今日もまた、夜が訪れる。太陽は西の海に沈み、夜の帳がエリオン大陸全体に降ろされ、
星が空で瞬き始める。
「くそっ…! ええい!」
 炎の国の王、オニキス王は広く大きな寝台の上で、侍るバルカン達をよそにひどく忌ま
忌ましげに頭を掻きむしった。
「王…。いかがなさいましたか…?」
 添い寝を勤めるバルカンの一人が、薄く眉を寄せて、王に恐る恐る話しかける。
 青く硬い石で造られた寝台は、炎の国の住人でなければ、とても眠れたものではない。
しかし、彼らにとってみればすぐに燃えてしまう木や布で造られた寝台では、役に立たな
いのである。
「夜だ…! また夜が訪れたのだ! わかるか!?」
「……いえ……」
 王が何故、このように苛立っているのかまるでわからず、寄り添うバルカンは困った顔
で身を縮こませた。
 オニキス王には毎晩幾人かのバルカン達が寄り添って眠る。炎の国の王であり、唯一の
男性であるオニキス王は、炎の国の民、バルカン達の敬愛の対象である。他の国の住人た
ちでは、バルカン達の見分けはつかないが、彼女たち本人や、オニキスには違いがわかる
ようである。
 王に添い寝するうちの一人のバルカンが、肩をすくめて小さく息を吐く。彼女はオニキ
ス王が苛立っている理由がわかるらしかった。
「あの聖女のように清らかな彼女の純潔がっ! 一夜重ねるごとに汚されていくのだっ! 
あの死の影を引き、腐の匂いを撒き散らす芥のような男の背中に指を這わせ、あの白い肌
が、清廉な肉体が! 純真な心が! 清純は捨て去られ、あの男の手によってただれ染ま
っていく様を想うだけで、はらわたが煮えくりかえろうぞ!」
 つまるところ、惚れた女と気に入らない男との夜伽を想像して憤然していると、そうい
う事らしい。
「王よ、どうかお怒りをお納め下さい。王の猛る心を我らがお静めいたしますゆえ…」
 一人のバルカンが耳に残る深い声で、静かにオニキスに話しかける。それに呼応して、
他のバルカン達もその豊満な肉体をオニキスに擦り寄らせ、彼のご機嫌をとる。
「……ん……むう……」
 身体を包む柔らかな感触に、オニキスはひとまず苛立つ心を落ち着かせていく。
 バルカン達は誰しも筋肉質でありながらも、性的に魅力ある肉体を持っている。乳房は
豊かに、腰は細くくびれてから、また豊かに下るボディライン。浅黒い肌の下は溶岩並に
熱い血潮が脈打つ。
 オニキスは決して彼女たちを嫌っているわけではない。自分に忠実な彼女たちを全員寵
愛しているのは確かだ。毎晩誰かを可愛がっているのはもちろん気に入っているからであ
る。
 だが、バルカン達に向ける愛情とはまた違う愛情を注ぐ女がいるのだ。
 この紅く灼熱の世界に清涼な空気を漂わせ、優雅に舞い落ちる羽のように彼女は、オニ
キスの前に現れた。
 一目見て心を奪われた。人の寿命の何倍も生きてきた自分より、余程年端のいかぬ少女
だが、この人しかいないと思った。
 彼女の父親と取引し、婚約を取り付けた時はいずれこの手で抱けると喜んだのに。
 確かに、彼女の父親が、その時の状況によっていい加減な事を口にするのは一度や二度
の話ではないのだが。
 それにしたって、あんな男にくれてやるとは自分の娘を何だと思っているのか。
 しかし、あの男と本気で対決して負けてしまったのは悔しいが事実である。おかげでし
ばらくは溶岩の中で身体を休めさせなければならない羽目に陥った。
 あの忌ま忌ましい竜を退治せよとあの男に命じた時、彼女との生活を軽く揶揄した時の
あの男の態度は、あの時は、間違いなく彼女とうまくいっていなかったと確信を持った。
 眠りの魔法はかかっていても、心を動かす魔法はかかっていなかった。
 それは事実だったのだ。
 だから、自分の揶揄にあの男は不快な表情をしたのだ。
 彼女は眠りから覚めたが、あの男に心を奪われてなどいなかった。
 あの時は。
 だのに。
「……私の主人のオズワルド……」
「……我が夫を侮辱する事は……」
 彼女の唇から紡がれる言葉はオニキスを軽く打ちのめした。
 主人だと。夫だと。
 元来、それは私が納まるべき場所だったではないか。
 実は父親の魔法がかかっていたのではと思った。けれど、そんな魔法の匂いは彼女から
は感じられなかった。つまり、本来の彼女の意志という事になってしまう。
 不可解だった。理解できなかったし、したくなかった。
 自分は王である。(あの時はあの男に負けたが)力もある。(本来の姿はともかく)この
顔立ちは断じて醜いという事はありえない。地位も権力も力も(魅力も)ある自分に何故
振り向かない。この私がこんなにも狂おしい程にも想っているのに。
 彼女はあの男の肩を持って、無情にも自分の前から去ってしまった。
 彼女の手前、矮小な自分など見せたくなかったから、寛大な態度をとっていたが。本当
はあの男を蹴落として、彼女をこの手で奪いたかった。
 だが、奪ったところで彼女を得られる事はないと、悲しい程にも自覚していた。
 心を向けてもらい、愛し愛されねば意味などないという事をオニキスはよくわかってい
たのだ。
 目の前に、バルカンの可愛い顔がある。
 バルカン達を嫌っているわけはない。けれど、この身に委ねられるその肢体が彼女だっ
たなら。
 この灼熱の心に清涼な風を吹き付けてくれる事だろう。
 あの白い肌を、淡く桃色に輝く頬を、細い顎を引き寄せて、しなやかな指に撫でられた
だけでオニキスは天にも昇る心地になっただろう。薔薇色にきらめく唇が近づいて、たお
やかな声で自分の名を呼んでくれるなら。くびれた腰を抱き寄せて、彼女を組み敷くのが
この自分であったのなら。
 だが。
 黒く、冷たく紅く光るあの眼を持つ男が、白い花のように可憐な彼女を奪い去った。
 あの肌を、頬を、顎を、指を、唇を、彼女のすべてをあの男が汚すのだ。
 バルカンを抱く自分のように、あの男は彼女を抱くのか。
 組み敷き、奪い、犯すのか。
 そして、
 彼女はそれを、

 悦ぶのか。

「うぅうおおおおおーっっ!」
「王!?」
 突然発作のように叫び出すオニキスに、周囲にいたバルカン達も驚いた。
「ぬおおおおお! ゆゆ許さん! 許さんぞお! 畜生! かっ、彼女は、彼女はっ、あ、
あんな表情やそんな表情でどんな事を言うと言うのだ! そ、その唇でっ! あの清らか
なる肉体が…!!! ふ、ふぅおおおおおぉぉ!」
「王!」
「王! お気を確かに!」
「お気持ちを静められ下さい!」
「王!」
 身体から炎までも吹き出して激しく興奮するオニキスに、バルカン達は必死になってな
だめていた。
 ボルケネルンの神殿中に響き渡る騒動も、辺境にある森の古城に届くはずもない。
 深く青く塗りこめられた夜空に月が浮かび、古ぼけた城を青白く照らし出す。
 古城の一室。天蓋付きの大きな寝台に、夫妻は眠っていた。
 死の国より助け出されたものの、激しく消耗した体力や、癒えきらない傷のせいで、体
調が未だ万全ではないオズワルドは、泥のように眠っている。
 そのすぐ隣で、夫を抱き枕にして幸せそうに寝息をたてるグウェンドリン。
 傍らで眠る妻はやたらに幸せそうなのに対し、夫の方は先程から寝苦しそうに小さくう
めいている。
「ぅぅ……ぅ……」
 オズワルドは小さく眉をしかめながら、わずかにもがくものの、こうも強く抱きすくめ
られては寝苦しい事この上ないのだ。
 それでも眠りから覚めないのは疲れがひどいのだろうが。
「ん……」
 寝苦しげにもがき、自分の腕から逃れようとする夫を、グウェンドリンは無意識にも強
く抱き締め組みついて、押えつけてしまう。
「……ぐ……」
 わずかな抵抗をおさえつけられ、そのままの体勢でオズワルドは動かなくなる。
 彼の隣で眠る、妻の健やかで幸せそうな表情とは対照的に、オズワルドの表情は不健康
そうで苦しげだった。
 夜は更けていき、至って静かに星が空で瞬いていた。

                                     END































































ノってる時にノリノリで二時間程で書き上げたものです。まあ、書き終わった後に追加や
修正をくわえていったりしましたけれども。
とりあえず、書いてる最中、国語辞典はいつもの事なんですが、今回は四字熟語辞典と、
漢和辞典を側においておりました。わざわざ常用外の漢字を使うためなんですがー。自分
の語彙の乏しさに思わず電子辞書が欲しくなりましたよ。