夜はよく眠れない。それでも肉体をいじめるように鍛練は激しくなるばかり。それで体
力は回復するわけもなく。
 それなら、回復方法は食事に頼りがちになる。
「アルベルさん…。それって、何杯目ですか?」
 ちょうど隣に腰掛けているソフィアに話しかけられ、アルベルは目だけをソフィアによ
こす。
 ディプロ内の食堂で、アルベルは相変わらずの食事量だった。いや、むしろいつもより
多いくらいではないのか。
「はあら…。ふぁふぉえふぇない…」
「行儀が悪いよ。食べながら喋るんじゃないよ」
 口の中に食べ物が入ったまま、アルベルがしゃべるとすかさずネルにたしなめられる。
「いっぱい食べるねアルベルちゃん」
「本当…、見た感じ5、6杯くらいは食べてますよね…?」
「はあら…」
 やっぱりもごもごさせながら言って、どんぶりをかきこむ。
 その食べっぷりをしばらく眺めていたソフィアだが、やがて視線はアルベルの顔から胸、
腹へと移っていく。
 ソフィアの表情に変化が起きる。
 ここしばらく、ソフィアはアルベルの様子をそれとなく観察しているのだが。
 ソフィアは覚悟を決めたようにごくりと喉を鳴らし、力いっぱいアルベルを見た。
「アルベルさん…」
「ん?」
 やはり、目だけソフィアにくれてやる。あまりに力いっぱい見つめられて、ほんの少し
眉をひそめる。
「その…。アルベルさん。おなか…触ってみて良いですか?」
「んが?」
 目だけしか向けてなかったが、今度は顔もソフィアに向けた。かなり怪訝そうな表情を
つけて。
「ソ、ソフィア…?」
 ソフィアの向かいで、フェイトが戸惑ったような声をあげる。
 さっきネルに注意されたからなのか。口の中のものを飲み込むと、アルベルは口をぬぐ
いながら声をあげた。
「なにたわけた事ほざいてやがる…」
「ご、ごめんなさい…。で、でも、ど、どうやったらそんなにあんなにたくさんいっぱい
食べているのに、アルベルさんの胴まわりって細いままなんですか!?」
 アルベルの怪訝そうな表情がさらにけわしくなる。フェイトは思わずひきつった顔でそ
っぽを向いた。
「…知るか…」
「なにか秘訣とか、あるんですか!?」
「秘訣もクソもあるかよ。腹減った分だけ食ってるだけだ。食料節制なんぞしてねえぞ。
ここは貧乏でもねえんだろ?」
「そういうわけでもないんだけどね…」
 ディプロ所有のクリフ専用機イーグルが、アーリグリフにて大破したのはマリアにとっ
ては、記憶に新しい。重力ワープ装置を積んだ宇宙船の値段がいくらするのか。それを思
うとマリアでも憂鬱にさせられる。
「貧乏だったのか?」
「…とりあえず。食料に関しては心配ないけど」
「なら良いじゃねえか」
 ちっとも良くないのだが、アルベルの経済観念と、マリアの経済観念は違いすぎるので。
マリアは遠い目をしてため息をついた。
 まあ、マリアも貧しいアーリグリフを見てきているから。アルベルの言う貧乏がどれほ
ど逼迫した状況なのかは、なんとなく想像はつくのだが。
「でもさ、ソフィア。アルベルは動いているから。運動量から考えれば、太らないのもソ
フィアだってわかるだろ?」
「そ、そうだけど…」
 運動が正直言って得意でないソフィアは食べる事は好きだが、動く事はあまり好きでは
ないという、地球レベルで言えば普通の女の子である。
「そういや昔よ、俺が細すぎるって太らせようとさせられた事あったけどな」
「そんな事あったんですか!?」
 ソフィアは目を見開いて、箸を口にくわえたまましゃべるアルベルを見た。
「ウチの漆黒ってのは重装騎士団だ。でけえ鎧かぶって戦うんだ。細いより太い方が鎧は
身につけやすいってのもあるからな」
「はあ、なるほど…」
 ソフィアはカルサア修練所でちらっとだけ見た、鎧を思い出す。言われてみればなんと
なく納得する。
「そこの阿呆みてえな体つきの方が、見た目もわかりやすいってのもあるしな」
 アルベルは口にくわえたままの箸で、クリフを指した。指されたクリフはなんとも言え
ず、微妙な顔付きで黙り込む。遠回しに、彼の体つきを肯定しているらしいというのはわ
かるのだが…。
 確かにクリフのように筋骨隆々としていれば、見た目としてのハクがある。重装騎士団
と言うのなら、そちらの方が似合うというものだし、やはりその名を冠する団長にしては、
アルベルは細すぎる。
 フェイトは前に倒した事のある、漆黒の副団長のシェルビーを思い出していた。彼は、
どっしりとしたタイプだった。
「ま、元々俺は食う方だったけどよ。いくら食っても太らねえから、そのうちあきらめら
れたな」
「……………」
 くわえていた箸をはずして、コップの水を飲み干す。
「それ…自慢なんですか…」
 思わず暗い目付きで、アルベルを睨みつけるソフィアだったが。
「はあ? なわけねーだろ。そういう体質だったってぇんだーよ」
 ソフィアとアルベルの価値観は、星が違う以前の問題で違いすぎる。いつも動いている
アルベルが体脂肪率など気にするわけがないし、そもそもそういう基準は彼の星には存在
しないのだが、ともかく理想とするスタイルがお互い激しく違っているので、話がかみ合
うわけがない。
「アンタ…太りたかったのかい?」
「さあな。なるようになれだ」
 ネルのほんの少し引きつった声に、アルベルはつれなく答える。肯定も否定もしないと
ころを見ると、それも悪くないと思っているのか。
 もっとも、アルベルの体質的にそれは無理な問題だったようだが。
「でもさ、ソフィアちゃん。昨日とか、アルベルちゃんのトレーニングみてたんだけど。
半端じゃなかったよ?」
 口元にごはんつぶをつけながら、スフレは苦笑してソフィアを見る。
「………本当?」
「途中まで腕立て伏せ数えてたけど、かるーく千回超えてたし。ソフィアちゃん…真似で
きそう?」
 ソフィアは涙を流しながら首を振った。そんなことをしたら途中でへたばって翌日は筋
肉痛必至である。
「俺はできるけどな」
「クリフちゃんがやるのと、ソフィアちゃんがやるのとじゃ違うしねえ」
「はは…」
 フェイトはあさっての方向を向いて乾いた笑いをする。
「それですけど、アルベルさん。あなたは少しやりすぎる傾向があります。程々にした方
が良いと思いますけど」
 今まで黙っていたミラージュが口を開く。見回りで見つけたアルベルのトレーニング量
と、スフレから聞いて察するトレーニング量を考えると、明らかにやりすぎだと、ミラー
ジュの脳内データは告げている。
「フン…。ほっとけ…」
 自覚しているのだが、他にどうして良いかわからない。対処法を相談するような真似は
できないし、ともかく、このディプロに乗っているだけの問題だから。
 アルベルは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 ディプロがエリクールに着いて、アルベルが真っ先にした事は思いきり寝る事だった。
 それはもう、誰が起こしても起きないくらいに、眠り続けた。
 …そして…。


「はっはっはっはっ! 万事、ワシに任せておけい!」
 どこにいても聞こえてきそうな大きな声。任せて良いような良くないような、自信満々
の態度。豪快と豪胆を絵に描いたような人物。
 シーハーツの元クリムゾンブレイド、アドレー・ラーズバード。現クリムゾンブレイド
のクレアの実の父親なのだが、その外見は著しいまでの相違があった。
 彼が成り行き場というか、強引にというか。結果的にだが、仲間になった。もっとも、
彼の同行を断る事ができる人物というのも、数少ないのであろうが。少なくとも、フェイ
ト達一行には一人もいなかった。
 彼が一行に加わってから。
「シュバリマルツ5号星へ?」
「そう。色々燃料やらレプリケーターの原料やらの仕入れの関係で、ね…。装備品も色々
と」
 フェイトの声にマリアはおおげさにため息をついて見せた。
「まあ、面倒かもしれんがつきあってくれ。リーダーがいねえと色々面倒な事もあるんだ
よ」
「いいけど、大丈夫なのかい?」
 クリフを見てから、フェイトはまたマリアに視線を戻す。
「エクスキューショナーの事でしょう? 正直、どうとも言えないんだけど、ここいらの
エクスキューショナー達はどうやらそう攻撃的でもないようなのよ。未開惑星が多いから
だと思うんだけど。とりあえず、ここから一番近いのはそこしかなくて。ディプロに何か
あった時の備えっていうのはあって然るべきものだし」
 言って、マリアははるか上空にキラリと光るディプロを見上げる。あそこまでの距離ま
でくれば、転移は簡単だろう。

 せっかくエリクールに戻ったというのにまたここか…。
 アルベルは知らず、ため息をついた。
 たかだか買い出しにリーダーが何故必要なのか、アルベルにはわからないが、どうせ言
ったところでマリアに言いくるめられるのがオチなので、もう何も言うつもりはなかった
が。
 まあ、いい加減あの残り香などベッドからは消えている事だろう。そんな事は問題では
ない。むしろ新しい問題というのが…。
「なんじゃ、随分せまい部屋じゃのう。ここで、ワシとおぬしが寝泊まりするのか? だ
いぶせますぎやせんかのう」
 暑苦しいおっさんのアドレーと同室にされたという事だろう。
「ところで、そのベッドは使わせてくれるんじゃろ? わしゃこう見えてもでりけえとな
所もあってのう。ま、あるならやっぱり柔らかい布団の上で寝た方が良いと言うもんじゃ
ろう」
「知るか。おっさんこそそっちの椅子で寝ろ」
 著しく不機嫌な様子で、アルベルは顎でベッドの向かいにある椅子を指す。
「なんと! こんなせまっこい所で寝ろと言うのか! おぬしには年長者をいたわる心と
いうものがないのか!?」
「ねえよ」
 きっぱりはっきり即答する。
「ううむ。仕方ない。ここはわかりやすく、白黒きっちりつけておくしかないようじゃの
う…」
「フン…。のぞむところだ…」
 アドレーが筋肉をぴくぴく言わせてすごむと、アルベルの瞳が剣呑げに細くなった。

「アルベルちゃんとアドレーちゃんのけっとう?」
 半ば棒読みで、スフレがトレーニング室前にいるクォークメンバーの一人から聞いた事
を口に出す。
「また、なんで?」
「なんでも、寝る所の取り合いだそうですけどね…」
「ああ、同室なんだっけ。じゃあ、ベッドの取り合いか…」
 スフレとクォークメンバーの顔があきれたように笑い合った。
「ちょっと困るわよ、こんなところでケンカなんて!」
 騒ぎを聞き付けて、マリアが人だかりをかきわけてずかずかとトレーニング室に入り込
む。
「止めるでない! 男同士の真剣勝負だ!」
「真剣勝負でディプロを荒らされたんじゃあ、たまったもんじゃないわ!」
 珍しく大声を出して、マリアがアドレーを怒鳴りつけた。
「じゃあ、他にどこでやれってんだ? あのせまい部屋でやれってか?」
 アルベルは刀を構えながら、目だけマリアを見る。
「そもそもそんな下らない事をやるようなスペースなんて、ディプロにはないわよ!」
「下らないと言うでない!」
「おい、マリア。止めても無駄だよ」
「だってクリフ」
 いつの間にか。クリフがマリアのすぐ横に来ていた。騒ぎを聞き付けてやってきたのだ
ろう。
「まあ、原因が何であれ、止めて聞くような奴らじゃないだろうが」
「そ、そうだけど…」
「止めるのが無駄なら、ハンデをつければ良いんですよ」
 そして、やっぱりいつの間にか来ていたミラージュがマリアの、クリフとは反対側の隣
に来ていた。
「ハンデ?」
「そうです。元々、トレーニングルームですから、それなりのスペースはあります。よう
は周囲を傷つけないような条件づけをすれば良いんですよ」
「条件づけ…ね…。それしかないか…。ちょっと、二人とも!」
 睨み合っている二人に声をかけると、二人はそろってマリアを見た。
「いいわ。ここでその決闘とやらをしても。ただし、場所を提供しているこちらでも条件
をつけさせてもらうわ。二人とも同じ条件でやる分には構わないでしょ?」
「…まあ…そりゃな…」
 構えていた刀を少し下げて、アルベルは怪訝そうにマリアを見た。
「トレーニングルームを傷つけない方向での条件づけと言うなら…」
「武器使用、紋章術の使用禁止ですね」
 すぐにミラージュがびしっと言う。たしかに、周囲を傷つけない方法と言うなら、それ
は妥当というか、当然の案だろう。
 そして。武器使用はともかく、紋章術使用禁止はアドレーには手痛い条件で。いやもと
もと体術だって使えるアドレーは紋章術(施術)ナシでも十二分に強いのだが、相手がア
ルベルでは悪すぎた。数分後、アルベルにぼこぼこにされたアドレーがトレーニングルー
ムでのびていた。

「おぬし…得物ナシでも意外にやりおるのう…」
 寝る時間になって、毛布のみで椅子の上に寝転がってアドレーはベッドで寝ているアル
ベルに話しかける。
 しかし、アルベルはそんなアドレーを無視して、反応さえもしなかった。
「しかしのう、おぬし年長者に敬意というか、こう現役バリバリの若いのが、いやもちろ
んワシは今でも現役なわけじゃが、職業的には退役しているようなものでもあるわけでの
う、いやそれよりも先輩なわけじゃろうが。国は違っても人生の先輩というヤツじゃな。
先輩への敬意と言うか、手加減というか、もう少し配慮というものがあっても良いものと
は思わぬのか? それはもちろん、手加減というものが決闘する相手に対して失礼という
ものがあるのもわかるわけじゃが…」
「ぐだぐだうるせえ…たたき出すぞ!」
 なおもぐちぐち言い続けるアドレーに、アルベルは寝返りをうって、どす黒く険悪な目
付きで低くうなった。
「なにおう!? やれるもんならやってみい!」
 そう啖呵を切るのはアドレーにとっては当然の事だったのだが。

 ぺっ。

 吐き出されるように、アドレーは部屋からたたき出された。

「…………で…、この部屋に来たと…」
 ネルは物凄く物凄く疲れた顔で、部屋にやってきたアドレーを見た。
 相手が女子供ならアルベルもたたき出すような真似はしなかっただろうが、相手がアド
レーでは容赦するわけがない。そもそも、容赦するような性格なら決闘もしなかったし、
ベッドもゆずっただろう。
「うむ…。ワシも娘の親友のとこへというのは、ちとマズイかとも思ったんじゃがのう。
他ではほれ、のう。おぬしが一番ワシがよく知っておるからにして」
 ちょっとどころかだいぶマズイと思うのだが、そのようなデリカシーを持ち合わせてい
ないことくらい、ネルはよっっっくわかっていた。
 クレアの家に遊びに行った事など数え切れない。寝泊まりだってよくしていた。だから。
 アドレーの歯軋りやらいびきやら。寝言のうるささもよぉぉぉく知っていた。隣で寝て
いる彼の妻の気にしなさというか、−彼女は慣れだと笑っていたが−、本気で尊敬したも
のである。
 そして。彼がネルの立場上、上司である事も悲しいほどわかっていた。アルベルと違い
ネルは年長者への敬いの心を持っている。仕事上での先輩でもある。性格等はともかく、
彼の強さや経歴にはそれなり以上に敬意も持っていたりするのだ。
 だから。
「悪いのう。なんだか押しかけてしまったようでのう」
 なんだかではなく、明らかに押しかけである。
 まだネルはベッドに横たわってもいなかったのだが、アドレーは早速横になり、そして
羨ましいくらいの寝付きの良さで、あっと言う間に寝てしまった。
「……………」
 ネルは顔に手をやり、重苦しいため息をはいた。
 風呂も入り、寝間着に着替え、あとは寝るだけという段階になって、ドアがどんどんと
叩かれて。怪訝に思いながらもドアを開けてみればアドレーがそこにいて。
 ネルが寝るはずだったベッドでいびきをかいていると。
 アドレーにとってみればネルは娘の友達なわけだから、そして自分の親友の娘でもある
わけで、年頃の女性というより乳臭い小娘なのかもしれないが。
 それにしたってデリカシーが無さ過ぎる。
 今に始まった事ではないのだが。
 そして、ネルは彼と同室ではとてもじゃないが眠れない事を、経験上嫌というほど、知
っている。
 ネルは困って腕を組むと、椅子に腰掛けて、ため息をつきながら悩みも無さそうに寝入
るアドレーを眺めた。
 困った…。
 本気で困った…。
 どうしようもなく困った…。

 そして。

 ポーン。ポーン。
 一定の間隔でもって鳴らされるインタホン。いい加減うるさくなってきて、アルベルは
舌打ちしながらベッドから身を起こす。
「クソ虫め…」
 悪態をつきながら、アルベルはドアを開けた。
「うるせえぞジジイ!」
 プシュ。
 気の抜ける音とともに、アルベルは扉の先の人物に向かって怒鳴りつけた。
「っ!?」
 だが、扉の向こうの人物はアルベルの想定していた者ではなかった。その者は、突然怒
鳴り込むアルベルに息を飲んでほんの少しあとずさる。
「…へ…? あ……ネル…?」
 珍しく、アルベルは彼女の名前を口にした。

「あんたがアドレー様を叩きだしたりするから!」
「うるせえ。てめえだってあのジジイとの同室に逃げ出してるんじゃねえか」
「それは…その…」
 つまるところ、二人ともアドレーとの同室という試練(?)に耐えられなかったのだ。
「…で? 何だって俺のとこになんて来たんだよ」
「あんたのとこって言うか、ここは元々私にだってあてがわれていた部屋じゃないか。そ
こに…戻っただけだよ…」
 ためらいがちに、ネルはこの部屋にやってきた理由を言う。やはりこのディプロという
船の施設は、ネルにとってはよくわからなさすぎて。正直不安を煽られる事ばかりなのだ。
だから、同郷の者という安心感は否定できなかった。アドレーはもう別にして。
「ふうん…」
 さっきまであんなに機嫌が悪そうだったのに、アルベルの顔が意地悪な笑みを作る。
「まあ…。俺はおまえがどこで寝ようが知ったこっちゃねえが…。一人で寝るのにも飽き
たところだ。どうだ? 今夜は…」
 知らず愉悦の瞳を浮かべながら、アルベルはネルのあごを軽くつかんだ。
 途端、ネルの顔が一瞬険悪になり。
 ごすっ。
 ネルの鉄拳がアルベルの顔面にめりこんだ。
「馬鹿言ってんじゃないよ! あんたは! そっちで寝るんだよ!」
 顔を真っ赤にして、ネルはベッドの向かいにある椅子を指さした。
「おまっ…、後から来ておきながらっ…」
「うっさい! あんたには椅子の方がちょうど良いよ! ホラ!」
 ばすっとアルベルが使っていた毛布を投げ付けて、ネルはさっさとベッドに横になって
しまう。
「てめえなあ!」
 少しの間毛布相手に格闘していたアルベルだが、やっと毛布をはぎとって怒鳴りつける
と、ネルはこちらに背を向けて横たわっていた。
 アルベルの目付きが陰険に細くなったが…。
 顔だけ横に向けてハッと短く息をつく。そして、肩をすくめながら、椅子に横たわると
毛布にくるまった。
 ネルは、もしかすると襲われるかとドキドキしていたが。
 アルベルは手を出すそぶりもなくて、しばらくしてそっと振り返って見ると、こちらに
背を向けて寝てしまっていた。わりと寝付きの良い男だから、おそらくもう半分くらい寝
ているのではないだろうか。
 ネルは首を戻し、目の前にある壁をぼんやりと眺める。
 男の体温で暖まっていたベッドが妙に気恥ずかしかったが、何故かホッとして。そのう
ち眠ってしまっていた。

 そんな顛末の部屋変えに、マリアは眉をちょっと動かしただけだった。クリフが一人で
にやにやしていたのは…、無視することにした。
 一人、アドレーがベッドで眠れて御満悦だった事には、それはそれでまあ良いかとか。
 ネルは半分くらい投げやりな気持になっていたりした。

                                   終わり。



















あとがき
お題にそってヒネりだした話です。
微妙にアルベルがへたれだったり。つーか田山花袋の[布団]がちょっと念頭にあったりし
て。読んだ事はありませんが、あらすじくらいなら何となく。
ところでシュバリなんとか5号星とかいうのは捏造しました。