「じゃじゃーん。チハヤ、どうどう? マイのメイドさんだよー」
 明るい笑顔を浮かべて、マイが着たばかりのメイド服をチハヤの前まで披露しに来た。
「……いつものとそんなに変わらないじゃん」
「なっ! 変わるじゃなーい。こんな可愛いヘッドドレスつけないし、エプロンだってフ
リルたっくさんついてるし!」
 冷たい言葉をはくと、マイはすぐに反応して頬をふくらませる。彼女が可愛いのはもう
ちゃんとわかってる。母親のコールさんに面立ちが似ているのだ。将来はやはり母親に似
てくるのだろうと思っている。
 そして、彼女が自分を真っ直ぐに好いてくれることも知っている。
 まあ、その好意のほとんどが自分の料理の腕という事も既知だ。
 彼女の気持ちを知っているけど、それでも、彼はヒカリに惹かれる想いが止まらない。
 好いてくれるから好きになるとか、人間の感情はそんなに簡単じゃないと思っている。
「そんなことより。みんなは? 試食してもらいたいんだけど」
「わ! 可愛い! お子様ランチじゃない! ケーキも美味しそうだし…」
 そしてチハヤは出来上がったばかりの料理やお菓子を見せると、マイは先ほどの不機嫌
はすぐに吹き飛んでそれらに目が釘付けになる。
 そこへ、なにやらおしゃべりしながらキャシー、シーラ、ヒカリの3人がホールへと続々
やって来た。
「ねえねえ、みんなみんな〜! チハヤが試食してもらいたいんだって!」
「あ、できたんだ」
「へー、どれどれ?」
「味見ね?」
 3人娘はそれぞれなにか言いながら、どやどやと厨房の方に集まってきた。
「これ、お子様ランチ。客層に子供って考えてなかったんだけど、サーカスの前だってい
うなら必要かなと思って。あと、まだ決まってなかったケーキセットの残りにチョコケー
キかカボチャケーキか迷ってるから、両方作ってみたよ。パスタ料理はイカスミパスタを
作ってみたんだ。味見してみてよ」
 とりあえず作った料理を説明しながら、チハヤはカウンターに並べていく。女の子達は
それをじっと見つめていた。
「えっへっへ。いただきまーす」
「全部食べないでよ、マイ」
「カボチャケーキってなんかマイナーじゃない?」
「んー。美味しいなら、チョコでもカボチャでも良いと思うけど…」
 それぞれわやわやしゃべりながら、カウンターに並んで腰掛けて、早速料理に手をつけ
はじめる。
「お茶いれるよ」
 そんな彼女達を眺めて、チハヤは背中を向けるとお茶を入れはじめた。茶葉を蒸らしな
がら、背中から聞こえてくる彼女達の感想に耳を傾ける。
 おおむね料理は好評のようで、ケーキはチョコの方が良いんじゃないかという意見が聞
こえてくる。
「ごちそうさま。美味しかったー」
 満足そうにお腹を叩いて、マイは本当に美味しそうに息を吐き出した。実際、自分の料
理をこれだけ美味しそうにたいらげてくれる彼女の笑顔は嫌いじゃない。
「で? どう?」
「んー。どれも美味しかったよー」
「それじゃ試食になんないでしょ…。そうだな、アタシはチョコが苦手だから、ケーキセ
ットについてはパスするけど、お子様ランチはこれで良いんじゃないかな? 美味しいし、
子供が喜ぶ味じゃないかな。パスタは…昨日のペスカトーレの方が良いと思うな。イカス
ミは見た目の抵抗も大きいし、単品ならともかく、ランチセットとして考えるとどうかな
ーって思うよ」
 キャシーはいつも的確な判断をくだしてくれてなかなか有り難い存在だ。味覚に関して
はマイの方が鋭いのだが、客に出す事や、ランチセットなどの企画とかの事を加味しての
判断はやはりキャシーの方が良い。
「私は、そうねー。チョコケーキの方が良いような気がしたわね。パスタも美味しかった
わ。でも、昨日のペスカトーレも捨てがたいって感じかなー」
 シーラの評はそんなにアテにもならないが参考意見として聞いておく。
「えーとね。私もカボチャケーキよりチョコケーキの方が良かったかな。両方とも美味し
かったけど、定番ぽいし。パスタの方は今日のこれしか食べてないから比べられないけど、
美味しかったよ。それと、お子様ランチ、メニューと味はこれで良いと思うけど…。やっ
ぱりケチャップライスのてっぺんに何か乗っけようよ」
「ケチャップライスのてっぺんにこだわるね…」
 ヒカリの評に、チハヤは多少呆れて息をついた。
「子供って、そういうちっちゃくてどうでも良いような事を喜ぶと思うんだけどなー」
「あはは、言えてるかも。アタシも昔、ケチャップライスの上に立っている旗が妙に嬉し
かった記憶あるなー」
 キャシーが笑いながら、ヒカリの意見に後押ししている。
「まあ、どうしても必要なものじゃないけど…」
 自分の意見をごり押しする気はないようで、そう言ってヒカリはお茶に口をつけた。
「うーん」
 みんなの意見を聞いて、チハヤは軽く唸りながら腕を組んで考える。
「ま、早めにメニュー決めておいてね。値段も決めなくちゃいけないしさ」
 悩んでいるらしいチハヤに、キャシーが声をかける。
「おっけ。うん、とにかく有り難う。みんなの意見を参考にして、明日中にはメニュー決
めるよ」
「頼むね。…と、もうこんな時間だ。開店準備しなくちゃ。マイ、着替えちゃって」
「あ、うん」
「ヒカリも有り難うね。当日、悪いけどお願いね」
「わかった。それじゃ、私は戻るね。みんな、またね」
 キャシーが時計を見ると急にみんな慌ただしくなる。マイとヒカリは席を立ち、それぞ
れ反対方向に向かって歩き出した。
「じゃあね」
「ばいばーい」
 ヒカリが手を振ると、シーラはぱたぱたと手を振り、自分も軽く手を振る。カラリンと
鐘の音が響いて、彼女はこの酒場から出て行ってしまった。
「さてと、こうしちゃいられない。掃除掃除っと」
 キャシーはヒカリを見送った後、席を立って掃除用具が置いてある裏口の方へと小走り
に駆け出す。チハヤもカウンターの上に並べられた空の皿を回収し、シーラも席を立った。
 酒場アルモニカの開店まであと30分だ。


 日曜日は快晴となり、絶好のサーカス日和となっていた。テオドールサーカス団はまだ
教会前の広場に来てはいないが、今頃そこへ向かって馬車を揺らしていることだろう。
 ハモニカタウンにばらまかれたチラシを手に、人々は酒場アルモニカに好奇心で集まっ
てきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「うおっ…!」
 サーカスを見たいと跳ね回るクロエがいるので、オセは彼女を連れてサーカスを見に来
たのだ。ついでに、ポストに入っていた『メイド喫茶』なるものに興味ひかれてランチも
兼ねてアルモニカに食べに来たのだが。
 まず入り口でシーラとヒカリに出迎えられて思わずたじろいだ。しかも『いらっしゃい
ませ』じゃなくて『お帰りなさいませ、ご主人様』とは何事だ。
「どうしたんだよ、入り口で固まらないでくれよ」
 オセの背後から、やはり好奇心でやってきたルークが入り口で固まるオセをどやす。オ
セがクロエをサーカスに連れてくついでにメイド喫茶に行く事を知ると、オレもオレもと
何故かルークとボアンもついてきた。
「ヒカリ〜! どうしたのだ、その格好!」
 オセの隣にいたクロエは、仲の良いヒカリがメイドの格好をしている事に目を丸くさせ
る。
「ふふふ。頼まれてね〜。臨時で雇われてるの。お帰りなさいませ、お嬢様」
 驚いているクロエに説明して、ヒカリは彼女の目線に合わせるべく膝をついて恭しく出
迎えた。
「アタイがお嬢様!」
 今度は『お嬢様』と呼ばれてクロエはまた目を丸くさせる。そんな呼ばれ方など、今ま
でされた事なかったのだ。
「ご主人様、何人で起こしですか〜?」
 シーラにメイド服というのも新鮮だが、ちょっと似合わないような…と思ったオセだが
とりあえずその意見は引っ込めておく。
「よ、四人だ」
「だから、オセ! そこで突っ立ってんなよ! オレらが入れねーだろ!」
 図体のでかいオセが入り口のドアで固まってるのだから、後ろにいるルークやボアンは
中で何が起こっているのかよくわからないのだ。ややいらだたしげなルークの声がオセの
背後から聞こえる。
「はーい、ご主人様4人ごあんなーい」
 単に客の呼び方を変えているだけなのだが、やはり違和感はぬぐえない。従業員の誰も
がメイド喫茶など行った事がないので、ほとんど聞きかじりの情報で適当にやっているだ
けなのだが、客の方も行った事がないのだから、誰もおかしいところはわからない。
 ヒカリに案内されて、オセとクロエが中に入ると、やっとルーク達も中に入る事ができ
て、ヒカリ達の衣装に目を丸くさせた。
「わっ! ヒカリにシーラ! その衣装なんだよ!」
「なにって、メイド服よ、メ・イ・ド・ふ・く。都会じゃちょっと流行ってるらしいって
いうじゃない? どうよ?」
「わー。おまえにはちょっと似合ってねーな!」
 さっき、オセが飲み込んだ言葉を、ルークは馬鹿正直にこぼすものだから、シーラのま
なじりはつり上がるし、近くにいたボアンは青くなって慌てだした。
「んなっ!」
「すすすすみません! すみません! シーラさんは何を着ても美人ですから! ルーク
先輩の言う事は気にせずに!」
 ボアンは慌ててルークの口を塞いで謝り倒す。一瞬で怫然とした顔を作ったシーラだが、
ルークの性格を知る彼女は、すぐに肩の力をぬいた。彼に対して怒っても無駄だとわかっ
ているのだ。
「っとに…ほら、さっさとヒカリのトコに行きなさいよ」
 多少は不機嫌そうながらも爆発させずに、シーラは面倒くさげに先にクロエ達を案内し
ているヒカリを指さす。
「それがメイドの態度かよー」
「だから! 先輩、早く行きましょう!」
 ボアンはシーラに頭を下げながら、ルークの背中を押して座席の方へと歩き出した。ま
あ、ボアンのためにも怒らないでおいてやろう、と。シーラは自分自身殊勝になったなと
思いながら息をはいた。
「ハイ、ご主人様がた、ご注文は?」
 席につくと、キャシーが早速注文をとりにきた。ざっと店内を見渡すと、実際の注文取
りや給仕はキャシーとマイがメインで、シーラとヒカリは出迎えや案内がほとんどらしい
とわかる。
「いつもと同じメニューなのか?」
「今日は特別メニューよ。これね」
 オセはいつもと同じものを頼むので、キャシーを見上げてそう尋ねると彼女はにこっと
笑って机の上にメニューを広げる。それはチハヤの手書きと思われるメニューが三つ折り
になっているものだった。
「…なんだよ、ケーキセットしかねえのかよ?」
「アタイ、チョコケーキチョコケーキチョコケーキ!」
「オレ、ホウレンソウケーキホウレンソウケーキホウレンソウケーキ!」
 ケーキセットと聞いて、思わずクロエが手を挙げて自分の大好物を連呼すると、ルーク
も負けじと同じく手を挙げて自分の大好きなケーキを連呼した。
「メニューを読んでくださいご主人様」
 わずかに血管を浮き上がらせながら、キャシーは引きつった笑顔で広げられたメニュー
をびしっと指さす。
「ケーキセットしかねえのかなー……」
「何があるのだー?」
 ケーキしかないとなると、甘い物が大嫌いなオセは食べるものが無くなってしまう。彼
の隣で児童用のイスに座ったクロエは身を乗り出してメニューの文字をなんとか指で追っ
ていた。
「ご注文は?」
「…………じゃあー、水」
「じゃ、オレも水で」
「帰れッ!」
 ケーキを食べられないオセが自分の口に入れられそうなものを言うと、何故かルークも
それにならい、キャシーに怒鳴られた。
「お、おまえ客に向かっていきなり帰れって…」
「ちゃんと読みなさいよ! ランチセットもあるでしょ! あんたの好きな丼モノも用意
してあるから」
 キャシーは苛立った声で、オセが読み落としていたランチセットのところを指さす。
「ああ、ランチセットもあんのか、なんだ」
 ほっと胸をなでおろし、オセはキャシーが指さしたあたりを読んだ。なるほど、ランチ
セットは3種類あって、パスタのセット、丼モノのセット、サンドイッチのセットと妙に
統一感のない品揃えである。
 とはいえ、丼モノがあるのはオセとしては嬉しい。
「…じゃあ、俺はこの丼モノのランチセットを頼むわ」
「オレはパスタセットを頼む!」
「僕もパスタセットをお願いします」
「はいはい。クロエちゃんは? どうする? お子様ランチもあるけど」
 オセ達の注文をさらさらと注文票に書き付けると、キャシーはクロエ相手には穏やかに
話しかけた。
「お子様ランチ! じゃあ、アタイそれにする!」
 必死になってメニューを読んでいたクロエだが、それを聞いて目を輝かせてキャシーに
向かってびしっと指さす。
「はい。お飲み物はどうなさいますか?」
「えーと、飲み物飲み物…酒は……ないんだよな?」
「あんた、今何時だと思ってんの? 昼間っからお酒かっくらう気?」
「……わかった……ああーっと…」
 オセもルークもクロエもメニューをのぞきこみ、ボアンはその3人より遠慮がちにメニ
ューを遠くから眺めている。
「じゃあ、俺はやっぱ水でいいや」
「ミルクがあるのだ。ミルクを頼むのだ」
 どうやら読める文字があった事が嬉しいらしく、クロエは嬉しそうに自分が読んだ文字
を指さした。
「おっ、クロエちゃんわかってるね。今日はヒカリの協力で彼女の牧場の特別ミルクなん
だよー」
 すると、キャシーが笑顔でこんな事を言ってくる。
「そうなんですか? じゃあ、僕もミルクをお願いします」
「じゃあ、オレもそいつを頼む!」
 それを聞いて、ボアンとルークがクロエと同じモノを注文した。
 オセ以外がミルクを頼み、キャシーはそれらも注文票に書き付けた。
「じゃあ、ご注文繰り返します。パスタのAセットランチがお二つ、Bセットランチが一
つ、お子様ランチが一つ、ですね。ミルク3つのご注文ですね。しばらくお待ちください」
 キャシーはそう言うと、短めのスカートをひるがえして厨房へと向かって行く。席につ
いた4人はなんとなくその後ろ姿を眺めて、それから店内を見回した。
 みんな好奇心が強いらしく、店内はなかなか盛況している。酒場には絶対来ないはずの
アニスまでもが弟を連れて来ているのを見ると、まあ、弟に連れられてであろうが普段は
まず来ない人々も来ているらしかった。
「…これが、『めいどきっさ』ってやつなのかー」
「知らねえけどよ…」
 ルークの声に、オセはなんだか見慣れない彼女達一人一人を見やった。マイ…はさすが
にあまり新鮮味がないが、他の3人は確かに新鮮味がありすぎる。
 結局、この街にいる人間の大多数が『メイド喫茶』なるものがよくわからないのである。
とりあえずお互いに支障はないというのが現状か。
「はい、まずはお冷やとおしぼりね。ミルクは食後と食前どっちが良いですか?」
 程なくして、キャシーは水とおしぼりを運んできた。ついでにミルクの運んでくる時間
も尋ねてくる。
 お冷やを運び終わると、キャシーはまた厨房の方へと向かう。広さはともかく席数が多
くない店内は満席に近く、彼女も忙しそうだ。
「Cランチセット追加ねー」
 注文をとってきたマイが、注文票の写しを厨房からよく見える壁にピンで止める。厨房
ではチハヤとハーパーが忙しそうにひたすら料理を作り続けていた。
 チハヤはパスタを炒める手を止めずに、そちらの方にちらりと目をやる。昼食時のかき
入れ時の殺人的な忙しさは久しぶりだ。額ににじんできた汗を手早くぬぐって、フライパ
ンをゆすった。



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