騒ぎがおさまり、ホークアイはリースに今日はもう絶対デュランに会うなと言い渡すと、ドアをしめ
た。
「はー…」
  デュランの鼻血がおさまり、あまり血の気のない顔で鼻を布でふいている。鼻のあたりにはまだ血の
あとが少し残っていた。
「だいじょうぶか?  デュラン」
「ああ……」
  元気なくこたえ、血のついた布をまるめて、ゴミ箱に捨てる。
「………………」
  面白くなさそうに自分を見ているホークアイと目があった。
「な、なんだよ…」
「……ったく、羨ましいヤツだな!  ちやほやしてもらったあげくにキスかよ!」
「だ、だってあれは、不可抗力…」
  ずかずかとホークアイがデュランに近づいてくる。そんなホークアイにデュランはうろたえた。
「本当に羨ましいヤツだなチクショー!」
  血の涙でも流しそうなホークアイがデュランにグッと顔を近づける。
「あーあーあーあ、代わってほしいよ!」
「こっちだって代われるもんなら、代わってほしいよ!」
  デュランも半泣きしながら怒鳴った。
「…………………」
  ホークアイはデュランを攻めるのをやめて、ジッとデュランの顔を見た。
「な、なんだよ…」
「こっちの頬かぁ?  キスしてもらったのはよぉ」
「あ、あううあああ……」
  ホークアイの殺気に、デュランはおびえている。そして、やおらホークアイはデュランの胸倉つかん
で抱き上げると、その頬にほお擦りをしはじめた。
「でえぇぇぇい、ちくしょおおおぅぅぅ!」
「ぎゃああああああああっ!  やめろぉぉぉぉおっ!」
  デュランは地獄の絶叫をあげた。
「や、やめっ!  ぐえええっ、て、てめーヒゲ剃ったのかぁぁぁあ!?」
  デュランの悲痛な叫びが宿屋に響き渡った。
「ちょっとホークアイ!  なにやってるんですか!?」
  バキッ!
  デュランの悲鳴を聞き付けて、リースが部屋に入ってくる。扉を開けるにしてはなにやら派手な音が
したが。
「あ、リース…。…おまえ、ドアにカギかかってなかったか…?」
「え?  あ…。あ、あははは…。ちょっと…、壊れちゃったみたいですけど…」
  ちょっとひきつった笑みで、リースはドアノブのところを見ないように言った。
「……それは、壊れたんじゃなくて、壊したとかって、言わないか…?」
「そ、そんな事よりですよ!  どうしたんですか?  デュランの声が聞こえたんですけど」
「え!?  う、あ、それは…」
  デュランが今にも泣きそうな怒り顔で、ホークアイをにらみつけている。ホークアイにとっては今の
デュランは可愛い男の子であるが、デュランにとってはホークアイは同年代の男である。そんなほお擦
りなど気色悪い事をされて気持ちの良いものではない。
「い、いいかげんに離せってば!」
  デュランはちょいと暴れてホークアイの腕から外れる。
「いいか!?  とにかく、俺は一人で寝るからな!  金輪際ジャマすんなよ!」
  そう言うと、デュランはぽてぽてと歩きだし、ベッドによじのぼった。
「ふぅ」
  ベッドに乗るという一仕事を終えて、デュランは早速横になった。毛布を引っ張って自分の上にかけ
ると枕に頭をうずめる。
  しばらくデュランを眺めていたリースだが、やがてろそろと近寄ってそっとデュランの寝顔をのぞき
込んだ。その寝顔の愛らしさに、リースは思わず頬に両手を当ててうるんだ目でデュランを見た。
「はぁー…」
  思わず感動のため息をつくリース。
「どれどれ…」
  ホークアイもリースの横に来てデュランの寝顔をのぞきこむ。
「うっ…!」
  可愛い……。
  この少年があと13、4年もしてしまったら、あのような男になるというのか。ホークアイはなんと
なく、人間というものがわからなくなってきた。
「…や、やっぱりデュラン持って行きます!」
  我慢しきれなくなって、リースはデュランをぱっと抱き上げた。
「あ、ちょ、コラ!  ダメだってば!」
  ホークアイは慌ててデュランをリースの腕からもぎとった。いくらデュランが子供でも、添い寝とい
う、とことん羨ましい事をされるのはあまりにも悔しい。
「だって!  今晩だけなんでしょ!?」
  リースはホークアイからデュランを奪い返す。
「今晩だけだろうが、ダメなもんはダメなの!」
  ホークアイはまたリースからデュランを取り上げた。
「ああん!  お願いですから!」
  高く掲げられたデュランに手を伸ばそうと背伸びをするリース。
「なんだよぉ!  寝かせてくれよぉ!」
  さすがに目を覚ましたデュランは眠そうな怒った顔で怒鳴りだした。
「ほらぁ!  起きちゃったじゃないですかぁ!」
「おい、俺のせいかよ!?」
  ホークアイは驚いてリースを見た。
「…もう、何だって良いからよぉ…、寝かせてくれよ…」
  眠気がひどいデュランはそう言いながら、ごしごしと目をこする。ひどく眠たいらしい。
「今晩だけですから。デュランを返して下さいよぉ!」
「今晩だけってなぁ、おまえさん………」
  あまりにしつこいリースにホークアイは困った顔して言いよどんでいたが、やがて何かを思いついた
らしい。
「そうだ。じゃあさ、俺たちで川の字で寝るっていうのはどうだ?」
「川の字……ですか?」
  リースがややいぶかしげな顔付きをする。
「そう!  デュランをはさんでだなぁ、一緒に寝るわけだ」
「…………………」
  露骨にイヤそうな顔をするリース。そこまで嫌がらなくてもと、内心泣きたくなったホークアイだが
表情には出さなかった。
「……あのですね。大体どうしてデュランと一緒に寝るって言うのに、いちいちあなたの許可が必要な
んですか?」
「う……」
  痛いところをつかれて、ホークアイは言葉に詰まった。
「そ、それはだな、デュランがどうせ嫌がるだろうって…」
「じゃあ、デュランに聞けば良い事じゃないですか。デュラン、あなた、どこで寝たいんですか?」
  急に優しい声になって、リースはホークアイに捕まえられたままのデュランに話しかける。
「………もう……どこだって良いよ……。…オレ……すっげ……眠たい…」
  今にも目を閉じてしまいそうなデュランはそう言う。リースの顔がにわか輝いた。
「ホラ!  デュランはどこでも良いって言ってるじゃないですか。それなら、私のベッドに連れてって
も問題ないですよね!?」
「いや、大きな問題が…」
「もう!  とにかく!  今晩だけですから!  デュランは私が寝かしつけます!」
  そう言うが早いか、リースはデュランをホークアイがもぎ取ると、喜び勇んでこの部屋を出て行った。
「あ、ちょっとちょっと!」
  リースを慌てて追いかけるホークアイだが、寸前で女の子の部屋の扉を閉められてしまった。
「…………………………」
  扉に手をついて、ずるずると力つきるホークアイ。この扉を開ければ問答無用に攻撃される事はわか
っていた。非常事態以外、女の子達の部屋に立ち入る事は禁じられているのは、暗黙の了解なのである。
その主な理由はどうやらアンジェラが半裸で寝る習性があるかららしい。
  のぞいてみたいが、それは己の身を危険にさらす事になるし、自分の信頼を低くさせるものでもあっ
た。
  ホークアイは泣きたい気分でその部屋の前を後にし、自分のベッドで寝る事にしたのであった。横で
はケヴィンが、さっきの騒ぎなどに気づきもせずに大口を開けて幸せそうに寝ていた。


  朝。
  ホークアイは心配な気分で女の子の部屋のドアをノックした。
「誰でちか?」
「…俺だけど…」
  シャルロットの声がして、ホークアイが応えると「ちょっとだけ待つでち」の声がした後しばらくし
て、ドアが開かれた。
「どちたんでちか?  珍しいでちね。ホークアイしゃんがこんな朝早くに来るなんて」
「あぁ、ちょっとな…。あの、デュランいるか?」
「デュランしゃんでちか?  まだ寝てまちよ。いつもなら起きてる時間なんでちょうけどね。お子しゃ
まになっちまって、まだまだおねむみたいでち」
  リースのベッドで、デュランは未だ眠り続けていた。リースとアンジェラの姿がないところを見ると、
どうやら彼女たちは洗面に出たらしい。
  あどけない顔付きで寝る彼はまるで天使の寝顔でもあったが。今のホークアイにとってはリースと床
を共にした小悪魔の寝顔にも見えた。
「ったくよ、一人で良い思いしやがって…」
  ボソッとつぶやいて、腹立ちまぎれにホークアイはデュランの小さな鼻をつまんだ。
「…………………………………………………………ブハッ!」
  苦しくなったデュランが口を開けて目を覚ました。
「……う、ううー…、な、なんだよぅ…」
  デュランは少しだけ起き上がり、眠たそうに目をこすった。しばらく、ホークアイの顔を半開きの目
で見ていたが一言、
「…なんだ…、ホークアイか…もちょっと…寝かして……」
  そう言ってまた、こてりと寝てしまった。
「…ったく、なんだじゃねーよ…」
  どうやらこの分だと、リースに添い寝された事もわかってないようである。というよりかあの後ずっ
と寝ていたのだろう。
  ちょっと安心した反面、やっぱりまだ妬ましかった。
「おい、デュラン持ってくからな」
  未だ眠り続けるデュランを小脇にかかえ、ホークアイはシャルロットにそう言った。
「…シャルロットは良いでちけど、リースしゃんが何言うかわかりまちぇんよ。あの人、デュランしゃ
んがお子しゃまになってから、なんか目付き違いまちからねぇ。今朝だって、アンジェラしゃんと何か
言い合ってまちたち…」
  おそらく、ずるいだの何だのの口論であろう。
「いーの、いーの。じゃな」
  ホークアイはそう言うと部屋を後にしようと、ドアを開けると、そこでリースとアンジェラの二人と
鉢合わせしてしまった。
  あっちゃあと思ったがもう遅い。
「あ、ちょっと。デュランをどこに連れてく気よぉ!」
  真っ先にアンジェラが言い出した。
「どこって…。俺たちの部屋に決まってんだろ。もう良いだろ?」
「良くないわよ、リースばっかりずるいじゃない!  今度は私が抱いて寝るの!」
「ばっ!  あのなぁ!  こいつはデュランなの!  ぬいぐるみじゃないの!  それにおまえ、これから
また寝るつもりなのかよ!?」
「良いでしょ!?  ほらぁ、デュラン返してよぉ!」
「あ、ちょ、コラ、ダメだってば!」
  ホークアイがデュランを渡すまいと、高く掲げた時、ついつるっと手がすべってしまった。
  ベチャッ!
「あ…」
  一瞬、そこいらを沈黙が支配する。
「…なんだよもうーっ!」
  床に落とされて、デュランはさすがに目を覚まして、やたら不機嫌そうに起き上がる。
「……ったくよぉ!  なんで俺が床で寝てるんだよ!  んもー!  俺はもうちょっと寝るからな!  も
う邪魔すんなよ!」
  そう言って、デュランはよたよたと部屋へと歩きだした。
「あ、ちょっとデュラン…」
  追いかけようと、アンジェラはデュランを抱き上げようとしたが、イヤイヤしたので、アンジェラは
それ以上捕まえておくことができなくて、手放してしまった。
「…なぁ、もう放っといてやろうぜ…」
「…………そうですね……」
  ほんの少し残念そうであったが、リースは今度は素直にうなずいた。と言うよりか添い寝できて、彼
女はかなり気がすんだのだろう。
  アンジェラは少し不満そうであったが、これ以上デュランにかまおうとはしなかった。


「…じゃあ、いってきますね…」
  リースは残念そうな顔をして、デュランを眺めた。この自分を見上げる可愛らしい男の子は、あのモ
ンスターを倒すと見上げる程の男になってしまう…。
「…残念そうなツラしてねーで。はやく行ってくれよ…」
「がんばってこいよ!」
  ケヴィンはデュランと一緒にお留守番。元気良くみんなを送り出してくれた。


「はあぁ…」
「元気ないでちね、リースしゃん」
「…ええ…。あのデュランが元に戻ってしまうと思うと…」
  そう言ってリースはため息をついた。
「確かにヤツが子供時代可愛かったとは意外だったけどな」
「ねー」
  シャルロットが軽くあいずちをうつ。そろそろ森が見えてきたころだ。
「…確かに可愛いけど、私は元の方がいいかなー…」
「えっ!?  どうしてですか!?」
  リースが真顔になってアンジェラに問いかける。そんなリースに、ホークアイはあきれた目をむけた。
「どうしてって…、言われても…」
  リースのその見幕に、アンジェラは言葉に詰まらせる。
「可愛いだけじゃねーか。役にたたねぇったらねぇぞ。剣術とったらあいつに何が残るってんだよ」
「子供の彼なら可愛さがあります!」
「……………そうだけど………」
  ホークアイは何とも言う事ができずに語尾をにごす。
「……まぁ、確かにあのままじゃ困りますからね…。彼をなくすのはこの先不安ですし…」
「不安どころじゃねーよ。ヤツがフェアリーに取り付かれてんだぞ。旅の目的さえも無くしちまうって
!」
「そうですよね…」
  そう言って、リースは小さくため息をついた。
「さて…、これからが問題だな…。どうやってヤツを探すかだけどな…」
「すぐに見つかるの?」
「わからん。だが、昨日と同じルートをたどってみよう。でくわす確率は高いような気がするんだ」
  というわけで、昨日と同じ道をたどって歩いていく事にした。
  どれくらい歩いていたか、ホークアイは背後に妙な気配をおぼえた。ハッとなって振り返る。すると
そこには昨日のモンスターがゆらりゆらりと跳ねながらやってくるではないか。
「でっ、出たぞっ!」
  ホークアイの声にみんな振り返る。
「あそぼう…」
「遊ぼう…」
  口々につぶやきながら、手をゆらす。
「あー、遊んでやるぜ。派手になっ!」
  ホークアイがどこからか取り出したカボチャを怪物目がけて投げ付ける。カボチャは怪物に当たった
途端、派手に爆発した。
  ドゥンッ!
「キャーッ!」
「きゃーっ!」
  不意打ちをくらい、モンスターはそれぞれに涙を流して泣きはじめた。
「痛い!」
「イタイぞ!」
「痛い痛い!」
  口々にわめき、手をばたばたさせる。その間にも、ホークアイは怪物との距離を十分に取る。
「えぇーいっ!」
  リースも手にした手斧を怪物目がけて投げ付ける。手斧は弧を描き、怪物のてっぺんの方に命中した。
「ぎゃーっ!」
「うぎゃーっ!」
  手斧が一番上の顔を直撃し、顔面がぱっくり割れた。血がそこから勢いよく吹き出す。
「げげ…」
  そのグロテスクなさまに、シャルロットは血の気がひいていくのを覚えた。
「くそーっ!」
「ちくしょーっ!」
「くらえーっ!」
  口々にわめいたかと思うと、いっせいに口をあけ、白いビーム光線を放つ。
「おわっ!」
  横に避けるホークアイ。が、しかし、足を木の根に引っかけてしまった。
「しまった!」
  その場に倒れると光線がホークアイに直撃した。
「ホークアイ!」
  近くにいたリースが彼に駆け寄った。
「ちっくしょー」
  白い光がおさまったそこには、尻餅をついた可愛らしい男の子がいた。
「キャー!  可愛い!」
「ええええ!?」
  ホークアイはビックリして自分の手を見た。見覚えのある手よりもずいぶん小さい。そう、あの子供
になってしまったデュランと同じような大きさになっているのだ。
「しまったああああ!」
  まさか自分が子供にされてしまうとは!  ホークアイは無念と不覚で頭をかかえた。
「リースしゃん!  早くホークアイしゃんを!」
  シャルロットの声が飛ぶ。リースはハッとなり、ホークアイを抱き抱えると、怪物から一目さんに逃
げ出した。自分たちの本当の攻撃はパンプキンボムやハンドアクスではない。アンジェラの魔法だ。よ
く効くように、リースはアンジェラにマインドアップの魔法をすでにかけている。
「さぁ、あんたらの最後よっ!  ダークフォースッッ!」
  ゴゥンッ!
  怪物を中心に暗黒の空間が瞬時に現れる。真っ暗い、どうしようもない闇の空間が怪物を包み込んだ
かと思うと、細い、鋭利な金色のツララがどこからともなく現れて次々と怪物に突き刺さる。
  金のツララが突き刺さるたびに怪物は悲鳴をあげるが、それはすべてこの黒い空間に紛れて消えてい
く。
  幾百、幾千のツララが怪物を貫き、暗黒空間そのものも怪物を突き刺すように縮んでいく。怪物その
ものを締め付けるまで凝縮すると、一気に砕けた。
  ッッ!
  耳にする事のできない爆発が起こり、灰色の煙りが吹き出した。
「キャーッッ!」
「ウワアーッッ!」
  数々の悲鳴が聞こえ、爆発と一緒に散り散りにはじけちった。
  一瞬、みんなが彼らの最後を見て、呆然となった。しかしすぐに。
「おおっと!?」
  ホークアイが突然光りだす。リースは驚いて彼を手放した。
  目を背けるほどの光を発した後。元の姿のホークアイがそこに尻餅をついていた。
「…戻ったのか…?  ……戻ったな……」
  自分の姿を見て、戻った事を知ると、彼はホッと胸をなでおろした。


「やっぱり…元の姿に戻っちゃってるんでしょうか…?」
  帰り道。リースはあまり元気がなかった。あの子供デュランを一番気に入っていたのは彼女だから、
一番残念なのは彼女だろう。
「でないとヤツを倒した意味がないんですけどー…」
  ホークアイが困ったようにリースに言う。
「あっ!  デュランしゃんとケヴィンしゃんだ!」
  シャルロットの声に、みんな顔をあげた。夕陽がさしかかるころ、通りの向こうでケヴィンと彼より
も背が高いデュランが並んで待っていた。
「やっぱり戻ってしまったんですね…」
  リースは残念そうにため息をついた。
「うーん…。やっぱり、シャルロットは、元のデュランしゃんの方がいいかな。でないと、卵焼き作っ
てもらえなくなっちまいまちからね」
  そう言って、転がるように彼らの元へと走りだした。それを見て、アンジェラとホークアイが小走り
に駆け出す。
  そんな三人を見て。リースは苦笑して彼らの後を追った。

                                                                      おしまい。