ベッドに倒れ込んで、ぼんやりと天蓋を見つめる。
  デュランの事をもっと知りたいと思った。
  考えてみれば、自分は彼のことをほとんど知らない。名前と、出身国と…ヒマだと眠く
なるところと…、それくらいしか知らないではないか。
  もっと話してみたいと思った。もっと話して、もっと、接して…。
  じいも、デュランとの見合いを持ちかけてくれれば、すぐに受けるのに。
  なんて、不可能な事も考えてみたり。今回の一件で、じいはフォルセナの男との見合い
話というのは死んでも持ってこないだろう。
「良い男も、全然、まったく、いないわけじゃ…ないのよね…」
  昼間のナバールの次期首領は、確かに良い男だったし。先程の話題の紅蓮の魔道士と名
乗った男だって、かなりの美形だった。
  少し前向きな気分になれて、寝返りをうった。


  昨夜、あんな事があったものの、それでも会議は続けられた。
  まあ、補佐であるアンジェラは今日の本会議に出席する事はないのだが。
  見事な神殿の庭園を散歩しながら、アンジェラは花壇の花なんかを眺めていた。
  ふと、あちらの方で声がする。何かと思い、そちらの方に足を向けてみる。
「だから、それは、シャルロット…」
「もういい!  ヒースのばか!」
  銀髪の、優しげな青年と、ふわふわ金髪の、可愛らしいあの女の子が激しく口論してい
るようだった。口論というより、女の子の方が一方的に青年を罵っているようなのだが…。
「シャルロット!」
  金髪の女の子はこちらにかけて来て、そして自分とぶつかった。
  どんっ!
「わっ…!」
「……………。…!」
  目を真っ赤に泣き腫らしながら、女の子は一瞬アンジェラを見て、そして何も言わずに
走り去ってしまった。
「?」
  不思議そうに彼女の方を振り返っていると、銀髪の青年も走ってきた。
「あ…!  こ、これは、アンジェラ王女様。ご機嫌うるわしゅう…」
  銀髪の青年は神官服を着ているから、神官だろう。どこかで見覚えのある顔である。
 あの女の子を追いかけたいようだが、神官としての立場から、王女を無視するわけにも
いかなくて、青年はひたすら焦っているようだった。
「それはいいけど…。どうしたの?」
「いや…その…。何と…言いますか…」
「まぁ、言いたくないんなら、言わなくても良いんだけど…。……追ったら?」
「は、はい。アンジェラ様。失礼いたします」
  それでも礼儀正しく礼をして、かの青年は、女の子が走り去った方へ走りだす。
「?」
  何があったのかわからなかったが、自分では知る由もないだろう。
  そう思い、また庭園の散策をはじめた。


  今夜の立食パーティで、またデュランに会えると思うと嬉しくもあり、そして、また来
年にならないと会えないかと思うと寂しくもあった。
  昨日の事があるけど、ここで顔を出さないのもまずいものだし。
  少し気合をいれて化粧をすませると、アンジェラは会場へと向かった。
  ぐるりと見回してみるが、デュランは見当たらない。
  どこに行ったのかしら。
  ちょっとため息ついて、腰に手をおく。
「アンジェラ王女。本日もご機嫌麗しゅう」
  ずいぶん軽い口調だ。昼間あった青年と同じ言葉でも、声も口調も違うから、受ける雰
囲気はまるで別物だ。
  振り向いて、ちょっとビックリした。次期ナバールの首領という男ではないか。
「あなたは…」
「いやあ、世界一の美女って噂は本当なんだなぁ。近くで見れば見るほど、引き込まれそ
うだよ」
  そう言う彼も、近くで見れば彼がどれだけ美形なのかがわかる。ただ、その軟派な雰囲
気はいただけないのだが。
「あ、俺、ホークアイといーます。知ってるかもしれないけど、次期ナバール首領です」
「へぇ、ホークアイというの」
  確かに、そのへんの娘だったら、こんな良い男に声をかけられたら、ポーッとなってし
まうに違いなかった。
「アンジェラ王女。よろしければ、一曲いかがです?」
  去年はなかったのだが、今年はダンスもやるそうなのだ。アンジェラは踊る気はまるで
ないので、関係ないと思っていたのだが…。
「そうね…」
  これだけの良い男に声をかけられるのは悪くない。頬に手をやり、ちょっと考える。
  その時。
  ごんっ!
  にぶい音がホークアイの頭あたりからした。
「…ってぇ!  だれだよ!?」
「あなた!  もーう、ちょっと目を離したらこれなんだから!」
  可愛い感じの女が、げんこつをホークアイの後ろ頭にくらわしたらしかった。
「げ…」
  しまったという顔のホークアイ。アンジェラは苦笑した。
「あなたの奥さん?」
「いや…その、はあ…」
「行くわよ!」
  彼女はホークアイの耳を引っ張って、ずるずると彼を引きずるようにして去って行く。
「ちょっ、おい、こら!  離せってば、悪かったからよ、ジェシカ!」
  引きずられて行くホークアイを見送って、アンジェラは小さく息をついた。苦笑するし
かないか。
「あいつ…あんなヤツだったかなぁ…」
  同じく、苦笑するような声に振り向くと、デュランが立っていた。
「知り合いなの?」
「本当にただの知り合いなんだけどな」
「あなたって、どんな人脈持ってるわけ?」
  あの獣人王とも面識があるというのも、変わった人脈と言えよう。
「まぁ、前に旅をしてさ、その時に、色々」
「ふーん…。旅をしてたんだ」
「ああ。…まぁ、いろんな事があった旅だったんだけどな…」
  デュランのなんだか情感のこもった口調に、アンジェラは彼を見上げた。
「一人で旅をしてたの?」
「いや、一人旅じゃあないんだ。ああ、あのシャルロットっていうコとも一緒だったんだ
よ」
「シャルロット?」
  彼が指さす先に、ふわふわ金髪の女の子がいた。すみっこの目立たない席でなにやら酒
をすごい勢いでかっくらっているではないか。
「って、おい、シャルロット!」
  その様子にデュランは慌てて彼女の方に向かう。アンジェラもなんとなく彼に続いた。
  ダンスもはじまり、会場内はずいぶん騒がしくなっている。
「おい、なにおまえ、そんなに酒飲んで…。あーあーあーもうやめろって」
「うるしゃい!  ほっといてよお!」
  ベソベソと泣きながら、酒臭い息で怒鳴る。この会場内の騒がしさでは、シャルロット
の声も目立たない。
「酒はやめろよ」
「返してよおぉ!」
  デュランが酒瓶をとりあげたので、シャルロットは手をのばす。
「だからやめろって」
「私は子供じゃないわよう!  成人だってしてる歳なんだからね!」
「年数経っても、成長は遅いんだろーが」
「トシはもう成人してるの!  だからお酒飲んでも大丈夫なの!  返してってばあ!  お
酒でも飲まないと…。うっく…えぐ…ふえっく…」
「どうしたんだよ…」
  涙をふこうともしないシャルロットに、デュランは困って話しかける。
「ヒースが…、ヒースが……。へくっ…ふくっ…うえええええええぇぇん!」
「おいおいおい…」
  デュランは、泣き崩れたシャルロットを困り果てた目で見た。
「あ、ここにいたのね」
  こちらにむかってかけられる声に振り向くと、金髪の女がこちらに歩いてきた。
「英雄王様が呼んでるわ」
「ああ…」
  女はデュランに話しかける。だが、デュランは困ったようにシャルロットを見た。
「…どうしたって言うんだよ…?  …理由…知ってるか?」
「…ええ…。…その…神官のヒースさんは知ってるわよね?」
「ああ」
「……彼…今度、結婚するそうなのよ。…とある貴族の娘さんと…」
「ああ…それで…」
  デュランはすべて氷解したらしく、困った顔で、今度はシャルロットを見る。彼女がこ
んなな理由はそのせいなのかと。
「…ともかく、英雄王様のところへ。昨日の件で…ほら…」
「ああ…」
  複雑な顔でデュランがこちらを見ると、金髪の女はアンジェラに気づいたようだ。
「まあ、アンジェラ王女。ここにいらしたんですか。…本当に、昨夜の件は…さぞびっく
りなさったでしょう」
「……………」
  どうしてこの人が昨日の事で自分に頭を下げるのだろうか。アンジェラはさっきから面
白くないのであるが。
「あ、ほら、きちんとして。すぐだらしなくするのはあなたの悪いクセよ」
「ああ…」
  女はデュランのだらしない襟元をただす。
「はい。これでいいわ」
「ありがとう」
  女が襟元をただし、ぽんぽんと、胸のあたりを軽く叩く。苦笑しながら礼を言うデュラ
ン。その様子がまた何とも仲が良い。
「…………ここでヒトが失恋して泣いてるとゆーに、あんたらは目の前でいちゃつくんで
ちか」
  今まで泣いていたシャルロットが顔をあげ、ドスの効いた声で、デュラン達二人をもの
すごい目でにらみつけた。
「いや、だから、別にそういうわけじゃ…」
  デュランはあせってなだめようとするが、半歩ひいている。
「もうケッコンしちゃって、むくどり夫婦なあんたらにはこのシャルロットの気持ちなん
かちいいいいいぃぃぃぃぃっともわからんでしょおぉにさああぁぁぁ!!!!」
「………は?」
  今度はアンジェラが間の抜けた声を出した。
「…ケッコンって…。結婚…してたの…?」
  思わず二人を指さす。
「…あ、ああ、まぁ、その、そうなんだけど…」
「ローラントの城主リース王女と、フォルセナのあんたが…、なんで?」
「その…見合いで…」
「…………………」
  アンジェラの頭は真っっ白になった。
「リース様、デュラン殿。早くして下さい!」
「あ、ああ、わかった。…その、じゃ、スマン。ちょっと、行ってくる」
「ご、ごめんなさいね」
  二人はとってつけたようにそう言うと、呼ばれた声の方に去ってしまった。
  アンジェラは口を開けたまま、突っ立っていた。
「……失恋したのね………」
  地を這うようなシャルロットの声に振り向くと、彼女はなんだか暗い嫌な笑みを浮かべ
ている。
「わたしにはわかるのよう…。あんたしゃんも、失恋したのね…」
「…………………」
  表情を変えられぬまま、アンジェラはシャルロットを見下ろした。
「…ふっ…。こういう時は……飲むしかないのよう!」
  どんっ!  と、テーブルの上に酒瓶を置く。
  無言のまま、アンジェラはシャルロットのむかいの椅子に腰掛けた。
  そして…。
  ウェンデルの神官と、アルテナの侍女達に慌てて回収されるまで、彼女達は派手に酒を
飲み続けたのであった。

  アルテナのアンジェラ王女は最近ますます男嫌いが激しくなって、じいを激しく困らせ
ているという。
  そして、そのアンジェラ王女と、ウェンデルの司祭の孫のシャルロットの不思議な友情
は、今も続いているという。

                                                                                
                                                                       END