「おい」
 ノックもしないで、アルベルはネルにあてがわれた部屋を開けた。
「なっ…なんだい!?」
 突然のアルベルの来訪に、ネルは驚いてさっと身構えた。
「回復の施術を使ってやれ。瀕死だ」
「え…?」
 彼の言ってる事がよくわからずに、ネルは顔をしかめる。アルベルは無言で、ボロボロ
になったロジャーをベッドの上に寝かせる。
「ロジャー! これは…一体…!?」
 まさか、アルベルが傷つけたのか。ネルの顔はひどくけわしく歪む。
「まさか、これを、あんたがやったって言うんじゃないだろうね!?」
「フン。そんなことより、こっちを治す方が先じゃねえのか?」
「なっ…」
 一瞬、怒りで形相が変わったネルだが、確かにその通りで。歯を食いしばってアルベル
を睨みつけたが、すぐにロジャーに向き直り、ヒーリングの呪文を唱え始める。
 ネルがロジャーにヒーリングをかけている様子を見て。アルベルは小さく鼻を鳴らすと、
踵を返して部屋を出て行ってしまった。
「ネルさん! さっきアルベルがボロボロのロジャーをかついで行きましたけど…!」
 ロビーで、その様子を見ていたフェイトとマリアが部屋に駆けつけた。
「治療中のようね」
 ネルの様子を見て、マリアはほっと息をもらした。
 ヒーリングを、3回ほどかけると、ロジャーの傷の様子はかなり良くなり、見た目にも
痛々しさが消えた。寝息も健やかになり、ロジャーはいつものあどけない顔付きに戻る。
「大丈夫そうだな」
 ロジャーの顔をちょっとなでて。フェイトは安堵の息をつく。
「けど、どうしたって言うんだい? いきなり、アルベルが酷い状態のロジャーを連れて
きたけど」
「僕にもわからないんです。いきなり、ネルさんの部屋を教えろって言うだけで」
 怒り醒めやらぬネルに、フェイトは困惑して、首を振る。
「まあ、あの人は口を割らないでしょうから。ロジャーに聞くしかないようね」
 早くもアルベルの性格を見抜いたマリアはそう言って、肩をすくめた。
 ネルは長いため息を吐き出す。最近、小さな事でイライラするのだ。もちろん、その原
因はわかりきっている。アルベルだ。
 彼の一挙一動にいちいち腹をたてていて、ネルの神経の方もだいぶ参ってきていた。だ
が、ネルの方は参っているというのに、アルベルは相変わらずで。そこがやっぱり面白く
ないし、腹立たしい。
 3人はしばらくロジャーの様子を見ていたが、どうやら熟睡モードに移行してしまった
ようなので、ほっといて、食事にする事にした。ロジャーの事だ。おそらく、腹が減れば
勝手に起き出してくることだろう。
 そして、事実その通りで。
「うへー! 腹減ったよう! オイラ、ここで食って良いのか?」
 フェイト達をどうにか捜し当てて、ロジャーはおなかをさすりながら、ぱたぱたと、フ
ェイト達の食卓へとやって来る。
 高級ホテルの食堂はなかなか大きい。背の低いロジャーでは、フェイト達がいる食卓を
捜し当てるのに少し骨だったようだが、どうにか見つけだしたようだ。
「あ、ロジャー。起きたのかい?」
「起きた! 腹が減った!」
「おめえの分はそこだぜ。さっさと食いな」
 クリフは元気なロジャーに笑いながら、空いている席を指さした。ロジャー専用に、お
子様用の椅子を用意してもらっている。早速、彼は椅子によじ登る。
「ふう。んじゃ、いっただきまーす!」
 備え付けのナイフとフォークを手に取り掲げると、子どもらしからぬ勢いでたいらげは
じめた。
「ほうだー、兄ちゃん。昼間はあんがとな」
「フン…」
 スパゲッティを口に入れながら、ロジャーは隣にいるアルベルにそう声をかけた。
 昼間、何が起こったか聞きたかった面々は、思わず顔をあげる。
「昼間って、何かあったのか?」
 事情がよくわからないクリフは、少し驚いた顔でロジャーを見た。
「ちょっとなー。ほら、月影って盗賊団いたじゃん。オイラ、あれの残党に目をつけられ
ちまってさー。やっぱ、オイラが強いから、目の敵にされたんだろうな。けどよう、いく
らオイラでもあんな数が相手じゃ、困っちまうよー」
「なんだ? そこをアルベルが助けたってのか?」
 自分で言ってて、ちょっと信じられないクリフ。
「いやー、あれだけの数は、さすがのオイラも参ったね! あんなのの一人や二人はどっ
てことねぇんだけどよ。あれは、メラ卑怯なやり口だな!」
 口のはしっこにケチャップをつけたまま、ロジャーは顔をしかめて手にしたフォークを
振る。クリフの問いに答えちゃあいないが、ようはそういう事らしい。
 聞いていたフェイトは思わずクリフと顔を見合わせる。マリアは口の端にちょっとだけ
笑みを浮かべて。だがすぐに元の表情に戻って食事を続けた。
「オイ…」
「ああー、わりーわりー」
 食べながらしゃべるので、ロジャーの口から、食べかけのものが飛び出す。それをアル
ベルがとがめると、ロジャーはそれをつかんで、また口の中にほうり込む。
 お世辞にもきれいとは言えない食事風景だ。
「それと、もしかして、オイラの傷を治してくれたのって…おねいさまか!?」
 大きな瞳を輝かせて、ロジャーがネルを見つめてくる。なにかを期待しているような雰
囲気に、ネルは思わずたじろいだが。
「…そうだよ」
「おおう、なんと、おねいさまが、オイラの傷を治してくれたなんてなー。へへっ。こり
ゃケガするのも悪くないじゃん! おねいさま! オイラ、この恩に報いるためなら、お
ねいさまのため、たとえ火の中水の中! 駆けつけるじゃん!」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
 正直言うとロジャーの助けは期待していない。ネルはとりあえず気持ちだけ受け取って
おく事にして、わりと冷静な声を出す。
 そんなネルに気づかないのか気にしていないのか。歯を剥き出してにーっと笑うと、ご
飯をかきこみだした。時折、彼の悩みの無さっぷりが羨ましく思う時がある。
 それから、ロジャーはウソとも本当ともつかぬ、盗賊団月影残党との戦闘風景を一人で
しゃべくっていたが、おそらく、そのほとんどは脚色だろうと、だれもがわかっていた。
 ロジャーの英雄譚はともかくとして、昼間、彼がボロボロだったのは盗賊団に襲われた
という事で相違ないだろう。そして、それを助けたのがアルベルだと言う事も。
 ネルは複雑そうな顔でアルベルを見やる。彼は相変わらず無表情で黙々と食事を続けて
いた。
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。その言葉が表すように、ネルはアルベルの何もかもが気に
入らなかった。食事中だというのに、手袋を外さないのも気に入らなかったし、口を開け
ば皮肉や嫌みしか出てこないのも嫌いだ。もちろん、彼がそうなる経緯となった、過去の
出来事も知ってはいる。
 父親の事は確かに同情の余地はあるものの、それだって、彼自身が招いた事。自業自得
ではないか。
 そこまで考えて、ネルは息をつく。
 おそらく、その時から、心が弱いままに成長してしまったのだろう。
 そう思うと、少しだけ可愛そうになってくる。皮肉しか出てこない口も、ガラの悪い態
度も、奇天烈な格好も。その弱い心を隠すための鎧なのだろう。
 ネルはもう一度アルベルを見やる。視線に気づいたか、アルベルと目が合ってしまった。
彼は一瞬だけ剣呑そうに目を細め、視線を逸らすと小さく鼻を鳴らした。
 やっぱりムカつく…!
 浮き上がりそうになる血管をどうにかこらえて、ネルは目前のハンバーグステーキを切
り刻んだ。

「昼間のロジャーの話は、ちょっと意外だったな」
 食後ののんびりとした時間。マリアはフェイト達の部屋に遊びに来て。部屋の真ん中に
あるテーブルでチェスを楽しんでいた。もしかすると、遊び方や駒の動かし方は別なのか
もしれないが、似たような駒があるのであれば、フェイト達のルールで遊ぶのに支障はな
い。
「そうかしら?」
 マリアはわずかな笑みを浮かべながら、チェスの駒を動かす。
「う…、うーん…。あのアルベルがロジャーを助けたっていうのはね、ちょっとびっくり
だったよ」
 次の手を考えて、顔をしかめるフェイトはすこし上の空な口調で言う。
「確かにね。でも、彼、敵相手には容赦はしなさそうだけど、味方にまでそういう所はな
いみたいね」
「そうかい? …はい」
 やっと次の手を出すフェイトに、マリアの返す手は早い。すぐに駒を動かす。その動き
に、フェイトはまた顔をしかめた。
「後方で戦ってると、みんなの動きがよく見えるわよ」
「みんなの?」
 チェスの駒を持ったまま、フェイトはちょっと顔を上げてマリアを見た。
「ええ」
「例えば、どんなふうに?」
 顔をしかめながら、フェイトはどうにか駒を置く。その配置を見て、マリアは片方の眉
を跳ね上げた。
「そうね。君がわりと猪突猛進型だとか。意外にロジャーが役立っているとか」
「ふむふむ…」
 頷きながら、フェイトはマリアの動かす駒の先をねめ付ける。
「ネルが、君をサポートする事が若干多いとか、クリフがサポートに徹する場面が多いと
か」
「ううむ…」
 マリアの打つ手に、フェイトは難しそうな顔をする。彼らの表情を見るだけでも、チェ
スの戦況はマリアの方が優勢のようだ。
「アルベルが、ああ見えてみんなをサポートしている場面が多いとか」
「え?」
 思わず、フェイトは顔をあげた。いいかげんに聞いていたけれど、マリアはなかなかに
意外な事を言っていた。
「気づいてなかった? 敵に突進するだけと思いきや、周囲を見渡してなにげにサポート
もしてるわ。少し、私の知ってる人の戦い方に似てるわ」
「マリアの知ってる人?」
「ええ。戦いのエキスパートよ」
 にっこりほほ笑んで。フェイトはその時マリアが誰の事を言っているのかわからなかっ
たが、どうやらミラージュの事らしいと後で知るのだが。
「ふーん…。…少し、意識をまっさらにして、みんなの事を見てみる必要があるかな…」
 マリアの、確執のない立場からの見方に、フェイトは顎に手を置いて少し考える。
「そうね。今までの確執やら印象やらを拭うのは大変かもしれないけど、それでも、やっ
てみるべきの価値はあると思うわ」
 そうでなくては、リーダーの資質はない。マリアはそう思う。もっと冷静に人を見るべ
きだと思う。
 フェイトも、もう少し、冷静になってみんなを見て、知ってみようと思った。ああ見え
て、ロジャーは結構役立っているかもしれない。アルベルも、見かけ程悪い人間でもない
かもしれない。これから先、そんなに長く一緒にいる事はないかもしれないけど、もっと
良い関係のままで別れたって良いのではないだろうか。
 少し、軽くなった気持ちで、フェイトは駒を動かした。その動きを見て、マリアは口の
端をちょっと上げて、駒を手に取る。
「ところで、その手にすると、チェックメイトよ」
「あ」


 シランドで書簡を渡し、その返事を伝えにまたアーリグリフへと来る事となった。
「今度こそ、バール山脈に行くわよ」
「わかってるよ…」
 マリアのトゲを含む言葉に、フェイトは苦笑いを浮かべる。返事はもうアーリグリフ王
に伝えた。不機嫌にさせるかと思ったが、彼は鷹揚に笑っていた。怒っていないようで、
ホッとする。
「さて、バール山脈へは、カルサアでトロッコを使うより、アリアスから行った方が良い
かしらね…」
 さすがに、マリアは予習を欠かさない。ここらあたりの地図を借りて頭に入れると、日
程などをシミュレートしていく。
 お金がかかりそうなので、アーリグリフとシーハーツ両国それぞれから援助でももらお
うかしらとか、考えている最中だった。
「おい」
 アーリグリフの都をぞろぞろと歩いていると、街の出入り門の前で背後から声をかけら
れた。
「こっちだ」
 見ると、アルベルが相変わらず無愛想ながらも、軽く手招きしている。思わず顔を見合
わせる面々。
「どうしたんだ?」
 不思議そうな顔で、フェイトはアルベルの方へ歩いて行く。その足元をちょろちょろと
ロジャーが歩いている。それに、クリフもマリアも続く。最後に残っていたネルは、ため
息をつきながら彼らに続いた。
 アルベルはそれ以上何も言わないまま、歩きだしてしまう。ロジャーが早速アルベルの
足元でごちゃごちゃ言っているが、彼は取り合おうとはしなかった。
「どこ行くんだろう…?」
「さあ?」
 少し、眉をしかめながら、フェイトが小声でそう言うと、マリアは肩をすくめて見せる。
 やがて、アーリグリフへの出入り口に続く正規の道からだいぶ外れた空き地で、3匹程
のエアードラゴンが行儀よく並んでいた。騎竜団「疾風」の面々だと、近づいてすぐにわ
かった。
 先頭を歩いているアルベルが、そこにいる疾風の騎士と二言、三言話すと、騎士は頷い
て、その場に控えている他の疾風になにやら話しかける。
「なんだ? 乗せてくれんのか?」
 アルベルのすぐ近くでうろちょろしていたロジャーは、立派なエアードラゴンを見上げ
てそう言った。
「ん? 聞いてないのか?」
 ロジャーの言葉に、騎士は少し驚いて、それからため息をつきながらアルベルを見やっ
た。
「なんだよ」
「いや、別に。そんじゃー、あんたら3つに別れてさ。バール山脈のふもとまで送ってっ
てやるからよ!」
 思わず睨みつけるアルベルを軽く流して。疾風の騎士はそう言ってフェイト達を手招き
した。
「へえ、エアードラゴンに乗せてってくれるのか」
「それなら早いわね」
「それならそうって、言ってくれれば良いのに…」
 思わず呆れてそんな言葉が口をついて出る。それなら、こんなに警戒せずにすんだのに。
苦笑しながらフェイトはアルベルを見るが、彼は相変わらずで。無表情のまま、ぼんやり
とこれから向かうバール山脈方面をながめている。
 竜の背中に乗るのは初めてで。フェイトでなくても興奮してしまいそうだ。ロジャーは
素直に喜んで、おおはしゃぎしていた。
「じゃ、いくぜ!」
 疾風の騎士が一声かけると、エアードラゴンは大きな翼を広げて飛び立った。
「っへぇー! 寒いけど、こいつは気持ち良いなぁ!」
 クリフでさえも、年齢に似合わずはしゃいでいるようで。流れ行く景色を、過ぎ行く下
界を、素直に楽しんでいた。
「けど、あんたらも大変だねー。アルベルの旦那って、口が悪いから大変だろ」
 随分フランクな口調の騎士で、アーリグリフに良い感情を持っていなかったフェイトも
苦笑してしまった。アルベルと云い、この騎士と云い、知ってみればそう悪人とは思えな
い。今更ながら、マリアの言った事の重要性を理解する。
「まあね」
「これの事も言ってなかったみたいだね。昔っから口べたな男だったけどねー」
「相変わらずって事か」
 これだけ気持ち良いならこの寒さも我慢できる。クリフは風になぶられる髪の毛をおさ
えもせずに、エアードラゴンを操る騎士を見る。
「三つ子の魂百までもってヤツだろうさ」
 顔の表情は兜で見えなかったけれど、声が苦笑いしているようだ。

「きーもち良かったなー! 楽しかったし! なあ! また乗せろよな!」
 ロジャーはエアードラゴンに乗れた事でもう大喜びで、はしゃいでアルベルの足をぺち
ぺち叩くが、彼は無反応だ。
「こう、ふやあーって風に乗ってよお、あっと言う間に町も何も飛び越してさあ! へー
へへへへっ」
 アルベルが無反応でも気にしないロジャーは、両手を広げて、飛んでるようなまね事を
する。こういう所を見ると、子供だなと思う。実際に子供なわけだが。
「それじゃ、バール山の中のウルザ溶岩洞を目指しましょうか」
 そう、みんなに声をかけると、バール山脈を目指して歩きだす。そんなマリアにならっ
て、みんなそれぞれ歩きだした。
「こう、ぶーんってよ!」
 両手を広げて、まだ飛ぶまね事をしているロジャー。そのポーズのまま、みんなの後ろ
をちょこまか歩いている。
「なっ!」
 顔いっぱいに笑顔を浮かべて、アルベルを見上げた。気まぐれか、何なのか、アルベル
は顔を見下ろして、ロジャーの方に目を向けた。
「フン」
 そう、鼻を鳴らすアルベルだったが、その顔は確かに笑っていた。

                                                                         END























最初はアルベルとネルの確執って言うか、仲悪い描写をするつもりだったのに。できあが
ってみたらロジャーとの交流話になってるよ…。
いや、最初にアルベルの心をほぐすのは、ロジャーが適してるかなーとは思っているので
すが。というか、アルネル話の「腹」と似たよーなハナシになってしまいましたがー。け
どそんなにカップリングじゃないなってんで。そっちには配置しませんでしたが。まぁ、
そんなこと云っても根がアルネル者なんで、見る人が見ればそう見えるんでしょうが。
あと、マリアの2人称って「君」なんですよね。まあ、年上にそれはしないんでしょうけ
ど、わりとよく間違えます。でも、年上に「君」って失礼だよなー。
つーか、ウチのアルベル本当に無口だなー。ゲームでは、わりと変な事を口にしますよね。
変なところで笑ってるし。ヤツの使う変な皮肉が私が使えなくて、そっち系がうまくしゃ
べらせられません。
一番書きたかったのは、ムサいアルベルです。24っちゅーたらフツーにヒゲ生えますよ。
ゲームの繋がれアルベルは、狙いすぎと思いつつも楽しんでました。それならやっぱボロ
ボロにすべきだわ、とか。本音はそっちだったりしてー。