Dizzy "4"
  車の中。
  私はただただ無言だった。
  心配そうなリースの顔を見送って、私は自室まで走る。
  そして、ベッドに突っ伏した。
  それから…。


  恋も初めてなら、失恋も初めてだった。
  どんなに泣いても、泣いても心臓はズキズキ痛いままで。
  あんなにあっけなく終わるものだとは思わなかった。
  こんなに早く終わるものだとは思わなかった。
  とりあえず、わかったのは、涙でココロは埋まらないということ。


「…ひどい顔…」
  鏡を見て、つぶやくくらいひどい顔だった。
  目の下はクマができてるし、頬もこけた。人間って、こんなに短時間で、こんなに顔付
きが変わるものなのだろうか…。
  誰にも会いたくなかった。
  携帯の電源を切り、一日中ベッドでごろごろとする。
  何も食べたくないと思った。食欲もわかないと思った。
  それでも、おなかがすくのは何だろう。
  無性に腹が立った。
  すると、おなかがすく。
  何もかも嫌になる…。
  写真立ての中にいる人物を、前はどんなに眺めても飽きなかったのに、伏せたままにし
てある。とても直視できない。
「はぁ…」
  何回ついたかわからないため息をつく。
  いつになったら、元気になれるんだろう…。


  家に閉じこもったままは良くないとさんざん言われて、私は仕方なく外に出た。
  深呼吸する。
  そうね。じいの言う事は間違ってないかもしれない。
  抜けるような青空を眺めて、目を閉じる。
  …このアンジェラ様が、立ち直れなくてどうするのよ!
  私は腹に気合を入れた。無目的にドライブするのも良いかもしれない。
  もう連れ回す男の子達はいないけど。


  私は適当な車に乗ってアクセルを踏んで外に出た。
  何も考えずに車を走らせた。
  さっき通ったような気もする道でも、気にせず車を走らせた。
  ……あれ……?
  ここは…。この十字路。この信号…。
  ………………。
  …無目的に車を走らせてるつもりだったのに…。何も考えずにいたつもりなのに。
  …このへん…。デュランのアパートがあるところだ。
  自分でもやめておけば良いとわかっていたのに。それでも我慢できなくて、そのアパー
トの方を見た。
  !
  あの女の子だ!
  私は思わず前も見ず、車の窓に身を乗り出す。
  デュランが玄関から出て来て、そして、笑顔であの女の子を部屋に入れたのを見た。
  ドガッシャアァン!
  心が割れるかと思った。
  それと同時にひどい衝撃が私を襲う。

  …私の車は、通りの壁に激突していた。

「前を…よく見ていませんでした…」
  悲しい事だけど、やってしまったのは事実。
  ただ、人がいなくて、犠牲者が誰もいなかったのは、ある意味救いと言えば救いだった
けど。私は警察署で、目の前の警官にしぼられていた。
「…弁償します…」
「あのね。弁償すりゃ良いってもんじゃないだろ?  前方不注意で」
「はい…」
  警察にこってりしぼられたあと。私はとぼとぼと道を歩いていた。
  車はレッカー車で移動。まだ乗れなくもないんだけど、もう当分車に乗る気分になれな
くて、迎えを呼ぶ気にもなれなくて、道を歩いていた。
「おい、大丈夫だったか?」
  上からかけられた声に顔をあげると、デュランがいた。首にズキリとした痛みが走る。
  会いたくて、会いたくなくて。私が勝手に苦しんでいるというのはわかってるけど、私
を苦しめるこの男は心配そうに私をのぞき込む。
「うっく…うっ…えっ…」
「…お、おいおい…」
  もう我慢できなくて、私は情けないことにぼろぼろと涙をこぼして泣いてしまった。
「…迎え…呼ばないのか?」
「もう…車は乗りたくない…」
「…そっか…」
  ふうっと息をついたのが聞こえる。
「俺んとこ来るか?  落ち着くまでさ」
「!」
  どうしよう。あの子がいるデュランの部屋なんて…私…。
  今更ながら、首がズキズキしだした。
「ひくっ…うえっ…うっうっ…」
  もうどうして良いかわからなくて、私はぼろぼろと涙を流し続けた。
  その時。
「大丈夫ですか?」
  あの女の子がこちらに走ってやって来た。心のどす黒い何かを感じた。
  なんでこうなるんだろう?  なんで…。
「大丈夫なの?」
「事故ったばかりだからな…。落ち着くまで、俺んとこどうだと思ってるんだけどよ…」
「そのほうが良いよ、絶対。ね、うちにどうぞ。なにか、暖かいものをいれますから」
  うち…。うちって…あんた…。
「ともかく。湯をわかしといてくれ」
「うん。わかった」
  女の子は真剣な顔付きでうなずくと、小走りにかけていく。
  ……彼女が本当に私を心配してくれてるのはわかった。けど、けれど…。
「こいよ」
「い…いい…。いいよ……」
  泣きながら、私を首をふった。あの女の子とデュランが一緒にいるところを、私は目の
当たりにしたくなかった。
「いいから、こいよ」
  デュランは強引に私の手をとって歩きだす。
  嫌だった。すごく嫌だった。
  でも、デュランに腕をつかまれて、嬉しかった。私に触れてくれて、嬉しかった。こん
な時に、と思う。嫌になるくらいこいつが好きなんだなって思うと、ますます自分が嫌に
なった。
  デュランは強引に、彼の部屋まで私を連れてきた。
  あの女の子は台所で何か作っていた。…まるで…ジブンノウチノヨウニ…。
「いまスープ作ってる」
「ああ。悪いな」
「ううん」
  女の子はにっこり微笑む。憎らしいくらい、可愛らしい女の子だ。
  デュランはベッドに私を座らせると、女の子の様子を見に行った。
  …なにやってんだろ、私…。
「どうぞ。即席ものですけど…」
  良い匂いをさせたスープを持って、女の子が部屋に入ってくる。お盆に3つ乗せてると
ころを見ると、全員分、作ったようだ。
「…あの…あなた…」
  心臓がズキズキするのを感じながら、私は女の子を見た。
「あ、そういえば、まだ名乗ってなかった。ウェンディです」
  そして、デュランは私の脳天を打ち砕くような言葉をぼそっと言った。
「俺の妹だ」
「……………え?」
  私は思わずデュランを凝視して、かすれた声を出した。
「…なんだよ…」
  急に不機嫌そうになる。
「…え…?  あの…。本当に?」
「悪かったな。似てねー妹で。本当だよ」
「私はお母さん似で、お兄ちゃんはお父さん似だそうですけど」
  そういえば、興信所で調べさせた時、彼に妹がいるという項目を思い出した。
「さ、どうぞ。冷めないうちに」
  ウェンディはにこやかにスープの入ったカップを私に差し出した。
  そのカップを両手でもちながら、こみあげる笑いを我慢するのは大変だった。
  あんなに悩んで、あんなに落ち込んで!
  そして、こんなに安堵して!
  私はなんて馬鹿なんだろう!
  笑うなって方に無理がある。

  写真を見せてもらった。小さい頃のデュランと、その家族。
  デュランの小さいころは可愛くて。そして、その隣にいつもいる彼にしがみついてる女
の子。今もその面影がある、この可愛らしい女の子。
  この写真をもらいたい衝動を我慢するのは、さっきの笑いを我慢するのに匹敵するくら
い、大変な事だった。いくらなんでも、これはね…。
  もう全然平気な自分に、自分でもあきれたり。
  ウェンディの話に素直に笑えて。スープも美味しく飲めて。ついでに彼女の手料理の夕
食まで御馳走になって。
「…もう…平気か?」
「……うん…」
  デュランの優しさになんだか泣けてきそうになったけど、ぐっと我慢した。
「お兄ちゃん、送ってあげなよ」
  ウェンディが肘でデュランをつつく。
「携帯で車呼べるだろ?  いくら車は嫌だって、後ろなら平気なんじゃねーのか?」
「送ってあげないの?」
「バーカ。俺のはバイクだ。メットも二つねえ」
「………………ふーん」
  ウェンディは、なぜかつまらなそうな顔をした。それは私のする表情じゃないかなとか
ちょっと思ったり。

  あとで、私は鞭打ち症を起こしていたのが発覚して、やっぱり家から出られない日々が
続いた。
  だって、このアンジェラ様が、あんな首輪みたいなのして外を歩けますかっての!
  でもウジウジして、引きこもってた日々と、全然違う家の過ごし方になったのは当然の
事。
  とりあえず、この首が治ったら、もう一度料理に頑張るつもり。
  だって、あのウェンディの手料理、美味しかったんだもん。
  いくら妹だって、悔しいものは悔しいし。
  私は写真立ての人物ににこっと微笑みかけて、そしてベッドから起き上がった。
                                                                         END