「オズワルド様は、本当にたくさんお召し上がりになりますね」
 たくさん用意していても、オズワルドは次から次へときれいに平らげてしまう。ミリス
が腕をふるって作り上げた料理も、どれだけ味わっているのか知らないがとにかく量だけ
は相当なものだ。
「……ああ、まあ…」
 どう反応して良いやらわからないらしいオズワルドは、抑揚のない声で答える。
 考えてみれば、全身を重装甲に纏った上で、剣を振るい、駆け回り、跳びはねるのであ
る。細身に見えるが、相当に鍛えているのは伺いしれるというものだろう。
「ミリス殿の料理が美味いんじゃよ。妖精の国、リングフォールドではここまで手の込ん
だ料理は珍しいからの」
 一緒に食卓を囲んでいるドワーフのブロムは、にこやかに笑いながら料理を一口、口に
入れる。
「……そうなのですか?」
 グウェンドリンも女性にしてはかなりの食事の量だが、さすがにオズワルド程には食べ
ない。ナイフとフォークを手にしたまま、顔を隣にいる夫に向ける。
「……ああ…。木の実をそのままとか、マンドラゴラそのままとか。そういうのが多い。
虫の丸焼きとか」
「………………」
 夫の口から食欲を無くすような言葉が出ても、グウェンドリンは特に引いた様子も見せ
ずきょとんとした顔をした。
「む……虫の丸焼き……ですか……?」
 さすがにミリスは驚きを隠せずに、多少引きつった表情を浮かべる。
「ああ、あの虫を食べる習慣があるのはリングフォールドくらいじゃからな。ワシも最初
驚いたが、見かけによらず香ばしくて美味い」
「そ、そうですか…」
 フォローするように、ブロムが笑って言うが、ミリスはまだ顔が少し引きつっていた。
「……そういえば、前から気になっていたのですが…」
 グウェンドリンが言葉を発したので、全員が彼女に注目する。
「オズワルド様がナイフを使わないのは、それもリングフォールドの?」
「ああ、そういえば。私もちょっと気になっていたのです」
 妻とミリスに注目されて、オズワルドはフォーク一本持ったまま、ほんの少したじろい
だ。
「そうか。そうじゃな。他国から見ればやはりリングフォールドは少し奇異よの。本来、
妖精は鉄や刃物を好かん。わしらドワーフに負けた事を理由に鍛冶を長らく禁止しておっ
たくらいじゃ。戦いの時はやむを得ないが、食べる時くらいは刃物を使いたくないんじゃ
ろうなあ」
 ブロムは穏やかな苦笑いを浮かべながら、机の上のナイフを軽く持ち上げる。
「……そうだったのか……」
「……知らなかったんですか?」
 少し感心したように言うオズワルドに、ミリスは主人の手前押さえているが呆れが混ざ
った声を出す。
「メル…育ての親とか…、使ってなかったからな。そういうものだと思っていた」
 そういえば、妖精は女王でもナイフを使わないと、よく知る喫茶店のオーナーが話して
いた事を、ミリスは思い出していた。
「オズワルド様。ナイフを使うと食べやすくなりますよ。少しずつ、使っていきましょう」
「ああ」
 ごく自然にグウェンドリンは夫にナイフを使うように提案すると、彼は即答する。
 この夫婦はこれで良いんだなぁとか思いながら、ミリスはナイフの使い方を丁寧に教え
はじめるグウェンドリン達を眺める。
 だが、違う国の人間がこうして結婚し、一緒に暮らしていくというのは、互いの文化の
違いも受け入れなければならないはずだ。ましてや戦争までしていたのだ。そのわだかま
りを乗り越えているのだから、戦争をしなくて済む道があるのではと、ミリスは思う。
 戦争など、悲しみしか生まないものと、ミリスは前々から嫌悪していた。
 戦争のせいで、自分たちプーカが呪われたようなものだし、ミリスが心から慕うグウェ
ンドリンは物憂げな表情が耐えなかった。彼女の父親は力に固執し、娘たちを顧みる事を
ほとんどしなかったのだ。
 物憂げな表情ばかりだったグウェンドリンだが、今はこうして、あんなにも穏やかな笑
顔を浮かべている。
 その顔を見ているだけで、ミリスは嬉しくなってくるのだ。
「それじゃあ、このチキンを切ってみましょう。なるべく音をたてないで、ゆっくりと」
「こうか…?」
「はい、そうです」
 しかし、こんなところでナイフ使い方講座が始まるとは思ってもみなかった。
 ミリスは小さく苦笑して、自分も丁寧にナイフで目前のチキンを切ってみる。

 なごやかに食事が終わり、ミリスは空になった皿をゆっくりと片付けていた。
「あ、オズワルド様」
「ん?」
「お口の周り……」
 口の横についたソースが気になり、グウェンドリンは懐から取り出したハンカチで、オ
ズワルドの口を丁寧に拭いてやる。
 その光景を眺めながら、ブロムはふと、オズワルドがまだ幼かった頃の事を思い出して
いた。
 人間の子供を育てるなど、メルヴィンも物好きだと言われていた時代だ。
 ブロムがリングフォールドに来た頃には、すでにメルヴィンはオズワルドを育てていて、
人間の夫婦の所からさらってきたのだと聞いていた。
 はた目から見て、仲睦まじいとは言い難い親子だった。
 さらってきたと言うくらいだから、何か魂胆があって育てているのだろうと思って見て
いたが。
 いつだったか、どういうわけだったか覚えていないが、その親子と一緒に食卓を囲んだ
事があった。
 幼いオズワルドはまだ食べ方が下手で、口の周りを汚しながらスープを飲んでいた。あ
れくらいの年頃なら、もっと奔放な態度で食事するものだろう。その幼児特有の甘えや我
がままをほとんど見せなかったのは、やはり冷たいメルヴィンの態度が大きかったのでは
ないか。
 それでも、あのときは。
「オズワルド。もっときれいに食べるんだ」
 少し厳しいメルヴィンの言葉に、オズワルドは無垢な瞳で彼を見上げる。その視線に、
メルヴィンは小さく眉を上げた。
「……まったく……」
 食卓の上のナプキンを手に取り、メルヴィンはオズワルドの口の周りを拭いてやってい
た。その時のメルヴィンの表情はごくわずかだが、口の端に笑みを浮かべていた。
 そんなメルヴィンを見て、オズワルドも顔を少しほころばせた。
 まだ、リングフォールドとして建国して間もない頃。メルヴィンの野心が広がる前の事。
 サイファーが。魔剣が。そしてオズワルドの並外れた闘いの才能が。メルヴィンを野心
に駆り立てていったのではないだろうか。
 例え、魔剣に死の力を付与しても、扱う者に技量がなければ宝の持ち腐れ。オズワルド
はそれを見事に使いこなしたのだ。あそこまで使いこなした者はオズワルド以外いなかっ
た。
 もしかしなくても、優秀すぎたオズワルド自身もメルヴィンの破滅への道の一端を担っ
ていたのではないか。
 口にする気はないが、ブロムはそんな気がしている。
 オズワルドはメルヴィンを恨んでいるのだろうか。
 直接聞けはしないが、疑問には思う。
 あのときのメルヴィンの表情を思い出すと、そこに愛が無かったと言い切れない。
 その後の事がどうあれ、あのときは確かに、彼らはつながっていた。
 オズワルドにその時の記憶があるかどうかわからない。
 だが、少しでも覚えているのなら、もしかするとメルヴィンにとっても救いになるのか
もしれない。
 国家から開放されてしまうと、野心など意味のないものになってしまう。生きる事から
すらも開放されてしまった今のメルヴィンを思うと、彼の残したオズワルドに、彼の意味
が残っている事になる。
「……ありがとう」
「はい」
 少し気後れしたような顔でオズワルドが礼を言うと、彼の美しい妻はなんとも可憐な笑
顔で応える。
 メルヴィンの遺児は、ようやっと自分の意志で歩き始めた。メルヴィンがどんな事を言
い、どんな扱いをしたにせよ、オズワルドは彼を全否定はできないだろう。
 先程のフォーク一つとっても、メルヴィンのやる事に疑いを持っていなかった。
 結婚する事によってオズワルドがどう変わるかわからないが、それでも彼の中にメルヴ
ィンは頑然と存在するだろう。
 そこに、ほんの少しでも彼の生きた意味がある。
 メルヴィン亡き今だからこそだが、そんなふうに考えられる。何の存在意味も意義も無
く亡くなってしまうよりかは、それは救いではないか、と。
 サイファーを知る前のメルヴィンを思い出すと、ブロムはそう思わずにはいられない。
 それにより、魔剣を作り出してしまった自分も少しだけ、救われる気がするからだ。
 しかし、それにしても。
 ここの空気の、なんとなごやかで穏やかな事か。
 食器を片付けるミリスを手伝うオズワルドとグウェンドリン。
 姫育ちのグウェンドリンだが、ここの小人数ぶりに家事を手伝うという事を覚えたよう
だ。慣れない手つきだが、それでもどこか楽しそうだ。
 終焉が近いとか、各国の不穏な空気だとか。色々と不安な要素が世界に満ちているのに、
ここだけ時間の流れ方が違うようだ。
 いつか、二人の間に子供ができたら、この腕で抱ける事だろう。
 そんな事を夢想するのが楽しい。
「あの、ブロムさん。こちら、お食べになりますか?」
「ん? おお、すみません。少し考え事をしていて」
 ぼんやりと考えていると、遠慮がちなグウェンドリンの声に我に返る。そして、皿の上
に少しだけ残るチキンの切れ端を、あわてて口に入れた。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「ありがとうございます」
 ミリスにそう声をかけると、彼女はにっこりほほ笑んだ。
 さて、自分も片付けを手伝わないとな。
 ブロムはそう考えて、席から降りた。

 月はただ静かに森の古城を照らし、星は変わらず黙って瞬いていた。

                                                                    end



















オズワルドの食事の時のワイルドさに書いてみたものです。