずなのだが。
「しっかし、本気でやったんだな。あ、これケーキと花」
 農場で買っておいた花と、さっき購入したケーキを手渡すと、嫁はお日様のように明る
い笑顔を浮かべる。
「わあ、ありがとう!」
「お、おう」
 こういう時、料理下手な自分が情けないと痛感する。こんなに素直に喜んでもらえるな
ら、手作りの方がもっと気持ちが伝わるだろうに。
「私もケーキあるんだよ。いつもありがとうね」
「いやあ。礼を言わなきゃなんねえのは俺の方だ。いつも頑張ってるおまえに、買ったケ
ーキと花じゃあ、なんとも格好がつかねえが」
「良いんだよ。気持ちの問題だもの。夕食作ってあるから、着替えてきて」
「おう」
 鉱山や鍛治仕事がメインの仕事着は大概に汚いし、くたびれている。身支度を済ませ、
ダイニングへ行くと、食卓の上にはちょっとしたご馳走とケーキが載せられていた。
「へえ、すごいな」
「ちょっと、張り切っちゃった」
 軽く照れ笑いしながら、オセのグラスに酒を注いでいる。
「おまえも飲めよ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
 オセほど酒を好まない嫁だが、飲めないわけではないし、嫌いというわけではない。付
き合い程度というかたしなむ程度だが、アルコールが弱いわけではないようだ。
 彼女が注いでいた酒瓶を手に取り、今度はオセが嫁のグラスに酒を注いでやる。
「あ、あああ、い、いいよ、そのへんで」
「いいのか?」
「うん。ともかく、乾杯しよう」
「おう」
「乾杯!」
「乾杯」
 カチンとグラスはかち合わせ、オセは一気に酒を飲み干し、嫁は軽く口に含んだ。
「っくはーっ。やっぱ仕事あがりの酒はうまいなあ!」
 一気に飲み干した後、オセは幸せそうにグラスを卓の上に置く。そんな旦那をにこにこ
と眺めていた嫁は、そんなに美味しいのかと酒をもう一口飲むが、オセ程に美味しいとは
思えないようで、曖昧な笑顔でグラスを卓の上に置いた。
「さて、じゃ食うか! いただきます」
「はい」
 そして、オセはご馳走の方に箸をつける。
 ご飯は炊き込みのきのこご飯になっているし、ブイヤベースの味付けもハーブの隠し味
が美味しい。コーンスープはオセの好物だし、苦みのある青野菜もこの野菜炒めのように
ちゃんと調理してあれば無問題だ。ロブスターの塩焼きなんかあったりして、見た目の彩
りも忘れていない。
 いやはや、家庭で味も量も満足できるものが食べられるとは自分は果報者である。
 最後に、嫁の手作りケーキがちょこなんとオセの前に用意された。
「これ、ケーキか?」
「そうだよ。大丈夫。ちゃんと甘くないから」
「お、そうか。じゃ、いただくぜ」
 嫁の言葉に安心して、オセはフォークでケーキを真っ二つに割って、その半分を口に入
れる。
「お、うまい」
 ジャガイモで作られたポテトケーキで、確かにこれなら砂糖の甘ったるさがないし、食
感はケーキに違いないわけで、これは甘くないケーキだ。ケーキの上に落としてあるバタ
ーとの兼ね合いが絶品である。
 そして、嫁の方も、オセが買ってきたショートケーキにフォークを入れて、一口、口に
入れた。
「うん、美味しい。これは……チハヤ君が作ったヤツかな?」
「……わかるのか?」
「うん。ユバさんのケーキはこう、なんていうか熟練! みたいな味がするんだよ。エリ
ィのケーキも、またちょっと違う味がするし」
「へええ……」
 料理が上手いという事は料理が好きなのであって、つまり味にもこだわりがあるもので、
味覚も確かにもなるのだろう。
「じゃあ、俺が作った料理とかでもわかんのか?」
「当然じゃない!」
「…!」
 何げなく言った一言なのに、笑顔で即答されてオセは一瞬照れて言葉を失った。
「料理って作った人の気持ちも入ってるんだよ。イライラしている時に作った料理は、ち
ょっとささくれ立つものになっちゃうし、嬉しい時に作った料理は、こっちも嬉しくなる
ような味になっているしね」
「そ、そんな、もんなのか?」
 食べる事が好きとはいえ、味覚の鋭さやこだわりといったものが鈍いため、オセは料理
をそこまで判別はできないのだが。
「そうだよ。だから私はあなたの料理が好きなんだから」
「…………」
 どうして笑顔でこんな事をすらっと言えるのか、オセは不思議に思ってしまう。こんな
事を言われてしまっては、次週の料理当番は頑張らなくてはならないではないか。
「いや、まあ、うん。その、なんだ。……いつも、ありがとうな」
「うん? どうしたの?」
 急にオセが照れ出した理由や、いきなり礼を言われた経緯を、彼女はあまりよくわかっ
ていなさそうだが。
「感謝祭だろ、今日は」
「あ、そうだったね。どういたしまして!」
 オセの言葉に素直に頷いて、彼女はいつものあのお日様のように明るい笑顔を浮かべる。
「でも、本当に感謝祭って良いイベントだよね。美味しいケーキが食べらるし、普段思っ
てる事を言うとか、改めて感謝しなおす事とか。良いきっかけだよ」
「本当だな」
 二口で女房のケーキを食べ終わってしまったオセだが、その女房の方はショートケーキ
を味わって食べている。食後の水を飲みながら、オセはその様子をぼんやりと眺めた。
 それを見ていると、今更ながら甘いものがダメでケーキを作れない自分がとても残念に
思えて仕方がない。
 彼女が食べているケーキは自分が買ったケーキだが、チハヤが作ったものである事には
変わりはないのだ。
「………………」
 来年の感謝祭までにはせめてあともう少し料理の腕をあげて、手作りケーキを妻に食べ
てもらいたい所である。
「ごちそうさま。美味しかった」
「おう。俺もだ。ほんっとーに美味かったぞ」
「ふふ。全部キレイに平らげてくれるし、美味しそうに食べてくれるからこっちも作り甲
斐があるんだよね。やっぱり作るからには美味しく食べてもらいたいし」
 嫁の笑顔が嬉しくて、自分までも嬉しくなってくる。オセも一緒に笑っていると、嫁は
急に何かに感づいたような顔になった。
「あ、そうだ。ねえ」
「ん?」
「キスしてよ」
「は!?」
 突然、何を言い出すのかと、オセは素っ頓狂な声をあげる。
「濃厚〜なフレンチキス!」
「あ、あのなあ……。…………って、おまえ…その甘ったるいケーキを食った後でか?」
 オセは嫁のにこにこ笑顔の裏の企みに気が付いて、思わず彼女をびしっと指さした。
「あははー。バレた?」
 今朝、間接的に甘いものを食べさせられた(?)記憶は、まだ新しい。
「何の嫌がらせだよ」
「冗談に決まってるじゃない」
 ぱたぱた手を振って、嫁は朗らかに笑っているが。その笑顔を見ているうちに、オセの
方もむらむらと気持ちが沸きたってきた。
「……よーし。お望み通りにしてやろうじゃねえか」
「え?」
 そう言いながらオセは席を立つと、彼女は振る手を止めて、豆鉄砲を食らった鳩のよう
な顔になる。机を回って彼女の方へと向かい、そしてその太い腕でがっちりと両肩を掴ん
で抱き寄せた。
 突然の事に驚いて、彼女は腕の中でもがいていたけど、その巨躯で封じ込めるように抱
き締める。
 ……確かに甘いものは嫌いだし、非常に苦手なものだけど。でも、これなら、甘くても
抵抗なく味わえそうだと思いながら、オセは抱き締めた腕をしばらくはゆるめるつもりは
なかった。



                                    END




































とりあえず、主人公♀の名前はあんまり出したくないなあとか思ってたら、いちいち「嫁」
だの「女房」だのの表記が多くなっていやん。
しかし、書いててオセとジュリが割と仲良さげな雰囲気になったのは、自分でもちょと意
外。性格的に合わなそうなんですけどねえ。まあお互い、仕事の腕は認めてそうだけど。
あと、チハヤの当初は本当にチョイ役で焼き餅も書く予定なかったんですけど、キャシー
と喋らせてたら、なんかいれちったよ。ぼくものって恋愛SLGっぽい所があるんで、主人
公はモテモテのお約束のハーレム設定? かも。そんなお約束にもれずに主人公は天然ち
ゃんですか。つーかモテモテ天然ちゃんって、もはやこういうハーレムゲーのテンプレだ
よなー。いやまあ、牧ものがハーレムゲーかはともかくとして。
ていうか主人公の性格は、島民達のセリフと説明書から察するに明るく元気でよく笑う、
らしいので、それっぽくしましたが。タオに主人公の子供がよく笑うのはあなたがよく笑
うからだ、みたいなセリフがあったんで、そうなんかな、とか。
あと、ケーキはゲーム内にあるケーキにおさめたかったんですが、さすがにバリエーショ
ンとしては無さ過ぎたので、多少ゲームに無いのをいれてしまいましたがー。