「皇女様のご婚約、いかがいたしますか?」
 エロール神殿で司教を勤めるソフィアが、いくらか憂鬱な口調で、考え込むように瞳を
閉じるネビルを見た。この問題はここのところ、ずっと悩みの種であり、どうにかしなけ
ればならない問題であった。
「クローディア様があのご様子では、無理に婚約を進めるのは危険であろう。下手すれば、
あのお力で相手の方に危害が加わってしまう」
 パトリックが自慢のヒゲをなでながら、一緒に旅した時のクローディアを思い出してい
た。
 メルビルのエリザベス宮殿の一角の、ある程度以上の地位がないと立ち入れぬ会議室で、
3人の重鎮は少し大きめの円卓について、頭を悩ませていた。
「皇后様はお強い方でしたからね…」
 生前の皇后は、ローザリア薔薇騎士隊の面々とひけをとらぬ果敢さで、頼もしいもので
あったが、人間とはわからないもので、産後の肥立ちが悪くあっけなく逝ってしまった。
「サルーインを倒した勇者のお一人というのも、輝くしくはあるが…、相手の男性にとっ
てはいささか面がたたぬ経歴でもありますな…」
 弓でモンスターを次々と葬り去り、必要とならば素手で張り倒した事さえあった。当時
は非常に頼もしく感じたが、婚約を考えると相手の男性が怖じけづくような光景である。
「ジャンが例の冒険者を、クローディア様のお話し相手につけて、どれくらいになります
か……」
 ソフィアが相変わらずの憂鬱そうな口調で、今回のもう一つの議題を口にする。
「冒険者としては頼もしい青年ではありますが…。何分、身分がなぁ…」
 パトリックも、グレイの事を気に入ってはいるが、皇女の相手ともなるとどうして色々
な制約にぶちあたる。彼らの仲がただならぬ事など、この3人はすでに知っている。
 どうにか理由をつけてその冒険者を処罰したり、退去させたりするのはたやすい。だが
その後の事をどうするのか。あれだけ、皇女が精神的に彼に依存しているとなると、また、
部屋に引きこもってしまうかもしれない。
 なにしろようやく、公務をどうにかできるようになってきた矢先である。もっとも、そ
れができるようになったのも、結局その「冒険者の彼」のおかげであったりするのだ。
 皇女の育ちが特殊すぎる故、こんな事になってしまったであろう事はみな承知している。
今日の会議の目的は原因を追求する事ではなく、解決策を提示する事だ。
 なにしろ、ただならぬ関係になっているという事は、これから起きる問題も予測できて
しまう。それを見越しての会議である。
「何度もメルビルを救い、サルーインを倒した勇者として扱えませんかね? 彼の経歴か
らすれば、それなりの地位を与える理由には事欠かないわ」
「フム…。確かに経歴を考えれば、できない事でもないが…」
 ソフィアの案に、パトリックはヒゲをいじくるのをやめない。
「彼本人が、それを嫌がるでしょうな…」
 彼は、金はもらうが、名誉はうざがる性分だ。上に立つ者のしがらみを熟知しているか
ら、そのような行動をとるのもわかるのだが。
「しかし、クローディア様は彼以外の男性にお近づきになろうともなさらない。そのよう
な状態でご婚約を推挙しても、先行きが不安すぎます」
「うーん……」
 ソフィアの言葉に、パトリックは難しい声でうなって、ヒゲをぐいぐいと引っ張る。
「…クローディア様には女帝になってもらおう。そして、彼の事は、できるだけ表面に出
さない事にしよう」
 今まで黙っていたネビルが顔をあげて、言い切った。
「しかし、それでは国民が納得しますまい。ご成婚もまだなのに、お子をお産みになられ
たら、どんな騒ぎになるやら」
 そして、それが現実に起こりうる問題だからこそ、ここ最近、この3人は頭を悩ませて
いるのだ。パトリックがヒゲの生え際を指先でなでながら、困った声をあげる。
「相手が誰であれ、クローディア様のお子には代わりない。それだけは絶対だ」
「それは……そうですが……」
「男よりも、それはずっとはっきりしている。表向きには私生児となってしまうが、その
あたりをフォローするのも我々の役目だ」
 ネビルのきっぱりした声に、ソフィアもパトリックも難しい顔で考え込む。それは確か
にそうなのだが。
「とにかく、この方向でいくしかあるまい。マチルダ様に女帝になられては、汚職や賄賂
がさらに横行するようになる。今のバファルにそれが流行っては、衰退を速めるだけだ」
 先を見据えたネビルの意見に、ソフィアもパトリックもそれしかないように思えてきた。
「彼にも協力してもらって、クローディア様には、さらに女帝に相応しい方になってもら
わねば」
 むしろグレイを利用する方向で考えて、ネビルは考えこむように口元に手をあてる。
「しかし、彼も首を縦に振りますかな…」
「契約という形で仕事にすれば良い。金を与えて、少しの自由を許してやれば何とかなる
のではないか? 子どもが産まれれば、彼の放浪癖もいくらか収まるようにも思えるのだ。
なに、永遠にしばりつけるのではなく、適度に自由にしてやれば良いと思う」
 グレイ本人が聞けば反発するであろうネビルの言葉だが、なにげ以上に彼の性格を把握
しているようである。
「それに、ジャンよりも密偵に向いている。うまく使えれば冒険者としての知名度が高い
分、やりやすいかもしれぬ。冒険ついでに密偵をしてくれれば、彼の放浪など目くじらを
たてる事もあるまい」
「なるほど…」
「あとは、お子がお生まれになれば、その方の教育に全力を注ぐのだ。願わくば、ナイト
ハルト殿下以上の逸材になってくれれば、それ以上のものはない」
 ぐっと拳を握り締め、ネビルは宙を睨みつける。現状を利用して、先の事を考えるとな
ると、それしかないような気がする。
 しかし、まだ生まれてもいない子どもの事などを話し合うというのも、いささか早急す
ぎるというか、先延ばしの案にもソフィアには聞こえるのだ。
 とはいえ、ネビルがそれに気づいていないわけがない。先延ばしであろうと、クローデ
ィアを女帝に据えて考えると、やはりそれしかないのである。
「お孫がお生まれになれば、皇帝陛下もさぞお喜びになられるであろう。少しは、陛下の
病も良好に向かうのではないだろうか…」
 最後に、ネビルがぽつりと付け加えた。メルビルを幾度も救ってくれたグレイは、皇帝
の覚えも良い。そこが、救いと言えば救いだ。彼が皇女とあそこまで親しくなるのを許さ
れているのは、彼の功績ももちろん大きいのだが、娘に甘い父である皇帝の許しもあるか
らである。
 それほど身分に頓着しない性格もあるのだろう。慈悲深いと言えばそうだが、やはり根
本的に考え方が甘い人でもある。もっとも、そこが人徳にもつながってはいるのだが。
「……では、クローディア様のご婚約は…」
 一応、口約束程度の婚約が裏に交わされているが、こんな状態なので発表もしていない。
「破棄しかないだろう。相手の男も、クローディア様の英雄譚に物怖じするような人物だ。
破棄で良い」
 身分は申し分ないが、そのような男はやはりネビルとしても、あまり面白くない。実力
があれば身分関係なく召し上げるネビルにとっては、身分持ちで実力無しの貴族の男より、
どこの馬の骨かも知らないが、実力は申し分のないグレイの方が遥かにマシだと思ってい
る。
「色々と大変であろうが、そのほうがやり甲斐があると言うものであろう。ソフィア殿、
パトリック殿。頼みますぞ」
 そう言って、ネビルはこの会議の最後をしめくくった。
 ともかく、クローディアには女帝になってもらう。その結果に不安と安心を感じながら、
三人は三様にため息をついた。
 そして、三人がやれやれと円卓から立とうとしていた時であった。
 部屋の扉がノックされて、ネビルが開ける事を許すと、皇女付きの侍女が姿を現わした。
「ああ、良かった。ソフィア様、こちらにいらっしゃったのですね。すぐにおいでいただ
けますか? 皇女様のお加減が良くないのです」
 3人は顔を見合わせて、それからすぐにソフィアは侍女の後に続いた。心配になったネ
ビルとパトリックも続く。
 部屋の前に到着し、まず侍女とソフィアが部屋の中に入る。ネビルとパトリックは部屋
の前で立ちすくむ。
 まさか、陛下の病が娘に感染ったのではないかとか、この前のご旅行が身体に障ったの
だろうかと、口には出さぬものの、あれこれ心配する。
 どれくらいの時間が過ぎたか、静かに扉が開いて、ソフィアが姿を現わした。
「クローディア様のご容体はどうであった?」
「大丈夫なのか?」
 待ちきれぬようにパトリックが声をあげ、ネビルも落ち着いた様子をしながらも、どこ
かそわそわしい声を出す。
 ソフィアは二人を交互に見て、それから一息ついた。
「…会議の結果があのようにまとまって良かった…とでも言うのでしょうかね……」
 彼女の言葉にパトリックはハッとなって、ネビルは片方の眉を跳ね上げた。
「まさか…」
「おめでたです。おそらくは2カ月少し。後で侍医にきちんと調べさせましょう」
 思わず顔を見合わせるネビルとパトリック。

 そして、皇女の部屋の外から、年寄り達の複雑極まった声が聞こえた。

                                                                  FIN









































パトリック、ヒゲをいじくる以外は何にもやってないじゃん。




というわけでグレクロです。クローディアがへたれ気味で、自分としてどうなのと思うん
ですがー。でもセリフ読むと割と悲観的ですよね、クローディア。
しかし内容として大した事ないワリには長くなってしまったかー。
作中で詩人さんが酒場で歌ってますが、歌ってる歌はミンサガOP曲メヌエットを歌って
ると思って下さい。
途中のフレーズ「自らを疑わず〜」あたりがグレイっぽいなぁと思っていたものでー。
同人誌では、題名はちっとも何にもさっぱり思い浮かばなかったので、当時これを書いて
た時にBGMにしていたクイーンからちょっと借りた題名で、I WAS BORN TO LOVE YOU
だったのでした。まったく個人的にはROCK YOUやKILLER QWEENの方が好きですがそれはと
もかく。サイトに乗っける時も面倒なんでそれでいーやと思ってたら、なんか題名長いよ
ね。 ってワケで縮めました。つまるところ、題名に深い意味など無いのです…。まあ深
い意味がないからっていきなり「ポン酢しょう油」とかつけたってしょうもないのですが。
なんていうか、座談会や没セリフなんか聞くと、クローディアはバファルに行くっぽいで
すねー。迷いの森に入れないイベントは、どういう経緯で起こるイベントだったか気にな
るなー。しかもグレイ付き特定ってさー。気になるなー。まあ座談会と違い、没ったんだ
から、無い事になるんでしょうけどー。気になるねー。