爽やかな朝日が庭いっぱいを照らし、軒先あたりから、スズメの平和そうなさえずりが聞こえてくる。 いつものこの時間なら、この家の主は既に起き出していて、庭でも掃いている時間だが、今日に限っては雨戸も閉じられたままだ。 その雨戸が開けられたのは、いつもの時間よりだいぶ過ぎた頃である。 やたら眠そうな顔のこの家の主人が雨戸を開け終わると、生あくびをして腰をゆるく叩きながら奥へと引っ込んで行った。 この家の今朝の朝食の時間も、やはりいつもとだいぶ遅れた時間になって始まった。 「台湾さん。帰りの飛行機の時間は大丈夫ですか?」 台湾が借りたいと言っていたDVDを手に取り、日本はケースを開けて中身を確認している。大きなテレビがある部屋で、応接室も兼ねるこの居間では、畳ばかりの部屋が多いこの屋敷の中では珍しく洋装だ。 「大丈夫ですヨ。お昼過ぎに出ても余裕ですかラ!」 うっすらと目の下にクマを見せているものの、台湾はいつもの明るい笑顔を浮かべる。 「そうですか。まあ、時間になったら空港までお送りしますよ」 「ありがとうゴザイマス!」 疲れ気味ではあるものの、その表情には晴れ晴れとしたものがあり、昨日まで彼女の顔を覆っていたどこか薄暗いものは消え失せていた。 彼女のその笑顔に釣られるように日本もうっすら微笑んで、そして壁にかけられている時計に目をやる。 「……確かに、時間はまだ大丈夫そうですね…」 その時計を見て、少し安心したらしく彼はふっと息をついて、近くにあるソファへと深く腰を降ろした。昨夜は疲れる事をした上に、睡眠時間はいつもより短いとなれば、どうにも座りたくなるものである。 それを見た台湾も、その彼のすぐ隣に腰を降ろした。 肌触りの良い材質で包まれたソファは柔らかく、腰も深く沈む。そのソファの上で、台湾は隣にいる日本の肩にしなだれかかり、胸に手をやった。 彼女はまだ、昨晩の情熱の余韻が抜け切れていないらしく、いつもに増して身体を密着させてくる。 「……ねえ、日本さん……」 「は、はい……」 甘ったるい声を出し、彼の胸をゆっくり撫でながら声をかけると、日本は少し落ち着かなさそうな声を出す。彼の方はと言うと、その時見せていたがっつくような野性的な様子は、ほとんど残っていなかった。 「…今回の事は、私が悪かったけど…でも、一晩であれだけの内容と回数は、やっぱり、ちょとキツイヨー」 「え、ええ、まあ、そうですね…」 しなだれかかられて、胸を撫でられながらそんな事を言われて、思わず日本が顔を少し赤らめる。 「おかげで私、腰も足もガクガクだヨー」 「は、はい。すみません……」 などと口ではそう言いながらも、言われている内容には微妙な高揚感を感じたらしく、彼の表情がやや変化した。 「駄目じゃないですヨー? ただ、回数は分散してほしいなって、思いマス」 「ええ、まあ、善処します…」 お得意の曖昧な言葉で返事をして、日本は照れながら見てもいない向かいの壁に目をやる。 「……でも……ふふ……また……ネ?」 含みを持たせた調子でそう言い、台湾は艶を睫毛に乗せてまどろむように微笑んだ。 「は、はい」 こんな風に、可愛い娘に甘えられて、正直悪い気はまったくしない。年甲斐もないなと思わないでもないが、そこは男のさがというものだろう。 というか、この調子でブランドバッグなどねだられたりしたら、ほいほい買ってあげてしまいそうだ。 普段の彼だったらまずしないのだが、昨日の今日だからか、この甘い雰囲気にのぼせたか、しなだれかかる台湾の肩に手を回し、ゆるく抱き寄せる。 それに気を良くして、台湾もまるで猫のように頬を彼の肩になでつけ、今にも喉を鳴らしそうな程に擦り寄った。 これこそ、恋人同士の甘い一時だと台湾はうっとりと酔い、日本はと言うと、爺さんが若いご新造をもらった時の気持ちはこういうものかもしれない、などという事を考えている。 それぞれの認識に妙な隔たりがあるが、夢に酔っているのはお互い共通のようだ。 今のこの空気なら、これくらいは構うまいと、彼女の肩を抱く手に力がこもる。少し抱き寄せられた台湾は、至極満足そうに息を吐き出した。 「…それとネー、日本さん」 「はい、なんですか?」 人前では滅多に見せないデレた表情で返事する日本に、台湾は彼の胸に指でのの字を書きながら話しかけた。 「…えっとネ……。その、今回の事、本当にゴメンナサイ……」 「え?」 大人の玩具の件をすっかり忘れていた日本は、一瞬、台湾が何を言っているのかわからず、思わず間の抜けた声を出す。 「…だから……その……例の…、ネット通販の……」 「あ、……ああ……もう、良いですよ…」 実際、今は本当に怒っていない。彼女が自分を馬鹿にする気も、からかう気もまったくなかったという事がわかったから、意地を張ってしまって少し悪かったなとさえ思っているくらいだ。 「…でも、日本さん、怒ってるのに、怒ってないって言うから、本当にどうして良いかわかんなかったんだヨー…」 「すみませんね」 「謝るのはこっちの方だけど…、…なんて言うか……日本さんの怒り方って…、対処に困るネ……」 じわじわと、真綿で首を絞めるかのような苦しさで、甘い雰囲気に浸る今でさえ、台湾の顔に少し苦いものが混じる。 「……あまり……怒ってると言う気は無かったんですが……」 怒ってるというより、不愉快だなと思っていたわけだが、それを怒っていると指摘されるとなると、やはりそうなのだろうとも思う。 「昔みたいに、どかーって怒ってくれた方がまだイイヨ…」 懲り懲りといった様子でそう言って、台湾は息を吐き出しながら、日本の肩口に頭を乗せた。 日本としては、今はまだあまりあの時代を思い出したくないのだが、それを飲み込んで小さく息をつく。やがて、そんな時代もあったものだと思う日も来るのだろうが、そうなるまでにまだ時間が必要そうだ。 「……日本さん…、また、遊びに来ますネ……」 「ええ。お待ちしていますよ」 「それから、こっちにも来てくださいヨ? …忙しいのもわかりますけど…」 「……善処します……」 「いっぱい。いーっぱい、歓迎しますヨー」 「それは嬉しいですね」 甘えてくる台湾が可愛くて仕方がないようで、落ち着いた笑顔で日本が彼女の肩を撫でる。 この二人だけの満ち足りた空気は、もうしばらく続きそうだった。 某所に投降したものや、同人誌にしたものですが、露骨な描写をさくっと削除いたしまして、 あまり恥ずかしくない(と思っている)ものに変えました。 |