「たぶん、俺たちのいるとこは、このへんだと思うんだよなー。で、目指す場所がここ。とり
あえず、通り道で、ここから近いこの町を目指すってー事で」
  みんなで地図を囲み、ホークアイが地図の上にある町の記しを指さす。
「で、どうやって行くんだ?」
「うん。昨日の川を渡って、昨日の道に出ない事にゃしょーがないからな。ここを渡って、こ
の道をたどる。ただ、昨日のゴブリンどもが気になるから、やっぱある程度川を下ってから川
を渡りたいんだよね」
  地図の上をなぞる指先を、みんなが注目している。
「けど、下るほど川は広くなるんだろ?  渡れるか?」
「そりゃま、川にそって渡れば、橋なり渡し守なり、見つかるんでないの?  街道に近い川だ
から、そのうち、どっちか見つかるさ」
「そっか。…じゃ、行こう」
「OK」
  デュランが立ち上がると、各々も立ち上がる。そして、少し川に沿って歩きだした。
「だいぶ澄んできたな。普段は、もっと浅い川なんだろうな」
  昨日に比べ、はるかに澄んでいる川を眺めて、デュランはのんきに言う。
「だろうな。ここなら、水も食料もそんなに心配しなくても良いな」
「おまえ、魚捕れんの?」
「仕掛けくらいなら作れるぜ?  まぁ、それでどれだけ捕れるかちょっとわからんけどな」
「釣った方が早くねぇ?」
「釣り具がねーよ。釣り針作るより仕掛け作る方が早いし」
「そっか…」
  沈黙したデュランを尻目に、ホークアイは小さく口笛をふきながら歩いている。
  どれくらい歩いただろうか。遠くに橋らしきものが見えてきた。
「ん?  ありゃー、橋かな?」
「え?  橋?  どこでちか?  橋らしきものなんて見えまちぇんけど…」
  疲れてきて、無口になっていたシャルロットが口を開いた。
「でも、橋っぽいぜ。ま、行ってみりゃわかるよ」
  そして、橋までたどりついて、その橋をよく見ると、随分簡素な橋だった。浮橋で、浮いて
いるイカダのようなものを紐でつなぎあわせただけの、不安を誘う橋だった。
「これ…、橋…?」
「橋だな、一応。増水しても、壊されないように、流れに逆らわずに流しておくんだよ。あと
は、紐さえつなげばまた渡れるようになるってもんだ」
「そんな橋があるんでちか?」
「実際に目の前にあるじゃねーか。この様子だと、もう誰か通ったな。渡っちまおーぜ」
  そう軽く言うと、ホークアイはまるで地面とも変わらぬように浮橋を歩いて渡って行く。
  残された3人は、思わず顔を見合わせる。
  手摺りもなく、川面で揺れる橋の上を渡れというのか。
「デュ…、デュランしゃん、シャルロットこあいでち。おんぶして!」
「…お、おんぶは良いけどよ…、こんな橋の上、おまえを落とさず歩ける自信なんてねーぜ」
「う、うう…。ホ、ホークアイしゃあん、待ってくだしゃあい!」
「なんだよ?  大丈夫。ちょっと、揺れるけど、割合安定してるぜ?」
「……本当かよ…?  ……チッ、しょうがねぇなぁ…」
  デュランは小さく舌打ちすると、荷物をぎゅっと体にくくりつけて、そっと橋の上に足を乗
せる。
「し、沈みそうだな…」
  しかもデュランは鎧で武装しているのだ。普通の人間より重い。
「…………くそーっ!  行ってやらぁ!」
  彼なりの気合を入れると、怖々と、だが少しずつ浮橋を歩いていく。
  浮橋は案外大丈夫だった。確かに、揺れたり沈んだりするのが少し怖いが、そう不安定なも
のではなく、油断しなければ落ちるような橋ではないとわかってくる。慣れてくればもう早い。
  橋を渡っていくデュランを見て、アンジェラとシャルロットは情け無さそうに顔を見合わせ
た。
「なんでちか…、あの男たちは…!  れでぇふぁーすとを知らないんでちか!」
「…………」
  まったく同感だったが、なんとなくシャルロットに同調するのは気がひけたので、アンジェ
ラは黙っていた。
「うー…。ううううう…、うー…」  
  今にも泣きそうな顔をしていたが、置いていかれる不安にかられて、シャルロットは一歩ず
つ、そろりと浮橋に足を乗せる。
「あううう!  ゆ、揺れるぅぅ…」
  けれど、ずっとここにいるわけにはいかない。
  泣きそうな顔をしながら、一歩、一歩踏み出して、そのうち袖や裾をめくって、四つん這い
で浮橋の上を渡りはじめた。
「ちょ…ちょっとお…」
  困ったのはアンジェラだ。ホークアイ程身軽ではないし、デュラン程度胸もない。シャルロ
ットみたいに四つん這いで行くなど、プライドが許さない。
  結果、そこに立ち尽くす事になる。
「おい、いつまでそこにいるんだよ。早くしろよー」
  向こう岸でデュランが怒鳴っている。何度か浮橋に足を乗せてみるが、ゆらゆらして、怖く
なってしまい、駄目であった。なにより、昨日の蛭の事が思い出されて、川に入ってしまった
時の事を考えるとおぞましくなって足がすくんでしまうのだ。
「…も、もっとちゃんとした橋を探すから!  あんたたちは待ってなさいよ!」
「なにいってんだよ。おまえが渡っちまえばはえぇーんだからよ!」
「うるさいわね!」
  自分より小さなシャルロットが渡ってしまったということが、アンジェラのプライドをチク
チクと刺激する。こんな所で負けたくないけれど、やはり昨日の蛭のショックは大きい。
「…しょうがないなあ…」
  ホークアイは荷物を下に置くと、アンジェラを迎えにまた浮橋をすたすたと歩いていく。
「おい、みんな待ってんだからさ」
「な、なんで来るのよ!」
「なんでって、迎えに来たんだよ。どうしましょうか、お嬢さん。抱いて渡りますか?  それ
ともおんぶでよろしいですか?」
  大袈裟に演技がかった動作で、ホークアイはアンジェラに向かって頭を下げた。
「馬鹿な事言わないでよ。あんたに触れられるなんて願い下げだわ。それより、もっとちゃん
とした橋はないの!?」
「…さぁ…。そこまではな。川下にいけば、あるかもしれないし、ないかもしれないし。そこ
まで、このへんの地理にはくわしくないぜ?」
「…んもー…。でも、川下の方に町があるんでしょ?  だったら、そこに行くために橋か渡し
守か、あるもんでしょ?  フツー!」
「ま……そりゃ…道理だけど…。けど、渡し守は金をとられるし、橋だって無料とは限らない
ぜ?  ここタダなんだからよ。余計な出費は勘弁してくれよ」
「どーしてあんたってそう、すぐにケチケチするのよ!」
「あのな。タダならタダに越した事ぁないだろーが。俺だって本当に危ないんなら必要経費で
出すよ。けどな、ここはそう危ないモンじゃねーし、金をかける程のものじゃねーからだよ。
大体、シャルロットだって渡れてるんだぜ?  必要経費としてだす理由もねぇよ」
「最初からこの橋が有料だったら、あんただって、お金出すじゃんないの!?  どうなのよ!」
「あー…もう!」
  どうして橋を渡る渡らないで無駄な議論をせねばならぬのか。ホークアイはため息をついた。
「ともかく!  渡るのは手伝ってやるから!  荷物だって持ってやる!  みんな待ってるん
だ!  ワガママ言ってねぇで渡れ!」
「嫌よ!」
「もう!」
  ホークアイは苛立ってわしゃわしゃと頭をかいた。
「なによ、だったら、あんたたちだけで行けば良いじゃない!  ワガママな足手まといは置い
ていけばいいでしょ!」
「……………………おまえ…、本気で言ってんのか…?」
「っ…」
  思わず言った言葉だった。みんなが、特に男二人は自分をワガママな足手まといと思ってい
るであろう事くらい、アンジェラも感じている。自分さえいなければ、後の3人は割合スムー
スに関係を築いているではないか。
「…本気よ!  今までお世話してあげたわ!  これからは別行動よ。じゃあね!」
「おいおいおい!」
  ホークアイは慌ててアンジェラの腕をとる。
「離してよ!」
「冷静になれよ!  なんで橋を渡る渡らないだけでそうなるんだよ!?」
  まったくその通りなのは百も承知なのだが、ここまできてしまうと、どうしても後にひけな
い。
「なにやってんだよ、ぎゃあぎゃあとよー」
  待ちくたびれて、ついにデュランまでもが戻ってきてしまった。今度は万全を期してか、鎧
はつけておらず、腰の剣だけの装備だ。
「…おまえ…シャルロットは?」
「あんまり遅いから、あそこで待ってもらってんだよ。どうせあいつ、一人でいる事にそう耐
えられねーだろーから、そんなに長くここにいられねーんだろーけどよ」
  なるほど。向こう岸ではシャルロットが荷物と一緒に、本当に心配そうに、心細そうにこち
らをじっと見つめている。
「ほら、行こうぜ」
  デュランもアンジェラの腕をとる。しかし、アンジェラはすぐにそれを振り払った。
「あぁん?  なんだよ?」
  顔をしかめて振り返る。この怪訝そうな表情は、彼のガラの悪さを4割増させる行動だが、
もちろん、彼に自覚はないだろう。
「私、あんた達とは別行動する事になったの。それじゃね」
「は?  なにワケわかんねーこと言ってんだよ」
「ワガママな足手まといはいない方が良いでしょ!」
「…いつ誰がんなこと言ったんだよ?」
  心底怪訝そうに、デュランはアンジェラをのぞき込む。これが彼女を苛立たせる。
「言わなくても!  何度もあんた達は思ってるんでしょ!」
「まぁ、ワガママだなーとはいつも思うけど」
  馬鹿正直にデュランが言うものだから、今度はホークアイの方が慌てた。
「お、おい!」
「なんだよ?  ともかく!  いいから来いよ」
  デュランはまたアンジェラの腕をつかんでぐいぐい引っ張って歩きだす。
「嫌よ!  離してよ!」
  そもそもアンジェラの力でかなう相手ではない。いくら抵抗しても、引きずられてしまう。
「…嫌だって…、そもそも、おまえは何が嫌なんだよ?  俺達といるのがそんなに嫌なのか? 
 じゃなんで、俺達の旅についてきたりしたんだよ?」
「…………………」
  そう言われて、アンジェラは沈黙した。確かに、彼らと共に行動するようになって魔法を使
えるようになった。それだけでも、自分にとってとてもすごい事で、自分のその魔法によって
彼らをサポートする事で、自分の存在理由さえ見つけつつあるのに。
  急に頭が冷えてきた。
  結局抵抗もせず、橋の前まで連れて来られる。
「行くぞ」
  ぐいと腕を引っ張るが、やはり浮橋は嫌だった。渡りたくなくて、足を踏ん張る。
「…なぁ。何でそんなにこの橋が嫌なんだ?」
  このパーティを抜けるというのは、感情的になって出た言葉は理解できるとしても、この橋
をこうまでして嫌がる理由は、皆目わからない。ホークアイは眉をしかめる。
「……だって……濡れるじゃない…」
「そりゃ、川だから、落ちりゃ濡れるけど…。……あ、そうか…」
「なんだよ?」
  ホークアイは、彼女がこうまでして嫌がる理由が見えてきたようだ。
「…心配すんなって。昨日言っただろーが。澄んだ川にゃ、蛭は出にくいってよ。見ろよ。こ
の川、もうだいぶ澄んでるじゃねーか。底だって少し見える」
  彼は川を指さして見せる。アンジェラは不安そうながらも、川をのぞき込んだ。
「…嫌だ嫌だって…、おまえ、蛭が嫌だったのか…?」
  呆気にとられた様子で、デュランはアンジェラを見た。そんな顔で言われると、アンジェラ
は恥ずかしさと悔しさで頭に血がのぼってくる。
「…う…うるさいわね!  蛭なんか初めてだったのよ!  見たのも!  血を吸われたのも!  
服の中までいて!」
  確かに、王宮暮らしの彼女が、蛭のような生物とまるで無縁な生活だったであろう事は容易
に想像がつく。普通に生活してきたデュランだって気持ちが悪いんだから、そんな、ジメジメ
したような、気持ち悪い生物に対する免疫など、ないに等しいのもわかる。
「…やれやれ…。先が思いやられるなぁ…。言ったろ?  旅ってのはさ、あんなもん、嫌にな
るほど出てくるぜ。…まぁ、今すぐってのは無理でも、ちったぁ慣れてくれねーとよ」
「……………」
  怒る気力も失せたホークアイが、苦笑しながら言う。
「ともかく。行こうぜ。そう落ちるもんでもねーよ」
  デュランが手を引っ張るので、連れられながら、アンジェラは浮橋に足を乗せる。揺れた。
「っ…!」
「怖がんない、怖がんない。脅えて後ずさるから、余計に揺れるの。もっと、堂々と歩きなさ
いっての」
  アンジェラの荷物を持ったホークアイが後ろでそう言う。
「そのうち慣れてくるから。コツさえわかれば、どうってことないよ」
  デュランに引っ張られ、後ろのホークアイにはっぱをかけられて。アンジェラは、浮橋を歩
いていく。浮橋に慣れてくるにつれ、自分が踏むと少し沈む感触が楽しくなってくる。ホーク
アイの言ってる事は、こういう事なのかと、なんとなくわかってくる。
  確かに、浮橋の面積はけっこう広いし、濡れるといっても靴の半分もいかない所だ。あそこ
まで脅える程、怖い橋ではない。
「……もう……いい……」
「あ?」
「…もう…大丈夫…」
「なにが?」
「手」
「…あ。……うん…」
  デュランはちょっと照れて、つかんでいた手を離した。後ろ姿からでは、彼がどんな表情を
しているか、わからなかった。
  渡ってしまえば、どうって事のない橋だった。
「なんでかよわいシャルロットちゃんを一人きりになんてするんでちか!  もー、こんな時に
もんすたーに襲われたらどーするんでちか!」
  ベソベソと泣きながら、シャルロットは渡り終えたデュラン達を出迎えた。
「あんたしゃん達は鬼でちか!  もしシャルロットの身になにか起こったりしたら、どーする
んでちかぁ!」
「あーあー、悪かった悪かった。留守番ご苦労さん」
  デュランは鎧を着込みながら、投げやりな調子で言う。
「留守番なんて言葉で片付くきょーふかんじゃないんでちからねー!」
「わかったから鼻水ふけよ」
「れでぃーははなみずなんか流しまちぇん!  こりは涙なんでちー!」
「鼻から流れたらみんな鼻水だろーが」
「こりは涙でち!  れでぃーが流す愛の涙でち!」
「相変わらずわけわかんねぇな…」
「シャルロットはあんた達の冷たい氷のようなココロの方がわかんないでちよ!  かよわいお
とめひとり、おなかもすかせて涙にうちふるえているというのに!」
  涙を流すのをやめず、シャルロットはデュランに怒鳴り続けている。
「なんだ、腹減ってんのか?」
「おなかもこころも寂しくて泣いているんでち!」
「んじゃ、メシ食うか?  確かに、ちと腹も減ったし、水も近いし、広いしな」
  ホークアイがそう言うと、デュランは鎧を着込む手を止めた。
「……そうだな。そうするか」


「んほほー。このお魚しゃん、おいしーでちねぇ」
  ほっぺも赤く、シャルロットは満面の笑顔で焼き立ての魚をほお張っていた。
  ホークアイが作った簡単な仕掛けで捕れた小魚で、二口でなくなってしまうような大きさだ
が、取れたてのせいか、とても美味しく感じる。
  野菜が少し入った塩スープに、町で買っておいた黒っぽいパンと小さなリンゴ。
  はっきり言ってしまえば、かなりの粗食である。
  たき火を囲んで、4人はめいめいに腰を下ろしていた。
「お魚美味しいでち!  もっとないでちか?」
「もうねぇよ」
  小魚を一口で食べてしまってから、デュランがぶっきらぼうに言い放つ。
「そうでちかー。残念でち…。仕方ないでち。塩スープでもいただくでち」
  いちいち言わなくても良いものだが、シャルロットはそう言ってから、塩スープをずるずる
と飲みはじめる。
「しかし、なんて魚だろうな、こりゃ」
  尻尾だけ口から出して、デュランは川に向かってそれを投げ捨てた。
「コフシの一種だと思うぜ。なんか、それっぽいし」
「コフシ?  なんでちか、そりは」
「川なら、大概、どこにでもいるよーな小魚だよ。地方によって、多少違うらしいけどな」
  こういう野外の事に関しての知識を、ホークアイは驚く程持っている。
「良い天気だなー。歩く時は天気良い方がいいよなー」
  リンゴをかじりながら、デュランは空を仰ぎ見る。
「そりゃな」
  最後の塩スープを飲み干して、一息つくホークアイ。
「もう終わっちまったでちか?  シャルロットまだまだあるんでちけど…」
  食べ終わってしまった二人を見て、シャルロットは慌ててパンを口にいれる。
「のんびり食えよ。おいてきゃしねーから」
  あくび一つして、デュランは石の上に寝っ転がって、青空を眺める。
「アンジェラ?  さっきから、無言だけど、どうかしたのか?」
「え?  あ、ううん。べ、別に、大丈夫よ。どうもしないし」
「そうか?  …ま、それならいいけど…」
  ホークアイはちょっとだけアンジェラを見て、それから、自分のダガーを川辺で研ぎだした。
  穏やかに時間が過ぎていくのがわかる。
  急に、さっきの自分のワガママが恥ずかしくなって、自己嫌悪に陥っていた。
  しかし、ここで謝ってもこの連中は怪訝な顔をしそうだし、穏やかな時間が少し乱れそうだ
し。やっぱり、謝るのは自分のプライドが少し許さないし。
  謝りたい衝動をこらえて、アンジェラは焼けた魚を口に入れた。
  美味しかった。

                                                                             END