あのワケわかんねえ生き物。海の上をすごいスピードで泳いで、俺らをマイアまで連れ
て来てくれた。ワケわかんねえけど、助かったんだから、俺らはカメに厚くお礼を言った。
 こいつが本物の海のヌシではないかとホークアイが言っていたが、確かにあの赤目黒マ
ント男よりも遥かに海っぽい感じがする。
 んで、急いでフォルセナに戻って、国王陛下に会いに行った。
「戻って来たなデュラン。ん? 仲間が増えたらしいな」
 陛下は二人ほど増えた俺たちを、穏やかな目でご覧になった。
「はい。ケヴィンとリースです」
 ケヴィンは相変わらずで、ただニパッと笑っただけ。リースは礼儀正しく頭を下げた。
「ローラントのリースと申します。英雄王様、お初お目にかかります」
「おお、これはこれは…。礼儀正しい娘だな…。…さて、マナストーンについてだな…」
 陛下から聞いたお話をちゃんと書き留めて、まずは水のマナストーンを捜し出す事にし
た。水のマナストーンはアルテナの南、氷壁の迷宮というトコにあるそうだ。
 それから、俺たちが陛下に今までの出来事を軽く話すと、陛下は俺たちを噴火から助け
てくれたワケわかんねぇ生物、島のヌシに興味をお持ちになったようだ。
「…おそらく、それはブースカブーだろう…」
 …なんだか、陛下の口から出る言葉としては、かなりヘンな感じだ。…いまさら名前を
変えるわけにもいかないんだろうけど…。
 陛下が仰るには、普段は人間に絶対心を開かないそうだ。俺がフェアリーにとりつかれ
た人間だから、助けてくれたのではないかとの事。そして、そのブースカブーを呼び出す
ためのフォルセナの秘宝までも授けて下さった。俺は精一杯のお礼をしたけど、アンジェ
ラはその笛を怪訝そうに眺めていた…。
 幻の生物を呼び出せるというのは、珍しいし、秘宝として頷ける用途だ。用途は良い。
 …だれだよ、そんな名前つけたのは。あいつが名乗ったのか? この笛をそう名づけた
のか? どうにかならんのか、この名前。
 陛下が真面目な顔してぴーひゃら笛とかおっしゃられると、俺は……。しかもフォルセ
ナの秘宝って……。
 …と、とにもかくにも、その笛さえあれば、いつでもブースカブーを呼び出して海を渡
れるんだ。決まった航路しかない定期船よりずっと自由だし、すごい速かった。
 後で聞いたんだけど、陛下の命で、フォルセナの騎士団が色々各国の動きを止めてくれ
てるそうなのだ。俺達が動きやすいようにって。それ聞いた時、なんか、すっごく嬉しか
った。

「デュラン! デュラン! 食い放題は!?」
 城から出て開口一番、ケヴィンがそう言った。
「あー、悪い…。今日はウンディーネの日だからよ、食い放題やってねえよ。まさか、マ
ナの祝日までここに滞在できないし…」
「えー…」
 ケヴィンは今にも泣きそうな顔をしていたが、やがてがっくりうなだれてトボトボつい
てきた。なんか、あんな大見得きっちゃった事言って悪いなぁ…。
「悪い、期待持たせちまって…」
「いい、デュランが謝る事ない…。幽霊船とか、火山島ブッカとか行ってたから、予定の
日にちよりズレた。運が悪かったダケ…」
 なんて言っちゃってまー…。こいつ、良いヤツだなー…。


 で、んなワケでマイアまで大砲で飛ばされて行く。フォルセナにはあまり長居したくな
かったので、マイアで少し休みをとる事に。
 いいかげん、大砲にも慣れたけど、もうちょっとどうにかならんもんか…。まぁ、大砲
に慣れてないリースはかなり戸惑っていたが。そういえば、驚いたんだが、ケヴィンのヤ
ツ、大砲で飛ばされてちゃんと着地したんだよ、アイツ! 思わず拍手しちった。
 それから、アルテナに行くためにブースカブーを砂浜で呼び出す。
 ヒョロヒョロピーヒョロロン♪
 ちょっと間抜けた音だけど、やがてその笛の音につられてか、あのワケわかんねえバカ
でけえ生物、ブースカブーが姿を現した。
「ブースカブー! 俺らを北のウィンテッド大陸まで運んでくれ!」
 そう言うと、うんうんうなずいて、乗れとばかりに背中を向ける。
「うっし、行こうぜ」
「おうでち!」
 ブースカブーの乗り心地というもの、決して快適というものではないけれど、定期船な
んかより遥かに早く、しかもタダ。さらに、定期船では行けない所にも行ける。これだけ
得なんだから、ハタから見てかなり異様な光景であろうとも気にしない。それに、ちょっ
と恥ずかしいのは俺だけじゃないみたいだし。
「うーみはーひろいーなー」
 デタラメにのんびり歌いながら、旗の上に上って水平線を眺めているのはケヴィン。シ
ャルロットは荷物と一緒にその旗のポールにしがみついている。
 ホークアイは寝そべって口笛なんぞ吹いてる。その隣で、リースは座り込んで地図とに
らめっこしている。アンジェラはアンジェラで、ただ流れ行く景色をボーッと眺めている。
「アルテナにブースカブーが行けるような砂浜はないから、エルランドの方へ行ってちょ
うだい!」
「…と言うと、えーと…ここから北東…の方角ですよね?」
「ま、そんな感じ。北々東ね」
 ホークアイはちょっと目を開いて訂正する。ちゃんと地図が頭に入ってるらしい。さす
がだ。
「じゃー、ブースカブー。北々東にあるエルランドに行ってくれ」
「パーフゥー!」
 返事の変わりに一声鳴いて(それにしても、気の抜ける鳴き声だ)、バシャバシャ泳ぎ出
す。向こうの定期船をぐんぐん追い越して、ブースカブーは快調に飛ばしている。


 エルランドはむちゃくちゃ寒いトコだった。
「へぇー…! これが雪かぁ!」
 ホークアイは感動したように、エルランドの景色を見渡した。
「そういえば、ホークアイは砂漠出身でしたね…」
「オイラも雪初めてだーっ!」
 フォルセナも冬には雪はちらつく。積もる事は滅多にないんだけど。
「ひぇーっ! さむさむさむさむぅ!」
「ともかく、早いトコどこかで防寒着買おうぜ。こんな服装じゃなんもできねえぜ」
「同感!」
 みんな歯をがちがち言わせ、両肩を抱き締めたりで、転がりこむように宿屋に入る。
 さすがに家の中は暖かかった。
「よお。お客さん。そんな格好じゃ寒かったろう!」
「ああ。ところで、おやっさん。ここいらでなんか防寒着買いてーんだけど、どっか良い
トコ知らない?」
 ホークアイが早速話しかける。その間にも、俺らは暖炉の前にかたまっていた。
「ああ、それなら四件隣の店に行くといい。新品も古着も一緒に取り扱ってて、値段も手
頃だ。行ってみたらどうだ?」
「サンキュウ! んじゃ、早いとこ服買っちまおうぜ」
「ゲ! また外に出るんでちか!?」
 あきらかに嫌そうにシャルロットがうめく。暖炉から一歩も離れたくないようだ。
「そーだ。いつまでもこんな服じゃ氷壁の迷宮なんて行けねーだろ? ホラ、行くぜ」
「あ、あんたたちだけで行ってきてくだしゃい! シャルロットはこっから離れたくない
でち!」
「だーっ! ケヴィン! シャルロットをかつげ!」
「おう!」
 ホークアイの命令で、ケヴィンはシャルロットを肩の上に乗せる。
「あーっ! なにすんでちか! シャルロット寒いのはもうイヤでちーっ!」
「嫌だからこそ、服を買うのよ。ちょっとだから我慢してね」
「……………」
 リースがそう言うと、シャルロットは渋々ながらうなずいた。いやに素直じゃねーか…。
 俺らは急いでその服屋に走り込んだ。
「あら、いらっしゃい」
 中には、ストーブの前で人の良さそうなおばさんがいた。
「ふぃーっ。俺ら、なんか防寒着欲しいんだ。いいのないかな?」
「ああ、あるよ。そこの、右の棚あたりがいいのあると思うよ。まあ、ゆっくり選びなよ」
 と、いうわけで俺らは服選びする事になったのだが。
「ねえねえ、この毛皮のコート良さそうじゃない?」
 アンジェラが選び出したその毛皮。随分と高価そうだ。
「……おまえ、いくらすんだよ、その毛皮のコート…」
「んーっとね…。……五万ルクよ! ブランドものにしちゃ、お手頃な値段だわ♪」
「ぶっ! な、なんだよその五万ルクって! どっからそんな金が出るってんだよ!?」
「あら、あるでしょ? それくらい」
「……ホークアイ。俺らパーティの全財産は?」
 俺たちの金の管理はホークアイがやっている。商談はコイツが一番だし、どーもズボラ
の俺と、金銭感覚のない他の連中には任せてはおけないからだ。
「ざっと五万とんで九七ルク」
「あら、買えるじゃない」
「おまえの一着買ったらオシマイだ!」
「なによー、ケチねー!」
「ケチとかそういう問題じゃねえだろ。古着で十分なんだから、そっちの買え!」
「や、やあよ、古着だなんて。気持ち悪い!」
「いいじゃねえかよ。どーせ同じ女が着たもんだろ?」
「…そういう問題じゃなくって!」
「あのなあ。仮にも古着で商売してるんだぜ? あまりヘンなもん置くわけねえだろ? 
頼むからもうちょっと静かに選んでくれ」
 ホークアイがうんざりしたように言う。
「…悪い…」
 ちょっと熱くなってしまった…。俺が黙ると、アンジェラも渋々ながら納得して、アン
ジェラは古着の中から選ぶ事にしたようだ。
 みんなコートやら長袖やらマントやら。それぞれに似合う服を買ったようだ。
 やれやれ、これでこの寒さの中も歩けるってなもんだ。
 しっかし、このシャルロットの着ぐるみ! 笑いだしそうな程似合ってる。リースが選
んだそうだが、羊のきぐるみで、ぽてぽて歩く姿がすげぇ可愛い。
 シャルロットが前を歩いているのを見ると笑いだしそうなので、俺は努めてシャルロッ
トを見ないようにした。
 武器防具も良いのが売っていたので、装備を一新。準備を整えて、いざ氷壁の迷宮へと
向かった。


 アルテナ出身のアンジェラに道案内してもらおうかと思ったのだが、アンジェラ自身も
アルテナ周辺の地域をそんなに把握してないそうだ。地元だっつーのに役に立たねぇヤツ
だな。
 少し迷いながらも、なんとか氷壁の迷宮にたどりついた。気になった事がひとつ。氷壁
の迷宮の前に、あのジンの所にもいた黒い騎士がいた事だ。
 何のためにここに来たかはわからない。けど、少なくとも俺らの敵になることはジンの
一件でもわかる事だ。
「てめぇーっ!」
 俺は剣を抜き、かまえた。背後の方でも仲間たちが戦闘体制を取っているようだ。
 その真っ黒い騎士は、無言で俺たちを見ていたが、やがて……どこか聞き覚えのあるよ
うな声で話しはじめた…。気のせいか…。
「…もう、あきらめろ。お前達が労せずとも、マナストーンは我々が力を解放し、聖域の
扉をひらいてやる。そして、マナの剣を竜帝様にささげるのだ!」
「竜帝だと!? フザケんな! 竜帝は、俺の親父と相討ちして死んだんじゃねーかっ!」
 俺がそう叫ぶと、その黒い騎士にわずかな動きが見られた。驚いているのか?
「……おまえ、デュランか…」
「は!? な、なんでてめぇが俺の名前を知ってんだよ!?」
 いきなり名前を言い当てられて、俺は内心動揺した。ヤツに名乗った記憶なんてない。
「おまえ、何者だ!? なんで俺の名前を知っている!?」
「………………」
 黒い騎士は何も答えない。俺が攻撃を仕掛けようとしたら、クルッときびすを返して、
それからスゥッと消えるようにどこかに行ってしまった。
「あ、ま、待てよ!」
 俺が追いかけようとすると、いきなり、雪の中から大地の裂け目の橋で自爆した、あの
ヘンなメカがズボズボと3体も現れやがった。
「ゲッ!? また復活しやがったのか!?」
「そいつはマシンゴレームSよ! 前のヤツより遥かに性能が高いの! 気をつけて!」
 アンジェラの声が飛ぶ。あーもう、アルテナってのは厄介なモンばっか造りやがって!
 そして、戦闘がはじまった。

 今回は倒しても自爆しなかった。それはそれで良かったんだけどね。でも、俺にはすご
く気にかかる事があった。
「…それにしても、あの黒い騎士…。何者なんだ……?」
 気持ち悪かった…。どうしてアイツが俺の名前を知っているんだ。それに、竜帝って…。
もし、ヤツが生きているとしたら、親父は無駄死にしたって言うのか? そんな…。そん
な事って…。
「…デュラン。行こうぜ…」
 ホークアイが俺の肩をポンとたたいた。うながされるまで、その場に突っ立ったまんま
だった。
「う、うん…」
 なんか、イヤな感じするな…。
「…でも、どうしてマシンゴレームSをアイツが使ったんだろう…。アイツ、アルテナと
関係あるのかしら…?」
 アンジェラが不思議そうな顔でメカの残骸を眺める。アルテナ出身のこいつにとって不
審に思える事なんだろう。俺はあのメカの事なんてどうでも良かったけど。
 氷壁の迷宮に入るとすぐ、マナストーンがあった。マナストーンから幾多の光が上に上
っていく。
「ああ…。マナストーンの力が解放されちゃってる…」
 悲しそうに、フェアリーがつぶやく。
「…でもよ、あの黒い騎士が言ってたように、ヤツらに力を解放させて、聖域の扉を開か
せば良いんじゃねえのか? それを横から…」
「ダメよ! そんなことしたら、たとえ聖域の扉が開いても、マナの樹が枯れてしまって
二度と取り返しがつかない、とんでもない事になるんだから!」
 厳しいフェアリーの声。
「あ、そっか…。…悪い…」
 自分の軽率な発言に、俺は下を向いた。
「…ううん…。わかってくれればいいの…。彼らが悪しき心でマナストーンの力を解放す
る前に、私たち自身が聖域の扉をひらいて、マナの剣を手に入れないと…」
「そうだな…。急がないとな…」
 なんて話していると、どこからか泣き声が聞こえる。俺らが顔を見合わせた時、フェア
リーはふよーんと飛んで、宙に浮いている人魚を見つけだした。しかもしきりに泣いてい
るのだ。
「ウンディーネ!? どうしたの? そんなに泣いて。どこか具合でも悪いの?」
「ちゃうねん! さっきの話にめっちゃ感動しとったんよ!」
 …おいおい、あの話をどこをどうしたら感動できるってんだよ。それにしても、なんな
んだ、その喋り方は…。
「最近マナが少なくなったせいか、涙もろうなってなあ。かなわんわ」
 ウンディーネは涙をぬぐいながら、鼻をすすった。どーして精霊って軽い感じな性格が
多いんだろう…。シェイドは違うけどさー。
「あ、あの、あのね…、ウンディーネ。あの、聖域の扉をひらくために、あなたの力、貸
して欲しいんだけど…」
「よっしゃぁ!」
「あ、ご、ごめんなさい…」
 謝る事もないのだが、迫力におされ、フェアリーがたじろいだ。
「なに謝っとんねん。まかしとき! ウチも女や。あんさんがたに力かさしてもらいまし
ょ。よろしゅうたのんまっせ!」
 喋り方の迫力というか。そんなものはあると思う。フェアリーもかなり押され気味だ。
ともかく、ウンディーネを仲間にする事ができた。
「あ、あのさ、ところで、フェアリー…」
 俺は前から気になっていた事で、フェアリーに話しかけた。
「あ、クラスチェンジね! やってみる? 今のあなたなら、もしかしなくても…」
「ああ、やるさ」
 俺は、ちょっと緊張してうなずいた。だって、このために旅に出た。
 マナストーンの前に立つ。見上げる程のマナストーンが目の前にある。何だか、緊張す
る…。
 俺は大きく深呼吸した。フェアリーが俺の前に浮かび上がる。前は駄目だったけど、今
度こそ…!
「さあ、いくわよ。…精神を集中して! 心を無にするの!」
 フェアリーに言われる通り、俺はとにかく心の中を空っぽにして、集中することだけに
専念した。
「もっとよ、もっと集中して! ……マナよ! この者に力を!」
 フェアリーの声が直接頭の中に響くようだ!
「っく!」
 ゴゴゴゴゴッ…。何かが俺の中に入り込んでくる。その圧力が苦しい。
「偉大なるマナの女神よ、根源なる力の創造主よ、この者の未知なる力を引き出したま
え!」
 フェアリーの朗々とした声が響く。俺にかかってくる圧力はさらに強くなってくる。
 くっ……。…クッソーッ! なにが、なんでも…!
 ググウッと全身に上から中に入り込むように何かがはいってきた。激しい重みが全身に
乗っかってるような気分! 前はここでつぶれちまったけど、もう……つぶれる、わけに
は……いかねぇぇぇんだよっっ!
 奥歯を噛み締めた時だった。いきなりその重圧感が無くなった。その変わりに、暖かい
光に包まれているようだった。
「デュラン…。もう、目をあけていいよ」
 フェアリーの優しい声に顔をあげる。……………。
「……ク、クラスチェンジできたのか?」
 自分の手を見つめるが、たいした変化があるとは思えない。
「ええ。なにか感じない?」
「そう言われると、なんか力がわいてきたような気がするけど…」
 でも、気のせいかもしれない…。
「まあ、あまり自覚はないと思うんだけど。でも、これでかなり強くなったはずよ。ちょ
っと頑張って魔法も勉強してみたら? きっと、すぐに覚えられるわ。他のみんなもやっ
てみる?」
 俺に続いて、アンジェラやホークアイがクラスチェンジをした。シャルロットはちょっ
と不安そうだったが、ちゃんとクラスチェンジできた。残念ながらケヴィンとリースの二
人は無理だったようだ。次があるとフェアリーが二人をなぐさめている。
 ……それにしても、この俺に魔法? そりゃ、回復魔法あたりなら実用的だろーけど…。
 俺は複雑な気分になって、腕を組んで考え込んだ。……確かに、アンジェラやシャルロ
ットの魔法を見てると、魔法も悪くないのかもしれないと思ってしまう。なにより、その
魔法に助けられた事なんて、数え切れない。
 でも……。
「ねーねー。デュラン」
 考え込んでる俺に、アンジェラが指でつついてきた。
「うん?」
「あんた、魔法を勉強すんの?」
「へ?」
「だってさー、ちょっと頑張ったら使えるんでしょ?」
「………知らねえ。だって俺、今まで使った事ないんだぜ?」
「だから勉強するんでしょ?」
 そう言われてしまってはなにも言えないんだけど…。でも、俺は魔法にある種の抵抗を
感じていた。どうしても、あの紅蓮の魔導師の顔がちらついてしまうのだ…。
「大丈夫だよ。だれもおまえの魔法にゃ期待してねーから」
 …そう言われると、それはそれで意地で覚えたくなったりもする……。
「…でも、回復魔法あたりなら使えて損はないと思います。いつまでもシャルロットに頼
りきるわけにはいかなくなってしまうんじゃないでしょうか…?」
 …確かにリースの言うとおりだ。重傷のヤツが出たら、シャルロットはそいつにかかり
っきりになるだろう。なにも一人一人が順番にケガをするわけじゃないからな。
「でもリース。回復魔法って、人によって使えたり、使えなかったりするのよ。何が関係
するかわからないけど、個人個人の素質が必要らしいのよ」
「え? そうなんですか?」
 それは俺も知らなかった。驚いて、アンジェラを見る。
「そうよ。私だって、覚えたくても、使えないんだもの」
「そうだったんだ…」
 俺は驚いてシャルロットを見た。回復魔法にまさか素質が必要だとは…。魔法が使える
から回復魔法もってわけじゃないんだ…。
「…デュランなら大丈夫だと思うわ。私のカンなんだけど。ケヴィンも使えそうよ」
 話を聞いていたフェアリーが口を開く。
「そ、そうか…?」
「うん。デュランなら大丈夫よ。…デュランが魔法をあんまり好きじゃないのは知ってる
けど。でも、回復魔法は良いと思うよ。せっかく使えるんだから、覚えようよ。それにデ
ュランは魔法で戦うわけじゃないんでしょ?」
 …そうだな。…俺は剣で戦うんだ。魔法で戦うわけじゃない。そう考えたら、なんだか
急に楽になったような気がした。……とりあえず、みんなにちょっと貢献する意味でも、
回復魔法でも覚えられたら、覚えようかな……。
 ウンディーネを仲間にしたから、ここには用はない。寒い所に長居する理由はないから、
雪原を通り、エルランドに戻る。
「次はどこに行くの?」
 鼻をずずっとすすって、ケヴィンは俺を見た。
「ええっと…火のマナストーンの所なんだが…」
「火炎の谷だよ。砂の都サルタンを通って行くんだ。…一応、俺の地元だからな。…案内
するよ…」
「そうね…。次の目的地はサルタンね」
 そっか。そうだったな。アンジェラはメモを取り出して、陛下から教わった場所と確認
していた。
「どうしたんだ?」
「…何でもねぇ…」
 少しいつもと様子が違うので、そう聞いたけど、ホークアイはそっけなく返すだけだっ
た。…こいつは心配してもこう返すだけなんだよな…。まぁ、しょうがないか…。
「やっぱり、砂漠って暑いんでちか?」
「ん? 昼間はな。慣れないとツライと思うが…」
「うううー…。熱いじゃなくて、あったかい所へ行きたいでち…」
「仕方がないだろ。まぁ、悪い事ばっかりじゃないと思うけど。砂漠に来れば、おまえの
霜焼けなんか、すぐに治っちまうぞ」
「そうでちか! このいたがゆが治るんでちか? そりは良いでちね!」
 単純なシャルロットに、みんな思わず微笑んだ。
 次は砂漠か…。極寒のところから猛暑の所に行くのはな…。シャルロットじゃなくても、
少し憂鬱だ…。
 でも、そんな事も言ってられんか。陛下の期待に応えられないなんて情けないし、俺自
身の問題も全然解決してねぇ。クラスチェンジはその第一歩だもんな。
 …よし!
 一呼吸して、俺は歩き出した。


                          HeroicVerse -first-   END