森を抜け、町についたのはそれから半日後の事だった。あの場所はかなり町に近い場所だった
らしい。
  町の人々に不安を与えないようにという事で、一緒に来るのはクインのみ、という条件を飲み、
マビーは帰って行った。ギャルビー1匹なら、それほど警戒しないだろうと思ったのだが、町の
人々はギャルビー一匹でも不安げだった。
  マナが減る前は、彼女たちとも交易していたので、ギャルビー自体、それほど珍しいものでは
なかったのだがマナが減ってしまった今、その混乱のせいで人々を襲うようになったのである。
  コンッ!
「イタッ!」
  誰かが投げた小石が、クインに当たった。
「何をスル!?」
  クインは目を吊り上げて、小石を投げた方をにらんだ。そこには、年端のいかない少年が立っ
ていた。
「モ、モンスターなんて、恐くないからなっ!  町の中にまで入ってきやがって!」
「ナンダと!?」
「おい、やめろよ…」
  少年に向かっていこうとするクインを、デュランが止める。
「止めるナッ!」
「…気を静めろって…。おい、坊主」
  クインの腕をつかみ、動けないようにしてから、彼は少年に話しかける。
「こいつはおまえらに危害を加えないよ。現に武器も持ってない」
「で、でも、モンスターは危険なんだぞっ!  ま、町の中に入れるなんて…」
「だから、危害は加えないっての。もしそんな事するようだったら、まず俺たちがさせないよ。
それに、おまえ、コイツがここを襲うように見えるのか?  たったの一匹しかいなくて」
  確かに、人間に囲まれ、たった一匹だけで町を襲うモンスターなどいるのだろうか。いくら凶
暴化したと言えど、そこまで愚かなモンスターは聞いた事がない。
  少年は何も言えなくなってしまった。
  町の人々も、たかだが一匹のギャルビーにそれほど恐れる事はない、と認識したようだ。一人、
また一人と見物人が減っていった。
  もっとも、クインがただのギャルビーでない事は、禁句ではある。
「イタかったぞ、今ノは!  なぜ止メた!」
  だが、クインの方は小石をぶつけられたままで、納得いかなかったようだ。ブンブン飛び回り、
デュランにくってかかる。
「ウソつけよ。あんな小石、痛いワケねーだろ」
「イタかったんだ!  イタかったんだカラ!」
  駄々をこねる子供のように、手足をバタバタさせる。さすがにうるさい。
「あーもうわかったよ!  どこに当たったんだよ!?」
「ココだぞ!  イタかったんだカラ。本当だモン!」
  肩のあたりを指さして、頬をふくらませる。
  ったく、大騒ぎしやがって…。
  デュランの表情は、如実にそんな事を語っていたが、小さく呪文を唱えていた。
  やがて、デュランの手のひらから光が灯り、それをクインの肩にかざす。
「……?」
  その柔らかい光に、クインは首をかしげた。
「ナニ…?  これ…」
「回復魔法だよ。これで痛くねーだろ?」
  ぶっきらぼうに言い放ち、デュランはずかずか歩きだした。
「………あっ!  待っテ!」
  クインは慌てて飛び立ち、デュランの髪の毛の先っぽをつかんだ。本当は、人間の町の中で、
たった自分一匹だけで、不安で不安で仕方がなかったのだ。


  町に入ってまず行ったのはもちろん服を売っている所である。
「けっこう色んなズボンがあるな」
  小さい町だから、そんなにないと思っていたのだが、これは予想外だ。
「ホラ、見て見て。花ガラのズボンでち!」
「誰がはくんだよ、そんなもん…」
「ヒースがはいたら、きっと似合うでち」
「……そうかなぁ……」
  その、ズボンを見てデュランは顔をしかめた。
「デュラーン。こんなのどーおー?」
  アンジェラが選んだのは真っ赤なズボン。
「……ヤダ……」
  彼女の派手な感覚についていけないデュランは首をふる。
「安いので良いだろ?  そこのバーゲン品でいーじゃん」
  経済重視なのはホークアイ。カゴの上に無造作に積まれているズボン群を指さす。
「うお!  ヘンなズボン!」
  ケヴィンが本当にヘンなズボンを見つけてきた。
「フリル付き…。一体だれがはくんでしょうか…」
  あきれたような、感心したようなリース。サイズから見ても、とても女性向けとは思えない。
たとえ女性向けであっても、着そうにないようなデザインだ。
「人間って、色んなものを着るンダナ…」
  クインは物珍しげにデュランの背中から、ズボンやら、服やらを見ている。どうやら、クイン
はデュランになついてしまったようだ。彼の背中に隠れがちに移動している。
  結局、デュランが選んだズボンは、今はいているのとそう変わりないようなズボンだった。
「……おい…。いい加減に離せよ、クイン」
  試着室で着替えようとするデュランについていこうとするクインに、彼は困ったように言う。
「デモ…」
「離さないなら、ズボンやんねーぞ」
「…………………」
  クインはものすごく不安そうな顔になったが、そう言われてはどうしようもないらしく、しか
たなしにデュランの髪の毛を離した。そして、今度はそこのホークアイの髪の毛をにぎりしめた。
  とにかく何かをつかんでないと、不安で不安で仕方がないのだ。


「…………で…?  これで良いのか……?」
  ズボンを履き替え、今まではいていたズボンを見せる。
「ウン!」
  クインはパッと顔を輝かせ、うんうんうなずいた。
「チョーダイ!」
  クインはズボンのはしをつかむが、デュランはズボンを離さない。
「………?」
「……やっぱり、なんかヤダ!  洗濯してからにする!」
「別にいーじゃねーか。面倒くせー」
  後ろ頭に手を組んで、ホークアイがあくびをしながら言う。
「なんかヤダ!  洗濯する!」
「あんた、ヘンなトコで頑固ねー」
「いーだろ!  ちょっと待ってろ」
  と、デュランはズボンを手にずかずかと店の外に出た。


  町外れには川が流れている。そこまでやってきたデュランはやおら洗濯を始めた。
  川で洗濯をしているデュランを川辺で見ているのはホークアイ。
「あいつも変な所で細かいなー。普段は全然大ざっぱなクセして」
  よくわからん、とでも言うふうにホークアイは腕を組む。
「でも、デュランって妙に家庭的な所ってありませんか?」
「そうかぁ?」
「なんとなく、ですけど…」
  急に自信をなくしたように、リースはデュランを見た。
「わっ!  魚、魚!」
「そっちにいったでち!」
  川で無邪気にはしゃぐハーフ二人組み。あっちはまぁ、普段通りと言えば普段通りだ。
  ヒマそーにデュランの洗濯を見ているのはアンジェラだ。水が届かない大岩にこしかけて、ボ
ーッと眺めている。
  デュランの洗濯が終わったのはもう夕暮れになっていて、木にかけたズボンを、呼び出された
サラマンダーがうろうろして乾かしている。
「ホレ」
「わあ、アリガトウ!」
  汚れもとれ、やけにサッパリになったズボンを手に、クインは飛び上がって喜んだ。
「これできっと次期女王はワタシ!  アリガトウ!」
  さもいとおしそうに、ズボンをギュッと抱き締める姿に、デュラン達は怪訝な視線をやめられ
ない。
「…ま、まあ、それはともかく、よ。約束の品!」
  気をとりなおすようにアンジェラが顔をあげる。
「わかっタ。来い!」
  うんとうなずいて、クインはプ〜ンと飛び出した。
「あ、ちょっと待ってよ!」
  その飛ぶ早さに、追いかけるのは苦労した。
  また、さっきの森に入って、チラチラと時々ふりかえるクインの姿を追う。
  アマゾネス・ビー族の集落についた時は、すでに陽もとっぷりと暮れ、フクロウが鳴く夜にな
ってしまっていた。
  夜の雰囲気がそうさせるのか。狼男になったケヴィンが一番にクインを追いかける。最後の方
は、やる気のないデュランと体力のないシャルロットだ。
「まだなんでちか!?  いーかげん、シャルロットつかれたでちよ」
「俺が知るわけねーだろ?  ん?  なんか、ついたみたいだなー」
  ビー族の集落は真ん中に巣のような大きな白い山が、どでんとあって、うろうろプ〜ンと羽音
をたてて忙しそうに動き回っている。
  夜じゅう、光り続ける蛍のような虫を飼い馴らし、ビー族たちは夜でもその虫明かりを持って
あちこち移動している。
「クイン様!  オ帰リナサイマセ!」
「ウム。今帰った」
  どうやらクイン、ビー族の中でもかなり位の高い者らしい。
「クイン様?  後ロノ人間タチハ…?」
「ウム。クインの連れだ。見ロ!」
  クインはさも誇らしげにズボンを見せる。
「オオ!  コレハマタ良イズボンデゴザイマスネ!」
「良いズボンだってよー。良かったじゃねーか」
「うるせーっ!」
  ホークアイが横目でデュランを茶化す。
「で?  クイン。約束の品だけど…」
  これこそが目当て。アンジェラが顎の下で手を合わせる。
「待ってロ。持ってくるカラ」
  そして、クインがビー族の巣と思われる、あの山に入って行った。
  クインが帰ってくるまで、ビー族たちは、好奇と警戒のそれぞれの視線でもって、デュランた
ちを見ていた。
  不意に、ビー族たちが騒ぎだした。なにやらみんな山(巣)のてっぺんを指さして口々になにか
叫んでいるのだ。
「キャーホキャホキャーホッ!」
「ホキャホーッキャホキャホッ!」
「なんだー?」
  見上げると、魔法の光りと、光る虫によってライトアップされた山のてっぺんに伸びている長
い棒に何か、旗のように上がっていく。「旗…じゃあ、ねえみたいだけど…」
  そう。旗のようにくくりつけられて、風ではためいているデュランのズボンだった。
「…………………」
  みんな言葉もなく、怪訝な目と、しめられない口のまま、その光景を見ていた。ただ一人、デ
ュランは頭をかかえてしゃがみこんでいた。
「キャーホキャホーーッ!」
「キャッキャホーーッ!」
  ビー族が熱狂的に叫んでる中、彼らはただただ突っ立っていた。


「フフフ。見事ダロウ!」
  満面の笑みを浮かべられてそう言われると、なんと返して良いかわからない。
  とりあえず、アンジェラはひきつり気味の愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「と、ともかくね、クイン。約束の品をもらったら、私たち……」
「わかってル。これダナ」
  クインが差し出したのは、白い液体の入った小瓶だった。
「これ…が?」
「そうだ。約束だからやる…ケド…」
「けど?」
  条件付?  そんなこと聞いていない。
  アンジェラは片方の眉を跳ね上げた。
「コイツ、置いてケ!」
  言って、クインはデュランの腕をぐいっと引っ張った。
「へ?」
  デュランは唖然としてクインを見た。他のみんなも突然の事にビックリ。
「デュラン気に入った。これから、ココで暮らすト良い!」
「ちょっ…」
「冗談じゃないわよっ!」
  デュランが何か言う前に、アンジェラが怒り出した。
「ここはビー族が住んでるんでしょ!?  人間が住むなんておかしいじゃないの!」
「次期女王のわたしの命令ならバ、みんな何も言わナイ」
  なんて事は無いと、クインは言ってのける。
「それにね、わたしらは旅してんのよ、わかる!?  マナが減って大変だから、何とかしようって
やってんのよ!」
「そんナこと、関係ナイ」
  口をとがらせて、クインはデュランの腕にかじりつく。アンジェラのこめかみに、ピシッと血
管が浮き上がる。
「大体において、デュランが、はいそーですかって納得するとでも思ってる!?」
  一番納得してないのはアンジェラじゃないか…。
  ホークアイは喉まで出かかった言葉を引っ込めた。ここで何か言ったら事態をややこしくしか
ねない。
「ダイジョーブ!  そのタメのこのミツ!  コレで、デュランもここでズットやってイケル!」
  にこにことクインはさっきとはまた別の小瓶を取り出して見せた。中身はまったく同じものら
しい。
「それ…。その惚れ薬ってヤツ…?」
  ホークアイはその小瓶を指さす。
「ソウ!  これ飲めバ、ここでも全然ヘーキ!  さぁ、デュラン飲メ!」
  クインはそう言って、小瓶をデュランの前に突き付ける。
「飲めって…。飲めるわけねーだろ!」
「イーカラいーから!」
「良くねえって!」
「よっ、デュランもてるじゃーん」
「茶化すなっ!」
  ホークアイが早速茶々をいれる。
「もてなくていいよ、別に!」
「無理すんなよ。今まで女にもてたことないんだろ?」
「怒るぞ!」
  本当の事を言われたからなのか、冗談にしてはひどすぎるからか、デュランはちょっと本気に
なって怒り出した。
「これ飲メばデュラン、クインのペット。クイン、ズットずっと可愛がっテやる!  ちゃんト責
任もって最後マデ飼うカラ!」
「俺は飼われたくねーよ!」
  とんでもない事を言われ、デュランは必死になって叫んだ。なにしろ、あちらは真面目で本気
なのだ。
「そーゆーコト言わナイ!」
  クインはギュッとばかりにデュランに抱き着いた。
「ちょっ、こら!  抱き着くなっての!」
「女王様にモ承諾を得タ。人間、飼ってモ良いって。だから、心配、イラナイ」
「そういう問題じゃなくって!」
「ネ?」
  クインはさも嬉しそうにデュランにほお擦りした。その時だった。
  ぶちっ。
「ぶち?」
  耳よりも、感で聞こえるような感じの音に、ケヴィンは振り返った。
「…アァースクウェイクッ!」
  完全に目のすわっているアンジェラが、問答無用に魔法をぶっ放した。
  ズドドドドドドドガガガガガガガガガガッッッ!!!!
  凄まじい地震が辺り一帯を襲い、大小の岩が上からドカンドカンと巣などに衝突した。
  アンジェラ以外、立つ事もできず、はいつくばって頭をかかえた。辺りは騒然となり、上へ下
への大騒ぎになった。
「ちょ、ア、アンジェラ!  落ち着け、落ち着けってば!」
  ホークアイが慌ててアンジェラの足をつかむが、それで止まるアンジェラではなかった。
「サンダァーストォームッッ!」
  ズドーンバシーンドガシャーンッッ!
  激しいばかりの稲妻が次々と落ちて、ビーたちが悲鳴をあげながら逃げ惑っている。
  雷が落ちた木はぶすぶすと焦げ、中には炎をあげて燃えているのもあった。
「エクスプロ…」
「やめろっ、もーうやめろっ!」
  やっと立ち上がり、ホークアイは慌ててアンジェラの口をおさえた。
「ケヴィン!  アンジェラをかつぎ上げろ!  逃げるぞ!」
「おう!」
「急げ!」
  ケヴィンはアンジェラをかつぎ上げると、一目さんに走りだした。そして、みんなは次々と彼
に続いた。
  デュランも走りだした。さっきまで抱き着いていたクインは、アンジェラがぶっ放したアース
クェイクのショックで、離れ離れになってしまっていた。
  足の遅いシャルロットが走りだすのを確かめると、リースは自ら最後尾をつとめて走りだす。
「デュラーンっ!」
  微かに、クインの声が聞こえたような気がする。
  それも、最後に走っていたリースがなんとなく耳にしたくらいなので、前を走ってる連中には
聞こえなかっただろう。


「ハァーッハァーッハァーッハァーッ…」
  みんなは闇雲に走り、疲れるまで走り続け、なんだか知らないが森も抜け、丈の短い草原でや
っと走るのをやめた。
  だれも何も言えないくらいに疲れ果て、そこにへたりこんだ。
「ハァッハァッ…。ったく…、勘弁してくれよ……」
  汗をぬぐい、ホークアイが疲れた表情でアンジェラを見る。
「……フ、フンだ!」
  またアンジェラは、スネてしまい、ツンと顔をそむけた。
「……一体、なんだったんでしょうか、私たち…」
「リース。それを言わないでくれ。脱力感でいっぱいになるから…」
  結局、惚れ薬なるものも手に入れられず、ただただ疲れるだけの出来事だった。
「………………」
  さっきからアンジェラがデュランをにらみつけている。
「…?  なんだよ。俺が悪いって言うのか?」
「………………フンだ!」
  すっかり機嫌を損ねてしまい、アンジェラはしばらく何も言わなかった。
  その理由がまったくわからないまま、デュランは首をかしげるばかりだった。
  そんなデュランを見て、ホークアイは小さくため息をついた。


  惚れ薬があったって、どうにかなるような問題じゃないみたいだ…。
  それは彼らにも当てはまるようで、そして自分にも当てはまるようにも思える。
  そう思うとまたため息が出てくる。ホークアイはもう一度寝っ転がって空の星々を見た。
  今も昔も相も変わらず輝き続けている星にとって、人間なんて、ずいぶんちっぽけな事で悩ん
でいるように見えるんだろうな、なんて思いながら、ホークアイはやっぱりまた、ため息をつい
た。
                                                                                END


                                                1997.12.27 FRIDAY  Honeybee!