滝の洞窟で精霊探し。一度入ったトコだけど、ここってあの通り道以外にもたくさんの
道があって、実はすごい広かったのね。
 デュランがフェアリーから聞いて、どうやら上の方にいるらしいんだけど…、フェアリ
ーとしゃべってる時のアイツって独り言いってるみたいで、危ないヤツに見えてしょーが
ないんだけど…。
 でさー、その精霊ってのが見つけらんない上に、モンスターと戦闘してよ? しかも登
坂なのよ? 歩いて戦って散策して…なんて疲れるわよ、もー!
 最初、シャルロットがバテてさ、それ見たら私ももうダメー。デュランはバテんなとか
言うけど、私とアイツじゃ体力に差があるんだから、仕方ないじゃない。
 それからぁー、またぁー、モンスター倒してー、歩いてー、登ってー…。はぁ…。
 どれくらいモンスターを倒した時だったかな。そこでモンスターの持ってたお金なんて
あさりながら、ちょっと休んでたのね。なんか、さっきから地響きもしてたんだけど。
「…なんだろうな、あの音…」
 地響きを気にしてか、デュランが周囲を見回す。
「さあ?」
「そういえば、どこのだれだったか、こういう振動がするって言ってまちたねー」
「でも、ウィル・オー・ウィスプなんて本当にいるのかしら?」
 これだけ探しても見つからないっていうのは…。
「本当にいるでちよ。ただ、このごろ見かけないとは聞いてまちけどね。もしかすると、
この振動に関係ある…」
 ズシーン!
 いきなり、地響きがすぐ近くでした。
「近いわね…」
 思わず緊張して私は杖を持った。なんか、今までのモンスターよりも大きそうな予感…。
「あっちか?」
 デュランは剣をつかむや否や駆け出した。
 ああんもう、走るの!?
 デュランの後をついていくと、いきなり開けた場所に出た。そして、そこにいるアイツ
を見て、思わず目をむいちゃった。
「ほよーっ、でっけーカニでちねえ!」
 そう。も、すんっごく大きなカニ! もう、メチャメチャ固いのよ、この甲羅が!
 モンスター相手の戦いは多少慣れてきてはきた。まだ戦い方はよくわからないけど、デ
ュランの言うとおりに動いて、杖を振り回せば何とかなるみたい。
 本当は、こんな大きいの相手に逃げたかったんだけど、あんな小さなシャルロットが頑
張ってんの見たらさ、そんな情けない事できるわけないじゃない。
 甲羅は固そうなので、私が思いつきで目を攻撃したらって言ったらそれが当たったらし
くってね。デュランがそこを攻撃したらてき面よ! 
 んで、私とシャルロットはフォローみたいな事して、結局やっぱりこいつもデュランが
倒した。
 やっと倒した時は、もうへたりこんじゃったのね。そしたらまたカニから変な火の玉が
出てくるじゃない、イヤんなっちゃったわよ。 でも、これが精霊なんですって。なーん
かすごく拍子ぬけ。デュランとフェアリーがなにやら会話してるみたいだったけど、私は
シャルロットとへたりこんで、なんとか息を整えていた。だって、あんなのと戦って、本
当は怖くってさ。今頃になって足が震えてきたんだもん…。
 ウィル・オー・ウィスプがフッと消えた時かな、この言葉、今でもすっごく嬉しいんだ
けど、フェアリーがこう言ったの。
「アンジェラ、これであなたも魔法を使えるようになるハズよ!」
 って…。
 もう本当に嬉しかった。
「ほ、本当!?」
「そのかわり、光の精霊魔法だけどね」
「ううん、それでもいい! 私、ちょっとやってみるね! 呪文は覚えてるんだ!」
 何度もやった光の魔法。ちっとも光の玉にならなくて、パッと光って、すぐに消えてし
まっていた私の魔法…。
 一言、一言、呪文をつむぎだす。そう、この呪文…。杖を振り、私は習った通りの身振
りをする。
 そう、この瞬間。この感覚なのよ! こう、杖にぐぐってなんか、収束する力を感じて、
言葉とともに、杖をふり、この力を解き放つ感じ!
「ホーリィボールッ!」
 杖を振った瞬間、なにか当たったけど、そんなことより! 杖を振り払い、力が解き放
たれるあの感触!!
 フゥッて光の玉が、きちんとした、おおきな光の玉が発生して、飛んでいくと、壁に当
たった!
 ドッカァーン!
 で…出たわ…。光の玉が…、ちゃんと、ちゃんとした、J魔法Kとなって発動して…。
そして…そして………!
 ああ、私、魔法が使えた! これが魔法なんだ!
 やった! 魔法! 魔法が使えるんだ! もう、頬がゆるんできた、ジッとしてられな
い。
「きゃ、は、あははははっ! やったー! 私にも魔法が使えるーっ! やったー!」
 もう嬉しくて嬉しくて嬉しくて!
「おまえなぁ!」
 いきなり目の前に出てきたデュランの手をとって、私は思わず踊りだした。だって嬉し
いんだもの! 嬉しくて胸がいっぱいで、ジッとしてられなくて、私はもう全身で喜んだ。
「魔法が使える! 魔法が使えるゥーっ!」
 もう魔法ができないなんて言わせない。私にも、私だって、魔法が使えるんだ!
 私の魔法なんだ!

 
 私が放ったホーリーボールは薄かった壁を壊して、それはちょうど下に降りる近道とつ
ながっていた。
「うっふっふっふっー♪」
 鼻歌を歌いながら、踊るように歩く私を、デュランとシャルロットはなにかベツモノで
も見るような目で見ていたようだけど、全然気にもならなかった。
「でも、なんだっていきなりアンジェラしゃんが魔法を使えるようになったんでちか?」
「アンジェラの魔法は発動までに本当にあともうちょっとなのよ。たぶん、今までうまく
使えてなかったから、魔法のコツみたいなものをつかんでなかったのね。精霊はだれでも
魔法を使えるように手助けできるから、まぁ、ちょっと背中を押してあげるようなものっ
ていうかしら? うまく、わかりやすく説明できないけど…」
 フェアリーが漂いながら、シャルロットに説明するけど、シャルロットには理解できな
かったようだ。
「あ、デュラン、待ってよう」
 すたすたと歩いていってしまうデュランを追いかけて、フェアリーは彼の肩に乗る。そ
して、すぐに彼の中に入ってしまった。…あれって、どんな感じするのかな…?
「まっぎゅ…」
 シャルロットがヘンな声をあげたので、思わず振り返って、そこで私は血の気がひいて
いく感覚を覚えた。
 そこには、ズラリと獣人軍団が並んでいて、一人がシャルロットを捕まていた!
 私は思わずデュランに駆け寄ろうとしたけれど、太い腕がのびてきて、私の手首をすご
い力でつかんだ!
「動くな!」
 獣人が声をあげる。デュランがギクリとして、振り向くと、彼は目をむいた。
「てめぇは!」
「おまえらのおかげで、結界が解けた。礼をさせてもらおうと思ってな」
 ここからじゃ見えないけど、憎たらしい声で獣人のリーダー格がこんな事を言う。
「なんだとっ!?」
「おっと、この女やガキがどうなってもいいのか?」
「デュラン!」
「デュランしゃん!」
 思わず呼んだ名前が、シャルロットと重なる。デュランはすっごく悔しそうに歯を食い
しばり、剣の柄にのばした手をそこで止める。
「やっちまえ!」
「おう!」
 私たちが捕まってるせいで、デュランは何も抵抗せずに動かなかった。そして、獣人達
はそれをいいことに、彼を回り囲んで袋だたきをはじめた!
「ちょ、ちょっとあんたたち、卑怯じゃないのよ!」
「そーでち、そーでち!」
 なによ、獣人っていうのは野蛮で不潔なだけじゃなくて、そーゆー事しかしないわけ!?
「フン。おまえら人間が俺達に何をしてきたか…。それから思えば卑怯などと言えるまい」
「そういうのを逆恨みっていうのよ! デュランがあんた達に何をしたって言うのよ! 
一人じゃかないそうにないからって、人質とって集団で袋だたきなんて、あんたら獣人が
卑怯で野蛮で逆恨みするいい証拠じゃないのよっ!」
「そーでち、そーで…」
 そこまで言って、私は思わず口をつぐんだ。調子よく同調してたシャルロットも口をつ
ぐませた。だって、その獣人がスゴイ目で睨みつけてきたから…。
「おい、もうやめろ」
 しかしその獣人は、私をにらむのをやめて、デュランへの袋だたきをやめさせた。デュ
ランは、うつぶせになってて、生きてるかどうかわからない…。もしかして…死んだ…な
んて…あるわけ…ない…よね…。
「あそこに牢屋があったな。こいつらを、そこにぶちこんでおけ!」「はい」
「あ、ちょ、な、なにすっ…」
 さっきの獣人は私を見下ろして、そして鈍い痛みがおなかに走って、それから………。


 気が付くと、薄暗くて、なにやらゴツゴツとしたところにいた。
 ………? ここは…。
 見回すと、岩壁がすべての狭い空間である事がわかった。そして、漏れる明かりは鉄格
子の向こう。
 そういえば、牢屋…とか言ってたな、あの獣人…。
 うめく声に目をやると、デュランが見るも無残な姿でうめいていた。生きてる!?
 近寄ってそっと彼に触れてみる。脈も動いてるし…、良かった…。生きてる…。
「う、うう…」
 あ、シャルロットもいたんだ。なんかもそもそと動いて、頭をさすりながらむっくり起
き上がった。
「あたたた…。かよわいおとめの頭をぶつなんて、なんてひどいんでちかねー…」
 どうやらシャルロットは頭を殴られて気絶させられたらしかった。「あ、アンジェラしゃ
ん、無事だったでちか…? デュランしゃんは…?」
「大丈夫。ひどいケガみたいだけど、生きてるわよ」
「そーでちか…。良かったでちね」
 シャルロットも心配だったみたいで、ホッとした顔を見せた。
「で…? ここは…どこなんでちかね…?」
「さあ…。牢屋らしいんだけど…」
「…なんか…、困った事になっちゃいまちたね…」
 狭い牢屋の中である事を認識すると、シャルロットはそう言った。「そうね…」
 私はポケットからハンカチを取り出して、デュランの顔をそうっとふく。こんなんで、
彼の傷やケガが治るワケじゃないけれど…。
 ビックリした。デュラン、本当に何も抵抗しないんだもん。こいつの性格なら、たとえ
かなわなくても、無駄でも、抵抗しそうなのに…。
「ひどいケガなんでちか?」
 シャルロットも歩み寄ってきて、デュランをのぞきこむ。ひどいケガにシャルロットは
一瞬息を飲んで、そして泣きそうな顔になった。
「どうにか…できないでちかね…」
「回復魔法が使えれば…良いんだけど…」
 回復魔法っていうのは、どうもなにか人によって特性があるらしくって、使える人、使
えない人、真っ二つに別れる。アルテナでは、使えない人の方が多く、実はお母様も使え
ない。だから、私も使えないだろうし、習ってもいないから、どうしようもない…。
「…回復魔法…。そういや、アンジェラしゃんも魔法が使えるようになったんでちよね?」
「え? …そうだけど…?」
「シャルロット、おじいちゃんの真似してみまち…。ケガした時によくかけてもらいまち
たち…。アンジェラしゃんも魔法が使えるようになったんなら、シャルロットも…」
 そう言って、ごにょごにょと呪文をつぶやきはじめる。…そういえば、シャルロットっ
てあの光の司祭の孫だったんだっけ…。
 最初、なにやらトチったり、どもったりしてたけど、汗を浮かべて、あきらめずに呪文
を何度も繰り返した。
 しばらくすると、シャルロットの手のひらが光りはじめ、ふわっと光がひろがった。
「ヒールライト…」
 その光をゆっくりデュランにかける。光がデュランを包む。優しい光…。ホーリーボー
ルとはまた違った光…。
 光の中、デュランの傷が急速に癒えていくのがわかる。これが…回復魔法…。
「…………ふぅ…」
 汗をぬぐって、シャルロットは息をついた。いつのまにかデュランのうめき声は止み、
静かな呼吸になっていた。ひどい傷はわからないくらいに癒えていたし、怖いくらいに濃
いアザも消えていた。
「………へへ…。シャルロットも魔法が使えまち。これで、みなしゃんの役にたちまちよ」
 シャルロットの微笑みに、私も思わず微笑み返していた。


「う、うっ…」
 デュランのまぶたが動く。私とシャルロットは思わず身を乗り出して彼をのぞき込んだ。
「あ、あれ…?」
「あ、気が付いた!」
「デュランしゃん、だいじょぶでちか?」
 不思議そうにデュランは自分の体を眺めている。
「デュラン、平気? どっか痛んだりしない?」
「う、うん…。どこも痛くねえぜ…」
「シャルロットの回復魔法が効いたんでちね!」
 シャルロットは得意になって胸をはった。やっぱり、効いたんだ。あの司祭の孫ってい
うのはやっぱり本当だったのねぇ…。
「ところで、ここは?」
 デュランはしっかり起き上がり、部屋の薄暗さにやや怪訝そうな顔をする。
「私も気を失ってたんで、よくわからないんだけど、どっかの牢屋みたいよ」
「なんだってぇ!」
 デュランは元気にもすぐに起き上がって、鉄格子を見るなりそっちに駆け寄った。
「げーっ! なんだこりゃあ!? くっそー!」
 …ほ、本当に元気になっちゃったわねー…。ガンガン鉄格子なんか叩いて…。
「おーい、そんなに騒ぐと体に良くないぜー」
 聞いた事のない軽い口調。え? 他に人がいたの?
「? どっから声がしたんだ?」
「コッチコッチ!」
 こっちって…どっちなのよ。好奇心にかられて、私も立ち上がって鉄格子の方に歩きだ
す。
「……だれだ? おまえ…」
「どうしたの?」
 どこにだれがいるってのよー。
「んーっと、俺はホークアイって言うんだ。ところで、君たち随分長い間気を失ってたみ
たいだけど、平気なのかい? だれかうめいてたようでもあるけど…」
 思わず私とシャルロットがデュランを見ると、彼は気恥ずかしそうに顔を少し赤らめた。
あのうめき声、隣にも聞こえてたんだ…。
「と、ところで、ここはどこだ?」
「ここはビースト兵に占領されたジャドの地下牢さ。俺もちょっとドジっちまってな。こ
のザマさ。ま、こんな牢屋どうって事ねえけどな。もうちっと待ってくれれば、一緒にこ
こから出してやると。そろそろチャンスだと思うんだ…」
「チャンス?」
「シッ! 見張りがくる。まぁ、見ててくれ…」
 見ててくれって…ここからじゃ見えないんだけどー…。
 彼の言うとおり、しばらくすると獣人がやってきた、なにやら偉そうに私達を睨みつけ
た。
 そして、隣の方でなにか彼の声が聞こえるんだけど、なにせ鉄格子の部分って小さくて、
デュランが鉄格子の前にずっといるから、ここからじゃ何も見えないのね。シャルロット
は何とかして見ようとしてるみたいだけど。
 なんか、彼と獣人との会話があって、そして見えないけど何か音がするのね。ガチャン! 
っていう牢屋の閉まる音は聞こえたな。
 そして、声の主が姿をあらわした。
「ちっと待っててな」
 懐から金属製のなにかを取り出して、牢屋のカギを開けてくれてるみたい…。
 しばらくして、ギギギィッときしむ音をさせて、男は牢屋の扉を開けてくれた。
「やあ、助かったぜ」
「ありがと」
「ありがとしゃんでちー」
 鍵を開けてくれた男を改めてよく見ると…。あら、結構良い男じゃない。でも、ちょっ
と軽薄そうかな。……ん…? あれ、どこかで、会ったかしら…?
「なんの、なんの。で、君ら、これからどうするつもりなんだ?」
「どうするって…」
 尋ねられて、デュランは困ったように私を見る。もー、本当に何も考えてない男ねー。
「とにかく、こんな危険なトコから脱出するのが先決だわ。占領されちゃってるんじゃあ、
身動きできないもの」
「そうだな。じゃ、港まで一緒に行こう。獣人達がウェンデルを進攻してる間の、警備が
手薄になる時を見計らい、マイアまで脱出するための船を出すって、俺が捕まる前に町の
連中が話してるのを聞いたんだ。ウェンデル進攻って、今、真っ最中なんだろ? あの光
の司祭がほっとくわけないし、もう戻ってくるかもしれない。あんまり時間がなさそうな
んで、急いだ方が良いみたいだ」
「そっか。んじゃま、行くか!」
 デュランは即決にそう言った。
「おう。それはそうと、君たち、なんてーの?」
 あ、そういえば、私たちの名前言ってなかったな…。
「あ? ああ、俺はデュラン、こっちの女がアンジェラ、ちっこいのがシャルロットだ」
 ごく簡単に私たちさえも紹介してしまうと、小さいと言われて怒るシャルロットを無視
して、自分の荷物を探しはじめた。
 さてさて。脱出しなきゃね。

 船までは、デュランが獣人達を蹴散らしてくれたので、私達はその後をついて走るだけ
で良かった。蹴散らし残しは、ホークアイが片付けてくれたので、やっぱり、私とシャル
ロットは後について走ってるだけだった。
 幸運な事に、最後の船が残ってて、私達は本当に最後の最後! だった。
 全速力で走ったもんだから、船に乗れた時は疲れちゃって、思わずへたりこんじゃった。
「みんないるなー?」
「いるでちー」
「いるわよー」
 もう周りが暗くて顔までよく判別できないけど、みんなちゃんといるみたい。
「あー、ところで、デュラン、だっけ?」
「あん?」
 ホークアイがデュランに話しかける。
「君たち、パーティ組んでるワケ?」
「パーティ…」
 …そうね。なりゆきで三人で旅をする事になったけど、そういう事になるんでしょうね。
「……やっぱ、組んでるって言うのかな?」
「…言うんじゃない?」
「シャルロットおなかへりまちたー」
「たぶん言うよ。うん」
 デュランの何にも考えてなさそうな返事に、ホークアイはあきれたようだった。

「信じられない! 甲板で寝るなんて!」
 もう部屋はいっぱいだって、毛布渡されて、甲板で寝ろだなんて、なんて非常識なんだ
ろう!? 本気で信じられない!
「文句言うなよ、おまえ」
「あんたねぇ、考えられる!? 甲板で寝るだなんて! 不用心にも程があるわ!」
 こんなプライバシーも何もないところで寝かされて、ヘンなヤツが近寄ってきたりした
ら、それだけでも身ぶるいしそう!
「んなこと言ったって、ここしかねぇんだから、しょうがねぇだろ」「しょうがないって…、
不審なヤツとかいたらどうすんのよ!」
「わかったわかったよ…うるせぇな…。だったら俺を起こせ。何とかするから…」
 …………う…ん…。た、確かに、デュラン強いから、起こせばすぐに何とかしてくれそ
うだけど…。
 ……はぁ…。仕方ない…のね…。これが…旅ってものなのね…。
「…じゃあ、その時はちゃんと起きてよね!」
 返事はなかったけど、たぶん……大丈夫…だよね…。
 そのうち、シャルロットがトイレ行きたいとかって、デュランを連れてトイレに行って
しまった。
「ところで、アンジェラねーさん」
 不意にホークアイが話しかけてきた。ね、ねーさんって…。そ、そりゃ私はあんたよか
年上だろうけど…。
「そのねーさんってのやめてくれない? 呼び捨てで良いわよ」
「そ。じゃ、アンジェラ。君さ、ジャドの酒場で俺たち、会わなかった」
 あ…!
「…そっ…か…。どこかで見た事あると思ったら…。ジャドの酒場で会ったんだ」
 そうか…。どうりで…。軽薄そうな印象しかなかったけど…。
「なに、あのデュランってーのとなんか関係あんの? 君」
「別に! 目的が同じだから一緒にいるだけよ。それだけよ。こっちは我慢して一緒にい
てやってるだけよ」
 まったくもう。一緒にいるからって、そういう勘ぐりはやめてほしいわね。
「そうですか…」
 でも、一緒にいるのは事実なのよね…。でも、しょうがないじゃない。私一人ではどう
しようもなかったんだから…。考えてみれば、あのカニを倒したのもデュラン。この船ま
で獣人達を蹴散らしたのもデュラン。…これらを私一人でやるだなんて、天地がひっくり
かえっても無理な事…。
「…確かに…デュランは強いわ…。いくら魔法が使えるようになったからって…私一人じ
ゃどうにもならないんだもの…。一緒にいなくちゃ…いけないのよ…」
「一緒にいなくちゃいけない?」
「目的のためにはね…」
「なるほど…」
 ホークアイも静かに同調する。デュランの強さはきっと誰もが認めるんじゃないかな…。
 それきり、ホークアイは黙ってしまった。寝たのかな…。
 …疲れてるハズなのに、逆に目が冴えちゃったりして、なんか…眠れないな…。
 どれくらい時間が経ったんだろう。急にポッと光がわいて、フェアリーが飛び出した。
もう夜も遅いから、フェアリーに気づく人なんてそういないだろうけど…。
「…だいぶ時間をムダにしちゃったわね…」
「………どへっ!?」
 フェアリーの出現に、ホークアイが大きな声をあげて跳ね上がった。
「まあまあ。コイツ、フェアリーってんだよ。まあ、危ないモンじゃないが…」
「ヘンなモンじゃないからね!」
 ヘンなモンって言われた事が気に入らなかったらしくて、そう強い口調でフェアリーが
言うと、デュランはしばらく沈黙してた。
「あ、ああ! あんたの事だったのか! 光の司祭が言ってたフェアリーに取り付かれた
とかいうヤツは。いやー探しましたよ。君達を、その途中で獣人兵につかまっちまってさ」
 フェアリーに取り付かれたデュランを探してた? じゃ、この男も…。
「…っていうと、なに、あんたもなにかワケアリなの?」
 私が口を開いた事にちょっと驚いてたみたいだけど、ホークアイは少し声をひそめて話
しはじめた。
「…まーな…。あんまり大きな声じゃ言えねーんだけど、俺、ナバールの盗賊なんだ…」
「へー、あのナバールの」
 デュランはナバールを知ってるみたい。私はよく知らないんだけど。
「ああ…。ナバールを知ってるなら、俺らの仕事内容もわかるだろ? 決して貧しい人か
ら盗まず、悪どく金儲けしてるヤツらだけをねらう! それが俺たちのポリシーでもあっ
たし、誇りでもあったんだが…」
 どうやら、ナバールっていうのは義賊みたいな集団みたいね。
 それから、そのナバールっていうとこの首領がとある女に引っ掛かって、なんかおかし
くさせられて、ナバール全体おかしくなったみたい。それで、ホークアイと、彼の友達と
でどうにかしようと思ったら逆に、その友達は殺されて、ホークアイに全部罪をなすりつ
けられたんだって。無実を証明しようにも、何か弱みをにぎられて、どうしようもなくて、
光の司祭に助力を乞うた。そういう事らしい。 …なんか…。コイツも軽薄そうに見えた
のに、けっこう重いのを背負ってるんだなぁ…。
「なあ、フェアリー。マナの女神様は、俺の願いを聞いてくれると思うか?」
 ホークアイは心底すがるように、フェアリーを見つめた。
「ええ。古代呪法と言えども魔法の一種よ。女神様にかかれば、そんなもの簡単に解いち
ゃうわ」
「そっか…。なぁ、俺もあんたらの仲間にいれてくれ。頼む!」
 フェアリーの返事を聞いて、ホークアイはすぐにそう言ってきた。手をあわせ、拝むよ
うに懇願する。私は、デュランの顔を見てみる。フェアリーの光で多少明るいと言えど、
細かい表情まではわからない。
「…いいよな? 盗賊っつったら、いて便利だし」
「そーなの?」
「そーじゃねーのか?」
 相変わらず、何も考えてなさそうな言葉。これだからこの男はまったく…。
「なんにせよ、あんたもワケアリみたいだしね。いいぜ、一緒に行こう!」
「ひゃっほう! 良かったぁ…。…改めてだけど、よろしくな!」
 本当はこんな軽薄男イヤなんだけど、理由を聞いちゃうとなぁ…。でも、この軽薄そう
なのは、単にそう見せてるだけかもしれない…。なんか、このホークアイって男、そんな
感じする…。

 船はマイアに向かってぐんぐん進む。
 甲板の上の寒さは、さらにひどくなってきた。私はシャルロットとくっつきあって、毛
布を二重に巻いて横になっていた。
 けど、これでもまだ寒い。本当は、子供でも他人と密着して寝るなんて嫌なんだけど、
こうするとまだ暖かいから仕方ない。
「おい、そっち寒くねーか? 平気か?」
 デュランの声がする。
「俺、アンジェラの隣に行こうか? ちったぁ風よけになるぜ?」
 今度はホークアイの声。…ちょ、ちょっと、それってホークアイが私の隣に来るって事? 
イ、イヤよ、寝てる間に何かしそうで、なんかすごくイヤ!
「い、いいっ! 大丈夫!」
 私が断るとしばらく声が聞こえなかったが、やがて誰かが歩いてくる気配がして、私の
すぐ隣に荷物を置きはじめたようである。
 みんなの荷物を、私の隣に移動してるみたい…。確かに、さっきより少しだけ風がこな
くなってる…。
 …誰だろう…。デュランかホークアイの、どっちかなんだろうけど…。
「おい、それって、なんか不用心じゃねぇ?」
「ん? じゃあ、俺こっちで寝るわ。おまえ、シャルロットんトコに寄れよ」
「……おまえ、平気か?」
「ま、なんとかなるだろ」
 そして、荷物の向こう側に寝っ転がる気配と、シャルロットの向こうに寄ってくる気配。
 …………………。
 ……なによ…。ヘンな気、使っちゃってさ。
 …そんな事したって…。…私は…あんたらに気を許すわけにはいかないんだからね。仕
方なく一緒にいるだけなんだから。
 そうよ。デュランなんか粗野で馬鹿だし、シャルロットは子供でお荷物だし、ホークア
イも軽薄でスケベそうじゃない。
 ………でも…、こんなヤツらと、これからけっこう付き合っていかなきゃいけないんだ
ろうな。
 いっぱい、嫌な事、危険な事、辛い事があるのかな…。
 それを、こいつらと、一緒に……。
 みんな好きじゃない。誰も好きなんかじゃない。
 ………………………。
 ……でも……。嫌いじゃないかも…。
 甲板は寒くて、床も固くて、寝心地なんて最悪なんだけど、でも、この暖かさは嫌いじ
ゃないな…。
 ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、この暖かさがなんだか嬉しい…。

 ……旅は…まだ…はじまったばかり………。






                                                                        END