「……………………」
 自分の顔に手を当てて、アルベルは深くため息をついた。
 勘弁しろよ…。
 とか思っても、自分の心である。自分の心のくせにどうにもならぬとは。
 どうしろと言うのか。
 そこまで考えて、アルベルはこれからの事を考える。
 とりあえず、一から修行しなおす。まあ多少仕事を片付けないと、ウォルターやアルゼ
イあたりが何か言い出すだろう。それくらいか。
 …つまり、別に彼女と会う理由はないのだ。
 なんか残念な気持はこの際、置いておくとして。
 ともかく、これから彼女と会う事は、さっきも考えたように滅多な事ではないだろう。
どうにも癪で不本意だが、こんな気持抱いているのは事実で。しかし、会わなければこの
気持をおさえられるはずだ。
 こんなものはずっとしまっておけば良い。
 それだけのことだ。
 しかしこの自分がそんな事になるとは。
 本当にあの連中といると、自分のペースがとことんかき乱される。これだって、あの連
中と一緒にならなければ、縁がなかったものを…。
 目を閉じれば、思い浮かぶのは彼女の顔ばかり。
 確かに良い女だった。
 強さもそこそこで、女である事を考慮にいれればかなりのものだろう。直接戦えば勝つ
自信はあるが、あの施術は厄介だ。
 隠密というものは、あんなに露出が高くて良いものだろうか。自分の事は完全に棚上げ
して、アルベルは思い耽ける。
 脇からのぞく胸。施紋が描かれている足。そういえば、胸元に顔を飛び込ませた顔もあ
ったか。事故だったし、その後何発か殴られたが。
「………………」
 急に女が欲しくなり、アルベルはむっくり起き上がる。こんなに大きな街だ。路地にで
も行けば、今頃その手の商売の女くらい見つかるだろう。腹も減ったしメシを食った後に
でも…。
 そう思って、アルベルは扉を開けた。
「お、兄ちゃん!」
 一瞬、アルベルは幻覚でも見ているのかと思ったが。別れたはずのロジャーがそこにい
るではないか。薄暗い廊下で、なにやら座り込んでいるように見える。
 思わず目を見開いて凝視してみるが。
 相変わらずロジャーはそこにいた。
 ロジャーは立ち上がり、歯をむき出して笑って見せた。どうやら、愛想笑いをしている
つもりらしい…。
「実はさあ、オイラあんまりっていうかその、ほとんどカネ持ってなくってよー。何とか
なるかとか思ってたんだけどよー、もう時間が時間だから、ハラも減ったし眠くもなるじ
ゃねえか。よく泊まったここに泊まろうと思ったら、この宿、おねいさまがいねえとすげ
え値段跳ね上がるのな! 冗談じゃねえと思ったんだけどよ、兄ちゃんならそんな金くら
いあるかと思ってよー。オイラよりちょっと先に帰ったとかおねいさまから聞いたしよー、
今日あたりこの宿にいるかと思ったら、そうらしいって言うじゃねえか。で、聞くとこの
へんに部屋に入ったって言うしよ。この部屋で良かったのかなーとかって迷ってたんだけ
どよ、大当たりだったんじゃねえの! へへっ」
 へへっじゃねえ。
 アルベルは脱力した。
「なに、メシでも食いに行くのか? 付き合うぜ」
 メシ代もないだけだろう、このタヌキ。
 そう思ったが、アルベルはそう言わず、ため息を吐き出した。いつもなら無視するか、
蹴り飛ばすか。
 だが、アルベルは気を取り直した。
 らしくないなと自覚していたが、もうこだわるのもなんだか面倒になってきて。
「俺は酒を飲むが、良いんだな」
「オイラ酒は飲まねえけど、良いぞ」
 もう女を買うどころではないな。苦笑しながら、アルベルはロジャーを連れてホテルを
出て、夜のペターニへと歩きだす。
 こんなチビダヌキが一緒の食事など、色気もなにもあったものではないのだが。不思議
とアルベルはそれが嫌だとは思わなかった。

 ロジャーはサーフェリオに向かい、自分はアリアスへ。
 アリアスの領主屋敷にはネルの同僚がいたはずだが。別に会う気もないので、ちらりと
横目で領主屋敷を見ただけでアリアスを通り過ぎる。
 カルサアに戻ると、ウォルターの屋敷で一泊して、明日は修練所へ向かうかとぼんやり
考えていた。
「小僧。あそこの修練所は今誰もおらんのじゃ」
「あ? 何でだよ」
 夕食時。ウォルターにそう言われてアルベルは少し驚いた。
「漆黒の団長であるおまえが牢獄で捕らわれ、副団長のシェルビーはもうおらん。まあ、
おまえが団長に復活するのも時間の問題じゃがな、副団長はそうもいかんじゃろ。それ
に先の戦争での、漆黒の被害が一番なのは、おまえもよう知っておろう。兵士の補充も
せねばならん」
「………」
 アルベルは無言でウォルターを見る。
「そういうごたごたもあっての。副団長を選出しとる今は、漆黒全員に休みが言い渡され
ておる。戦争も終わったしな。それぞれ全員実家に帰っとる事じゃろう」
「……そうか…。…すると、帰っても俺一人か」
「まあそのうち全員戻ってくるじゃろうがな。とにかくそういう事じゃ」
「フン…」
 しばらく一人になるのも悪くないだろう。どうせ仕事がたまっているだろうし。それま
では自分の休みでもあるか。
 そう考えて、アルベルは酒を飲み干した。

 確かに誰もいないらしく、カルサア修練場はがらんどうとしていた。誰もいないとなる
と、やたら広く感じるものだ。
 少しなつかしく感じるこの修練場を歩きながら、改めてここを見回す。
 とりあえず、自分の私室に戻ってそれから…。
 バタバタバタ…。ドタドカッ…。
「………………」
 誰もいないはずではなかったのだろうか? アルベルは眉をしかめた。どうにも屋上の
あたりが騒がしい。
 どうしたのだろうと訝しがりながらも角を曲がった所で、目は小さく、顔は白くのっぺ
りとした、激しく怪しい二足歩行が、マリアの持つ武器のようなものを抱えて数人いるで
はないか。
「何だ! 怪しいヤツめ!」
「どっちがだ!」
 思わず叫んでから、アルベルは素早く腰の刀に手を回す。
 あれがマリアと同じ武器だと言うなら、おそろしく早く打ち出される飛び道具だろう。
あれを打たせてはまずい。
 すっと睨みつけて、素早く抜刀すると怪しい二足歩行に斬りかかった。
「フン…。クソ虫どもめ…」
 あっと言う間にノシて、アルベルは刀を鞘におさめる。
「おい…。なんなんだ、てめえら…」
 どうにかまだ息のある者を見つけだし、そいつの首を締め上げる。
「貴様こそ…何者なんだ…。ラインゴット博士の関係者か…?」
「ラインゴット…?」
 どこかで聞き覚えがあるような気がするのだが…。そして、はたと思い当たった。
「フェイトがここに来てると言うのか…?」
「貴様…やはり、ラインゴット博士の…」
「チッ!」
 締め上げた首を壁にたたきつけ、アルベルは立ち上がる。フェイト達がまたここに来て
いるとはどういう事だ。
 どうも物音は屋上から聞こえてくる。ここの構造を熟知しているアルベルは、よそから
入ってきた者には知らないようなルートを知っている。そこを使えば気づかれずに屋上へ
向かえるだろう。
「フン」
 とにかくわけがわからないが、屋上へ行けばなにかわかるかもしれない。アルベルは鼻
を鳴らして屋上へと向かった。



「………………」
「…まあ、アルベルも初めて見ると思うんだけどさ…。僕もここは初めてでよくはわから
ないんだけど、それでも、施設の事なら僕も使い方くらいは説明できるし」
 戦艦アクアエリー内をフェイト達と共に案内された後、アルベルに割り当てられた部屋
に来て、今度はフェイト達から風呂などの使い方を説明された後。アルベルはただただ黙
りこくった。
 よくわからない材質で造られた、よくわからないデザインの、よくわからない構造の部
屋。調度品の数々は人間が使うということで、デザイン的にどことなく把握できるものの、
それだけだった。やたら光ったりするものや、やたら半透明だったりするのは何なのか。
 世界はなんと広い事か。マリアの船であるというディプロもわけがわからなかったが、
このアクアエリーというのもわけがわからない。
「大丈夫かい? わからない事があったら聞いて良いから。とにかく、この部屋を使って
良い事になってるからさ」
 眉間を指でおさえて、ため息を吐き出すと、フェイトはちょっと心配そうにアルベルを
のぞき込んでくる。
「いきなりこんなとこで戸惑うと思うけど…」
 フェイトの心配そうな声を聞いていると、こんなところで戸惑っていられないと思いだ
す。もっと強く、もっともっと強くなるために、こんなところで立ち止まっていられない。
確かに、文明による環境の違いの激しさは目眩がするほどだが、出会う人間は驚く程、自
分が知っているものと変わりがない。どこへ行っても人間は人間だ。
 たとえわからない環境であっても、そこに人間がいるということは、自分も人間である
以上、自分だってここにいられるのだ。
 そう悟ると、アルベルは眉間から指を外し、顔を上げた。
 とにかく、これはもう開き直るより他ないのだ。考えてもわからないものはわからない。
自分のいた世界だって、わからない事はあった。大体、地面だってそこにあったもので、
どういう構造かだとか考えた事もなかったし、どうやってできたのだってわからないでは
ないか。ならば、そういうものだと割り切った方が早い。
 あとはもう、余計な事は考えずにそういうものだと認識して、自分にできること、課せ
られた事を果たして強くなるだけだ。
 なにより、自分で覚悟して決めた事だ。
「ああ…。まあ、自分で納得して選んだ事だ。文句は言わねえよ。…とりあえず、もう一
回、使い方の説明、頼む」
「わかった」



「…どこへでも行けるって事は、エリクールにも戻れるって事だよね?」
「そうなるわね」
 フェイトの言葉に、マリアも頷く。
 やっぱりよくわからないが、FD世界にやってきて、なんだかわけもわからないうちに
ジェミティという目まぐるしくて眩しい都市にやってきて。
 とりあえずアルベルは仕組を考える事はとっくのとうに放棄しており、これからどうす
るかだけ知りたかった。
「じゃあ、エリクール2号星に行ってみる?」
「うん。やってみて」
「OK」
 マリアは居並ぶボタンをまるで楽器でもひいているかのように、器用に叩く。
「そうだ。彼女の所へ行ってみましょうか?」
「彼女って言うと、ネルさんの所?」
 ちょっと待て。
「お、いいな。行ってみようぜ。本当に行けるかどうかわかんねーけどよ」
 クリフまで乗り気だ。
「ネルさんって、忍者っぽいお姉さんの事ね? どんな人なのかな?」
 勘弁しろ。
「忍者? いいねそれ! 見たい見たい会いたい!」
 会いたくねえってば。
 だがしかし。

「…という事でさ、ネルさんも仲間になる事になったからさ」
 フェイト達がシランドへ行くのなら、それに異を唱える理由は自分にはない。そして、
彼らがネルをもう一度仲間にしたいと言うのなら、やはり文句を言う理由は自分にはない
のだ。
 ネルと自分との仲は決して良いものではない。悪いわけではないが、ケンカばかりして
いたのは事実なので、フェイトは自分には多少言いにくそうだったが。
「…まあ…良いんじゃねえ?」
 半分以上投げやりな気持になって答えた。確かに、戦力的にもネルに不安はないし、今
まで一緒に戦っていたのだから、フェイト達にとっても心強いのだろう。
 というか、彼女の協力が欲しかったというのが本当のところか。戦力だけでなく、施術
や援護、料理当番などなどと、彼女の持つスキルには正直世話になりっぱなしだった。
 新しく仲間になったソフィアも施術が使え、料理も上手だが、戦力的には果てしなく不
安…というか、今のところ足手まといにしかなっていないのというのもあったのだろう。
 ともかく、自分の心の内など、パーティとして考えればどうでも良いわけで。
 これはもう、開き直るより他ないらしい。
「あんた…。どこに消えたかと思ったら…」
 驚いて目を丸くするネルを見て、アルベルはなるようになれとか、かなりやけくそな気
持になっていた。
                                   END






























あとがき。
どのへんがチラリズムなんでしょうか…。冒頭の方でネルがアルベルを呼び止める言葉か
ら察してください。
………すっげえ苦しいですね…。
いやはや…。もっとうまくまとめたいですよ…。それでも、アルベル片思いなところを書
きたいなあとか思って無理矢理ですよ。
なんつーかアルベル→ネル→フェイトな感じ。設定資料集やら感情値からそんな設定。て
ゆーかワタシ設定資料集読んだ事ないので、又聞き情報ですみません。
単体としての話より、他の話とのつなぎのためのような話です。そのため、場面の飛び方
が半端じゃないです。読んで下さってる方はアルベル5人目でクリア済み! と勝手に決
めつけての展開ですよ。