ネルが寝入ってしまったのを察して、アルベルはゆっくりと上体を起こす。ネルが起き
る気配は無さそうである。
 微妙に気まずそうな顔をして、アルベルは少し上目使いでミラージュを見てみると、彼
女はきょとんとした顔でアルベルを見つめていた。
「…狸寝入りだったんですか?」
「フン…」
 休んでいるネルを起こさないように、ミラージュが静かな声で言う。元々この空間が静
かだから、このような声量でも相手に伝わる。
「…人間の頭は重いですからね。長時間のその体勢は彼女の負担になる…という事です
か?」
 少しだけからかうような調子で、ミラージュはアルベルを見やる。アルベルの居心地悪
そうな態度が少し強くなる。
「…うるせえ…」
 低く、聞き取りにくい声でぼそりとつぶやく。照れもあるだろうし、ネルを起こさない
ためなのだろう。ミラージュは苦笑した。
「あと、45分程ですね」
 時計を確認して、ミラージュはやはり静かな声で言う。アルベルはもはや何も言わずに、
頷くのみであった。今までの会話をアルベルが聞いていた上でのセリフだが、二人ともそ
のような事を話題にしなかった。
 そして、二人は無言のまま時を過ごし…。


「おい」
 アルベルの低い声と共に軽く肩をこつかれて、ネルは覚醒する。
 いつの間にか、アルベルは起き上がっており、一方を見据えていた。
「ん? 時間かい」
「ああ」
 ネルは伸びをしながら立ち上がり、アルベルが見据える方に視線を向ける。そこにはミ
ラージュがクォッドスキャナーになにかを入力している後ろ姿があり、その彼女の前には、
なにかが円状に白く光り輝いていた。大きさは子供がようやく入れるくらいな小さなもの
であったが、だんだん大きくなっているようだ。
「モンスターのいる部屋への入り口です。そろそろ開きます。準備をお願いします」
 アルベルは軽く刀を握り締め、ネルはすぐに準備を済ませる。その間にも少しずつだが、
大きくなっていく光の円。
「私の合図とともに、この光に飛び込んで下さい。入り口が空いている時間は約十秒。通
るくらいなら余裕の時間ですが、油断しないで下さい」
 冷静なミラージュの声が静かに響く。彼女の前の光の入り口はやがて、この廊下の半分
は埋め尽くすくらいに大きくなり、白から黄色に変色しはじめる。アルベルとネルはすぐ
に飛び込むべく、入り口の前にじりじりと近づく。
「カウントダウンします。よろしいですか? 10秒前。8、7、6、5秒前、3、2、
1…。行って下さい!」
 ミラージュが高く声を発すると、二人は同時に光に向かって飛び込んだ。
 飛び込んだ先は、先ほどのファイアーウォールと同じ景色のところで、やたらだだっ広
い空間であった。
「ナイトストーカー。全部で30機あります。全滅させて下さい」
 彼女もネル達のすぐ後に飛び込んだらしく、背後で声がする。床一面には這う人のよう
なメカが、がちゃがちゃと音をさせ、そこかしこにうろついていた。
「レーザー、光の砲を打ってきます、気をつけて。援軍の到着予定時間は約20分後です」
「わかった!」
「それまでにブッ潰してやる!」
 二人は愛用の得物を鞘から抜き放ち、それぞれうろつくナイトストーカーに向かって走
りだす。ミラージュもクォッドスキャナーを懐にしまい込むと、キッと表情をひきしめて、
走りだした。

 一体一体はそれほど強敵というわけではない。だが、30機という数は三人ではなかな
か手ごわい。
「とどめをさしたか、確かめる余裕がないねえ!」
 短刀を薙ぎ払い、ネルはナイトストーカーの頭部を胴体から吹っ飛ばす。生き物ではな
いので、頭部を切り離したところで、致命傷になるわけではない。胴体だけでも、まだ動
くのだ。
「胴体の中央にある核を破壊して下さい!」
 ナイトストーカーの懐に入り込み、ミラージュは強烈なかかと落としで、胴体のちょう
ど真ん中の部分を打ち砕く。
「キュイ…キュキュキュ…」
 這いつくばるように崩れ落ちると、頭部の目にあたる部分の光が消えうせ、動かなくな
る。
「そこかあ!」
 アルベルは愛用の刀で下から斬り上げ、その勢いで飛び上がりめくれ上がった無防備な
腹部のど真ん中めがけて、ガントレットを突き出した。
 ガシャアン!
 とがった技手の爪先が、その部分に突き刺さった。腹部からでは核は少し遠いらしく、
致命傷ではなかったようだ。手足がぎこちなくもがいた。
「ん…?」
 生き物ではないのだが、なにか精神力じみたものを感じた。原理など知った事ではない
が、精神力を削る攻撃はアルベルの得意とするところだ。
「おまえの命をよこせ!」
 さらに技手を奥に突き差し、中にある核を無造作につかむと、アルベルはさらに凶悪な
笑みを浮かべる。彼の周囲から黒いオーラが立ちのぼり、周囲にいるナイトストーカーも
巻き込んで、体力と精神力を吸い込みはじめた。
「ほう…! 生きてもねえくせに、精神力と似たようなもんを持ってるらしいな」
 あっと言う間にナイトストーカーの精神力を吸い付くし、アルベルは動かなくなったそ
れを無造作に蹴り飛ばした。
「次だ!」
 すぐに振り返り、アルベルは真後ろにいるナイトストーカーに切りかかった。
「あと10機です! 後援の到着まであと5分!」
 ミラージュは素早く状況を判断し、戦っている二人に向かって叫んだ。
「チッ! 時間が経つのがはえぇな!」
 全滅はできそうだが、時間内の全滅は難しそうだ。アルベルは舌打ちした。
「ようは倒せば良いんじゃないか!」
 時間内の全滅にこだわるアルベルに、ネルは叱咤するように怒鳴る。
「そりゃあ、そうなんだが…よっ!」
 それは、アルベルもわかってはいるのだが。彼は近づいてきたナイトストーカーの頭部
を技手で弾き飛ばした。
「残骸が邪魔になってきましたね」
 ナイトストーカーの数は順当に減っていき、倒したそれの残骸が増えていく。正直なと
ころ、足場が良くない。
「そろそろ後援がくるころだね」
 ネルは足場が悪い床の上をどうにか移動し、まだ残っているナイトストーカーと距離を
とる。
 そして、ネルの言うとおり、空間から光が出現し、ロジャーとスフレ、クリフの三人が
その光から飛び出してきた。
「お! もうやってやがるのか!」
「うおお!? かなりの数じゃんか!」
「みんな、大丈夫!?」
 この部屋の有り様に、三者三様の声を上げる。三人が、さて戦闘に加わろうと戦闘態勢
に入る。
 ミラージュはちらりとその三人を横目で見て、そして目前のナイトストーカー達に視線
を戻す。残骸も混じり、彼女の直線上に今、動いているほとんどのナイトストーカーがい
た。そこにいないのは、ネルとアルベルが対峙している二体だけだ。うち、アルベルと対
峙しているものは、今、崩れ落ちた。ネルと対峙している方も時間の問題だろう。
 この敵の位置は、早く敵を片付けるチャンスである。それを逃すミラージュではない。
「一気にカタをつけます!」
 一瞬だけ、ふっと息を吸い込み、目を閉じ神経を集中させる。
 そして、カッとばかりに目を見開いた。
「インフィニティアーツ!」
 ミラージュは勢いをつけて手近なナイトストーカーから蹴り飛ばすと、その勢いのまま、
一直線上に強い連続蹴りを繰り出した。
 動いているもの、動かなくなったもの、そのどれもが一緒くたになってミラージュに蹴
られ、飛ばされ、破壊された。
 ズガガガガガガッッッッ!
「はあああぁぁぁっっ!」
 ミラージュの勢いは止まる事を知らないまま、次々と蹴っていく。その場で打ち砕かれ
るモノ、蹴り飛ばされて残骸の海に沈むモノ、遥か高く蹴り上げられて、重力に逆らえず
床に激突するモノ。繰り出される蹴りの勢いに足元の残骸も吹き飛ばされる。彼女の通っ
た跡は、残骸で覆われていたはずの床が露出していた。
「はいっ!」
 そして、最後のナイトストーカーを蹴り上げ、少し浮かび上がったところにまわし蹴り
をくらわし、壁に叩きつけて粉砕する。
 ドガッシャアン!
 激しい破壊音のあとは、静かな沈黙があった。噴煙がゆるやかにあたりをつつみ、そこ
にいた人間が全員馬鹿みたいに突っ立っていた。
 ピー、プシーッッ。
 先ほど、ネルの一撃をくらい、どうにか立っていたナイトストーカーが煙を吹きあげた。
小さな音だというのに、いやに室内に響いた。
 そして。
 ガシャン。
 その場に崩れ落ち、内部の部品がぴんぴょんと飛び出た。その飛び出て落ちるわずかな
音でさえも聞こえるくらいに静かだった。
「ふぅ…。終わりましたね」
 ミラージュの落ち着いた声が、妙に場にそぐわない感じがしたのは、気のせいでもなか
っただろう。

「あら。もう片付けちゃったのね」
「なんじゃ、つまらんのう」
 後援として、後から駆けつけたマリア組や、アドレーの出番はまったく無かった。
「まあ…な…」
 多少クリフの声が引きつっていた事に、マリアはちょっと片方の眉をはねあげたが、特
に突っ込む気はないようで、何も言わなかった。
 ネルやアルベルが微妙な顔付きでクリフを眺めていて、その視線の意味がわかる彼とし
ては、努めて無視するくらいしかできなかった。

                                                                         END































元は同人誌で発行しましたモノです。若干でありますが加筆もあったりして。もちろん、
修正も入ってますが。
なんと言いますか。一番書きたかったのって、ミラージュさんだったりして。最初はそこ
までするつもりはなかったのに、気が付けばミラ→クリ風味。
でも、恋愛感情で言ったら、ミラージュの方がクリフを好きなんではないかな、とか思っ
たり。信頼とかでいったら、クリフの方がミラージュを頼ってる感じしますけど。ワタク
シの個人的な印象での解釈ですが。っていうかね。彼らの歳の差がね。9歳ってのはね。
クリフがお年頃の時は、ミラージュさん子供ですよ。ちゅーたら、ミラージュの方が先に
クリフを好きになったんではないかなーとか。クリフが源氏物語みたいな事を無意識にや
っていたりとか。
にしてもミラージュさんたら、なかなか動いてくれません。余計なおせっかいとかしない
キャラだから、書くのにちょっと困ったりしてました。
あと、ファイアーウォール内が、なんだかよくわからない事になってますが話の展開の都
合上の捏造ですので、あんまり気にしないでおいて下さい。