「じっとしてな…」
 アルベルに上を向かせ、ネルは点眼薬を彼の目に落とす。最初は自分でやると言ってい
たが、やはりうまくいかなくて、結局彼女が世話をしている。
 目をしばたかせ、点眼薬をなじませる。その様子は子供っぽくて、ネルは見るたびに苦
笑させられる。
「どうだいそろそろ見えてきたかい?」
「そうだな…。そろそろ見えてくる頃だろうな…」
「もうちょっとかかりそうだね…」
 ため息をついて、ネルは点眼薬のふたをしめる。
 あの時、ネルがくらうはずだった攻撃を、身代わりにかばってくれたのはアルベルであ
る。そのときの負い目が、彼女がアルベルの世話を全面的に引き受けている理由だ。
 それに、スフレやソフィアまでもすすんで手伝ってくれるし、みんな協力的にフォロー
してくれる。そのうえ、ジェミティの宿の施設は便利なものも多く、目の見えないアルベ
ルでもかなりどうにかなったし、彼自身も自分でやろうと努力するので、アルベルの面倒
を看る事自体は別にそう大変な事ではなかった。
 むしろ、問題なのは己の未熟さである。
 あのときスフレは自分よりきちんと戦っていて、一番の足手まといだったのが自分だと
いう事実が、自分をどうにも許せなくて。
 アルベルを見るたびに、それを責められている気がして、情けなかった。
 彼自身はあの戦いについて、ネルの戦いぶりにどうこう言わなかった。まあ、目が見え
なくてそれで手一杯なだけかもしれないが。
 一度謝ったのだが、いつものように「うるせえ」の一言で一蹴され、謝らせてもくれな
い。どうも、あの戦いの話題を嫌がっているようなのだが。
 だから、彼の世話を懸命にしているのだが、うざがられるし。叱り付けてどうにか世話
しているが、なんだか悲しくなってくる。
 なもので、最近はため息ばかりが出てくる。
 ベッドのへりに座る彼を見下ろすと、眉間にシワを寄せながら、首を動かしている。周
囲を見るためなのだろう。だが、様子を見ているとまだほとんど見えないようだ。
 ただ、気配を感知するのは鋭くなっているらしく、大体の人の位置はわかるらしい。
 まだ見えるようになるまで、もうちょっとかかりそうだ。それまで、彼にはいらぬ苦労
をかけさせる事になる。
 あのとき、自分がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかったろうに…。
 そう思うと、ネルはまたため息が出てくる。そして、軽く頭を振った。
「さあ、もう寝な。結構良い時間になってる」
 メンバーと介護の関係(アドレーとの同室はロジャー以外では務まらないため)で、彼
らは同室だったりするのだが。
 ネルは点眼薬を、ベッドの横にあるサイドボードの引きだしに入れ、閉じる。サイドボ
ードの上にはアルベルの使っているアイマスクが置かれていて、それを眺めていると再び
ため息が込み上げてくる。
もう寝ようと振り返ると、いつの間にかアルベルが目前に突っ立っていた。
「…え?」
 ネルも女性では背の高い方だが、アルベルはもっと高い。彼を見上げる。目が見えない
せいで視点がわからず、それが余計に不気味に見えた。
「てめえ…ため息ばっかついてんじゃねえよ…」
 何事かと見ているとアルベルの低い声が降ってきて、ネルはどきっとした。思わず、わ
ずかに身震いする。
「義務感でやってんなら、うぜえだけだ。そんなに俺の世話がしんどいなら…」
「違う!」
 自分のため息をそうとられたと思った瞬間、叫んでいた。その大きさに自分自身も驚い
て、気まずくてうつむいた。
「違う…。違うんだ…。そうじゃない…。義務なんかであんたの世話をしてるわけじゃな
い…」
「じゃあ、どうだって言うんだ? いちいち疲れたため息吐き出しやがって。目が見えね
えってのは、嫌でもそれ以外のモンに敏感になるんだ」
 そうか。ネルがため息をつくたびにこの男がムッとしていたのはそうだったのか。目が
見えない事への苛立ちだと思っていたが、自分に向けてのものだったとは。
「…そっか…。…悪かったね…。そういうつもりじゃなかったんだけど…。ごめん…」
 そう素直に謝られると、アルベルもどう言えば良いのかわからなくなって、一瞬、口を
つぐませたが。
「……じゃあ、何でそんなに疲れてる。てめえの言う通り、義務じゃねえって言うなら、
どうしてそんなに疲れてるんだよ」
 そこを指摘されて、ネルは一瞬目を見開いて、そしてすぐに苦笑した。
「…そんなに…、疲れてるかな…。別にね、あんたの世話が疲れるわけじゃない。みんな
手伝ってくれるし、あんた、結構自分でやるし。義務感でやんなきゃなんないほど、あん
たの世話は大変じゃない」
「?」
 ネルの真意がわからず、アルベルはほんの少し、眉をしかめる。
 目が見えない分、他の器官は嫌が応にも敏感になる。ため息の種類。空気の動き。人の
匂い。目が見えなくなった分、逆に見えてきたこと。
 特に、ネルは自分を見るたびにため息をついていて、どうにも疲れているようなのだ。
そこまで嫌ならと、自分でやろうとすると今度は叱ってくる。結局、世話してもらった方
が早いので、そうしているが。
 すると、彼女をかばったのが自分だから、義務感でやっているのかと思うとなんだか腹
立たしい。そこを指摘したのだが、そうじゃないと言う。
「疲れてる…わけじゃない…。疲れちゃいないさ…」
 言葉と語調は裏腹で。ひどく疲れた声を出しながら、ネルは自分の額に手を当てる。自
分はアルベルの視力を失わせた上に、精神的にも負担をかけていたと思うと、本当に嫌に
なってくる。目が見えなくなってから、ほとんど日常的に不機嫌そうだったので気が付か
なかった。
「…おい…」
「なんだい…」
「言っただろ。目が見えねえ分、それだけ、声の様子がどんなか探ってるんだ。今のおま
えのどこが疲れてないって?」
 ネルは、閉じていた目を見開いた。しばらく彼女は黙り込んでいたが、やがて息を吐き
出す。
「だから…あんたの世話で疲れてるわけじゃないんだ…。ただ…」
「ん?」
「あんたさ…あのとき…どうして私を突き飛ばして、かばったりしたんだい?」
「………………」
 今度はアルベルの方が黙り込んだ。
「そうすりゃ、あんたもこんな事にはならなかったじゃないか」
 アルベルはわずかに顔をしかめてあさっての方向を向く。ネルの視線を感じて、それが
なんとなく耐えられなくて。
「さあな…。何でだったかもう覚えてねえよ」
 しばらくして、アルベルがやっと紡ぎ出した言葉はこんなだった。
 どことなく自分の分の悪さを感じて、アルベルは黙り込む。
 アルベル自身、目が見えない自分が歯痒い。ネルの介護を受けなければならない身が腹
立たしい。自分でやろうとするもうまくいかなくて。
 だから、全面的に世話してくれるネルになんとなく負い目があって。
 献身的に世話してくれる事が嬉しくないわけではない。照れもある。だが、それが義務
感ならば空しいし、悲しい。アルベルの気位の高さから見れば、それは腹立たしい。
 いちいちため息つかれなきゃならんほど、自分の世話が疲れるなら、意地でも全部自分
でやってやるくらいの気負いはある。左腕が大火傷を負い、一生使い物にならないかもし
れないと言われ、それが悔しくて、その根性で今の状態にまで持ち直させたのは自分だ。
 まあ、一時的だと言うし、これくらいでメゲていられないだろう。
 今の状態の自分がネルの負担だと言うなら、そんなものは意地でも吹き飛ばしてやろう
と思っていたのだが。
 だが、ネルはそちらではなく、かばわれた自分自身に対して苛立ち、自分を責め疲れて
いたというのを知って。かばわれた方の気持を嫌という程知っているアルベルは、黙り込
むしかなかった。考えてみれば、彼女の性格からにして、そっちの方が負担になるだろう
といまさら気づいたりして。
「あのとき、私がもっとしっかりしてれば、あんた、こんな事にならなかったじゃないか。
スフレだってきちんと戦ってたのに…」
「もういい…」
 思わず不機嫌になって、アルベルは吐き捨てるように言った。
「これでも、クリムゾンブレイドの一人だってのに、情けないじゃないか。戦闘に関しち
ゃ、あの子よりしっかりしてなきゃなんないのにさ…。むしろ、助けられる始末だなんて
…」
 自分さえきちんと戦っていれば、あの戦いはかなり良い線を行ったに違いない。アルベ
ルもだてに軍の団長をしているわけではない。彼自身の戦闘力だけでなく、戦闘時の判断
力や注意力も優れている。だから、ネルの不調や、スフレの調子に乗り過ぎにも気づいて
いた。ペース配分も、おそらく考えていただろうに。
 それを、自分の未熟さえゆえに彼の視力を奪い、判断力を失わせ、そしてすべてを狂わ
せてしまった。
「あの子、平気そうにしてるけど、あんたを殴った事に負い目を感じてるんだよ。そうし
むけたのは私だし…。あの三戦目なんて、混乱してみんなめちゃくちゃで。その原因をつ
くったのは、全部私だし…」
 口に出して言葉にするほどに、ネルの負い目は膨れ上がってくる。
「もういい。やめろ」 
 アルベルの言葉に怒気が含まれてくる。だが、ネルは止まらなかった。
「私が悪いのに、スフレにまでも負い目を感じさせて。あんたをそんなザマにしちまうし、
みんなを足止めさせるし…。なんで、なんであんた私をかばったりなんかしたんだい!?」
「うるせえ!」
 あのときの自分を見せつけられているようで。アルベルは思わず彼女を怒鳴りつけた。
ただ、あのときはこの苛立ちをぶつける対象が、すでにこの世にいなくて。それはすべて
自分に向かって行って。
「たかだかちょっと目が見えねえくらいで、騒ぐんじゃねえよ。しかもすぐに治るってい
うのに大騒ぎしやがってよ。てめえはそんな下らねえ事でぐだぐだ悩んでやがったのか?」
「下らないって、あんた…!」
 ずっと悩んでいた事を下らないと言われて、ネルは思わずムカっときたのだが。
「くっだらねえだろうが。阿呆か、おまえ。みてろ。あと3日もしねえで視力なんか、戻
してやる。これでも、多少は見えてきてる」
 そんな事を言われ、ネルは呆気にとられた。
 目の見えないアルベルを、ずっと世話をしてきたのはネルなのだ。彼が多少の域も出な
い程、見えちゃいないのは、面倒をみてればわかるというものだ。
 ネルはしばらくアルベルを凝視して。それから、思わずため息と一緒に言葉を吐き出す。
「馬鹿だね、あんた…」
「んだと、てめえ!?」
 怒り出すアルベルを見てると、またため息が出てくる。今度は疲れというより、明らか
に呆れのため息だったが。
「…またため息をつきやがったな…」
「ったく、馬鹿馬鹿しくなったんだよ。あーもう、なんでそんなにあんたって馬鹿なんだ
ろうね」
「さっきから馬鹿馬鹿連発するんじゃねえよ」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いんだい。あんたの阿呆より全然マシだよ」
「ぁんだと?」
「はー。確かに下らなかったよ。あんなに悩んで馬鹿みたいじゃないか。あんたの言うと
おり、私が馬鹿だったよ」
 ネルがため息と一緒に、アルベルの言った事を認めたので、彼は何か言おうとして、言
いよどむ。そう素直に認められるとどう言って良いかわからなくなるのだ。だが、遠回し
に自分を馬鹿にされている気がして、自然、顔付きは不機嫌そうになる。
「そうやって、下らない意地を張ってるヒマがあったら。きちんと治す方にまわしな!」
 ネルは、サイドボードの上にあるアイマスクを取り上げ、無理やり彼にかぶせた。
「ぅわ、な、なにしやがる」
 突然アイマスクをかぶせられて、戸惑うアルベル。目の前にいるネルの動作がわからな
いという事は、やはりほとんど見えていないのだ。やっぱりと思うと、ネルはため息をつ
きたくなる。だが、吐き出すのではなく、息を大きく吸い込んだ。
「さっさと治したいんなら、無理しない事だって、医者が言っただろ? 無理して治そう
とすんじゃないよ。余計に治りが悪くなったらどうすんだい。いいかい!? 視力が回復し
なかったら承知しないからね! それまで、あんたが嫌がろうが、どうしようが、私はあ
んたの世話をするからね。わかったね!?」
 また叱られてしまった。
 アルベルは不機嫌そうな顔付きで黙り込んだ。
 それが、拗ねた子供みたいで。ネルは苦笑してしまった。
「おい」
「なんだい」
「医者は、無理しなけりゃさっさと治るなんて言ったか?」
 アルベルの言葉に、ネルは一瞬考え込んだ。さて、医者はどんな事を言ったのか。
「じゃあ、なんであんたは私をかばったりしたんだい?」
「……………」
 ネルの切り返した質問に、アルベルは黙り込む。
「…覚えてねえ」
 ぶっきらぼうに、アルベルは低い声出す。
「そうかい。私も覚えてないんだ」
「……………」
 ネルのこの切り返しに、アルベルのこめかみがひくついた。だが、ネルをかばった理由
など、言えないし、言わないし。この性格を見抜かれているのがまた悔しくて。
 彼自身、認めたがらないが、敵なら容赦はないのだが、味方となると存外優しい。ただ、
どうもやたら照れ屋らしく、そこをつくと気位の高さも手伝って絶対認めたがらない。
 敵なら、今までの印象でおそらく間違っていなかっただろう。だが、味方となってみる
と彼の意外な面が次々見えてきた。
 周囲にいつもケンカを売っているような態度は、心が弱いのを見抜かれないためだと思
っていた。自分の弱さを認めたくないためだと思っていた。
 今から思えばそれは、半分くらいしか当たってないのだと思う。
 なんてことはない。これはきっとただの馬鹿だ。
 見上げると、アルベルはアイマスクをしたまま不機嫌そうに黙り込んでいる。その不機
嫌そうな表情でさえも、滑稽に見えて仕方がない。やっぱり馬鹿だと思うと、ネルは笑い
が込み上げてきた。
「…なに笑ってやがる…」
 ほんの小さな笑い声が聞こえたらしい。彼の言うとおり、視力以外の器官が鋭くなって
いるのだろう。
「別に。なんでもないよ」
 それが小ばかにしたように聞こえた事。だが、嫌みは含まれてない事。好意的に馬鹿に
されるとはどういう事だ。アルベルの眉間のしわが深くなる。
「そんなに怒るんじゃないよ。いちいち怒ってて疲れないかい?」
 笑いながら、ネルはアルベルの眉間のシワに人差し指を乗せる。人差し指を離すと、ま
だ少しシワが寄せられていた。
 しばらく彼の顔を見つめていると、不意にアルベルの手がのびてきた。
「え? あ…ちょ、ちょっと…」
 アルベルの手は、はさみこむようにネルの腕をつかみ、そしてすべるように上に移動し
て、肩、首、顎、ときて両手でネルの顔を包み込む。彼の親指が動き、頬骨を確認し、目
の下に移動する。
 目を閉じると、ゆっくりと指がまぶたを優しくさする。やがて、指は顎の方へ移動して、
唇を確認するようにまたゆっくりとなぞっている。
 気が付くと、口づけされていた。
 ゆるんだ顎を開いて舌が入ってきても、ネルは抵抗しなかった。
 あれだけ嫌っていた男だというのに、嫌がりもしないでこの男を受け入れている事実に、
自分も随分変わったものだと思う。
 目を閉じていると視界以外の神経がとがってくる。
 唇が離れても、ネルは目を開けなかった。
 音と、匂いと触感の情報がいつもより増して入ってくる。全身をまさぐるように動くア
ルベルの手が、指が予想しない動きで滑っていくので、知らず鳥肌がたってくる。
「馬鹿…。どこ…触ってるんだい…」
 言葉は責めていても、声は責めていなくて。目が見えている状態のアルベルだって、嫌
がっているようには見えなかったし、そう聞こえなかったろう。
「ふっ…はっ…」
 触られて、なでられて、なぞられて。体温が上昇してくる。吐息も自然に熱くなってく
る。
 やがてアルベルの手の動きも大胆になっていき、指はネルの寝間着をぬって、滑り込ん
でくる。
「はあっ…」
 いつのまにか、自分はアルベルの両肩をつかんでいて、もたれかかっていた。
 不意に、そのつかんでいた肩が下がっていく。何事かと目を開けると、アルベルはすぐ
そばにあるベッドに腰掛けていた。手探りでネルの腰をつかんで、軽く引き寄せる。
 ネルは少し戸惑ったものの、少しアイマスクをしている男の顔をながめ、両手でそっと
つかむと、引き寄せられるままに、男の膝の上に乗る。
 顔を両手でつかまれて、アルベルは少し顔を上に向ける。それを見ていると、ネルはど
う言って良いかわからない感情が沸き上がってきて、見つめられる気恥ずかしさがないの
も手伝って。
 初めて自分から唇を重ね合わせた。
 一瞬、驚いたように動くアルベルの手。だがすぐにきつく抱き寄せてきた。もう顔を離
そうとしても、離してくれなかった。
 そして…それから…。


「これは?」
「バジル」
「これは?」
「フレッシュセージ」
「じゃあこれ」
「…アクア…ベリー?」
「えーとね。じゃあ、これは?」
「…ブルー…ベリー…か?」
「じゃあ、今度はこれ」
「ブラックベリー…」
 スフレは似たような形の果実を、アルベルの目の前に次々と見せていく。
「うん! だいぶ見えてきたじゃない? まだ細かい色とかがわかりにくいみたいだけど、
かたちとかの方はもう平気?」
「まだぼんやりとしてるがな。おおまかなカタチならわかるようになってきた」
 疲れたのか、指でまぶたをおさえつける。アイマスクは今日は外していた。
「あんまり使うんじゃないよ。ゆっくり治せって言われたじゃないか」
「うるせえ」
 心配するネルの言葉を一蹴して、アルベルはきょろきょろと周囲を見回す。まだ全体に
強いぼかしが入ったような景色だが、まったく見えないわけではない。
「けど、アルベルちゃんって、目が見えなくてもメゲなかったよね。見えないクセに平気
でずかずか突っ込んでくし」
「そうよ。見てるこっちの方がハラハラさせられたわ。普通、目が見えないなんてゆっく
り歩くもんじゃないの?」
 今回とった一番広い部屋で、なんとなくみんなが集まっていて、マリアは椅子に座り武
器の手入れをしていた。
「フン。目が見えないくらいでおかしな歩き方なんかできるか」
 なにをいばっているのかわからないが、アルベルはあぐらをかいたまま、腕を組む。
「そういう問題じゃないんじゃあ…?」
 マリアはちょっと眉をしかめたが、やがて肩をすくめて銃の手入れに戻る。
「ホラ、点眼の時間だよ」
「ああ…」
 無愛想に頷いて、アルベルは立ち上がる。スフレも一緒に立ち上がった。
「あ、ちょっと…」
 まだ完全に見えてないくせに、アルベルはやっぱりずかずかと歩きだして、壁に激突し
ていた。眺めていたマリアとスフレはそろってため息をついた。
「馬鹿だね。まだよく見えてないんじゃないか」
「前よりかは見えるようになった」
「いいから、ほら。そっち行くとまたぶつかるよ」
 あさってな方へ歩きだすアルベルの腕をつかんで引っ張った。だがネルの案内がよくな
かったのか、アルベルは扉のへりに顔からぶつかった。
「うぐっ!」
「あ、ごめん」
「てめえなあ…」
「な、なんですか…?」
 ちょうど部屋の外に来ていたソフィアに向かって睨みつけると、彼女は思わず怯える。
「私はこっちだよ」
「そっちか」
「いや、僕だけど…」
 ソフィアと一緒に来ていたフェイトを睨みつけると、フェイトはため息をついた。
「それくらい見分けなさいよ。いい加減ねー」
「うるせえ」
 実は、さっき壁にぶつかったショックで、頭がくらくらしていてよく見えてなどいなか
ったりするのだが、とりあえず悪態をつく。声のした方に適当に向けて言ったのだが、顔
はマリアとはちょっと違う方向を向いていた。
「…大丈夫かな…」
 不安げに、フェイトはネルに連れられるアルベルの背中を見ながら、つぶやいた。
「まあ、見えてきてるんだから、時間の問題なんでしょうね。もう、2、3日したら出歩
いてもかまわなそうよ?」
 マリアは銃を布でみがいて、片目をつぶってその具合を確かめる。
「それにしても、ネルさんもよくあれだけ献身的に面倒みれますよね」
 ソフィアが目を輝かせて、胸の前で手を組み合わせた。彼女の胸の内が想像できて、フ
ェイトは思わずため息をつく。
「まあ、ああなった原因が……ねえ…」
 銃の手入れがようやく終わり、マリアは手の中で銃をくるくると回して、かちゃっと手
に納める。
「素敵ですよね…。危ない所をかばってもらうなんて…。それが原因でケガをする男の人
…。そのケガを献身的に介抱する女の人…。まるで、なにかの物語を見てるみたい…。し
かも二人とも絵に描いたような美男美女だし…」
 あっちの世界へ飛び立とうとしているソフィアを見て、マリアもあきれた表情を浮かべ
る。フェイトはもう何も言わないで首を振った。
「…でも、彼の場合ネルじゃなくっても、例えばあなたでもかばったかもしれないわね」
「え? 私でも、ですか…?」
 自分の事を言われ、ソフィアはこちらの世界に戻ってきた。
「そうだね。認めないだろうけど、あいつ、年下とか、女性には結構気を使ってるみたい
だから。僕やクリフだとそうはいかないけど」
 フェイトはアルベルが向かった部屋のあたりをちょっと見て、苦笑した。彼の戦いぶり
を見てると、どう見てもそうとしか思えないのだ。
「そう…かなあ…。そんな事ないと思うんだけどな…」
「ソフィアは自分の事で手一杯だから気づかないんだよ」
 それに、フェイトが彼女に対して気遣う場面が多いので、アルベルはフェイトに任せて
いるフシもある。なんだか悔しいので、そこはマリアは口にしなかったが。
「でも、アルベルちゃん。たまにフェイトちゃんも守ったげてるみたいだよ?」
「ええ? そうかい!? …そんな事あったかな…」
「そんなに見ないんだけどね。あれは、フェイトちゃんが切羽詰まってた時だったと思う
な。アタシもきっかり見たわけじゃないんだけど、ちらっと見て、あー、守ったげてるん
だーとか思ったよ」
「えええ?」
 言われて、フェイトは困った顔をする。まさか、自分がアルベルに守られた事があるな
ど考えた事もなかったのだ。
「そうね。ごくたまにそれっぽい所あるわね。後方で戦ってると、わりと全体が見渡せる
から。よく見えるわよ。さすがにクリフとアドレーさんに対しては、そんなそぶりちらと
も見せないんだけど」
 やはり、戦いのプロなのだろうと、マリアは思う。クリフやミラージュが、自分の役割
を理解し、さらに全体の状況を把握し、さりげなくフォローしているのを見て知っている
から。
 考えこんでしまったフェイトを見て、マリアは少し笑う。
「…でも、かばわれるって、本当はあんまり気持の良いものじゃないよね…」
 考えこんでいたフェイトが、ぽつりとそんな事を言った。
スフレは何の事だかわからなくて、きょとんとした顔をしていたが。ソフィアとマリア
はすぐに顔を曇らせた。
「お互い無事だったなら、良いんだろうけど…さ…」
 寂しそうに言うフェイトに戸惑って、スフレはソフィアとマリアの顔をきょときょとと
うかがって、何も言わない方が良いと判断したらしい。どうして良いかわからない顔で、
フェイトをのぞき込んだ。彼の父親が彼をかばって死んだと話に聞いてはいたのだが、実
際に見たわけではないので、それと結び付かなかったのだ。
 その視線に気づいたか、フェイトはすぐに笑顔をつくって。でも、それは無理してつく
られた笑顔で。スフレは一瞬困った顔をしたのだが、彼女も似たようなつくった笑顔を浮
かべた。

 かばわれた方の気持なら、アルベルだってよく知っている。
 その結果、命を落として。かばった方はそれで良いのかもしれないが、かばわれた方の
気持はたまったものではなくて。
 アルベルだって、ネルの気持はわかるのだ。
 今回は視力を一時的に失う程度ですんだが。
 命を失うなど、かばわれた方の気持はどこへも行きようがない事くらい、痛いくらいよ
く知っているけど。
 そんな事をするなんて、かばう方の自己満足に過ぎないんじゃないのか。
 そう思ってきたが。
 事実その通りだったが。
 その時はぐだぐだ考えるより先に体が動くものだ。
 父親の気持が今更ながらわかってきたりして。
 長年の恨み言がまた一つ減ってしまった。
 ちっ。
 アルベルは人知れず、悪態をついた。

                                    おしまい。

















あとがき。
お題にそってネタをヒネりだしたらあらびっくり。どんどん18禁方向へ行くじゃありま
せんか。まあ、やらせようかやらせまいか(嫌な言い方だな)迷ったんですが、どこまで
描写するかってーのもまた困りますね。ていうか困りました。そういう描写を入れる気は
あまり無いんですけどね。どこまで書くかってのもまた難しいですなー。
っつーか短く終わらせようと思うのになんでこう長くなるかなあ。途中で戦闘描写が楽し
くなったりして思ったよりかなり前半が長くなっちまいました。
ところで、スフレ書いてて楽しい…。がんがん動いてくれて楽しい…。こういうお子様キ
ャラ好きなんだなあとか、改めて実感。ゲーム本編ではそりゃどうよな言動多いんだけど
ね。
ところで、闘技場はどうも、いわゆるネトゲーの持ちキャラで戦ってるみたいなんですよ
ね。ランキングバトルの解説聞いてると、そんな感じだし。そんなんで医務室なんかある
のかなとか考えてしまいましたが。まあ、ジェミティだし、中には物好きが生身で戦うヤ
ツもいるだろうと。そんな感じで。FD世界だから、医療も高度発達して、ケガも一瞬で
治すのかなとか思ったんですが、アザゼルは病院送りとか言われてるので、入院はするみ
たいだし、そこまででもないのかなーとか。単にそのへんの世界設定が曖昧なだけかもし
れませんが。