トモダチ
「まったく、パパのヤツ!  ひどすぎるわよ!  ディラックが平民の出だっていいじゃな
いのよ!」
  さっきから親父さんの悪口ばかり聞かされてる僕は、いい加減飽きてきていた。
「ねえ、そう思うでしょ!」
「うん、そうかもね…」
  返事をするにも疲れる…。でも、そのディラックを助けるために、妖魔の森に行くとい
うのだから、すごい根性だ。
  王国の魔女討伐隊が全滅してしまう程なのに、彼女はそれをものともしない。
  一体何が彼女をあそこまで強くさせるんだろう。
「ねえ」
「なに?」
「なんだって、そこまでしてディラックさんを助けようとするの?  魔女討伐隊でさえ、
全滅したらしいって言われてるのに」
「じゃ、なに?  あなたディラックを見殺しにしろっていうの?」
「いや、そういうワケじゃなくてさ。どうしてそこまで危険なことができるかって事だよ」
「ディラックが好きだからに決まってんじゃない。それに、パパのせいであんなところに
やらされちゃったのよ。それくらいできなくて、ディラックの恋人、だなんて名乗れない
わ!」
  プリムは強いなあ…。その強さを分けてほしいくらいだよ。
「あ、ちょっと待って。旅仕度をしてくるから」
  と、彼女が入って行った家。デ、デカい…!
  そりゃあ、お城に比べれば小さいけれど、お城と比べるというのは筋違いというもの。
  僕が住んでた家がいくつ入るんだ?  庭だけでも、一〇は軽く入りそうだ。
  そして、家の中もすごい。なんだかよくわからないけど、偉そうな人の肖像画がいくつ
も並んでたり、高価そうなシャンデリアがぶら下がってたりと、とにかくすごい。
  使用人さんが、たくさんいて、口々にプリムに、
「お嬢様、お帰りなさいませ」
  と、かしこまる。僕は空いた口を閉めるのに随分と時間がかかった。
  彼女はごく簡単に支度を整えると、無言で家から出て行った。
「ホラ、行くよ!」
「え?  あ…」
  僕も慌てて後を追った。しっかしまあ、バカデッカい家だ!

「妖魔の森へは、キッポ村の北にあるワープを使えばいいみたいね。行こう!」
  彼女はカイザーナックルをギュッと手にはめた。
「カイザーナックルなんて使うの?」
  カイザーナックルってのは指にはめる、ちょっとトゲのついたケンカ・ファイト用の武
器なんだけど。
「そうよ。これでも格闘技にはけっこう自信あるんだから」
  なーんか、じゃじゃ馬みたいだな。
  プリムのそのじゃじゃ馬さは、町を出てから惜し気もなく発揮された。
「ハァァーッッ!」
  バチィッッ!
  彼女のパンチがマイコニドにヒットする。マイコニドは勢いで木にドシンとぶつかり、
あえなく昇天。
「なに、ボサッとみてるの?  ほら、後ろにバドフラワー!」
  え?  うわっ!
  バラのような花に、足をかまれそうになったけど、何とか避けれた。こんにゃろ!
  バシュッ!
  真っ赤な花びらが散る。ふー。
  しかし、花のくせに人間や動物食べるなんて、贅沢なヤツだな。
「戦闘中にボサッっとするのは命取りよ」
  わかってるよ。それくらい。
「キッポ村までの距離わかる?」
「さあ…。でも、歩いて二日もかかんないと思うわ」
「けっこう近いんだね」
  ポトスからパンドーラまで、一週間くらいかかったもんな。ま、途中、水の神殿とかに
寄ったりしたんだけどね。
「キッポ村はね、ディラックの故郷なのよ」
  ディラックさんのことを話しているプリムは、生き生きしてて、とても可愛い。よっぽ
ど彼の事が好きなんだろうな。
  もっとも、こっちは耳にタコができるくらい聞かされてるんだから、もう勘弁してほし
いものだけど…。

「あともう少しでキッポ村のはずなんだけどな…」
  プリムは、木に登り、キッポ村を探している。
「見えた?」
「んーっと…。あ、あった、あれね!」
「どっち?」
「東の方ね。さ、行きましょ」
  彼女はするすると木から下りてきた。僕はあんなに上手に上り下りできない。
  僕らはキッポ目指し、歩きだした。
  もう少しでキッポ村、というところまで来てた。
「たぁっ!」
  ブンッと、プリムは勢いよく、マイコニドを大きな岩に投げ付けた。
  それは岩と思ってたんだ。僕もプリムも。でも、それは岩じゃなくて、殺人蜜蜂ビービ
ーの巣だったんだ!
  ブ、ブブブ、ブブブブブブ…
  巣から、うなるような羽音をたてて、七〇センチはあろうという、でっかい蜜蜂が集団
で現れた。
「げっ…」
「うそっ!」
  ブイ――――――ッッッ!
  蜜蜂たちは、僕ら目がけて攻撃を仕掛けてきた!
「わあああぁああぁあぁーっっっ!?」
「きゃあああああっっっ!!」
  奴らの針にやられたらおしまいだ!  猛毒が体中にまわってしまうのである。
  おまけに、奴らときたら、針を飛ばして攻撃するだけでなく、針がなくなってもピンピ
ンしてるというとんでもないヤツなんだ!
  僕らは必死こいて逃げ回った。
  な、なんか隠れる所、隠れる所!
「キャアッ!」
  すぐ後ろで鋭い悲鳴。ゲッ!  プリムが針にやられた!?  彼女は足に針が刺さり、倒れ
てしまった。
  くっそーっ!  あ、あの岩陰!  あそこなら、なんとか奴らの目をごまかせるかも!
  これは、一種のカケだった。僕はプリムをかつぐと、サッと岩陰に身を潜めた。
  ブゥィ―――――ッッッッ…
  いくらでっかくても、知能は昆虫。僕らに気づかないで通り過ぎて行った。
「ふえー…」
  冷や汗が次々と流れる。体中の力が抜ける感じ。
「うっく…」
  あっ、いけね。プリムの事忘れてた。彼女は真っ青である。ど、どうしよう。毒がまわ
りでもしたら!
  げ、解毒剤ないかな、薬草…。あっ!  薬草!
  僕は急いでリュックを漁った。そして、ハートの形をした薬草を取り出した。
  プイプイ草といって、かなり万能な薬草なんだよね。
  確か、これはきざんで飲ませるんだったな…。
  僕は急いでプイプイ草をナイフできざむと、プリムの口に、水と一緒にふくませた。
  実際にはこの薬草を使ったことがなかったから、効くかどうかちょっと不安だったけど、
プリムの顔から、赤みがましていく。
  良かった。どうやら毒気がひいていってるみたいだ。
「はぁーあ…」
  冒険や、旅ってこんな危険がいつもあるんだなと、実感させられてしまう。
  あー、でもプイプイ草買っといて良かった。
「ハァ、ハァ…、フゥー…」
「大丈夫?」
「な、なんとか。ありがと…。まさかあれがビービーの巣だったなんて…」
「そうだね。…で、立てる?」
「たぶん大丈夫」
  よろよろとだけど、何とか立ち上がった。
「キッポ村はもうすぐだよね。そこで休めば大丈夫だよ」
「そうね…」
  まだちょっとつらそう。だけど、もうモンスターの気配が薄い。どうやら走ってるうち
に、村に近づいていたみたいだ。
  キッポ村は歩いてすぐそこだった。その村は、隣のパンドーラとは打って変わってのん
びりしてた。
  まず、宿屋をとって、プリムを寝かせておくと、僕は買い物に向かった。プイプイ草が
有り難いってのがよくわかったからね。買っておかないと、と思ってさ。
  僕が道具屋に入ると、小さな女の子が走ってきて、
「いらっしゃいませぇ!」
  と、元気良く挨拶した。なんだかポトスにいる妹を思い出す。
「はい、いらっしゃいませ。何かご必要で?」
  この女の子の親父さんだな。なんとなく、目鼻立ちが似てる。
「えっと、プイプイ草くれますか?」
「はいよ。いくつ?」
「そう…だな。とりあえず三つください。あと、まんまるドロップを二つ…」
「はいはい」
  店主はにこにこと、品物を用意した。
「しめて五〇ルクね」
  うーん、やっぱりちょっと高いよな。まあ、なきゃ困るんだから、しょうがないんだけ
ど。あと、キャンプ用品とかを少々。
  だけど、こんなにお金をポコポコ使えるってのは、なんかお金持ちにでもなった気分。
このごろのモンスターってのは、金持ちだよ。
  僕は品物の入った紙袋をもって、村をぶらぶらと歩いた。食料とかも買っておかないと。
  ぶらぶらと歩いていると、どこかで見た顔が歩いてきた。
  あのインパクトの強い顔は忘れようも無い、大砲屋である。
「その節はどうも…」
  と、会釈をすると、大砲屋はニカッと笑った。
「あんた、水の神殿に行った坊主だね」
  ちゃんと覚えてるんだ。
「ぐひょひょ、ほら、俺の奥さん!」
  と、彼の隣を歩いている女の人を紹介した。その女性は、かるく会釈する。
  うゲゲ!?  すっごい美人…。
  な、なんでこの人にこんな美人が!?  僕はポカンと奥さんを見た。
「まあ、そういうことなのよ。んじゃ、また大砲利用してねー」
  どういうことなのかよくわからなかったが、大砲屋は、奥さんと連れ立って雑踏へと消
えた。よ、世の中わからないことだらけだな…。
  宿屋に戻ると、プリムはもう起き上がってた。
「もう大丈夫なんだ」
「うん。ところでどこ行ってたの?」
「買い物だよ。薬草とかさ。買い足しておいたんだ」
  僕は紙袋をテーブルの上に置いた。
「なに買ったの?」
  さっそくプリムは紙袋の中身を物色してる。
「ねえランディ」
「ん?  なに?」
「あたし、これからディラックの実家に行きたいんだけど、付き合ってくんない?」
「どうして。一人で行ってきなよ。村の中にまでモンスターが出るわけじゃないんだし」
「なによ、ケチね」
  そういうのってケチっていうの?

「ランディー。疲れたわよぉ。休みましょー」
「休みましょって、さっき休んだばっかりじゃん」
「さっきって随分前のことじゃないのよ。あれからずっと歩きっぱなしに、戦いっぱなし
じゃないの」
「そうかなあ…」
  まだそんなに経ってないと思うんだけど。
「そうよ!  少しは女の子をいたわって欲しいわ」
  さっきナックルでビシバシとラビを殴っていたのが女の子ねぇ…。
「なによ、その目は」
「……別に…」
  僕は首をふると、ちょうど良い場所に腰を下ろした。プリムもその向かいに座る。
「あんたって本当に陰気くさいわねー。ディラックみたいに爽やかになれない?」
「…………」
  なれるわけないじゃないか。僕は僕だし、ディラックさんはディラックさんなんだから。
  黙ってしまった僕にプリムは短くため息をつくと、空を見上げた。
  ……なんで…僕は彼女と旅をしてるのかなー…。
  そんなことをぼんやりと考えながら、僕も青空を見上げていた。
「…あんたってさ。前々から思ってたけど、どーしてそんななの?  すぐに口ごもるし、
おどおどしてるし、うじうじしてるし、見ててイライラすんのよね」
「……そう…」
  …そう…なんだろうな…。
「…よくない…事なんだろうね」
「よくないわよ。言ったじゃない。見ててイライラするって」
  …プリムにはわかんないだろうなぁ。あんな大きなお屋敷に住んでさ。たくさんの召し
使いに囲まれててさ。友達だってたくさんいそうだし、現に恋人だっているんだし。
「…なによ。何かあったの?」
「……ちょっとね…。住んでた村を追い出されたんだ」
「追い出された!?  なんで!?」
  プリムはビックリして僕を凝視する。
「……まぁ…色々あって…」
  そしてまた、僕は口ごもりがちに言う。
  そんな僕を、プリムはしばらく眺めていたが、またも短くため息をついた。
「まぁ、いいわ。あんたにもあんたなりの事情ってもんがあるんでしょ。さ、行こう。デ
ィラックが心配だわ」
「…うん」
  プリムはそれから、それ以上僕が村を追い出された理由とかは聞く事がなかった。
  彼女なりの気の使い方なんだなっていうのは、少し後になってわかるんだけど。
  僕は手の中の聖剣を握り締めて、ゆっくりと歩く。
  …これから…僕はどうなるのかな…。
  漠然として不安を抱きながら、僕はぼんやりと目前に広がる荒野を眺めた。

                                                                          end...