太陽が一番高くに昇る頃、一向はメリーヌが記した地図の場所へと来ていた。
 高級食材として名高いルーワートのハーブが驚くほどに群生しており、風に揺らされて
いる。
「これはまた壮観じゃな。ルーワートのハーブがこんなにも群生しておるとは」
 一帯に広がるハーブにブロムは驚きを隠せない。腕を組んでぐるりと見渡している。
「ミリス、私も手伝うわ。お昼の前にハーブを摘んでしまいましょう」
「恐縮ですけど、もうお願いしますね。じゃあ、簡単に良いハーブの見分け方をお教えし
ますわ」
 何も言わないオズワルドだが、ミリスの前にやってきた所を見ると、どうやら彼も手伝
ってくれるらしかった。それを見たブロムも少し慌ててこちらにやって来た。
 簡単に良いハーブの見分け方を伝授して、それぞれがハーブ取りに勤しむ。
「ミリス。こういうので良いのかしら?」
「良ろしゅうございますよ。汚れも無いし、形も良い。良いハーブですよ」
「そう。良かった」
「ミリス。これは?」
「う、うーん…。ちょっとそれは……。ホラ、先っぽが茶色いでしょう。形も少し小さい
ですし……。私達で食べる分はともかく、売り物になりますから」
「……そうか」
「このハーブは良いじゃろう」
「あら。ブロムさん、なかなかの目利きじゃないですか」
「ほっほ。鉱物の方はもっと得意じゃがなあ」
 最初はミリスに確認しながらハーブを選んでいたが、やがてみんなコツをつかんだらし
く、特にミリスに聞かなくてもハーブを取れるようになっていた。
 そろそろ頼まれた量のハーブが取れようかという頃。
「キャーッッ!」
 ミリスが上げた悲鳴に、全員がハーブを摘む手を止めた。
「どうした!?」
 一番近くにいたオズワルドが、腰の魔剣を鞘から抜き放ち、ミリスに駆け寄った。
「む、む、むむ虫っ! お、お大っきいの! す、すごく大きいの!」
「虫?」
 オズワルドが眉をしかめさせた時。
 ガサッ!
 草をかき分け、ミリスの頭程の大きさの真っ黒い虫が飛び出してきた。形は短い百足の
ような姿で、かなりグロテスクな虫だ。
「キャアアっ!」
「ふんっ!」
 思わずオズワルドに抱き着くミリスを横に抱え、彼は慌てず騒がず、甲虫に魔剣を一突
きする。
「ミリス! 大丈夫?」
「ケガは無いですかな?」
 グウェンドリンとブロムが草をかきわけて、こちらまでやって来る。
「大丈夫。虫だ」
「キャアアァァ!」
 オズワルドが振り返り、魔剣に突き刺され、未だ足をひくつかせる虫を見せたものだか
ら、ミリスはその場から逃げ出した。
「お、オオ、オズっ、オズワルド様! そ、っそそそそれは、それは!」
 オズワルドからだいぶ離れた距離で、ミリスは青い顔で魔剣からだらんと垂れ下がる虫
を指さす。
「虫だ。大丈夫。美味い虫だ」
「うっ! 美味い!?」
 さらにとんでもない言葉をオズワルドから聞かされて、ミリスは口に手を当てる。
「ほっほう。ムカデモドキではないか。ハーブと一緒に炒めると美味いんじゃよ、これが」
「たっ……食べるんですかっ!?」
 信じられないように叫ぶミリスに、ブロムとオズワルドは揃って首を頷かせた。
「ム、ムカデモドキ……ですか?」
 さすがにミリスほど取り乱さないものの、グウェンドリンも信じられないようだ。
「本当の名前など知らんがな。リングフォールドでは皆、こう呼んでおったな。こりゃ、
今夜は良い酒の肴がとれたではないか」
「ムカデモドキは久しぶりだな」
 嬉しそうな男二人とは対照的に、女達はちょっと引いているようだった。

 虫騒動も一段落して、ハーブも集め終わり、やっと昼食となった。
 ミリスが今朝焼いたパンの上にバターを塗り、新鮮な卵を使った目玉焼きが覆うように
乗せられたものが各自に配られる。また、それの他にミリスはサラダやチーズ、ミルクも
ちゃんと用意していた。
 ここまで歩いてきた事や、ハーブ集めでのちょっと疲れた身体に、パンや目玉焼きが美
味しく染み渡る。
 ミルクを飲み干して、オズワルドは指で軽く口を拭った。
 優しいそよ風がまったく心地良い。
 こんなにも落ち着いた時間が、自分に訪れている事がなんだか信じられなかった。でも、
これは、紛れも無い現実なのである。
 傍らでグウェンドリンが、ミリスと一緒に草花で何か編んでいる。ブロムは軽く横にな
って昼寝の最中だ。
 オズワルドもブロムに習って、仰向けに寝転がってみた。目前で大きく広がる青空では、
雲がゆっくりと流れ行く。
 どれくらいの時間が経ったのであろうか。
「オズワルド様」
 声をかけられて、自分がうたた寝してしまっている事に気づき、オズワルドはまぶたを
開く。
「そろそろ帰りましょう?」
「ん……そうだな……」
 目をこすりながら、身を起こす。見回すと周りはすでに片付けられ、帰る準備はすっか
り整っていた。
 軽く伸びをして、それからオズワルドは大きなカバンを肩にかけ、腰に下げられた魔剣
を簡単に確認する。
「行こうか」
「はい」
 声をかけると、グウェンドリンは穏やかにほほ笑み返してくれた。その瞳に映る自分の
顔が、自分ではないような顔をしている。
 だがオズワルドは軽く首を振って歩きだした。
 今から帰れば、一休みして夕飯の準備に取り掛かれるだろう。


「ほ、本当に、これ、食べるんですか……?」
 最早ピクリとも動かないムカデモドキを前に、ミリスは顔を引きつらせていた。
 厨房に、オズワルドはこれを食べたいと虫を持ち込んだのだが、料理をするミリスはこ
の虫にかなり引いているようである。
「ああ」
「で、でも、こ、これの調理法とか……し、知らないんっ…ですけど……」
 この虫が余程ショックらしく、普段のミリスらしくない。いつもの丁寧な言葉遣いを使
う余裕も無いようだ。
 これはミリスに調理してもらうのは無理と判断し、オズワルドはそれならばとナイフを
手に取る。
「そうか。なら、俺が作ろう」
「ええ? オズワルド様が……ですか…?」
 料理をするオズワルドというのが想像できなくて、ミリスは思わず口に手を当てる。
「ああ。偵察任務とか、あ……その、……まあ色々と、やっていたから、食べ物は現地で
調達する事が多かったんだ。そこにいる獣や草花や木の実なんか採って、食べていたから
な」
 微妙に濁した言葉が気になったが、黒い剣士と畏怖された男である。どんな事をしてき
たか聞きたくないが、まあ色んな所に行かされ、色んな事をさせられてきたのだろう。詮
索はすまいとミリスは黙ってオズワルドの手つきを見ていた。
「ミリス程の腕前は無いが、できない事はない」
 ナイフでスパスパと虫をぶった斬り、そしてハーブも切り刻む。刃物さばきはさすがと
言うべきか、手慣れたものである。
 熱したフライパンの上にバターを流し、ジュワッという音と共に煙が出る。そこに刻ん
だハーブ類を投げ込み、軽く炒めてから先程の虫も一緒に入れた。
 手早く炒めていると、ハーブの匂いと共に香ばしい匂いが厨房に充満する。
 見た目はアレだがこの匂いはもしかすると、割とイケるかもしれない。ミリスは漂う香
りに鼻をくんくんと動かした。

「お、ムカデモドキ炒めか。美味そうじゃのう」
 食卓の上に並べられた昼間の虫に、ブロムは上機嫌そうにナプキンを膝の上に敷く。
「ほ、本当に……、食べるんですか……?」
 まだ見た目に抵抗があるミリスは、心配そうに虫の炒め物を眺めている。だいぶ原型を
止めていなくなったものの、それでも足とかそのままだし、元があれだけグロテスクな虫
である。
「騙されたと思って食べてみなさい。香ばしくてカリッとしておるよ」
 未だ湯気の立つ虫の足にフォークを突き刺して、ブロムは美味そうにそれにかじりつく。
「ウム。美味い! やはり新鮮だからじゃのう」
 呆然と眺める女二人を尻目に、オズワルドも虫にフォークを突き立てて口に入れる。
「これは酒が進むのう。たまらんわい」
 本当に美味しそうなブロムの顔と、どうやら機嫌が良いらしい表情で平らげるオズワル
ドの顔を交互に眺めて、グウェンドリンもその虫にフォークを伸ばした。
「グ……グウェンドリン様……」
 はらはらしたようなミリスの声を聞きながら、思い切って口に入れてみた。
 そして。
「……美味しいわ……ミリス」
「え?」
「香ばしい……エビに少し似ているけど、それともやっぱりちょっと違う……。エビより
ももっと…軽い感じがするわ」
「そ、そうですか……」
 グウェンドリンが先に食べて勇気が出たのか、ミリスもそれにおずおずと手を伸ばす。
フォークに刺さったそれを食べるのにだいぶためらっていたようだが、覚悟を決めて口の
中に入れた。
 そして、かみ砕く。
「………………」
 皆がミリスを見ていた。
「……あら……美味しい……」
「じゃろう。慣れないと見た目はちょっと厳しいがの」
 ミリスの反応に目を細めてブロムがまた、その虫を口に入れる。
「な、なんだかあれだけ騒いで恥ずかしいですけど……美味しいですわね」
 ちょっと顔を赤らめながら、ミリスは取り繕うように言った。これは確かに食が進む味
である。虫の香ばしさと、バターとハーブの絡み合いがまた絶妙である。
 グウェンドリンはかなり気に入ったようで、さらにフォークを伸ばした。
「酒によく合うじゃろう。酒の肴には一番なんじゃよ、本当に。おお、そういえば、この
虫は頭がなぁ……。頭は……」
 ほろ酔いでいつもより饒舌になっていたのに、急に思い出したようにはたと黙り込んだ
ので、ミリスもオズワルドも少し怪訝そうな顔をする。
「……そういえば、頭も一緒に料理しちまったな」
「食べられないんですか?」
 ブロムの言葉に、オズワルドも思い出したように言うものだから、ミリスは驚いて声を
あげた。
「いや、そういう事は聞いた事がない。ただ、それだけかなり良い値で売れるし、欲しが
るヤツも多いから、いつも頭は無かった事を思い出したんだ」
「何かあるのですか? 今さっき……食べてしまったんですけど……」
 なんだか妙な空気になってきたので、グウェンドリンは少し不安そうな声をあげる。思
わず彼女に注目する3人。
「……ああ、んん、まあ、姫様なら……うん…まあ、良かろうか」
「え?」
「ああ、いや、何でもない、何でもない。たいした事はないのです」
 ブロムは先程の言い方を打ち消そうと、手を振って見せる。しかし、そんな態度をとら
れては気になるというものだ。
「……オズワルド様はご存じですか? この虫の頭の事……」
「前に何か聞いた気がするが……。何だったか?」
 グウェンドリンは隣の夫に尋ねてみるが、本気で思い出せないようで、オズワルドも首
をかしげる。
「いやいやいや。決して毒ではない。それは誓っても良い。ただ、その、珍味と持て囃さ
れ、ちょっと他の部位と味が異なるのですよ。普通の人が滅多に口にできる物ではないの
です」
「……そういえば、ちょっと苦みがある味でした」
 言われてみれば、香ばしさの中にちょっとした苦みが混ざる味であった。
「ままあ、どうぞどうぞ。この味に酒はよく合いますぞ」
「あ、はい…」
 普段はあまり酒を勧めるブロムではないのだが、グウェンドリンの杯に半分程、酒を注
いでやる。
 勧められるまま、グウェンドリンは酒を口に含む。言われる通り、酒とこの料理はかな
りの相性である。であるが。
「美味しいですね……」
「うむ。美味いものを食べられるのは幸せですぞ」
 ごまかすようなブロムの口調が怪しい。グウェンドリンはとりあえずブロムを信じてい
るようだが、他の二人はそうもいかないようである。
 疑わしげな視線をいくつか感じているようで、ブロムは一人で汗をかいていた。



「はい、ルーワートのハーブ。頼まれた分、調達してきたわよ」
 ハーブが詰まったカゴを床の上に置き、ミリスは軽く息をつく。昨日採ったハーブをも
って、彼女はプーカカフェへと来ていた。
「わあ、ありがとう! うんうん。良いハーブばっかりね。さすがはミリスだわ」
 メリーヌもカゴからハーブをいくつか手にとって見て、質を確認する。
「あと、ローズマイルの種をちょっと拾ったから、それも入れておいたわ」
「ありがとう」
 ハーブと一緒に紙袋が入れてあり、その中に種がざらっと入っている。メリーヌはそれ
も確認する。
「……そういえば、メリーヌ」
「うん?」
 数や質の確認をしているメリーヌを見下ろしながら、ミリスは彼女に声をかける。
「あなた、ムカデモドキっていう虫を知ってる?」
「ああ。エビと似た味だって聞くけど、私はまだ食べた事ないな」
「あら、知っていたの。実は、昨日、ハーブをとっていたらそれに出くわしてね」
「捕まえるのが大変だって聞くけど、捕まえたんだ」
 確認の手を止めて、メリーヌは顔を上げる。
「じゃあ、それもあるかな? 高く買い取るわよ」
「……高く買い取るって……、それ、やっぱりそんなに高価なの?」
 あれの頭の事で、ブロムは言葉を濁していた。その後、グウェンドリンが体調を崩すと
う事は無かったから、本当に何も無かったのだが、気になるは気になるのだ。
 ただ、いつもは早起きのグウェンドリンが、珍しく起きて来ないので扉越しに起こしに
行けば、すごく眠いとの声がした。具合が悪いわけではなく、ただ眠いだけらしいが。
 オズワルドは朝の鍛練でいない事もあるので、二人分の朝食を食卓に用意してミリスは
頼まれたものを届けに、このプーカカフェに来ている。
 もしかすると、あれは睡眠薬の類いのものであろうかと、うっすらと考えてみる。
「そうなのよー。捕まえにくい上に、珍味としてもかなりのものなのよ」
 まあ、味については、ミリスも認める所である。そして、ミリスは昨夜ブロムが何故言
葉を濁したかの理由を、次の瞬間、メリーヌの口から聞く事になる。
 メリーヌはちょっと声を落として、なにやら含みのある声でミリスにこう言った。
「それになにより、あれの頭はね。ちょっとした媚薬っていうか、かーなり効果の高い精
力剤になるのよ!」


                                                                      END..











































同人誌に収録してあるハナシです。料理するオズワルドが実は書きたかっただけかも。彼
の料理は料理の腕というより、サバイバルスキルに近いものがある、という設定で〜なん
て考えながら書いてました。