焦る頭で巡らせていると、それをトロンとした目つきで眺めていた日本が、ヒマそうに
大きく息を吐き出した。それが、やたら酒臭くてムードを壊しそうなのが気に入らない。
このクソ忌々しいアルコール臭さえなければ、今の自分達は悪くない雰囲気だと思うだけ
に、台湾はそこに強い苛立ちを募らせる。
「え〜と、じゃあですね…、あ……愛してる! 愛してるって言ってください!」
「…アイスクリームですか?」
「違いますッ!」
 いきなりボケだしたので、つい大きな声で怒鳴ると、日本はいきなり彼女の耳元に息を
吹きかけてきた。
「ひやああ!」
 そんな事をされて、一瞬だけだが背筋にゾクッとしたものが走る。
「ふふっ…。かぁわいい反応ですねぇ〜、食べちゃいたいですよう〜」
「ひ、ひいやああっ…!」
 今度は耳に軽く噛みつかれて、自分でもおかしいと思うような声をあげさせられた。
「やっ…、ちょっと、やあん! 日本さんてば!」
「ん〜?」
 上機嫌な調子で、台湾の身体を横から引き寄せて抱きしめる。結局は酔っぱらい。過度
な期待は無理というものか。
「あ! あぁ〜んもう!」
 抱きしめついでに、また胸に手が伸びてきて、つかむものだから台湾も抗議の声をあげ
た。が、しかし、さっきと今とではこちらの心持ちもだいぶ変わっている。まず彼が言わ
ないような台詞が聞けたのは確かだ。多少不本意ではあるが、このまま可愛がられてやろ
うじゃないかと、彼女も顔を赤らめて彼の腕の中でもがくのを止める事にする。
 横抱きにされたまま押し倒されて、どすんと落ちるように、布団の上に二人の身体は横
たわった。
 なんか押し倒されたというより、日本の身体が上に落ちてきたというような印象だった
が、まあ今は細かい事にはこだわるまい。めくるめく官能の世界へいざ行かんと台湾も心
を決めた時である。
「………………? ん? 日本さん?」
 さあこれからとばかりに、意気込んで自分も彼の背中に手を回したのにも関わらず、日
本からのアクションがまるでない。さっきまで自分を抱きしめた腕に力はなく、何か動く
気配もない。どうしたのかと少し身体を離して彼の顔をのぞき込めば、重力のままに頭が
もたれ落ち、小さく寝息をたてて寝入っているではないか。
「…え? えぇっ!? ちょ、ちょと待…! え…、ええええっ!?」
 期待はずれというか、肩すかしも良い所である。酔っているのには苛立ちもしたが、な
により久しぶりなのだ。多少の事には目をつぶろうと思った矢先にコレでは、盛り上がっ
た台湾の気持ちの行く先が定まらない。
「……に……にほんさあああぁ〜ん……!」
 ふつふつと腹の底から怒りがこみ上げ、呪うような声をあげる。
「もーっ! ばかばかばかばかばかばか! ばかっ!」
 自分から引きはがして横に転がすと、手近にあった枕を手に取り、両手で何度も何度も
日本の顔面へと叩きつける。が、よほど酔いがまわっているようで痛覚もないらしく、目
覚める気配はまるでない。
「酷いです! 変態! ド変態! エロジジイ!」
 怒りと悲しさと空しさがないまぜになって、半泣きしながら枕で滅多打ちにしたが、そ
れでも彼が目を覚ます事はなかった。
「もう知らないデスっ!!」
 声の限りに絶叫して、横たわる日本を蹴っ飛ばして敷き布団の領地から追い出すと、憤
然として布団に潜り込む。
 やがて、台湾の布団の方から小さくすすり泣くような声が聞こえ、しばらくするとそれ
も止み、あとはただただ静寂が訪れる。
「……さむっ……」
 どれくらいの時間が流れたか、さすがに酔いも醒め、熱かった身体が冷めてくると、捨
て置かれた日本が小さく身体を震わせた。
 本能のままに暖かい方へと這いずり、台湾が眠っている布団の中に潜り込む。すでに熟
睡している彼女もそれに気付かないまま、時間が過ぎていった。

 朝、目が覚めると、目前に日本の寝顔があった。
 一瞬、何事かと思ったが昨夜の騒動を思い出して、台湾は少し不機嫌そうな顔をする。
どうやら夜中寒くなって、こちらの布団に入って来た事くらいは容易に想像がついた。
「………………」
 まあ、ぐっすり眠った後のためか、昨夜ほどの怒りは感じないが、上機嫌というわけに
もいかない。
 眠そうな顔のまま起き上がり、彼をそこに寝かせたまま、この和室を後にする。廊下の
電気が着けっぱなしで、ささくれだつようにイラッとした。
 洗面を済ませ、着替えだの身支度を簡単に整えて、階下のコンビニへと朝食の買い出し
に出る。
 コーヒー豆は前に買ったものがあるから、とりあえず食パンとかサラダ、牛乳なんかを
購入した後、コンビニから外に出ると、朝の都心の風景が目の前に広がった。
 昼間あれだけ混雑するマンションの前の道も、車は少なく人も少ない。カラスがぎゃあ
ぎゃあ鳴きながら上空を通り過ぎる。
 もしかしなくても、深夜より朝の方が人は少ないかもしれない。
 外に出て買い物した事でだいぶ気分転換になり、部屋へと戻った台湾の機嫌は直ってい
た。ダイニングへと向かう途中、和室の方をちょっと覗いてみたが、彼はまだ眠ったまま
である。布団の横に外れたネクタイがぽつんとあるのが、妙にシュールに見えた。
 買って来たものをとりあえずダイニングの食卓の上に置いて、台湾は和室の方へと戻っ
てくる。
 渋い色合いのネクタイを横目で見た後、台湾は寝そべる日本を仁王立ちで見下ろした。
「日本さん!」
 そして、怒鳴りながらかけ布団を勢いよく引っぺがすが、寝ている彼の反応は鈍く、寒
そうに身を縮こませるのみである。
「日本さんてば!」
「……はい……」
 しわくちゃになってしまったワイシャツとズボン。日々の疲れが丸めた背中に表れてい
るようで、なんだか不憫にさえ思えてきた。どうしてそこまでと思うほど、彼は働く。お
酒だって、彼のストレス解消の術の一つなのかもしれない。そう思うと、無理に起こした
りせずそっとしておいてやろうという気持ちになってきた。
 その丸めた背中に再び布団をかけてやり、その寝顔をのぞき込む。
 しかし、酔っていたとはいえ、ああもノリノリで口説き文句を言ってくれるとは思わな
かった。もしかすると、いつも思っていたけど恥ずかしくて言えなかった事が、言えるよ
うになったというやつかもしれない。
 それは都合の良い思い込みかもしれないが、今度それでからかってやると反応が面白い
のではないだろうか。普段の彼なら天地がひっくり返っても、あんなセリフを饒舌に言え
るはずもないのだから。小さく笑いながら、台湾は立ち上がる。
 まあ、そのうち起きるだろう。肩越しにすこし振り返ってから、彼女は和室を後にした。

 買っておいたコーヒー豆をミル挽きで細かくすると、ダイニング中にその芳しい香りが
広がる。その砕いたものをコーヒーメーカーにかけて、コーヒーを淹れる。朝からなかな
か優雅な事で、コーヒーの匂いに包まれて、何となく幸せな気分になってきた。
 そんなに使わない部屋に、コーヒーセットを持ち込むなんて贅沢な話だが、最新式のも
のを買ったので、古いのをこっちに持ち込んだだけである。
 ポットに落ちていくコーヒーの水滴を眺めながら、食パンをトースターに放り込んだ。
「あー……。……おはようございます……」
 そろそろパンが焼けようかという時に、日本が目をこすりながらダイニングへと姿を現
す。
「おはよーございます。パン、焼けますよ?」
「え?」
 まだ頭が覚めきっていないのか、寝ぼけたような目つきで台湾の方を見た。
「トーストです。コーヒーもうすぐできます」
「…あー…、もしかして、朝食ご用意してくださったんですか?」
「ハイ」
 と言ってる先からチーンという音がして、トースターが焼けた合図を知らせる。
「食べてください。サラダも牛乳もあります」
 コンビニサラダのパックのフタを開けて、日本の分の割り箸も席の前に置いてやった。
「すみません……」
 ワイシャツとズボンのままだが、はみ出していたものを直していたり、洗顔も済ませて
いるようでだいぶ普段の彼に戻っているようだ。
「日本さん、コーヒー飲みます?」
 コーヒーの抽出も終わったようなので、メーカーからポットを取りだし、台湾は眠たそ
うな顔で席についた日本に話しかける。
「あ、じゃあ、ちょっといただきます…」
「日本さん、ミルクコーヒーがお好きでしたよね?」
「…おそれいります」
 自分の好みを覚えていてもらい、彼も軽く頭を下げた。基本的にお茶が大好きでコーヒ
ーも飲まないではないが、そこに牛乳を入れるあたり、あの焦げた苦さが未だに慣れない
のだろうかとか、思う時がある。あんなに渋い緑茶は好きなのに。
 台湾はアメリカの影響を受けてか、ブラックで飲むのを好む。豆にこだわると口に含ん
だ時の、あの芳香や独特の苦味などがたまらなく良いと思っている。
「日本さん、今日、お仕事はー?」
「あー……お休みですよー……」
 それを聞いて、彼にしてはのんびりしているのだなと納得した。
 そして、トーストを食べたり、二人でサラダをつついたりの朝食が始まるが、日本の頭
はまだ覚めきっていないようで、色々話しかけても「はあ」とか「ええ」とか返事にも覇
気がない。
「日本さん、眠たいんですか?」
「へ? あ…、ああすみません…。なんか、まだ目が覚めなくて……」
 疲れも残っているのか、どうにも反応が鈍い。御飯を食べて少し回復したようだが、ま
だいつものしゃっきりした様子はない。
「もう日本さん。御飯食べたらシャワー浴びてください。目が覚めますよ」
「……そうですねえ……。そうさせてもらいますか……」
 ミルクコーヒーをずるずる飲みながら、まだ寝ていたいとばかりにまぶたを閉じている。
 そんな様子の彼に、台湾もため息をついた。

「日本さん? バスタオル置いておきますね?」
 しゃーっと浴室からシャワーを使う音が響いている。台湾はバスタオルを持ってきてや
り、洗濯機の上にとりあえず置いた。着替えとタオルを持ち込もうとしているのを見かけ
たので、どうせ身体を拭くならタオルより、バスタオルが良かろうと持ってきたのだ。
「ああ、すみません。なんか、お世話になりっぱなしですね」
 浴室の方から日本の声が響く。声の調子から、だいぶ目が覚めたようだ。
「別にイイですけどね。けど、日本さん、どーしたんですか? 昨日すごーく酔っ払って
ましたけど…」
「……すみません……。飲み会に誘われましてね。早くにお暇しようと思ってたんですけ
ど、明日休みだろうとか言われて、断りきれなくてずるずる飲んでるうちになんか、かな
りの量を飲んじゃったみたいで……」
 それを聞いて、台湾もため息をつく。アルコールが強くないのを自覚していても、断り
切れずに深酔いでは酒量のコントロールできないのと一緒ではないだろうか。
「また断れなかったんですかー?」
「……うまく断れないんですよねえ……」
 ふと、浴室の折りたたみ式の扉のカギに目をやると、「OPEN」という文字が表れて
いるのに気がつく。
「日本さん、お酒強くないんですから。断る時はきちんと断らないと、だめじゃないです
カ」
「わかってはいるんですけどね…。その……私、なにか、昨夜はご迷惑をおかけしません
でしたか……?」
 その問いに台湾は浴室の中にいる、磨りガラスの向こうの人物に顔を向けた。
「……覚えてないんですか?」
「……ええまあ……。…はい……」
 どうやら本当に、昨夜の騒動は彼の記憶には残ってないらしい。
 少し迷っていたのだが、意地悪な気持ちがもたげてきた台湾は、さっき思いついた事を
実行する事にした。
「昨夜は日本さん、酔っ払って抱きついてきましたよ」
「えっ…」
 それを聞いて、浴室の方から戸惑った空気と共に声が聞こえなくなる。どうやら自己嫌
悪に陥っているらしい。あまり酒に強くない彼は酔っぱらうと割と酒癖が悪く、いつも抑
圧された何かが吹き出るようで、普段では考えられない行動をやりだす。
「……いやあの……すみません……」
 もっとも、それを自覚している分、わかっていて酒を控えているのであるが、断るのが
ヘタという性分が時々失態をやる原因にもなっている。
「私、寝てたのに起こされました」
「なんというかあの……本っ当に申し訳ないです……。……まったくどうお詫びしてよい
ものやら……」
 台湾には、日本の申し訳なさそうな言葉には答えずに、脱いだブラだのショーツだの脱
衣カゴに放り込んでいた。洗面所の鏡で自分の顔を確認して、髪止め用のゴムで長い髪の
毛を慣れた手つきでくくる。
「あのー……、台湾さ……」
 彼女の返事がないなと思っていたら、ガラッと折りたたみ式の扉が開く音に振り向いて、
これ以上ないくらいに目を見開く。カギの閉め忘れに気付いた彼女が、一糸まとわぬ姿に
なって浴室に入って来たのだ。
「ちょっ!? え、ええええっ!?」
 彼自身も滅多に出さないような声をあげて、思わず手に持っていたシャワーヘッドを取
り落とす。
「な、なにしっ…」
 バタンと扉が閉じられて、慌てる声は途中で遮断されてしまった。すぐに、内側からカ
ギがかかり、カギの部分は「CLOSE」という表示に変わる。
 しばらく、混乱したような男の声が浴室から響いていたが、やがて……。


「じゃ、今度遊びに行く時、連絡しますね!」
 薔薇色に頬を輝かせ、妙にスッキリしたような艶やかな笑顔で台湾が手を振っている。
「は、はい。お待ちしていますよ」
 それに応じて軽く手を振る日本の顔も、なんだか火照って見えるのも気のせいではない
らしい。空港へと直通に走ってくれるタクシーを呼び寄せ、台湾はそのタクシーに今から
乗るところだ。
 車に乗り込んだ台湾に微笑みながら会釈すると、彼女はガラス越しに投げキッスをして
きたので、思わず照れた苦笑いを浮かべた。
 行ってしまったタクシーをしばらく見送った後、日本は駅方向へと歩き出す。
 昨夜のワイシャツもズボンもしわくちゃになってしまい、後でアイロンをかけなければ
ならないだろう。とりあえず部屋に置いてあった適当なシャツとジーンズで間に合わせた
が、早く帰って着替えて落ち着きたいところだ。
 昨夜遅くなり、終電も出てしまったし、タクシーも考えたが飲んでいた場所がここに近
かったので、ここで寝ようとあまりまわらない頭で思いついたのが、何時であったかとい
うのはもちろんわからない。
 なんかいろいろと記憶がおぼろげだが、どうにか部屋にたどりつき、台湾が来て寝てい
るというのまでは何とか覚えている。
 廊下を歩き、和室で寝ている彼女を見つけた……ような記憶があるがどうにも曖昧過ぎ
だ。その後となると、彼女を見て安心したか、和室の布団を見つけて安堵したか、とにか
くその両方だったか、そこらあたりから記憶は綺麗に残っていない。
 昨晩は何かやったんだろうと、彼女の態度からは伺えるか、はたして何を言い、何をし
たのか。まるで覚えていない。
 …台湾に迷惑をかけてなかったか心配なのだが、ともあれ帰る時は上機嫌だったのが救
いといえば救いか。
 とりあえず。
 今度の休暇には手土産でも持って、彼女の所へと赴くかと考えながら、日本は抜けるよ
うな青空を仰ぎ見て、それから腰のあたりを軽く叩いた。

                                   END












































なんかー、ちょっと(?)まとまりない感じですがー…。
本当は、手帳に予定書いたのでその日に合わせて日本が台湾を食事に誘う〜っていう展開
もあったんですが。18禁直行!という内容なので書きませんでした。まあこれもそうい
った方向に行き気味なんですが。そう露骨な描写はないので。ま、セーフかなと。
ヘタリアで小説は書けないよと思ってたんですが。案外書けたかもとか。
ところで台湾がブラックコーヒーが好きだとか、日本がミルクコーヒー好きだとかって勝
手に書いてしまいましたが、その時のノリで書いたので、あまり気にしないでください。