「素敵ですよ、アルベル様」
「フン」
 着付けの仕上げをしていたメイドは、ひどく満足そうに特別に仕立てた軍服を身につけ
たアルベルを上から下までながめた。
「…動きにくい…」
「仕方ありませんよ。軍服と言えど、礼装なんですから。しかも、今日のために仕立てた
のですよ? 一生に一度の晴れ舞台なんです。これくらいは我慢なさいませ」
「…………」
 暑苦しそうに顔をしかめていたが、あきらめてアルベルはため息をついた。
「本当に…立派になられましたね…アルベル様…。さあ。ウォルター様にも見せに行きま
しょうね。喜んで下さいますよ」
「おい、ガキじゃねえんだから、なんでそんな事…それよりもあとで…」
「こちらですよ、アルベル様」
「…………」
 このメイドに勝てるわけなどないアルベルは、結局黙ってついて行く事になる。
「ほう。小僧が着飾っておるか」
「うるせえ」
 アーリグリフ側の高官が控えている部屋で、ウォルターはソファに腰掛けていた。
「ご立派になられましたよね。グラオ様もきっとお喜びになりますね」
「ふっ。馬鹿息子がこうなるとは、ヤツも予想つかんかったじゃろうがな」
 口ではお互い悪態ばかりついていたが、ウォルターの目は確かに細く笑っていたのを見
てしまい。アルベルは思わずそっぽを向いた。
「…まだ時間があるんだろ…。外に出てくる」
「それでしたら、時計をお持ち下さいね」
 メイドはすかさず懐中時計をアルベルに手渡す。彼の行動パターンをほとんど把握され
ていた。黙って時計を受け取ると、アルベルは大股で歩きだした。

「はー」
 落ち着かない。このきつい礼服を脱ぐわけにもいかず、アルベルはアーリグリフの高い
空を見上げた。
 ここは高台になっていて、アーリグリフの街が見渡せる。アーリグリフの代名詞のよう
な雪は溶け、今は緑色に染め変えられている。まだ少し肌寒いが、夏はもうすぐそこだ。
 短い夏だが、雪国であるだけ、みんなそれを楽しみにしているし、アルベルも嫌いでは
ない。丈の短い草原に立ち、吹く風に長く独特の色をした髪の毛がなぶられる。
 見慣れた初夏のアーリグリフが、今だけはいつもと違って見えて、不思議な気分だった。
「こにゃろーっ!」
 突然聞こえてくる声に、アルベルはひょいと身を避けた。そこを頭から突っ込んできた
ロジャーが通り過ぎる。
「んぎゃーっ!」
 よけられて、ロジャーはずりずりと地面をすべっていく。
「避けんなばかちん! オイラの一張羅が汚れちまったじゃねえか!」
「つっこんできた阿呆はそっちだろうが。……っていうか、なんでおまえがここにいる!?」
「フン。アドレーのおっちゃんが教えてくれたんだ」
 服についた土やほこりを手ではらいながら、ロジャーは立ち上がる。一張羅と言うだけ
あって、彼にしてはなにかと良い服を着ているようだが。
「チッ。あのおっさん余計な事しやがって…」
「おまえウソだろ!? あのおねいさまとけ、けけ、ケッコンするなんてよう!」
「ウソだと思うんなら思ってろよ」
「んがーっ! ムカつくムカつく! おねいさまもどうして…!」
 ロジャーは怒って地面をばんばん踏み鳴らした。
「やっほー!」
 ぱたぱたという足音が背後から聞こえた。
 まさか。
 そう思って振り返った瞬間。背中に誰かが勢いよく抱き着いた。
「アルベルちゃーん! 久しぶり!」
「な、な、お、おまえ!?」
 可愛らしいワンピースを着て、髪飾りをつけて明らかに着飾っているスフレが、自分の
背中に張り付いている。
 と言うことは…。おそるおそるアルベルは振り返って見ると…。
「アルベルさん、素敵です! ちゃんとした服を着ればすっごく格好良いじゃないです
か!」
「本当ね。見違えたわ」
「馬子にも衣装ってヤツじゃねえのか?」
「アルベル。おめでとう。ビックリしたよ」
「おめでとうございます。連絡受けて駆けつけました」
 空の彼方に帰ったはずの連中が、そろいもそろってきっちり礼服を身につけて勢揃いし
ているのである。
「な…な…、なんで!? 何故だ!?」
「えっとねー、ロジャーちゃんから連絡受けてね。アタシがみんなに連絡してね。ばびっ
と駆けつけたげたんだよ」
 激しくうろたえるアルベルの首にかじりついて、スフレが上機嫌で説明する。
「てめえかあ!」
「ぐわっ! や、やめろぐ…ぐるじい」
 逃げようとするロジャーの首を思わず締め上げて、殺気立った目付きで睨みつけた。そ
ういえば、ロジャーはエリクール出身の中では、子供なせいなのか機械に対しても偏見も
なく、操作などの飲み込みも早かった。通信機なるものをマリアから渡されているところ
を、目撃していた記憶が掘り起こされてくる、
「おいおい落ち着けよ。こちとら少ない休みを、どうにかこうにか絞り出して来てやった
んだからよ」
「来なくて良い。つーか来るな」
 ロジャーの首をつかんだまま、スフレが背中に張り付いたまま、アルベルは暗い目付き
でクリフを睨みつけた。
「相変わらずだなあ、おまえ。ちったあ素直になってだなー。まあ、素直なお前ってのも
気味悪いもんがあるが…」
 ごっ。
 アルベルの拳がニヤけたクリフの頬にクリーンヒットした。
「てめえらも俺を笑いに来たのか?」
「祝いに来たんだよ…」
 拳を握り締め、怒りのオーラを燃やしながらドスの効いた声でフェイトに向かって言う
と、フェイトは多少たじろいで、両手を少しあげて見せた。
「普段が普段だから、こういう時にからかわれるんだよ…」
「うるせえ」
 ちなみに。スフレは相変わらずアルベルの背中に張り付いたままだ。
「ねー、アルベルちゃん。ネルちゃんはどこ? っていうか、ここ式場じゃないでしょ。
どっち?」
「来る気なのか、おまえ?」
 心底迷惑そうな瞳をスフレによこすが、そんなもので動じるスフレではない。
「当然じゃん。アタシ、アルベルちゃんもネルちゃんも大好きだもん!」
 アルベルはあきれてものも言えない、というようにおおげさなため息をついた。
「そろそろ時間か…」
 手渡された懐中時計を取り出し、アルベルは時間を確かめる。
「チッ。来たきゃ来い」
 そう言い捨てると、アルベルは丘を降りる。やっぱりスフレは背中に張り付いたままだ。
「きっと綺麗になってるよね、ネルさん」
「きっとね。彼女、美人だったもの」
「あー、あいつどうなってるかなー。良い女になってっかなー」
「クリフ」
「久しぶりだな、ネルさんに会うのは」
「オイラも実は、おねいさまに会うのは久しぶりなんだよなーこれが」
 アルベルの後に全員がぞろぞろとついて来る。わりと異様な集団に見えたかもしれない。
「アルベルちゃん、お別れの時にさっさと帰っちゃって、寂しかったんだからね」
「そうかよ」
「もう会えないかもしれないっていうのにさ」
「フン」
「…でもまた、会えたからいっか!」
「ひっつくな暑苦しい」
 そう言うものの、アルベルはスフレをふりほどこうとはしなかった。むしろ前かがみに
なって彼女の負担を少なくしていた。

「ん? おお、アルベル…。お前達も来ていたのか」
「お久しぶりです、アーリグリフ王」
 外にある式場ではすでに人数が集まっていて、その中にはアーリグリフ王と王妃となっ
たロザリアもいた。フェイト達を見つけ、驚いた後、顔をほころばせた。
「そうだ。マリア」
 やっぱりスフレが背中に張り付いたままのアルベルだが、自国の王を見てなにか思い出
したようだ。
「なに?」
「前の一件。王に説明しといてくれると助かる」
「…………」
 マリアの顔が少し引きつって、半開きになってアルベルを睨みつける。でも確かに、あ
の出来事をこの王にわかるように説明しろと言うのは、アルベルにとって難しかっただろ
う。
「しょうがないわね…。もう…」
「助かる」
 素直に礼を言うアルベルを、マリアは横目で見た。出会った時とは随分変わったものだ
と苦笑した。
 確かに今でも無愛想だし、態度は悪いし、口も悪いようだが。
 まあ、良い男の頼みは聞いておいてあげるわ。
 そんな事を思いながら、マリアはアーリグリフ王に向かって歩きだした。
「おう! フェイト殿ではないか! おう、みんなそろって!」
 その時、アドレーがフェイト達を見つけて小走りにやって来る。カラコロ音がするので、
紋付き袴の下はやっぱり下駄なのだろう。
「お久しぶりです、アドレーさん」
「フェイト殿も随分立派になったのー」
 アドレーは相変わらず豪快で、ばんばんとフェイトの肩を叩いた。
「そうじゃ、フェイト殿! ちょうど良い。ウチのクレアの婿に…」
「お父様!」
 大きなアドレーの背後から厳しい声が聞こえた。クレアがタイネーブとファリンを引き
連れてやって来た。
「あ、クレアさん。お久しぶりです」
「お久しぶりです。フェイトさんも元気そうですね」
「こんにちは」
「こんにちはですう」
「タイネーブさん。ファリンさんも」
 なつかしい面々が、それぞれ着飾って笑顔で挨拶してくる。
「クレア。邪魔するでない。ネルが片付いたんじゃ。次はおま…」
 ばんっ!
 父親を裏拳で黙らせて、クレアは苦笑を周囲にふりまいた。
「相変わらずでごめんなさいね」
「い、いえ…」
 クレアの笑みがなにか怖いものが混じっているので、フェイトはほんの少したじろいだ。
「なあ、ところで、あそこにいる人。どっかで見かけた事があるんだが…」
「え?」
 クリフが目で指す先に上品な女の人がいた。髪形もおとなしいし、少し足が見えている
ワンピースなど着ているが。あの印象的な紅い瞳は忘れようもない。
「あ、あの。お願いしますね。今日だけ、お忍びなんです」
 クレアはちょっと困ったように、だがウィンクして人差し指を口元に寄せる。
「…わかりました。ネルさんの人気ってすごいんですね」
「ええ。だって、とても遠くにいたあなた達でさえも駆けつけたのでしょう?」
 それを言われると、フェイトは苦笑するしかない。
「それでだなー! フェイト殿!」
 クレアの裏拳で黙らせられたアドレーだが、やっぱりあっと言う間に復活して、むっく
りと起き上がってフェイトの前に立つ。
「この男、手が早くてなー。もう…」
 ドバンッ!
 今度はアルベルから渾身の一撃をくらい、撃沈する。
「え? あ? な、何…?」
 突然の事に何がなんだかわからないフェイトは、動かないアドレーと、ふて腐れた態度
のアルベルとを見比べた。クレア達はあさってな方に視線を向けたり、アルベルをジト目
で睨みつけたりしているが。
「…どしたのアルベルちゃん?」
「何でもねえ…」
 背中にいるスフレがびっくりしてそう尋ねるが、アルベルは不機嫌そうに答えるだけだ
った。あとでクリフあたりに、しこたまからかわれるだろう事を思うと気が重くなる。
「あら、花嫁の準備が済んだようですね」
「え?」
 ミラージュの言葉に、周囲にいた者がそちらに視線を移した。
「わーお! ネルちゃんきれーい!」
 スフレは身軽に、アルベルの背中から肩に乗り移り、あっと言う間に肩車状態になる。
 式場の中の控室で花嫁衣装の着付けを終え、ネルがメイドに手を引かれながら姿を表し
たのだ。純白の衣装を身につけ、その紅い髪に、花と一緒に薄いヴェールがかぶせられて
いる。真っ赤なルージュを口につけ、この世のものとは思えぬほどに美しかった。
「おねいさまー!」
「ネルさん、きれいー!」
 ロジャーとソフィアが黄色い声をあげる。予想外の面子の大集合にネルは目を見開いて。
しばらく信じられないように眺めていたが。やがて、泣きそうな顔でほほ笑んだ。
「ほーら、スフレ。いい加減にアルベルを渡しなさい」
「はーい」
 マリアにたしなめられて、スフレはひょいと身軽にアルベルの肩から降りる。そして、
少し乱れた彼の服装を、背伸びをして整えてあげる。
 ネルはドレスの裾を持ち上げながら、メイドに手をひかれて静かにこちらにやって来る。
 一歩一歩、ゆっくり歩いていくネルに、周辺にいた人々は彼女に道を開けるため、少し
下がる。それが彼女の花道のように見えた。
 そして、アルベルの前に来る。静かに彼を見上げるネル。それを見下ろすアルベル。
「ま、なんだ…」
 照れてしまい、アルベルは鼻の頭をちょっとこすったが。覚悟を決めたらしく。
「行くぞ」
 手袋をつけた左腕を差し出した。
「はいはい」
 ネルは笑って、その腕に右手を置いた。


                              The END































あとがき。
最初は結婚なんてシメ方はありきたりっぽいからやめようかとか思ってたんですけどね。
寝る前にネタを考えてたら、次の日にはもうそれを忘れてまして。まあいいや思い出すべ
と書き出してたんですが、やっぱり思い出せなくてこっちの方に流れちゃって。新入りが
スパイになる予定なんて本当になかったんですが。そこらあたりから結局こちらに路線変
更。
だから書き出し書いてたあたりは、ここまで長くなる予定もなかったのに…。なもので、
最初の方の時間の流れ方がちっとおかしいんです。
あと、オリキャラがわりと出張ってます。名前は正直あんまりつけたくないので名無しで
すが。こういう二次創作でオリキャラって出す時、戸惑い感とかあるんですが。書きたい
内容によっては必要になりますからねぇ…。でも、かませ犬にするなら、オリキャラの方
が適当に思います。元からいるキャラにそれをやると、不愉快になる方もいるんじゃない
でしょうか。好きなキャラがそういう扱いって読んでて楽しいものではないですしね。
よそのサイトさんもおっしゃってますが、やっぱこいつらってできちゃった結婚な感じし
ますよね。そこまでおい立てないとくっつかない感じがしますが。ちなみに式は産んだ後
設定です。準備期間にも時間がかかるって感じで。日程組むのも面倒くさそうだし。
では、ここまで読んで下さってありがとうございました。