「…ったく…! …アドレー様…! 後先も…何にも…考えないんだから!」
 馬車に酔いかけて、ネルはすさまじく機嫌が悪そうに悪態をつく。
「き、気持ち悪い〜…」
 花嫁姿のロザリアは目を回していた。しかし、すごい揺れをしていたであろう馬車の中、
ロメリアとアドレーだけは馬車酔いをおこさなかったという…。これも気合と気力の差で
あろうか…。

「ともあれ、どうともなくてホッとしたわ…」
 引きつった笑みを浮かべて、クレアはアーリグリフ王の隣で微笑むロザリアをながめた。
「こっちはどっと疲れたけどね…」
 同じく引きつった笑みを浮かべ、ネルはため息をついた。当のアドレーは悪びれもなく、
いつものように豪快に笑っているのだった…。
「…そういえば、あの漆黒の軍団長。あれきり見かけないけど、どうしたのかしら?」
「アルベルの事かい? あの男なら、さっきの黒幕を調べてるみたいだよ…」
「…そう。じゃあ、アレは国王側は感知してなかったって事ね」
「不穏な動きがあるって事はつかんでたみたいだね。急遽、アルベルに護衛を変えたのも
その一つなんだろうし」
「ふーん……」
 親指のつめをかむようにして、クレアは少し考え込む。
「あ、戻ってきたみたい」
「え?」
 クレアが顔をあげると、すでにネルは隣におらず、どこかへと歩きだしていた。彼女の
背中を見つけ、その先に独特な髪の毛の男が見えた。
「どうだったんだい?」
 突然声をかけられ、アルベルは驚いたようだが、すぐに表情を戻した。
「ん? ああ。昔、国王が追放した旧貴族どもの差し金らしいな」
「じゃあ、ヴォックス一味とは関係なかったんだね?」
「そうみたいだな。あとはそういうのが得意なヤツに任せてきた。ったく、しょうもねえ
事考えやがってよ…」
 うざったそうに、髪の毛をかきあげる。
「ネル!」
 呼ぶ声に振り返ると、クレアがこちらにやって来る。そして、ずずいとネルとアルベル
の間に割って入ると、何とも言えない笑みを浮かべてアルベルを見上げる。
「………」
 一瞬顔を引きつらせて、アルベルはわずかに身を引いた。クレアの笑みに何かしら怖い
ものを感じ取ったからだ。
「それで…あれはどちら様の差し金だったのかしら?」
「ああ。何でも、今の国王が追放した旧貴族だそうだよ」
 どうせアルベルは話さないだろうと、ネルが話し出す。
「あらそう。私、てっきりヴォックス一味の差し金だと思ってましたけど…」
「何故俺を見る…」
「いえ別に。何でもありませんわよ」
 そう言って微笑んでいるものの、目は全然笑っていない。
「俺がやったわけじゃねえぞ」
「わかってますよ」
 また何か言おうとアルベルが口を開きかけた時。
「おう! クレア! こんなとこにおったのか!」
 あまり聞きたくない声の持ち主が突然あらわれた。
「おっ…、お父様!」
 さすがのクレアもギョッとなって自分の父親を見上げた。
「おまえものう、仕事も無論だいじだが、良い相手の一人や二人、見つけておこうとは思
わんのか?」
「そ、そういう話は後にして下さい」
「そうもいかんだろう。あのロザリアを見て何とも思わんのかお前? だいたい、自分の
年齢を考えてみい!」
 さすがのクレアも年齢の事を持ち出されて、声に詰まったように顎を引いた。ネルは他
人のフリをして目をそらし、アルベルはそそくさとこの場を立ち去りだす。
「ワシが見つけてやろうとしてやっとるのに、なんのかんの言って断るし…」
「当たり前です! お父様の場合やり方に問題がありすぎます!」
「しかしのうおまえ…。おう、そうじゃ、グラオの息子も年齢が近かったのう。あやつな
ら腕立て三百回くらい屁でもなかろうに」
「私の相手は腕立て三百できる人なら誰でも良いと言うのですか!?」
「そういうわけではなくてだな。男ぶりの目安としてだな…。ん? アルベルはどこへ行
った?」
 アルベルはすでにどこぞへと逃げ出していた。逃亡は本意としない性格だが、この場は
逃げて正解だろう。
「ネル。おまえはどう思う?」
「どうって…何がですか…」
 ネルはなるべく視線をあわせないようにして、しかし目上の者には逆らえないので応え
はする。
「そういえばおまえもまだだったのう…。相手はおるのか?」
「いえ、その、いまのところは…」
 ネルがそう言うと、アドレーは深くため息を吐き出しながら腕をくみ、おおげさに首を
ふる。
「おまえもか…。それではネーベルも浮かばれんぞ。おまえの母だってそろそろ孫を抱き
たいのではないのか?」
「いや…その…」
 アドレーの言いたい事もわからないではない。孫の話をされるとクレアもネルも反論し
にくい。
「あいやわかった!」
 突然、アドレーはぽんと手を打つ。
「おまえも、わしに任せるが良い! クレアともども、良い婿を見つけてやるわい!」
「お父様!」
 クレアが一際大きな声をあげた。
「私はともかく、ネルまで巻き込まないで下さい! ただでさえお父様は余計な事しかし
ないんですから!」
「なんじゃ、おまえ。人聞きの悪い事を…」
「動かしようもない事実です! お父様が選んだ男をネルの婿にするなんてとんでもな
い!」
 クレアは自分の時よりも怒って、父親に詰め寄った。その空気に本気を感じ取り、さす
がのアドレーもすこしたじろぐ。しかし、ここで負けるアドレーではない。
「心配せんでいい。後で感謝するくらいの男を見つけてやるわい」
「そんな事したら、その男を見つけ次第、私、何をするかわかりませんわよ」
 背後に暗いものを激しく燃やしながらクレアが低い声を出す。本気で怒り出したクレア
に、ネルも少したじろぐ、
「ネル! クレア!」
 どうしようもない空気は、幸せそうな笑顔のロザリアによって打破された。
「ロザリア」
 ネルはホッとして、ロザリアに笑顔で返す。彼女の隣にはアーリグリフ王もいるので、
さすがのアドレーもさっきまでの話題は引っ込める。
「二人とも有り難う。ここまで付き合ってくれて」
「なに言ってるんだい。友達として当然じゃないか」
 抱き着いてきたロザリアの背中を優しくなでる。幸せいっぱいに微笑むロザリアを間近
で見ると、さっきまでの気持も吹き飛んでしまう。
 ロザリアはクレアにも抱き着いて、優しく抱き締めてもらう。
「アドレー様も有り難うございます。護衛を引き受けて下さって」
「構わんよ。可愛い花嫁のためだ」
 頭を下げるロザリアに、アドレーは鷹揚に微笑んで、手を振る。
「ね。あなたたち。花束、欲しい?」
「え?」
 急に、ロザリアは二人に向き直って、顔の前にブーケをもって来る。一瞬、彼女の言っ
てる事がわからなくて、ネルは少し顔をしかめた。
「だから、これよ。本当は二人にあげたいんだけど、これは一つしかないし…」
 ロザリアは手に持っているブーケをちょっと揺らして見せる。そして、二人は納得した。
花嫁の投げるブーケは特別な意味をもつ。ましてや王の花嫁のブーケだ。縁起に関して言
うなら相当のものだろう。
「…どうしようか…」
 困ってしまって、ネルはクレアに顔を向ける。
「ロザリアに決めてほしいけど、それも悩むわよね。だから聞いてきたんでしょうし」
 ロザリアの考えている事を見抜いて、クレアは苦笑する。
「二人とも、欲しいかな…?」
 ちょっと困ったように、ロザリアは二人を交互に見る。二人はまた顔を見合わせた。
「ネルにあげてよ。この前の戦いの功労者でもあるし」
「クレア、それは…」
 言いかけるネルを、クレアはウィンクして黙らせる。
「実際にたくさん動いたのは紛れも無くあなたよ。それは、だれもが認めていることよ。
黙って受け取っておきなさいな」
「でも、クレア」
「いいから」
「いいからって…。クレアの方が年上じゃないか…」
 言いかけて、クレアの微笑みに変化が生じてしまったので、ネルは口をつぐんだ。言っ
てはいけない事を口走ってしまった…。
「ネル」
 クレアの笑顔が怖い。ここはおとなしく言うことを聞く事にした。
「わ、わかったよ。じゃあ、私が…」
「ネルが受け取ってくれるのね? じゃあ、投げるからちゃんと受け取ってね。絶対よ」
「う、うん。わかったよ」
 多少ひきつった笑みを浮かべ、ネルは頷いた。ロザリアはホッとしたような笑顔を浮か
べて、手を振ると去って行く。
 そんな彼女を笑顔で見送って。…それから、ネルはそーっとクレアの顔を横目で盗み見
る。相変わらず笑顔でロザリアを見てるけど、その笑顔がかえって怖かったりした…。

「ネル!」
 式も終わりを告げ、新郎新婦が去る前。ロザリアは約束通り、ブーケをネルに向かって
投げてよこす。
 わっという喚声があがり、受け取ったネルは拍手と喚声に包まれて、なんとも照れ笑い
する。その様子を、クレアは嬉しそうに微笑んで見ていた。

「でも…」
「なあに?」
 結婚式も終われば、人々も三々五々に散っていく。式場を立ち去りながらつぶやくネル
に、クレアは顔を向ける。
「もらったはいいけど、どうしよう? これ…」
 ネルは手にしたブーケを軽くあげて見せる。
「部屋に飾っておけば?」
「シランドまでもつかな?」
「それもそうね…。ドライフラワーにするにしても手間もかかるしねえ…」
「うーん。考えてみれば、これから仕事なんだよね…。ねえ、クレア。これいらない?」
「あなたねえ。せっかくロザリアがくれたものよ? それに、欲しくてもとれなかった人
がたくさんいるのに…」
「わかってるんだけどさ…」
 ロザリアの気持は素直に嬉しいし、ブーケだって受け取って嬉しくなかったと言えば嘘
になる。王妃のブーケなど自慢したって良い品だ。
「しょうがないわねえ。あなたの部屋にまで持っていって、生けといてあげるわ」
「恩に切るよ」
 苦笑して、ネルはクレアにブーケを手渡す。
「じゃあ、私はこれから仕事があるから」
「はいはい。あんまり無理はしないでね」
「わかってるよ」
 ドレスを着たまま、ネルはそれじゃと言って手をあげる。そして、裾をあげて小走りで
駆けていく。
 アーリグリフに1件だけだが、シーハーツが国として密かに管理している家がある。そ
こへ駆け込み、ネルは届けてもらっていたカバンを開ける。
 こちらの荷物はネル達とはまた別に、部下に言って手配しておいたものだ。
 着替えようと、ネルは手早くドレスを脱いでいく。
「おい」
 まったくの予想外の事であったが、アルベルが突然この家の扉を開けたのである。ネル
は下着姿のままで、振り返って固まった。
 アルベルの方も固まった。

 ドガーン! ガシャーン! パリーン!

 激しく物がぶつかる音が付近一帯に響き渡った。

「ノックくらいしようとか思わないのかい!?」
「着替え中だなんて思わなかったんだ」
 ぶつけられ痛むところを我慢しながら、アルベルも不機嫌そうだった。
「ったく…。で、何さ?」
「いや…。王妃がおまえの行方がわからんと言っててな。俺が捜してこいとか言われたん
だ」
 おそらく、王直々に言われたのだろう。漆黒の軍団長を顎で使えるのはアーリグリフで
は数少ない。
「ああ…そういえば、ロザリアには言ってなかったか…。私はこれから仕事があるんだよ」
「ふーん。そうか。それで、着替えてたわけか」
「そういうこと。悪いけど、ロザリアに言っておいてくれるかい? 私が仕事ですぐに出
掛けたって事」
「おまえも飛び回ってばかりだな」
 腕を組んで、アルベルはあきれたように息を吐き出した。アルベルはまだ着替えておら
ず、礼服のままだ。いつもの服装でないせいなのか。出会った当初よりも性格が随分丸く
なったせいなのか。こうして見ると、見目の良い普通の青年のようだ。
「まあね。仕方ないさ。これが私の仕事だもの」
 言って、ネルは上から下までアルベルを眺めた。
「なんだよ…」
 視線に気づき、アルベルは少し嫌そうな顔をした。
「別に…。ただ、あんたも普段からそういう服装にすりゃ良いのにと思ってさ」
「こんな礼服、毎日着てられるか」
「礼服じゃなくてもさ。あれはないだろう、あれは」
「ほっとけ!」
 アルベルは、一際大きい声を出した。
「おまえだって、これから仕事ってわりにはあの服じゃねえんだな」
 アルベルの言うとおり、ネルはいつもの隠密服ではなく、普通の町娘のような服装を身
につけていた。
「私もかなり顔が売れてきちまったからね。あの服着て町を歩くわけにはいかなくなって
きてるんだ。もっとも、下は例のあの服だけど」
「仕事ってのはアーリグリフでか?」
「いや。グリーテンに近いシーハーツの一番東の町だよ」
「送るか?」
「……………ドラゴンで?」
 意外な発言だったもので、ネルは驚いてアルベルを見上げた。
「それ以外になにがある?」
「うーん…」
 ネルは考えた。確かに空を飛ぶエアードラゴンで送ってもらうのはかなり楽である。だ
が、エアードラゴンというのはなかなか目立つもので、仕事上、目立つのは非常によくな
い事なのは、ネルが一番知っている事だ。
「いや、いいよ。目立つのはまずいから…」
「そうか」
「すまないね」
「いや別に。じゃあ、これから仕事で出るって事を、王妃に伝えりゃ良いんだな」
「そうだね。…そうだな…じゃあ、この家の入り口まで送ってもらおうかな…」
「は?」
 言って、ネルはアルベルの腕をとって、からませた。突然の事に、アルベルは驚いて変
な声をあげた。
「外じゃ照れ臭いから、中だけね」
「ほんの数歩じゃねえか」
 そんな事を言うアルベルも照れているのか、少し顔が赤い。
「まあね」
 礼服を着ているアルベルは素直に格好よくて。そんな男と腕を組んで歩くのも悪くなく
て。ふと見上げると、ガラス窓に自分たちの姿が映っていて。また照れ臭くなってしまっ
たが。
 ほんの数歩だけの恋人気分が妙に嬉しかった。
 名残惜しいような気もしたけど、からませていた腕をほどいて、アルベルを見上げた。
「それじゃ、またね」
「おう」
 にっこりほほ笑んで、ネルは身をひるがえすと、小走りにアーリグリフの町並みを駆け
ていく。
 その後ろ姿をぼんやり見送っていたアルベルだが、ふっと息を吐き出して、アーリグリ
フの城へと歩きだした。

                                                                        終わり。
























あとがき
本当は鏡でもなんでもないネタで書き出してました。お題のために無理やりあわせてみた
りして。最後のオチを考えずに書き出していたので、途中まで書いたまま、しばらくほっ
たらかしにしていたものです。最後の方がとってつけたっぽいのはそのためです。けなげ
なロザリアが可愛いなと。ゲームやって思ったものですから。こんな感じ。
ところで、クレアがネルよりも年上などという設定があるのか知らないんですが。多少早
く生まれてるよーみたいな。勝手にそんな感じ。
アルベルってルム乗れるんですかね。ウォルターのところに入り浸っているくらいだから
乗れるんじゃないかと思うんですけどねー。
どうでもいいけど、ラストのアルベルが別人でどうしましょう。…ここはひとつ、だいぶ
性格が丸くなってということで…。…すいません…。