ポーン!  ポポン!  ドンドンドン!
  花火が打ち上げられ、気持ち良いくらいの青空が広がっていた。
「おじぃちゃん、ホントに、リースしゃんがあのへんちくりんなオヤジと結婚するんでち
か?」
  光の司祭の孫のシャルロットは、怪訝そうに自分の祖父を見上げた。
「ああ、本当だよ。だから、このわしが結婚を認める者として呼ばれたんだから」
  立派な馬車の中。司祭はやや憂鬱な顔でそう言った。
「そんなのウソでちー!  リースしゃんが、あのちんちくりんオヤジと結婚だなんて、お
かしいでちよー!  あのオヤジの顔見たでちけど、も、最悪じゃないでちかぁ!」
「しかし、本当なんだからしょうがないだろう。現にシャルロット、お前だって当人のリ
ースから招待状をもらったのだろう?」
「……こ、こりは、……確かめに行くんでちよー。きっとなんかの間違いでちよ…」
  そう言って、シャルロットは困った顔で、自分宛の招待状を目にした。
  馬車はテイタラクの敷地内の教会前に止まる。
  テイタラクの家の者が来て、司祭を出迎える。シャルロットも出迎えられた。
「……なんか、ものものしいでちね……」
  シャルロットは眉をしかめてテイタラクの敷地内だけでなく、教会にもたくさんいる兵
士たちを見た。なかにはあまりガラの良くない者もいた。
「…何かあるのかね?  結婚式にこんなに兵士たちがいると言うのは…」
  さすがの司祭も不審がって、出迎えに来た者にたずねる。
「ええ。何やら、この結婚式を取り壊そうとする不心得者がいるらしいとの情報がありま
してね。それに向けての警備態勢なんです。表の方なんかは数ばかり集めた感じですが、
教会付近の方は腕に覚えがある者が多いんですよ」
  なるほど。随分金にモノを言わせて集めたらしい、手足れともわかる戦士たちが衛兵に
混じって警備にあたっていた。
「あ、シャルロット!  シャルロットじゃないのよ!」
  なつかしい声に振り向くと、誰もが振り返る程の美女が、手を振りながら小走りにこっ
ちにやって来る。
「アンジェラしゃん!  アンジェラしゃんもお呼ばれしたんでちか?」
「ええ。でも、リースったら本気なのかしら?  こんな男と結婚だなんて」
  ここで司祭とは別れ、二人はのんびり道なりに歩きだす。
「リースしゃんの趣味はわかりまちぇんけど、いくらなんでもアレはひどすぎでちー」
「ホーントホント!  あんな男と所帯持つだなんて、信っじらんないわよねー!」
  テイタラクの敷地内であるくせに、二人は平気な顔して悪態ついていた。もっとも、誰
も聞いてはいなかったようだが。
「あ、もしかちて、アンジェラしゃんが呼ばれてるんなら、デュランしゃんやケヴィンし
ゃんも呼ばれてるんでちか?」
「ああ、それね…」
  シャルロットの気づいたようにあげた声に、アンジェラは不機嫌そうな顔になった。
「招待状は出したんですって。なのに、デュランときたら風邪をこじらせて出席できない
んですって!  ケヴィンはケヴィンで、月夜の森で迷ってるから連絡取れないって。ひっ
どいと思わない!?」
「なーんでちかそりは!」
  シャルロットもあきれというか、ちょっと怒ったように言う。
「…あり?  でも、ホークアイしゃんは…?」
  聞かれて、アンジェラはちょっと困った顔をした。
「…うん、それがね。ホークアイには招待状は出してないそうなの…」
「どーしてでちか!?」
  これにはシャルロットもビックリした。
「うーん…。ほら、ホークアイってナバールの人間じゃない。で、これはリースの結婚式
じゃない。でさ、ローラントの王女にナバールの人間を呼ぶっていうのは…、ってんで招
待状は出されなかったそうなの…」
「なんでローラントにナバールのホーク………あ、そうか……」
  シャルロットはやっと国の関係に気づいた。いくら時世にうといシャルロットでも、ナ
バールがローラントを攻め落としたのは知っている。世間体や体面が大事な結婚式でもあ
るのだ。
「それにしたって、大事な仲間の結婚式に欠席だなんて、あの2人、どういう了見してる
のかしら!」
  アンジェラはプリプリと怒りながら歩く。そこへ、よく前を見ていなかったのだろうか、
誰かとちょっとだけぶつかってしまった。
「キャ!」
「あ、すみません…」
「ちょっとぉ、気をつけなさいよ!」
  しかし、その誰かは慌てたように去って行く。アンジェラはそいつにやや目をくれて、
小さく舌打ちすると歩きだした。そして、自分がいつの間にか紙切れをつかまされている
事に気づいた。
「………あら……?」
  アンジェラはその折り畳まれた紙切れをゆっくり開いて、そして目を大きく見開いた。


  リーンゴーン…。
  教会の鐘の音が響き渡り、パイプオルガンが鳴り響く。
  純白の花嫁衣装に身をつつんだリースと、キツそうなえんび服を着たヘベレッソが並ん
で教会の入り口から姿を現す。
  ゆっくり、パイプオルガンのおごそかな曲に併せてゆっくりと二人が歩いて来る。誰も
が見守る中。呼ばれたアマゾネス達は明らかに悲壮な表情を浮かべていた。
  満足そうなヘベレッソに対し、リースの顔は暗く沈んでいるように見えた。そもそも、
あまり表情が見受けられなかった。
  パイプオルガンの曲がやみ、大きなマナの女神像を後ろに光の司祭が聖書を持って静か
にたたずんでいる前まで来る。
「…全知全能のマナの女神よ、結婚の誓いによって結ばれる2人の上に豊かな祝福をお与
え下さい。2人が真実の心で結婚を誓い、愛と誠実をもって、その約束をはたすことがで
きますように…」」
  光の司祭が威厳をもって、ゆっくり、おごそかに歌い上げるように言葉を紡ぎ出す。
「…汝、ヘベレッソ・テイタラクよ。汝はリース・ローラントを妻と認め、生涯変わらず
愛し続ける事を誓うか?  意義なき時は、沈黙をもって答えよ」
「…………………………」
  ヘベレッソはうつむいたまま、沈黙する。司祭はゆっくりうなずくと、今度はリースの
方に向き直る。
「…汝、リース・ローラントよ。汝はヘベレッソ・テイタラクを夫と認め、生涯変わらず
愛し続ける事を誓うか?  意義なき時は、沈黙をもって答えよ」
「………………………」
  リースの方もうつむいたまま、沈黙する。司祭はまたもゆっくりとうなずき、次ぎの言
葉を言おうとした時だった。
『ちょぉーっと待ったぁ!』
  どここから聞こえる大きな声に、みんな何事かと天井を見上げた。
『その結婚に意義あり!』
  声が響き渡る中、兵士たちが手に手に武器を持って教会の中へと踏み込んでくる。
  そして、どこに潜んでいるかと、キョロキョロと見回していた時。
「あ、あそこに誰かいるぞ!」
  招待客の中の1人がマナの女神像の後ろのステンドグラスを指さした。そこには、黒い
人影が3つも並んでいた。
  ワッシャアアアァァン!
  ステングラスを蹴破って、3人の黒ずくめが降ってくるように降り立った。
  全員黒ずくめだが、唯一頭を出し、ヘンな仮面をかぶり、真っ黒い大きなコートの男。
そいつだけはマナの女神像の上に降り立った。そして、床に降り立ったウチの1人は鉄パ
イプを手に持っていた。そしてもう1人は少し変な形の黒いグローブをはめていた。
「ハッ、こんな腐った欲望がらみの結婚、黙ってみてられるかってーんだ!」
  仮面の男がそう言ってバッと片手ををあげると、他のステンドグラスが割れ出した。
  ワシャアン!  パリィィン!
  招待客は頭をおさえ、騒然となった。
「えぇい、こやつらを殺せ!」
  ヘベレッソが兵士たちに指揮すると、床にいた黒ずくめにいっせいに襲いかかった。
  ドガッ!  ばきどすごがっ!
「うぎゃああ!」
「わあああっ!」
  しかし、いっせいに襲いかかった手足れの戦士たちが、黒ずくめの2人にことごとく返
り討ちにあっていた。
「な、なんだとっ!?」
  一瞬、自分が雇った戦士たちが弱いのかと思った。だが違うのだ。この2人がどうしよ
うもなく強いのだ。
  戸惑っていると、仮面の男が女神像の上から降ってきて、ヘベレッソの目の前に降り立
った。
「き、貴様!」
「ハン!  てめぇにゃこの花嫁はブタに真珠だぜ!」
  ごっ!
  ヘベレッソの顎を蹴りあげる。
「ぶふっ!」
  ヘベレッソは床にバウンドして、もがくように上半身だけ起き上がる。その間にも仮面
の男は花嫁に駆け寄って、そっと抱き寄せる。
「…リース、リース!」
  彼女の口から、わずかな薬の匂いがかぎとれると、仮面の男は一瞬眉をしかめ、すぐに
ふところからなにやら小さな筒を取り出した。
  小さな筒をリースの口に入れ、わずかに傾ける。筒の中の液体を、リースが飲むと、だ
んだんリースの瞳の焦点が合ってきた。
「………え…?  あ……?」
「気が付いたか?  ちょっと、これから派手やらかすが、しっかりつかまっててくれよ」
  軽くウインクして、仮面の男は大きなコートをバッと開いた。よく見ると、コートの内
側には小さな花火がたくさんたくさん並んでいた。
「景気よくやるぜいっ!」
  ヒューヒューヒュー…ドドーン!  ドパパーン!
  花火という花火が飛び立って、辺りにところかまわず破裂し、火花を撒き散らした。
  教会の中は上へ下への大騒ぎとなり、パニックと化した。
  仮面の男は2人の黒ずくめに目配せして、彼らがうなずいて返すと、にんまりとした笑
みを口元に浮かべ、リースを抱き上げると、教会の入り口目がけてすごい勢いで走りだし
た。その後を、2人の黒ずくめが追いかけるように走りだす。
「えいやあぁ!」
  仮面の男目がけて襲いかかる戦士を、鉄パイプ男がガン!  と殴って打ち落とす。そし
て、後から追いかけて来ようとする兵士や衛兵を、最後尾の黒ずくめが露払いのごとく打
ち払う。
  3人の男が教会の出入り口を突破すると、衛兵や傭兵たちがワッと飛びかかる。だが、
そのことごとくを鉄パイプ男と、黒グローブ男に打ち落とされてしまう。リースを抱く仮
面の男に剣の切っ先さえも届かないのだ。
「ええい、捕らえろ!  殺せ!  逃がすな!」
  ヘベレッソは痛む顎をさすりながらも、よろよろと教会の出入り口で怒鳴っている。
  そこへ、屋敷内の衛兵がひどくあわてた様子で走って来た。
「た、大変です!  や、屋敷の、屋敷の財宝が…、ナバール盗賊団にやられました!」
「な、なんだとうっ!?」
  ヘベレッソの顔は怒りの赤から、一瞬で驚嘆の青へと変わった。
「ど、どこだっ!?」
「宝物庫の方です!  ヘベレッソ様の寝室もやられました!」
「えぇい、なんてことだっ!」
  ヘベレッソは衛兵に連れられて走りだした。
  教会には。いまだ興奮覚めやらぬ招待客と、あきれたように突っ立っている光の司祭が
いた。


  花嫁と黒ずくめの一向は敷地内の古井戸に飛び込んだ。
  仮面の男が花嫁を抱いて飛び込み、つぎに黒グローブ男が飛び込み、露払いをしていた
鉄パイプ男が最後に飛び込んだ。
  古井戸の中には縄ばしごがあって、そこを下がってややしたところに横穴があるのだ。
そこを通り、最後の鉄パイプ男はこの縄ばしごを降ろしてしまい、次ぎの侵入者がこの横
穴にたどりつけないようにしてしまった。
「うわぁぁ!」
  彼らを追おうと、縄ばしごをつたっていた傭兵がどうやら井戸の底に落ちてしまったよ
うである。
  横穴を通り抜け、突き当たりの天井のフタを仮面の男が押し開ける。
  そこは、テイタラクの敷地から離れた場所で、1台の馬車が真上に止まっていた。
  馬車の床を下から押し開けて、仮面の男はまず自分が上ってしまってから、花嫁を手で
引っ張って馬車まで引き上げる。
  その後から黒グローブ男が続き、最後に鉄パイプ男がのぼってきた。開けたフタをしめ、
馬車の床の穴もばくんと閉める。
  全員が座席に座って、そして、ため息と同時にそれぞれもたれかかった。
「…………くっくっくっくっ……」
  やがて、仮面の男が、こらえきれないように肩を震わして笑い出す。それに釣られてな
のか、他の黒ずくめも震えるように笑い出す。
「くっはっはっはっはっ!」
  仮面をはぎとって、ホークアイの素顔が現れる。
「ひゃーはっはっはっはっはっ!」
  馬鹿笑いして、黒ずくめ2人も覆面をはぎとった。鉄パイプ男はデュランで、黒グロー
ブ男の方はケヴィンだ。
「ハーハッハッハッ!  ひーっ、おかしいったらありゃしねぇ!」
  目には涙さえも浮かべて、大笑い。花嫁姿のリースの方もおかしそうに笑っている。
  ゲラゲラ笑う4人のいる馬車はちょっと異様であったが、辺りには人は見当たらなかっ
た。


「はっはっは……、ふー…」
  ひとしきり馬鹿笑いした後、ホークアイはやっと真顔に戻った。
「…もう大丈夫だぜ、リース。ナバールの連中がヘベレッソの財産を根こそぎ近く奪い取
ったろうからさ。半額…、いやそれ以上は全部ローラント行きだ」
「…え…?」
「フレイムカーン様の心付けだ。もらってってくれよ。あとで運んでおくからさ」
「そんな…、悪いですよ、それは……」
「良いんだよ!  もらってくれ。元はと言えば、ナバールにも落ち度があるんだから。気
にすんなよ」
  リースの肩に手をまわし、ぽんぽんと肩を叩く。
「しっかし、これで結婚式はパァだな…」
  頭をばりばりかきながら、デュランがつぶやくように言った。
「良いんだよ。それで願ったりかなったりさ。こんな結婚、黙って見てられねぇってー
の!」
「まーな」
  デュランは肩をこきこきと鳴らす。
「デュラン、ケヴィン。ありがとう。来てくれたんですね」
  リースはにこにこと、それぞれにほほ笑みかけた。2人は照れたように少し笑う。
「なんかよー、いきなり結婚式の招待状が届いたと思ったら、今度はホークアイがやって
来て結婚式ブチ壊そうときたもんだ。何事かと思ったよ」
  デュランが苦笑しながら話し出す。ケヴィンも隣でうんうんとうなずく。
「おかげで俺は風邪をこじらせた重病人になっちまったし…」
「オイラが月夜の森で迷ってるのはいつもの事だけどな!」
  ケヴィンは笑顔でこんな事を言った。
  2人とも相変わらずで、リースは本当に嬉しくなった。
「お、そうそう。アンジェラとシャルロットも呼んでおいたんだ。そろそろ来ると思うけ
ど…、お、来た来た」
  馬車の中の窓から、こちらへかけてくる二人を確認する。アンジェラとぶつかって、紙
切れを握らせておいたのは、ホークアイの仕業である。
「今日はさ、みんなでメシ食いに行こうぜ。パーッとさ!」
「おう!」
「いいですね!  あ、でも、この服でですか…?」
「まさか。ちゃんと着替えてさ。心配すんなって、ちゃんと用意してあるからよ」
  ホークアイがそう言った時、馬車のドアが開いて、アンジェラが入って来た。
「んもー!  すんっごい大騒ぎ。派手にやったわねー」
「アンジェラしゃん!  早く行ってくださいでち。シャルロットが入れないでちよ!」
「あン、もう、せかさないでよ!」


  こうして、久々に再会した6人は、心行くまで楽しんだ。
  それぞれに問題は山積みではあるけれど、彼らが築いた絆は、今までも、これからも、
きっとずっと支えになるだろう。永遠に……。
                                                                        END